知財判例データベース 結晶形特許発明について進歩性が否定されるとした大法院判決
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社
- 事件番号
- 2021フ10343登録無効(特)
- 言い渡し日
- 2024年03月28日
- 事件の経過
- 上告棄却
概要
本件において、特許発明はミラベグロンという化合物のα結晶形に関するもので、先行発明には、その塩酸塩化合物の具体的な製造例が開示されていた。大法院は、特許発明の結晶形が通常の多形体スクリーニングにより検討することができるため構成の困難性がなく、吸湿性及び熱力学的な安定性の側面において顕著な効果が認められないので進歩性が否定されると判断した。過去に大法院が2022年3月31日言渡2018フ10923判決を通じて明示した判示内容によれば、結晶形発明の進歩性も他の発明と同じように構成の困難性と効果の顕著性をともに考慮すべきであるといえるところ、これに基づき大法院は、本件結晶形発明の進歩性を否定した原審判決が正当だと判断した。
事実関係
原告は、「酢酸アニリド誘導体のα形又はβ形結晶」を発明の名称とする発明について2009年7月15日付で特許登録を受けた。被告は原告を相手に、特許発明が先行発明1によって進歩性が欠如するという理由で無効審判を請求した。特許審判院は被告の審判請求を認容する審決をし、原告はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起したが、特許法院も進歩性が否定されるとして原告の請求を棄却した。原告は特許法院の判決に対して大法院に上告した。
なお、原告の特許発明は審判院で訂正されており、訂正後の請求項3は下記の通りである:
請求項3
粉末X線回折で2θ(°)に対して5.32,8.08,15.28,17.88,19.04,20.20,23.16及び24.34付近に主ピークを有する、(R)-2-(2-アミノチアゾール-4-イル)-4’-[2-[(2-ヒドロキシ-2-フェニルエチル)アミノ]エチル]酢酸アニリド(以下「ミラベグロン」と言う)のα形結晶。先行発明1は、「アミド誘導体又はそれの塩(AMIDE DERIVATIVES OR SALTS THEREOF)」に関するヨーロッパ公開特許公報である。
判決内容
大法院は、特許発明の進歩性が否定されると判断し、関連法理として結晶形発明の進歩性判断に関する下記の法理を挙げた。
『結晶形発明の構成の困難性を判断する際には、結晶形発明の技術的意義や特有の効果、その発明で請求する特定の結晶形の構造や製造方法、先行発明の内容や特徴、通常の技術者の技術水準や出願当時の通常の多形体スクリーニング方式等を記録に示された資料に基づいて把握した後、先行発明の化合物の結晶多形性が知られていたか又は予想できたか、結晶形発明で請求する特定の結晶形に至ることができるという教示や暗示、動機等が先行発明や先行技術文献に示されているか、結晶形発明の特定の結晶形が先行発明の化合物に対する通常の多形体スクリーニングにより検討することができる結晶多形の範囲に含まれるか、その特定の結晶形が予測できない有利な効果を奏するか等を総合的に考慮して、通常の技術者が先行発明から結晶形発明の構成を容易に導き出すことができるかを詳察しなければならない。
結晶形発明の効果が先行発明の化合物の効果と質的に異なるか又は量的に顕著な差がある場合には、進歩性が否定されない。結晶形発明の効果の顕著性は、その発明の明細書に記載され通常の技術者が認識又は推論できる効果を中心に判断しなければならず、進歩性が否定されることを無効事由とする特許無効審判及びそれによる審決取消訴訟において、上記のような無効事由に関する証明の責任は無効を主張する当事者にあるが、結晶形発明の効果が疑わしいときには特許権者も出願日以後に追加の実験資料を提出する等の方法でその効果を具体的に主張・証明する必要がある。このとき、追加の実験資料等は、その発明の明細書の記載内容の範囲を超えるものであってはならない(大法院2022年3月31日言渡2018フ10923判決参照)』
続いて、大法院は、下記の内容により、先行発明1からミラベグロンのα形結晶を容易に導き出すことができると判断した。
(1) 先行発明1には、ミラベグロンが含まれる化学式Ⅰの化合物が遊離体、塩、水和物、溶媒和物又は多形性結晶(polymorphic crystals)等に単離・精製されること、先行発明1が化学式Ⅰによって示される化合物、その化合物の塩、水和物、幾何及び光学異性体、多形性物質を含むことが記載されており、ミラベグロンの結晶多形性が暗示されている。従って、通常の技術者がミラベグロンの製剤設計のために特定の結晶形を確認する動機は十分だと言える。(2) 先行発明1の実施例には、ミラベグロン2塩酸塩の製造方法が記載されている。ミラベグロンのβ形結晶は通常の方法によりミラベグロン2塩酸塩をミラベグロンで中和する過程を通じて得られる。そのミラベグロンのβ形結晶から再結晶化を通じてミラベグロンのα形結晶を製造するための加熱、溶解、冷却等の結晶化工程もよく用いられる方法であり、溶媒の種類、加熱温度、冷却温度等の具体的な結晶化工程の変数も典形的である。従ってミラベグロンのα形結晶は、通常の技術者が先行発明1に開示されたミラベグロンに対する通常の多形体スクリーニングを通じて検討できる結晶多形の範囲に含まれると言える。
さらに、大法院は下記の内容により、ミラベグロンのα形結晶が先行発明1に開示された化合物から予測できない有利な効果を奏するとは言えないと判断した。
