知財判例データベース 特許権の譲渡契約締結後に当該特許が無効となったとしても、既に支払われた譲渡の対価を不当利得として返還する義務はないとした事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 vs 被告
- 事件番号
- 2021ナ1398(本訴)技術料請求の訴え、2022ナ1227(反訴)損害賠償
- 言い渡し日
- 2023年07月20日
- 事件の経過
- 原告請求(本訴)一部認容及び被告請求(反訴)棄却、上告審にて審理不続行棄却で確定
概要
原告は橋梁用合成桁(composite girder)に係る特許権及び実用新案権の計9件について各持分50%を被告に譲渡し、被告はその譲渡の対価を原告に支払った。また、原告は合成桁の工事のうち一定比率を被告に分配し、その対価として被告は原告に技術料を支払うこととした。その後、原告は被告に対して未払いの技術料を支払うよう求める訴えを提起し(本訴)、第1審(ソウル中央地方法院)は原告の請求を一部認容した。被告は控訴し、控訴審において50%の持分を譲り受けた特許権及び実用新案権のうち一部は無効が確定したため、被告は無効になった権利に対して既に支払われた譲渡対価は不当利得であるとして原告に返還するよう請求した(反訴)。特許法院は原告の本訴請求を一部認容し、被告の反訴請求は棄却した。被告は上告したが、上告審理不続行棄却により特許法院の判決は確定した。
事実関係
原告は、橋梁用合成桁に係る技術開発及び施工等の事業を行う会社である。被告は、合成桁等を生産する会社である。原告は訴外株式会社Aとの間で、橋梁用合成桁の1つであるMSP合成桁に関連する契約(以下、「本件契約」)を2004年4月に締結し、被告は2005年2月に訴外株式会社Aから本件契約上の地位の移転を受け、原告もこの移転に同意した。本件契約の主な内容は大きく2つで、①契約当時、原告が所有していたMSP合成桁に関連する3件の実用新案登録と6件の特許について各所有持分50%を被告に譲渡し、被告はその譲渡対価(合計10億ウォン)を原告に支払うこと、②原告が今後MSP合成桁に関して受注する工事契約のうち40%は被告が(元請会社と直接契約を結んで)工事を行うことができるようにし、その対価として被告が原告に当該売上の2.5%を技術料として支払うというものであった。当該契約の有効期間は、持分が譲渡された特許権及び実用新案権の期間満了日までとした。原告は2006年から2017年まで、被告に対し、MSP合成桁が設計に反映された工事物量を分配した。一方、本件契約後に、持分の譲渡対象であった特許権及び実用新案権の計9件のうち5件は、(弁論終結された2023年6月時点で)登録無効、拒絶決定、登録料不納又は存続期間満了により消滅した。権利存続中の残りの4件のうち、MSP合成桁の最も核心的な特許1件(以下、「本件特許」)については、訴外競合他社が請求した無効審判手続において、請求の範囲を減縮する訂正請求により無効審判請求を棄却する審決が下され、当該審決は2011年8月に確定した。被告は2014年8月、原告に対し、本件特許の訂正された請求項の権利範囲に属さない方式で工事をする場合において競合他社との価格競争により大幅な損失が発生しているという理由で技術料の支払いについて再協議を要請し、2015年11月、原告と被告は低い単価で契約がなされた一部の工事については技術料を除外することで合意した。
その後、原告は、被告が原告に支払うべき技術料の総額約14億5千万ウォンのうち、未払いとなっている約12億3千万ウォンの支払いを求める本件訴えを提起した。第1審(ソウル中央地方法院2021年4月23日言渡2019ガ合556909判決)では、本件契約による技術料支払いの対象となる工事の範囲と当該工事の契約金額等を考慮すると、被告は原告に対し未払いとなっている技術料約10億ウォンを支払うべきであると判示した。被告は、第1審判決を不服として控訴し、控訴審において、逆に原告が被告に対し約20億ウォンを支払うことを求める反訴を提起した。被告は反訴請求の理由として、①本件契約上、工事物量の40%を被告に分配しなければならない原告の義務を果たせなかった債務不履行により、被告が工事収益約16億7千万ウォンを得られない損害が発生した点、及び②本件契約の基礎となった特許権と実用新案権の相当部分が無効となったため、被告が原告に既に支払った譲渡代金及び技術料のうち無効部分に相応する50%の金額は法律上の原因なしに支払われたものであるため不当利益返還を求めるという点の2つを主張した。
