知財判例データベース 退職した従業員の職務発明補償金請求権の消滅時効起算点は、特別な事情がない限り、当該従業員の退職当時の勤務規定に基づく

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告(退職した従業員) vs 被告(A社)
事件番号
2021ダ258463職務発明補償金
言い渡し日
2024年05月30日
事件の経過
破棄差戻し

概要

原審判決(2審)では、補償金請求権の消滅時効起算点は、原告の退職後において職務発明補償指針が改定され職務発明実施補償金の請求が可能となった2001年1月1日であると解して、本件提訴の時点では既に10年の消滅時効が完成しているという理由で原告の請求を棄却した。これに対して大法院は、従業員の退職後に改定された職務発明補償指針は退職した従業員には適用されるものではなく、また、退職当時に施行されていた職務発明補償指針によれば「当該特許が被告の製品に適用され、その実施の結果が被告の経営に著しく貢献したと認められるとき」に初めて補償金の請求が可能となることから、2001年1月1日を補償金請求権の消滅時効起算点と解することはできないとして原審判決を破棄した。

事実関係

原告は、1989年10月に被告A社に入社して洗濯機に関連する研究開発職務に従事し、1998年9月に退社した。原告は、在職中に洗濯機用フィルタに関する合計10件の職務発明(以下、「第1~第10の職務発明」)を完成した。被告は、1997年8月頃、原告に承継の意思を通知することをもって予約承継規定に基づいて本件各職務発明にかかる特許を受ける権利を承継し、1997年8月頃、特許出願を行い1999年~2000年にわたって特許登録を受けた。被告は、本件各職務発明に基づいた洗濯機用フィルタを生産し、1999年6月頃~2017年8月頃まで当該洗濯機用フィルタを装着した洗濯機を国内外で販売した。
被告は1989年9月頃に職務発明補償指針という内部規定を制定したが、同内部規定は1995年1月1日(以下、「1995年職務発明補償指針」)、2001年1月1日(以下、「2001年職務発明補償指針)、2013年9月1日(以下、「2013年職務発明補償指針」)に改定が行われた(上記各日付は改定規定の施行日である)。1995年職務発明補償指針は、当該特許が被告製品に適用され、その実施の結果、被告の経営に著しく貢献した場合には、その貢献度に応じて実施補償金を支払うように定めている。一方、2001年職務発明補償指針では、上記のような実施補償規定が削除され、実施補償金の支払い時期に関する何らの定めもない。2013年職務発明補償指針では「自社実施補償金は、発明者が知識財産部署に支払いを申請した場合、支払い対象に該当するか否かを判断した上で支払う」という規定が追加された。
原告は2015年11月、被告に第1、第3、第4、第7、第8、第9の職務発明実施による補償金の支払いを請求し、これに対して被告は、2013年職務発明補償指針に基づいて補償金を5,800万ウォンと算定した。原告はこの金額について被告に異議申し立てを行ったが被告はこれを受け入れず、結局、2016年12月20日付で当該金額のまま補償金が支払われた。その翌日である2016年12月21日、原告は被告を相手取って3億ウォンの支払いを求める本件訴えを提起した。

1審(ソウル中央地方法院2020年7月10日言渡2016ガ合578670判決)の判断

本件各職務発明が特許として登録された当時に適用されていた1995年職務発明補償指針によれば、原告は職務発明が被告の製品に適用され会社経営に著しく貢献した場合にのみ実施補償金を請求できるとされていたため、当時は被告に対して実施補償金請求権を行使できなかった。しかし2001年職務発明補償指針では上記のような実施補償金の支払い要件に関する規定が削除されたため、原告は被告に実施補償金を請求できるようになった。よって、2001年職務発明補償指針の施行日である2001年1月1日から本件職務発明の実施補償金請求権の消滅時効が進行していると解される。
職務発明実施補償金請求権は一般債権と同様に10年間行使しなければ消滅時効が完成するため、2001年1月1日から10年が経過した時点で本件補償金請求権の消滅時効は完成している。
しかし被告は本件補償金請求権の消滅時効が完成した後、その補償金の一部を2016年12月20日に原告に支払っているので、これは補償金請求権に対する時効の利益を放棄する意志表示と判断するのが相当である。被告が時効利益放棄の意思を表明してから10年が経過する前に本件訴えが提起されたため、本件補償金請求権の消滅時効は完成していない。
本件の正当な補償金は、①使用者が得た利益(179,349,700ウォン)、②従業員の貢献度(40%)、③発明者の中での原告の寄与率(100%)を考慮して、71,739,880ウォンと算定する。ここから被告が原告に既に支払った58,000,000ウォンを差し引くと、被告は原告に残りの補償金13,739,880ウォンを支払う義務がある。

