知財判例データベース 特許発明の解決課題についての認識がない先行発明の結合により進歩性を否定する主張を排斥した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(無効審判請求人) vs 被告(特許権者)
事件番号
2023ホ11456登録無効(特)
言い渡し日
2024年01月10日
事件の経過
請求棄却(その後、上告棄却により確定)

概要

原告(無効審判請求人)は2つ以上の先行発明の結合によって特許発明を容易に導き出すことができる旨を主張したが、法院はいずれの先行発明にも特許発明が解決しようとする課題に対する認識が示されていないため、これらを結合して特許発明を導き出す動機や理由を見出し難いことを理由として無効審判請求人の主張を排斥し、特許発明の進歩性を認めた。

事実関係

被告の本件特許は、耐プラズマ特性を向上させるために表面に蒸着層を形成した半導体製造用部品に関するものである。一度に厚い蒸着層を形成すれば、異常組織が成長した非正常結晶構造が発生する問題点がある。本件特許は、かかる問題点を解決するためのものであって、異常組織の拡張を遮断することができるように層を複数にして急速に蒸着形成し、その複数層間の境界を覆うように耐プラズマ特性が強い層をその上に再度蒸着形成することを特徴とする。これにより、耐プラズマ特性が強く、異常組織の拡張を抑制するとともに生産工程の効率性も高めることができる。本件特許の請求項1とその代表図は、次のとおりである。

本件特許の請求項1
第1蒸着層(210);
上記第1蒸着層上に形成される第2蒸着層(220);及び
上記第2蒸着層上に、上記第1蒸着層と上記第2蒸着層間の境界線(300)の少なくとも一部分を覆うように形成される第3蒸着層(400);(以下「構成要素3」)
を含み、(中略)
層間境界を覆う蒸着層を含む半導体製造用部品(以下「構成要素8」)
第1蒸着層(210)、上記第1蒸着層上に形成される第2蒸着層(220)、及び 上記第2蒸着層上に、上記第1蒸着層と上記第2蒸着層間の境界線(300)の少なくとも一部分を覆うように形成される第3蒸着層(400)、(以下「構成要素3」) を含み、(中略) 層間境界を覆う蒸着層を含む半導体製造用部品(以下「構成要素8」)

本件の争点は、上記構成要素3と8を先行発明6,7から容易に導き出すことができるか否かであった。先行発明6は下記左側図のように半導体基板の表面に複数の層を蒸着したSiC成形体の構成を開示したものであり、先行発明7は半導体部品の一種であるフォーカスリング(110)においてプラズマによって損傷した部分(112)を加工処理後に蒸着によって覆い、再生部(400)を形成する構成を開示したものである。

先行発明6 先行発明7
半導体基板の表面に複数の層を蒸着したSiC成形体の構成を開示したもの 半導体部品の一種であるフォーカスリング(110)においてプラズマによって損傷した部分(112)を加工処理後に蒸着によって覆い、再生部(400)を形成する構成を開示したもの

本件特許の請求項1は第1蒸着層と第2蒸着層間の境界線(300)の少なくとも一部分を覆うように第3蒸着層を形成する構成であるのに対し、先行発明6,7のそれぞれには層間境界を覆う第3蒸着層に該当する構成が開示されていない。これについて原告(無効審判請求人)は、先行発明6には「SiC成形体は必要に応じて機械加工等により所望の形状及び厚さとする」と記載されているところ、これにより先行発明6のSiC成形体を機械加工を通じて下記「図A」中の矢印により表示した形態(すなわち、フォーカスリングの形態)に変形することが暗示されており、その結果、先行発明6の蒸着層間の境界は「必ず」露出するようになるため、そこに先行発明7の再生部(400)を結合すれば、蒸着層間の境界を「必然的に」覆うようになるため、本件特許請求項1を容易に導き出すことができると主張した。

原告(無効審判請求人)は、先行発明6には「SiC成形体は必要に応じて機械加工等により所望の形状及び厚さとする」と記載されているところ、これにより先行発明6のSiC成形体を機械加工を通じて下記「図A」中の矢印により表示した形態(すなわち、フォーカスリングの形態)に変形することが暗示されており、その結果、先行発明6の蒸着層間の境界は「必ず」露出するようになるため、そこに先行発明7の再生部(400)を結合すれば、蒸着層間の境界を「必然的に」覆うようになるため、本件特許請求項1を容易に導き出すことができると主張した。

