知財判例データベース 先行考案の原本及び出所について立証できず先行考案の適格がないとして進歩性を認めた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 株式会社A(請求人) vs 被告 株式会社C外1(被請求人)
事件番号
2022ホ4772登録無効(実)
言い渡し日
2023年09月14日
事件の経過
原告敗(確定)

概要

登録考案は、自己診断機能が備えられたボイラー点火装置に関するものである。特許審判院は、無効審判請求人が先行考案1の原本及び出所について立証できなかったことから、先行考案1の先行考案適格を否定するとともに、仮に先行考案1の先行考案適格を認めるとしても、先行考案1、2いずれも登録考案の構成及び効果を開示していないので先行考案1及び2の結合に比較して登録考案の進歩性が認められると判断した。
これに対し、特許法院の段階では先行考案2が提出されなかったところ、特許法院は「先行考案1は先行考案の適格がなく、先行考案2は訴訟に提出されもしなかったので、登録考案の進歩性を判断する証拠がない」と判断した。また、特許法院は、仮に先行考案1、2を進歩性判断の資料として認定するとしても、先行考案1、2のいずれも登録考案の「放電電圧発生器に印加される電源を制御電源と外部電源の間で切り替えるスイッチ」の構成を開示していないので、先行考案1、2から登録考案の構成とそれによる効果として「放電電圧発生器に対して制御電源とは異なる別の電源(外部電源)に切り換えて印加することにより、スパーク放電時に発生する電流の感知でクローズされる接点を備え、スパークプラグが正常に動作しているか否かを確認できる効果」を期待し難いとして登録考案の進歩性を認めた。

事実関係

被告は、「自己診断機能が備えられたボイラー点火装置」を考案の名称とする考案について2016年7月29日付で実用新案登録を受けた。原告は、被告の登録考案に対して2021年6月11日付で、特許審判院に対して先行考案1、2により進歩性が欠如するという理由で無効審判を請求した。これに対し特許審判院は、本件登録考案の進歩性を認めて被告の審判請求を棄却する審決をした。

本件登録考案の請求項1は、次のとおりである。

[請求項1]
放電電圧発生器に印加される電源を制御電源と外部電源との間で切り替えるスイッチ(以下、「構成要素1」とする)と、
前記スイッチの電源切替により上記制御電源が印加されると予め設定された基本動作を行い、前記外部電源が印加されるとスパークプラグに高圧を印加してスパークが発生するようにする放電電圧発生器と、
スパーク発生により前記スパークプラグを通じて発生する電流を感知するインジケーター(indicator)と、
前記インジケーターを通じて電流が感知されるとクローズ(close)するアウトプット接点と、
前記アウトプット接点がクローズすると点灯するLEDを含み、
前記放電電圧発生器に前記制御電源が印加されるとクローズするライン接点をさらに含むものの、
前記LEDは前記ライン接点がクローズすると点灯することを特徴とする自己診断機能が備えられたボイラー点火装置。

一方、先行考案1は、米国企業が2005年3月(MAR05)に発行したことが示された製品マニュアルに掲載された「高エネルギー点火診断(High Energy Ignition Diagnostics)用制御ロジックダイヤグラム」に関するもので、下記のような図面を記載している。

米国企業が2005年3月(MAR05)に発行したことが示された製品マニュアルに掲載された「高エネルギー点火診断(High Energy Ignition Diagnostics)用制御ロジックダイヤグラム」に記載されている図面

先行考案2は全羅北道益山(イクサン)にある企業の工場内に設置されており、別の企業がモデル番号GBS-1500として2011年7月に製造したことが示されたボイラー(ボイラー点火装置)に関するものである。

特許審判院は、請求項1の進歩性の有無について、下記のように判断した。
(1)先行考案1は登録考案の先行技術として認められないので、登録考案の進歩性の有無を判断する証拠として採択できない。
①先行考案1の製品マニュアルには「MAR05」という発行日の表示はあるが、前後の表紙もなく「高エネルギー点火診断(High Energy Ignition Diagnostics)」部分を説明する合計5ページのみ提出され、請求人は上記製品マニュアルの原本及び出所を立証できずにいるので、上記製品マニュアルがその表示の通り2005年3月(MAR05)に発行されたものとは信じ難い。
②請求人が2022年6月21日に提出した陳述書には、本件登録考案の出願当時、被請求人2の会社で部長として勤務していたという者が「被請求人らが米国企業で販売している製品の内容をそのまま含み、これに単純な技術だけを付加して本件登録考案を出願した事実」を確認する内容が記載されているが、上記陳述書は先行考案1の製品マニュアルが公知となっていたか否かに関する内容でないだけでなく、上記陳述での内容が上記製品マニュアルの内容と類似の部分があるとしても、陳述書のみで上記製品マニュアルの内容が登録考案の出願前に公知となったと認めるには不十分である。

(2)登録考案と先行考案2を対比すると、通常の技術者が先行考案2を単純に設計変更して登録考案を極めて容易に導き出すことはできない。
①登録考案は、制御電源を印加してボイラー(ボイラー点火装置)を駆動することができ、上記制御電源の代わりに外部電源を放電電圧発生器に印加してスパークプラグのスパーク発生を誘導してスパークプラグの発生電流を感知することによってボイラー(ボイラー点火装置)を駆動していない状態、即ち、バーナーの点火による火炎が発生しないようにバーナーに燃料供給が遮断された状態において、炉外に点火装置を取り出す必要なしにスパークプラグが正常に動作しているか否かを確認できるという点に技術的特徴があると認められる。
②先行考案2はリモートモードとローカルモードを有するところ、2つのモードにおいてボイラー(ボイラー点火装置)に印加される電源はいずれもボイラー(ボイラー点火装置)を起動するためのものという点で本件登録考案の制御電源に対応している。したがって、先行考案2は、登録考案のようにボイラー(ボイラー点火装置)を駆動せず放電電圧発生器に別の電源(外部電源)を印加してスパークプラグが正常に動作しているか否かだけを確認する構成及び効果を有していない。

