知財判例データベース 徐放型マイクロ粒子に関する発明において数値限定による臨界的意義等が認められないとして進歩性が否定された事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 株式会社A vs 被告 特許庁長
- 事件番号
- 2022ホ3700拒絶決定(特)
- 言い渡し日
- 2023年09月07日
- 事件の経過
- 原告敗 (確定)
概要
出願発明は薬物の持続放出のための徐放型マイクロ粒子に関し、「マイクロ粒子の粒子の比表面積」と「マイクロ粒子から放出される薬物の初期血中濃度(Cint)と最大血中濃度(Cmax)の比」をそれぞれの数値範囲で限定しているが、先行発明には、それらに関して具体的な開示がない。特許法院は、出願発明の明細書に上記構成の数値限定に関する特別な技術的意義が把握できる記載がなく、出願発明のマイクロ粒子の形態、平均粒径、粒子の大きさの分布幅は先行発明1と同一の範囲内であり、出願発明のマイクロ粒子の製造方法は先行発明1のマイクロ粒子の製造方法と同一であるため、通常の技術者が先行発明1から出願発明の「マイクロ粒子の粒子の比表面積」を容易に導き出すことができ、また「マイクロ粒子から放出される薬物の初期血中濃度(Cint)と最大血中濃度(Cmax)の比」を限定することによる出願発明の初期薬物過放出問題を解決する効果も先行発明1、2から予測できるとして出願発明の進歩性を否定した。
事実関係
原告は「薬物の持続放出のための徐放型マイクロ粒子」を発明の名称とする発明について2021年11月29日に再審査拒絶決定を受けた後、2021年12月29日に特許審判院に拒絶決定の取消を求める審判を請求したが、特許審判院は2022年5月18日に「出願発明は通常の技術者が先行発明1、2によって容易に発明することができるため特許を受けることはできない」という理由で原告の審判請求を棄却する審決をした。
原告出願発明の請求項1は次の通りである。
【請求項1】
生分解性高分子と薬物を含む徐放型マイクロ粒子であって、
前記マイクロ粒子は生分解性高分子及び薬物が等しく分布し、表面がなめらかな球状で、
前記マイクロ粒子は、粒度分析器によって分析される平均直径(D50)が20~100μmで、粒子の大きさの分布幅(particle size distribution width)が35ミクロン以下である均一の粒子の大きさで構成され、
粒子の比表面積が単位質量当たり0.75×10-1~2.0×10-1㎡/gで構成され、目的とする期間の間、薬物の持続的な放出パターンを示し、
前記マイクロ粒子は、薬物の初期過多放出を示さず、放出される薬物の初期血中濃度(Cint)と最大血中濃度(Cmax)の比が1:2~1:30であり、
前記生分解性高分子及び薬物の重量比は30:1~1.5:1であり、
前記生分解性高分子はポリラクチド-コ-グリコリド(PLGA)、ポリラクチド(PLA)又はポリラクチド-コ-グリコリド(PLGA)及びポリラクチド(PLA)の混合である
徐放型マイクロ粒子。
特許審判院は、出願発明の請求項1の進歩性に関して下記のように判断した。
①先行発明1、2にはマイクロ粒子の粒子の比表面積値に関する具体的な記載がない。ただし、出願発明のマイクロ粒子が有する物理的特性は微細流体方法で製造することによって得られるものと把握されるところ、先行発明1、2のマイクロ粒子も微細流体方法で製造されるものであって、先行発明1、2に開示されたマイクロ粒子の粒子の大きさと分布幅が出願発明と重複する範囲であり形態も非-多孔性球状である点から、通常の技術者が先行発明1、2のマイクロ粒子も出願発明で限定している数値範囲あるいは類似の比表面積値を有することを困難なく予測でき、また限定した比表面積値の数値範囲によってPLGAマイクロ粒子の効果が変わるというような数値範囲の臨界的意義を認める根拠もない。