<原告が主張した無効論理>

判決内容

(1)先行発明6の「SiC成形体」を先行発明6の記載に従い機械加工等を通じてその形状を変形させる場合、変形された「SiC成形体」の形状は上記「図A」中の矢印により表示したものが唯一の形状ではなく、これを含めた多様な実施形態が存在することは自明である。また、変形された多様な製品の形状の中には、下記「図B」のようにSiC成形体の層間境界が露出しなくなる製品形状も多様に存在し得ると言える。したがって、先行発明7の再生部(400)は、先行発明6のCVD-SiC成形体の蒸着層間の境界を覆うと断定することはできない

先行発明6の図1(v)の「SiC成形体」を「機械加工等」を通じて変形した形態のうち、SiC成形体の層間境界が露出しない製品形状の例示

(2)先行発明6は「化学蒸着法(CVD)により製作したSiC成形体及びその製作方法」に関する発明であり、化学蒸着法(CVD)により製作した「SiC成形体」及び「その製作方法」についてのみ開示されているだけで、「当該SiC成形体をプラズマエッチング装置内において使用することにより、そのSiC成形体の表面がプラズマによってエッチングされて損傷する点」については開示されていない。したがって、通常の技術者としては「半導体製造用部品の再生方法とその再生装置及び再生部品」に係る発明である先行発明7の図4の「再生部(400)」を、先行発明6の図1の「SiC成形体」に結合する動機や理由を見出すことは容易でない

(3)原告らは、先行発明6の明細書の段落[0018]の記載を根拠として、先行発明6による複数のSiC蒸着層に構成されたCVD-SiC成形体をフォーカスリングの形状及び厚さに加工して「フォーカスリング」として使用することができると主張する。しかし、先行発明6には図1の「CVD-SiC成形体」を「フォーカスリング」として使用する点に関するいかなる記載や暗示もない。先行発明6の明細書の段落[0018]には「基体から除去されたSiC成形体は必要に応じて機械加工等により所望の製品の形状及び厚さとする」と記載されているだけで、「SiC成形体」を機械加工を通じて「フォーカスリング」の形状に変形すると明示的に言及してはいない。したがって、先行発明6の明細書の段落[0018]の記載を見た通常の技術者が、先行発明6のCVD-SiC成形体を「フォーカスリング」の形状に変形できるとは断定し難い。

(4)半導体製造用部品の「再生」に関する特許である先行発明7を確認した通常の技術者の場合、先行発明7を、損傷した製品を補修する技術として認識することが合理的である。すなわち、先行発明7には本件請求項1の構成要素3,8が開示されておらず、本件請求項1の解決課題に対する認識がまったくない以上、先行発明7の損傷した部分のうち、層間境界が露出した所があるとしても、そのことから直ちに「層間境界がエッチングに脆弱であるため、これを耐エッチング性に優れる第3層により覆う」という本件請求項1の発明の技術思想を認識することは容易でないためである。以上により、原告請求を棄却する

専門家からのアドバイス

本件は、韓国での発明の進歩性の判断に関して新たな法理を提示したものではないが、原告の無効主張論理とこれを排斥した法院の判断については実務的に参考にする価値がある。 原告(無効審判請求人)が提示した先行発明6と7には本件請求項1の複数の層の層間境界を覆う第3蒸着層に該当する構成が開示されていなかったが、先行発明6に複数の層を半導体基板表面に蒸着したSiC成形体が開示されていた。原告は先行発明6の「SiC成形体は必要に応じて機械加工等により所望の形状及び厚さとする」という記載を根拠として先行発明6を先行発明7の対象であるフォーカスリングに変形した後、先行発明7の再生部を結合することによって本件請求項1の構成が導き出されるという無効論理を展開した。しかし、こうした原告の無効論理には、一意的でない状況を一意的に断定して特許発明の構成を導き出した主張が含まれており、法院はそのような原告論理の瑕疵を指摘した上で、特許発明の解決課題に対する認識がない先行発明を結合して特許発明の構成を導き出すことは容易でないと判断した。本件からわかるように、発明の進歩性の主張においては、発明が解決しようとする課題に特異性があることも進歩性が認められるための重要な判断材料になると言えよう。

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