(1) 特許発明の明細書の記載によると、特許発明のミラベグロンのα形結晶の効果は吸湿性を示さず安定しているため、医薬品の製造原料に適しており医薬品として有用であるとのことである。ミラベグロンのα形結晶とミラベグロン2塩酸塩との吸湿性を比較した明細書中の実験結果と出願日以後に提出された追加の実験資料によれば、ミラベグロンのα形結晶は温度25℃、相対湿度5%~95%で吸湿性を示していないのに対し、ミラベグロン2塩酸塩は相対湿度約80%から急激な重量の増加を示し始めるものの、温度25℃、相対湿度80%において24時間保管した後の重量変化分を測定した結果、ミラベグロンのα形結晶の重量変化分は-0.03%、ミラベグロン2塩酸塩の重量変化分は0.7%で、その差が顕著であるとは言えず、相対湿度約80%未満ではミラベグロンのα形結晶とミラベグロン2塩酸塩との間に特段の吸湿性の差が表れないので、結局、相対湿度が約80%を超える苛酷な条件の場合にのみ吸湿性に相当な差が見られる。このような差では、医薬品の製造原料や医薬品として有利な吸湿性を有すると断定することはできない。
(2) 仮に吸湿性と関連して量的に顕著な効果の差があると認めたとしても、ミラベグロンのα形結晶とミラベグロン2塩酸塩とでは塩形成がなされているか否かに差があり、上記の効果の差が塩形成の差によるのか、あるいは結晶多形性の差によるのかを区別できないため、結局、ミラベグロン2塩酸塩との比較実験結果のみに基づいてミラベグロンのα形結晶が先行発明1に開示された化合物に比べて量的に顕著な効果の差を有するとは言えない。
(3) 特許発明の明細書には、ミラベグロンのα形結晶をミラベグロンの他の結晶形であるミラベグロンのβ形結晶と対比した効果が記載されている。もし仮に、ミラベグロンのα形結晶がミラベグロンのβ形結晶に比べて量的に顕著な効果の差を示すならば、ミラベグロンのα形結晶の効果を先行発明1から予測できない有利な効果と認める余地はある。しかし、「ミラベグロンのβ形結晶も準安定形結晶であり医薬品として用いることができる」という特許発明の明細書の記載に照らしてみると、ミラベグロンのα形結晶とβ形結晶との間の約2.8%程度の相対的な吸湿性の差を量的に顕著であると評価するのは難しい。
(4) 一方、特許発明の明細書中の熱分析を示した図面によれば、ミラベグロンのα形結晶はβ形結晶と溶融点ではほぼ差がなく、溶融エンタルピーのみ14.705J/g 高い程度なので、その熱力学的安定性の差について量的に顕著であるとは言えない。結局、ミラベグロンのβ形結晶との比較実験結果等に基づいてミラベグロンのα形結晶が先行発明1に開示された化合物と比べて量的に顕著な効果の差を有すると言うこともできない。
(5) 原告は、出願日以後に「70℃/相対湿度75%で14日保存による安定性試験結果」、「光安定性試験結果」を通じてミラベグロンのα形結晶とミラベグロン2塩酸塩の安定性等を対比した追加実験資料を提出したが、追加実験資料の各試験結果は特許発明の明細書に記載されていない効果に関するもので明細書の記載内容の範囲を超えるものである。
(6) 先行発明1にミラベグロンの結晶多形性が暗示されていることは先の通りであり、同一の化合物であっても、その結晶形態によって吸湿性等の薬剤学的特性が変わるということは医薬化合物分野で広く知られているので、ミラベグロンのα形結晶が有する低い吸湿性による安定性等の効果を先行発明1のミラベグロンから予測できない異質な効果であると言うことはできない。
専門家からのアドバイス
こうした結晶形発明の進歩性の判断について大法院2018フ10923判決より前の法院の見解は、結晶形発明において構成の困難性は考慮せずに効果の顕著性が認められる場合にのみ進歩性が肯定されると解釈する余地があったとされるが、この点につき大法院2018フ10923判決は「大法院2011年7月14日言渡2010フ2865判決等において特別な事情がない限り効果の顕著性をもって結晶形発明の進歩性を判断したことは、結晶形発明の特性により構成の困難性が不明瞭である事案において効果の顕著性を中心に進歩性を判断したためだと理解することができる」と説明している。
つまり韓国大法院の見解は、特許発明の進歩性の有無を判断する際には構成の困難性と効果の顕著性をともに考慮すべきであるが、結晶形発明では、医薬化合物におけるその特性により構成の困難性が不明瞭な事案において効果の顕著性を中心に進歩性を判断すべき事例もあるというものである。
こうした中で本件大法院判決は、大法院2018フ10923判決言渡から2年ほど経過した2024年3月28日に言い渡されたものとなった。ただし、大法院2018フ10923判決で結晶形発明の進歩性が肯定されたのとは異なり、本件では結晶形発明の進歩性を否定した原審判決に違法性がないものと判断されている。具体的に本件特許発明はミラベグロンのα形結晶に関するものであったが、先行発明にミラベグロンの結晶多形性が暗示されており、ミラベグロン2塩酸塩の製造例が記載されているので、上記結晶形が通常の多形体スクリーニングを通じて検討できる結晶多形の範囲に含まれるとの理由で構成の困難性が否定された。効果の顕著性においても、相対湿度約80%未満では上記結晶形と先行発明に開示されたミラベグロン2塩酸塩との間に吸湿性の差がなく、β形結晶に対しても吸湿性及び熱力学的安定性の差が顕著でないという理由で効果の顕著性も否定された。
つまり大法院2018フ10923判決では、その第Ⅰ型結晶形の構成の困難性と、他の結晶形と比較した吸湿性や熱力学的安定性における効果の顕著性とが認められたが、本件では具体的な事実関係に基づいて大法院2018フ10923判決とは異なる結論が下されたといえる。これらの判決は、韓国における結晶形発明の進歩性の具体的な判断事例として参考にするに値する。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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