②先行発明1、2には、PLGAマイクロ粒子を投与した後の血中濃度CintとCmaxの比を1:2~1:30に限定した構成が記載されていない。ただし、上記構成は所望の薬理効果を得るために通常の技術者が薬物に応じて適切な血中濃度の範囲を任意に設定した程度に過ぎず、Cint値は、PLGAマイクロ粒子を投与した後のどの時点を初期血液採取時間とするかに応じて流動的な値であるため客観的に明確に特定した値とは言えず、限定した数値範囲において顕著な効果を奏すると判断するほどの臨界的意味があると認める根拠もない。
原告は、先行発明1、2により出願発明の進歩性を否定した特許審判院の審決に不服を申し立て、特許法院に審決取消訴訟を提起した。
判決内容
特許法院は、出願発明を先行発明1と対比して2つの差異があると認定した上で、下記のような理由によりそれらの差異は先行発明1と2の結合によって容易に克服されるため出願発明の進歩性が否定されると判断した。
(1)差異点1及びそれに対する判断
差異点1は、出願発明はマイクロ粒子の比表面積が単位質量当たり0.75×10-1~2.0×10-1㎡/gで構成されるが、先行発明1にはマイクロ粒子の比表面積の範囲に関して明示的に開示されていない点である。しかし特許法院は、下記のような理由から通常の技術者が先行発明1に公知となった技術を結合して差異点1を容易に導き出すことができると判断した。①比表面積はその測定方法により値が異なるが、出願発明の明細書にはマイクロ粒子の比表面積が単位質量当たり0.75×10-1~2.0×10-1㎡/gで構成されるとだけ記載されておりその測定方法に関しては記載されていないので、測定方法が分からない。
②通常の技術者は、対比される粒子の表面がなめらかな球状であって形状が同じで、その粒子の平均直径が同一の範囲内であり、その粒子の大きさの分布幅が同一の範囲内であれば、その比表面積値も実質的に同一の範囲内であると予想することができる。さらに、出願発明の明細書には、微細流体法で製造したマイクロ粒子は粒子の大きさの分布幅が小さい均一の粒子であって比表面積が相対的に増加したと記載されているが、先行発明1も微細流体法でマイクロ粒子を製造するので粒子の大きさの分布幅が小さい均一の粒子を製造すると言える。したがって、差異点1は、通常の技術者が先行発明1に開示されたマイクロ粒子の比表面積を測定して容易に導き出すことができる。
③出願発明の明細書からはマイクロ粒子の比表面積の数値限定に関する特別な技術的意義が把握できる記載を見出せず、本件においても、このような数値限定による効果の差が把握できる資料を提出していないので、通常的かつ反復的な実験を通じて容易に導き出すことができる構成に過ぎない。
(2)差異点2及びそれに対する判断
差異点2は、出願発明ではマイクロ粒子から放出される薬物の初期血中濃度(Cint)と最大血中濃度(Cmax)の比が1:2~1:30であるが、先行発明1にはマイクロ粒子を投与した後の薬物の初期血中濃度及び最大血中濃度に関して明示的に開示されていない点である。しかし特許法院は、下記のような理由から通常の技術者が先行発明1に先行発明2を結合して差異点2を容易に導き出すことができると判断した。①出願発明の構成要素である薬物の初期血中濃度(Cint)は、薬動学分野で広く知られていないにもかかわらず出願発明の明細書にその意味に関する記載がないので、初期血中濃度(Cint)が、マイクロ粒子を投与してからどの程度の時間が経過した後の薬物の血中濃度を意味するのか明確に把握できない。
②原告は、先行発明1でも「初期薬物放出」とのみ記載しているように通常の技術者であれば通常3日以内に最大血中濃度を示すことを知っているので、初期血中濃度(Cint)の意味が明確である旨を主張しているが、先行発明1では「初期薬物過放出(burst initial release)」に関して用いた用語であるに過ぎず、先行発明1が上記用語を用いていると言う事情だけで通常の技術者が薬物の初期血中濃度(Cint)の意味を明確に把握できるとは認め難い。仮に、原告の主張のように初期血中濃度(Cint)を「72時間以内で最大の血中濃度」と定義するとすれば、初期血中濃度(Cint)は最大血中濃度(Cmax)と同一の値を有するようになって差異点2で限定した数値範囲である1:2~1:30の外の値を持つようになり、差異点2の限定が、マイクロ粒子の平均粒径、粒子の大きさの分布幅、比表面積の組合せによって初期薬物過放出を減少させる効果を奏することを示すための構成要素として限定した比率であるという技術的意義を有するとも言えない。