原審(特許法院2021年7月2日言渡2020ナ1612判決)の判断

債務者が消滅時効の完成後に債務の一部を返済したときには、債務の全金額について争いがない場合に限って、その全債務を暗黙的に承認したものと見なして時効の利益を放棄したと推定する(大法院2001年6月12日言渡2001ダ3580判決等)。本件において被告が消滅時効の完成後に原告に支払った補償金5,800万ウォンが本件各職務発明にかかる実施補償金のうちの一部であったとしても、正当な実施補償金が5,800万ウォンを超えるか否かについては原告と被告との間に争いがあったため、被告が当時、上記5,800万ウォンを超える金額の全債務を暗黙的に承認したとか、時効の利益を放棄したと推断することはできない。したがって、原告の本件各職務発明にかかる実施補償金請求権は本件提訴前に時効により消滅したので、原告の請求を全部棄却する。

判決内容

従業員等の職務発明補償金請求権は、一般に使用者等が職務発明にかかる特許等を受ける権利や特許権等を従業員等から承継した時点で発生するが、職務発明に関する勤務規定等で職務発明補償金の支払い時期を定めている場合には、従業員等は、その定められた支払い時期に職務発明補償金請求権を行使することができる(大法院2011. 7. 28. 言渡2009ダ75178判決等)。一方、使用者が職務発明に関する勤務規定を変更したものの、その変更前に既に従業員が退職していた場合は、その従業員と使用者との間に変更後の勤務規定を適用することで合意する等の特別な事情がない限り、変更後の勤務規定は変更前に既に退職した従業員には適用されない
本件において、原告は被告の2001年職務発明補償指針が施行される前である1998年9月に退社しており、原告と被告との間に2001年職務発明補償指針を適用することで合意する等の特別な事情は存在しない。したがって、原告の本件各職務発明にかかる補償金請求権の行使には、2001年職務発明補償指針ではなく1995年職務発明補償指針が適用される。1995年職務発明補償指針は、補償金の支払い時期を「当該特許が被告の製品に適用され、その実施結果が被告の経営に著しく貢献したと認められるとき」と定めているので、被告が消滅時効の起算日であると主張する2001年1月1日に補償金の支払い時期が到来したとは言えない。

専門家からのアドバイス

職務発明補償金請求権も消滅時効の一般法理の適用を受けるところ、本件は発明者である従業員の退職後に職務発明補償金の請求がなされた事案であって、特にその消滅時効の起算点が問題となった。消滅時効の一般法理によれば、職務発明補償金請求権は権利を行使できるようになった時点から消滅時効が進み、一般債権と同様に10年間行使しなければ時効が完成する。一方で、権利を行使することができない法律上の障害がある場合には消滅時効が進まないとされている。
これまで韓国大法院は「消滅時効の起算点は一般に使用者が職務発明に関する特許を受ける権利を従業員から承継した時点」とし、「会社の勤務規則等に職務発明補償金の支払い時期を定めている場合には、その時期が到来するまで補償金請求権の行使に法律上の障害があるので、勤務規則等に定めた支払い時期が消滅時効の起算点となる。」という見解を一貫して明らかにしてきた(出典:大法院2011年7月28日言渡2009ダ75178判決等)。
これに関連して、本件の被告企業は職務発明補償金の支払い時期に関する部分を削除することで職務発明補償指針を改定しており、その改定は当該従業員の退職後ではあったものの、1審と2審は共通して2001年職務発明補償指針が施行された2001年1月1日に補償金の請求が可能になったと解して、この時点を消滅時効の起算点と判断した(ただし、1審と2審は、10年の消滅時効が完成したと判断した上で、その後の2016年に被告が原告に5,600万ウォンを支払った行為については、この行為が既に完成した時効の利益を放棄する意志表示と解されるという点において判断が分かれた)。
これに対し大法院は1審と2審が看過した争点に着目しており、すなわち2016年の職務発明補償指針が従業員が退職した後の規定である点に基づいて原審を破棄した。この点につき判決文の中では「使用者が職務発明に関する勤務規定を変更したものの、その変更前に既に従業員が退職していた場合には、その従業員と使用者との間に変更後の勤務規定を適用することで合意する等の特別な事情がない限り、変更後の勤務規定は変更前に既に退職した従業員には適用されない」と判示している。
本件のように職務発明補償指針の策定及び改定時期や従業員の退職時期によって、いずれの職務発明補償指針が適用されるのかについて疑義が生じる場合がある。こうした場合において、本件判決は、消滅時効の起算点のみならず、従業員に対していかなる職務発明補償指針が適用されるかについて参考に値する事例であると思われる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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