判決内容
本件契約による技術料支払いの対象となる工事の範囲と技術料算定の基準となる売上高等を考慮すると、被告は原告に対し未払いの技術料約7億8千万ウォンを支払う義務がある。一方、被告が本訴における相殺抗弁であり反訴請求として提起した、①工事物量の配分に関して原告の債務不履行による損害賠償を求める被告の請求、及び、②本件契約の譲渡目的物であった特許権及び実用新案権のうち相当部分が無効になったという理由で既に支払われた譲渡代金及び技術料の50%を不当利得として返還することを求める被告の請求は、いずれも棄却する。
①については、原告は当初被告に40%以上の工事物量を配分した。配分後に工事契約の最終締結まで至らなかった又は工事金額が変更されたという理由により40%の義務違反であるとは認められない。
②については、無効事由が内在している特許であっても有効な取引の対象とすることができ、特許権譲渡契約締結後に特許無効審決が確定した場合において、法律上擬制される特許無効の遡及効により既に有効に成立した特許権の譲渡契約が、その目的物が初めから存在しなかった場合のごとく原始的不能状態として無効になるとは認められない。その理由は、仮に原告と被告の間に取引の対象とされたものが無効になる可能性がない「絶対的に有効な特許権」であるとすれば、契約締結後に特許権が無効になることにより契約自体が無効となると認められる余地があるが、「絶対的に有効な特許権」は現実的には存在し難い。特許審査過程が完璧であることはあり得ない以上、すべての特許権はその程度において差があるだけで、無効になる可能性が本質的に内在しており、特許権に対する取引の現実においても、通常、特許権の譲受人はこのような無効の可能性を考慮したうえでこれを譲り受け、価格に反映させたりもする。また、無効事由が内在している特許権であるとしても、特許権の譲受人は特許が無効と確定するまでは特許発明を事実上独占的に実施できる利益を得るようになるという点で、現実的に譲渡の対象として十分な価値を有することができる。このような点を考慮すると、本件契約での譲渡の目的物は(絶対的に有効な特許権ではなく)契約時点で原告名義で有効に登録されていた特許権であり、契約直後に特許権移転登録を終えたことにより譲渡契約による原告の給付履行は既に終了したものと認めるべきであって、特許無効の遡及効によって給付履行が原始的不能状態(したがって、契約一部無効)であるということはできない。
専門家からのアドバイス
従来の判決としては、ある特許発明の実施契約が締結された後に、その契約対象である特許権が無効であると確定した場合についての事例があるところ、これらの判決では、特許権者が実施権者から既に支払いを受けた特許実施料については、特許が無効であると確定する前の期間に相当する部分を不当利得として実施権者に返還する義務はないと判断されている(大法院2014年11月13日言渡2012ダ42666,42673判決、大法院2019年4月25日言渡2018ダ287362判決)。
これに対し本件は、特許実施契約でなく特許譲渡契約において、特許無効の遡及効に基づいて既に支払われた関連対価等を不当利得として返還する義務があるか否かが争点になった。本件で特許法院が判示しているように、特許が無効になった場合、その特許無効の遡及効はあくまでも法律上の擬制であって、その目的物が初めから存在しなかった場合のような原始的不能とは必ずしも同一に取り扱われるものではない。このため、無効事由が内在している特許であっても有効な取引の対象になることができる旨が本判決で示されている。
上述したような過去の判決によれば、契約の対象である特許が無効になったとしても実施契約の対価や譲渡の対価は必ずしも不当利得になるわけではない点が確認でき、この点において本判決は特許法院の判示ではあるが参考に値することから紹介した。ただし、(特許実施契約であれ、特許譲渡契約であれ)特許無効の遡及効が特許関連の契約に及ぼす効果については一意的に断定できるものではなく、特許無効の遡及効がそれらの契約に及ぼす影響は当事者間の具体的な契約内容に応じて変わり得るものである点は注意する必要がある。
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