③出願発明の明細書からは差異点2の数値限定に関する特別な技術的意義が把握できる記載を見出せず、具体的な実施例も記載されていない。
④出願発明と実質的に同一の平均粒径、粒子の大きさの分布幅を有する先行発明1に、狭い単位分散度を有する微細流体法で製造したマイクロ粒子は厳格に制御された初期薬物放出特性を示すと記載されていることから、通常の技術者は先行発明1のマイクロ粒子が初期薬物過放出問題を解決するものと予想できるため、差異点2による効果は予測可能な効果である。
⑤非多孔性PLGAマイクロ粒子の放出特性を具体的な試験データとして開示している先行発明2から、マイクロ粒子は表面がなめらかな球状で粒子の大きさが均一であることが把握でき、先行発明2では、多孔性及び非多孔性マイクロ粒子は、平均サイズは類似するものの非多孔性粒子がより制御された放出プロファイルを示し、表面トポグラフィーの差によって非多孔性マイクロ粒子が多孔性マイクロ粒子よりも小さい「バースト効果(burst effect)」類似プロファイルを示したと明示的に記載しており、また「初期薬物過放出」が制御された放出特性を示している。
⑥原告は、出願発明のマイクロ粒子と市販中の徐放性放出製剤で開発されたリュープリン製剤及び放出試験データを提出したが、粒子の分布幅(Width)が2つの直径に関して記載されているのでいずれの値か分からず、また、粒子の大きさの分布を見てみると、分布幅が広いため先行発明1、2に対応する微細流体法で製造した単分散型粒子とは解し難く、比表面積値は放出試験データだけでは分からないので、先行発明1に開示されたマイクロ粒子を代表する比較試験データと認めることはできない。
専門家からのアドバイス
本件は数値限定発明の進歩性について判断されたものであって、出願発明は「マイクロ粒子の粒子の比表面積」と「マイクロ粒子から放出される薬物の初期血中濃度(Cint)と最大血中濃度(Cmax)の比」を特定の数値範囲に限定していたが、その実施例を含む出願明細書の説明においては、当該数値限定による臨界的意義や技術的意義について具体的に記載されていなかった。
かかる数値範囲の限定に対して特許法院は、出願発明と先行発明1はマイクロ粒子の形態、平均粒径、粒子の大きさの分布幅と製造方法が重複するとともに、先行発明1、2に初期薬物放出特性を制御することが記載されているので、出願発明の「マイクロ粒子の粒子の比表面積」と「マイクロ粒子から放出される薬物の初期血中濃度(Cint)と最大血中濃度(Cmax)の比」の構成は先行発明1、2から容易に導き出すことができ、それによる効果も予測可能であると判断した。
このため原告は出願発明の効果を立証するために、出願発明のマイクロ粒子と市販中の徐放性放出製剤の放出試験データを提出した。しかし特許法院は、上記データには粒子の比表面積、製造方法が特定されておらず、粒径、粒子の分布幅が不明確であり、出願発明と先行発明1、2との効果の差を比較したものではないとして、出願発明の進歩性を否定した。
本件は、明細書に数値限定による臨界的意義や技術的意義が記載されていなかったため、追って比較実験データを提出することにより数値限定による臨界的意義を積極的に立証する必要があったといえる。その際、比較実験の対照群は市販品や第三の異なる発明ではなく先行発明に記載された発明に設定し、先行発明に対する出願発明の効果の顕著性を立証することが有効なものと考えられる。しかし本件のように明細書に数値限定による臨界的意義や技術的意義が記載されていない場合には、臨界的意義等が認められることが困難な場合が多い。本件事例を通して、明細書作成の段階から数値限定の理由や臨界的意義ないし技術的意義を明細書に明確に記載しておくことの必要性を知ることができる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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