知財判例データベース 故意による特許侵害によって損害賠償が増額された最初の事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 釜山地方法院
- 当事者
- 原告(特許権者) vs 被告
- 事件番号
- 2023ガ合42160損害賠償(ギ)
- 言い渡し日
- 2023年10月04日
- 事件の経過
- 一部認容(控訴審進行中)
概要
損害賠償の増額規定を新たに導入した改正特許法が2019年7月9日に施行された後、特許侵害による損害賠償額の算定において、特許侵害行為が故意的であったことが認められて1.5倍に増額された最初の事例である。
事実関係
原告は、料理容器用蓋に関する発明の特許権者である。被告は、2015年10月、原告に対し本件特許発明を使用するための協定を要請したが協議はなされなかった。被告は、本件特許に対する無効審判、消極的権利範囲確認審判を請求したが、特許審判院及び特許法院でいずれも敗訴した。すなわち特許審判院は、特許が有効で被告が販売した特定モデルの料理容器が本件特許の権利範囲に属するという各審決を2020年12月にし、特許法院も、これらの審決を支持する各判決を2021年7月に下し、両判決は2021年8月に確定した。
本件特許を侵害する被告の料理容器は、2015年から2022年にわたって約7年間販売された。かかる特許侵害に関し釜山地方法院で進行された本件の訴訟では、特許侵害による損害賠償額の算定のみが主な争点となった。
判決内容
(1) (増額規定の導入以前における)通常の損害賠償額の算定
被告が特許侵害行為によって得た利益額に基づいて(特許法第128条第4項)、損害額として約9億5千万ウォンが認められた。これは下記3つの数字をすべて乗じて算出された金額である。①被告侵害品売上 約500億ウォン
②被告利益率 7.6%
③本件特許発明の寄与率 25%
上記②の被告利益率(7.6%)は、国税庁が告示した当該業種(金属台所容器等)の単純経費率(92.4%)を100%から差し引いた数字である。上記③寄与率(25%)を判断するにおいては、被告が本件料理容器を販売するにおいて、本件特許発明に関連した性能に集中してマーケティングを行ったという事実(寄与率上昇要因)と、被告の本件料理容器には本件特許発明以外に被告の3件の他の特許発明も適用されているという事実(寄与率下降要因)とが考慮された。
(2) 故意侵害による増額
被告の侵害行為期間(2015.11.30~2022.10.31)のうち、故意侵害による増額に関する特許法第128条第8項が施行された後の期間(2019.7.9~2022.10.31)に発生した損害額については、以下のような事情を考慮して1.5倍に増額された。①特許法第128条第8項が施行された後の期間における被告の本件料理容器の売上高は約58億ウォンである。
②被告は2015年10月に原告に対して本件特許発明を使用するための協定書を送り、その後、被告が(特許権使用協議がなされていないにもかかわらず)特許侵害行為をすると、原告は2019年2月に被告に対して特許権侵害中止を要請する通告文を発送した。
③原告は2019年5月に公正取引調停院に本件侵害行為に関する中止要請と補償に関する調停を申請し、公正取引調停院は2019年5月に被告に出席することを要求する公文書を発送した。
④本件侵害行為は約7年間なされ、販売された本件料理容器は総計約40万個、それによる総売上高は約500億ウォンである。
⑤本件料理容器と他の製品を全て含んだ被告の年間売上高は2017年約1400億ウォン、2018年約1300億ウォン、2019年約1100億ウォン、2020年約300億ウォン、2021年約1200億ウォン、2022年年約900億ウォンであった。
⑥2021年4月以降は被告の本件料理容器の販売量や売上高がかなり減少し、被告は仲買人が保有していた本件料理容器の在庫を再び買い入れたりもした。
⑦本件特許に関連した無効審判、権利範囲確認審判での各審決及び判決の内容と各言渡日は、上記[事実関係]に記載された通りである。
以上を総合すれば(下表参照)、被告が原告に支払わなければならない損害賠償額は約10億ウォンである。
通常の損害賠償額(128条4項) | 故意侵害で増額された損害賠償額(128条8項) | |
2015.11.30~ 2019.7.8 | 約8億4千万ウォン | 約8億4千万ウォン(128条8項施行前なので、増額なし) |
2019.7.9~ 2022.10.31 | 約1億1千万ウォン | 約1億6千万ウォン(1.5倍に増額) |
合計 | 約9億5千万ウォン | 約10億ウォン |