(3)先行考案1を登録考案の先行技術と認定するとしても、先行考案1にはボイラー(ボイラー点火装置)に印加される電源を切り替えるスイッチが存在しないことは請求人自らも認めているため(審判事件説明会の結果報告書による)、登録考案は先行考案1及び2を結合してもその進歩性が否定されない。

以上により先行考案1の先行考案適格を否定し、仮に先行考案1の先行考案適格を認めたとしても先行考案1及び2の結合に比べて登録考案の進歩性を認めた特許審判院の審決に対して、原告は不服を申し立てて特許法院に審決取消訴訟を提起したが、先行考案2は提出しなかった。

判決内容

特許法院は、登録考案と先行考案には下記のような差異があると判断し、このような差異は通常の技術者が先行考案から容易に導き出せないので、登録考案の進歩性が否定されないと判断した。

(1)先行考案1の先行考案適格の有無
①先行考案1が掲載された製品マニュアルの各ページ下段に「MAR05」と表記されている事実は認められるが、原告は前後の表紙もなしに当該マニュアルのうち「高エネルギー点火診断(High Energy Ignition Diagnostics)」部分を説明する5ページのみを提出した。
②特許審判院は、原告に対して当該マニュアルの原本及び出所がないことを指摘し、原告は当該指摘を受け入れて補完するとしたものと認められるが、審判過程ではもちろんのこと提訴後1年近く経過した現在も当該マニュアルの原本と出所を提出できていないことから、当該マニュアルがいかなる理由または経緯で作成されたものか分からない。

(2)登録考案の進歩性の有無の仮定的検討
先行考案1は先行考案適格がなく、先行考案2は訴訟に提出されもしなかったので、登録考案の進歩性を判断する証拠がない。以下では確認可能な範囲で先行考案1、2を進歩性判断の資料として認定する場合、登録考案の進歩性が否定され得るかを仮定的に検討する。

①先行考案1の記載のみでは当該「INPUT POWER」が外部電源なのか制御電源なのか判断し難く、先行考案1では登録考案の請求項1の中核構成として構成要素1に該当する放電電圧発生器に印加される電源を制御電源と外部電源との間で切り替えるスイッチに対応する構成も確認されない。
②先行考案2には「ボイラー点火装置に電源を印加するための起動シグナルを制御室に与えるリモートモード(REMOTE MODE)と、現場で与えられるローカルモード(LOCAL MODE)のうちいずれか1つを選択するスイッチ」が開示されているが、当該スイッチの2つのモードはボイラー(ボイラー点火装置)に電源を印加するための起動シグナルを制御室で与えるものなのか、あるいは現場で与えるものなのかに関する差があるだけで、ボイラー(ボイラー点火装置)に同一の電源を印加する点では全く差がない。先行考案2の当該スイッチと構成要素1の「ボイラー(ボイラー点火装置)に印加される電源を互いに異なる電源に切り替えるスイッチ」とは、その構成と機能が互いに異なる。
③原告は、登録考案から「バーナーの点火による火炎が発生しないようにバーナーに燃料供給が遮断された状態において、炉外に点火装置を取り出す必要もなくスパークプラグが正常に動作しているか否かを確認することができる」というような技術的特徴を導き出すことはできないと主張するが、登録考案明細書の記載を総合すれば、登録考案はボイラーの「起動及び停止が行われる基本動作」を行うための制御電源でないものとして、点火装置独自にスパーク正常動作診断のための外部電源を印加することによって、ボイラー(ボイラー点火装置)を起動(駆動)しない状態において点火装置を炉外に取り出す必要もなしにスパークプラグが正常に動作しているか否かを確認できる効果があると認めることが妥当なので、原告の主張は受け入れられない。

専門家からのアドバイス

本件は、先行考案1の適格が争点とされた事例であった。これについて先行考案1には「MAR05」という発行日とみられる記載があったが、原告は先行考案1の原本及び出所を立証することができずに先行考案1の適格が否定されている。原告は、かかる立証のために被告の会社で勤務していた陳述人の陳述書も提出したが、当該陳述書のみでは先行考案1の内容が登録考案の出願前に公知となったものと認められなかった。これは特許法固有の争点というよりかは、証拠能力に関する争点であるといえるところ、先行文献に発行日とみられる記載があるとしても、文献の前後の表紙とともに出所を明確に示すことができる記載がなければ、先行文献としての適格が認められないことがあることを示している。したがって、無効審判請求人等は先行文献の原本及び出所を具体的に立証して提出することが必要である。
以上のように本件では先行考案1の適格がないと判断され、先行考案2については審決取消訴訟で提出もされなかったが、特許法院は、先行考案1及び2の結合による登録考案の進歩性の有無についても仮定的に検討し、登録考案の進歩性が否定されない旨の判断をした。その中で特許法院は、登録考案と先行考案2の構成要素を表面的に対比するにとどまらず各構成要素の機能・作用を具体的に判断しているところ、権利者としては本件明細書の記載に基づいて本件発明の各構成要素の導入理由及び機能・作用を具体的に説明することや、それにより本件発明と先行発明間の構成上及び効果上の差異を明確に示すことが進歩性主張のために有効であること改めて確認できる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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