専門家からのアドバイス
本判決は1審判決であり2審が進行中であるが、法改正により故意侵害による損害賠償の増額規定(特許法第128条第8項;3倍まで増額可能)が2019年7月9日に施行された後、当該規定を適用して損害賠償を増額した最初の判決とみられることから今回紹介した。(なお、2024年8月21日に施行される改正特許法により増額の範囲が5倍まで拡張される。)
(1)損害賠償額が増額され得る「故意」侵害であるか否かについて
特許法は、故意侵害が認められる場合において、賠償額を「何倍」に増額するかを判断するにおいて考慮すべき事項を明示している一方(特許法第128条第9項第1号~第8号)、その前提となる「故意」の判断方法については特に言及がないため、「故意」の判断に関する法理は今後蓄積される判決を通じて形成されていくものとみられる。
本件では、「故意」の有無の判断と、「(故意であることを前提に)何倍に増額するか」の判断とを、両者分離せず包括的に判断している。具体的には、上記[判決内容](2)の①~⑦の事項を、「故意」及び「1.5倍増額」という判断の共通根拠として包括的に説示している。
この[判決内容](2)の①~⑦の事項の中で「故意」を認める根拠としては、②と③がより関連があると考えられる。すなわち、被告自らが先に本件特許に関する使用権を得るために原告にコンタクトした点、原告が被告に特許侵害中止要請をした点、公正取引調停院から本特許に関する紛争解決のために被告に出席を通知した点はいずれも、被告が本件特許の存在及び被告製品が本件特許に抵触する危険性を認識していたことを一応示す根拠であり、このことが故意侵害を認める根拠となったものと考えられる。逆に、故意侵害が否定された他の事例(ソウル中央地方法院2021.5.27.言渡2020ガ合505891)では、原告が被告に特許侵害の警告をせず直ちに訴えを提起するなど、被告が原告特許の存在ないし特許抵触の可能性を知っていたと認められるだけの事情がなかった。
こうした事例が未だ十分に蓄積されていない現状ではあるものの、実施者側として、特許権者からの警告状を受け取るなど特許抵触のリスクをある程度知った時点以降においては、(特別な事情がない限り)故意の侵害が認められる可能性が高くなるため、注意する必要があろう。逆に、特許権者は、故意侵害認定の可能性を高めるための一手段として、実施者に当該特許権の存在及び抵触の可能性を通知しておくことが考えられる。
(2)損害賠償額を「何倍」に増額するかの判断について
本判決は1.5倍と判断した根拠として、上記[判決内容](2)の①~⑦の事項を説示しているが、その各々の事項について倍数を上昇させるのに寄与したのか、それとも逆に倍数を下降させるのに寄与したのかなどは明らかになっていない。これについては、本件上級審の判決とともに今後の事例の蓄積を見守る必要がある。
(3)損害賠償の増額規定(特許法第128条第8項)施行日(2019年7月9日)前後で特許侵害行為が続いた場合、当該規定をどのように適用するか
本規定の施行日である2019年7月9日以降に行われた特許侵害行為に対しては当該規定が適用されるが、その施行日前に既に終了している特許侵害行為については当該規定は適用されない。ただし、施行日前に開始された特許侵害行為が施行日を過ぎた後も続いている場合、当該規定をどのように適用すべきかについては議論があり、以下の2つの見解が出されている。
①施行日以降に行われた特許侵害行為により発生した損害に対してのみ当該規定を適用し、(該当期間の侵害行為に故意があれば)それに応じた損害額を増額すればよいという見解
②当該規定を全く適用できないという見解
今回の判決は①の見解をとったが、それ以前には②の見解をとった1審判決も出ている(ソウル中央地方法院2022.5.13.言渡2019ガ合548175(控訴審で和解で終結)、ソウル中央地方法院 2021. 10. 29.言渡2018ガ合579509判決、ソウル中央地方法院2023. 7. 13.言渡2022ガ合507921判決)。
これに関連し、2024年8月21日施行予定の改正特許法において増額の範囲が5倍に拡張されたところ、同法附則(第2条)では「最初に」という文句を削除し「第128条第8項の改正規定は、この法律施行後に発生する違反行為から適用する。」とのみ規定して、その立法趣旨が①の見解であることを明確にしている。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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