知財判例データベース パラメータ発明における工程変数の測定方法が明細書に記載されていないため、実施要件違反と判断された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、上告人(特許権者)vs 被告、被上告人(無効審判請求人)
事件番号
2020フ10292登録無効(特)
言い渡し日
2024年01月11日
事件の経過
上告棄却(審決確定)

概要

多結晶シリコンの製造方法における工程変数間の相関関係を限定したパラメータ発明に対して、それらの工程変数が当該発明で有する技術的意味に照らしてその測定方法が厳密に記載される必要があるにもかかわらず、その記載がないので当該発明を容易に実施することができないと判断した。

事実関係

原告の本件特許は多結晶シリコンの製造方法に関するもので、請求項1は下記のとおりである。

多結晶シリコンの製造方法であって、上記方法は、シリコン含有成分及び水素を含む反応ガスを1つ以上のノズルによって反応器に導入する段階を含み、上記反応器はシリコンが蒸着される1つ以上の加熱されるフィラメント棒を含み、反応器の空容量(empty volume)に対する棒の体積の比(百分率)を意味する充填水準(fill level:FL)の関数として、反応器内の流動条件(flow condition)を示すアルキメデス数(Archimedes number:Ar)が、充填水準FLが5%以下の場合には、関数Ar=2000xFL-0.6による下限値と、関数Ar=17000xFL-0.9による上限値で定められる範囲内であり、充填水準FLが5%より大きい場合には、750~4000である、多結晶シリコンの製造方法

上記アルキメデス数(Archimedes number:Ar)は、本件特許の明細書に以下の式で定義されている。

Ar =Π×g×L3×Ad×(Trod - Twall)/ (2×Q2×(Trod + Twall))
(式中、gは重力加速度で単位はm/s2であり、Lはフィラメント棒の長さでその単位はmであり、Qは作動条件(p,T)下でガスの体積流量(volume flow)でその単位はm3/sであり、Adは全てのノズルの断面積の和でその単位はm2であり、Trodは棒の温度でその単位はKであり、Twallは壁の温度でその単位はKである。)

被告は、請求項1の製造方法において、アルキメデス数を構成する変数のうち棒の長さ(L)、棒の体積、壁の温度(Twall)等はその測定のための基準、方法及び条件に関する説明が明細書に明確に記載されていないので、本件特許発明は明細書の記載によって容易に実施することができないと主張した。

これに対して原告は、当業者であれば本件明細書の記載を通じて本件アルキメデス数及び充填水準(Fill Level:FL)を構成する全ての工程変数の意味、測定基準及び方法を明確に理解することができると主張した。

原審判決(特許法院)

本件特許発明は、シーメンス反応器内で化学反応を通じてシリコン蒸着を引き起こして多結晶シリコンを製造する方法に関する化学発明であると同時に、明細書の記載を通じて新たに定義された「反応器の空容量(empty volume)に対する棒の体積の比(百分率)を意味する充填水準(FL)」と「反応器内の流動条件(flow condition)を示すアルキメデス数(Ar)」との間の相関関係を、演算式と数値で限定したパラメータ発明に該当する。したがって、本件特許発明が発明の詳細な説明に関する記載要件を満たすためには、当業者が出願時の技術水準から判断して過度な実験や特殊な知識を付加しなくても本件明細書の記載によって新たなパラメータを含んだ本件特許発明の全ての構成を特許請求の範囲で限定した数値範囲全体にわたって正確に理解することによってこれを使用でき、上記構成から得られる効果も上記数値範囲全体にわたって本件明細書で具体的な実験、実施例等で証明されるか、又は当業者が出願時の技術水準から判断してこれを十分に予測できなければならない。
本件明細書には、シリコン蒸着反応が進行中の状態にある棒の体積(Vrods)を測定する方法、さらにそれから計算される充填水準(FL)の測定方法については特に記載がない。これについて、原告は、本件明細書で棒の形態を円柱と見なしており、当該技術分野で棒の形態を円柱と見なして棒の体積を計算するのは通常使用される方法であると主張している。しかし、原告が提出した証拠の具体的内容に照らしてみると、これらは上記関連技術の文献の該当内容の説明に対するそれぞれの必要に応じて棒の形態が円柱と見なされて説明された場合があるという事実のみを意味するだけで、原告が主張するように当業者が反応中の棒の体積を測定するにおいて、棒を円柱と見なした後、一般的な円柱の体積の計算方法を通じてその体積を推定することが通常認められる技術常識であることを意味するものであると言えない。
本件請求項1の発明の技術的思想は、各工程変数が反応中に継続して互いに密接な影響を及ぼしあって反応器内の流動条件を決定することを前提とし、反応中の各工程変数の連動した調節を通じて反応器内の流動条件を一定範囲内に存在させ、その結果、反応器内のシリコン蒸着工程が最適化される効果が奏され得ることをその中心的特徴としている。したがって、本件請求項1の発明は、上記のように反応中の各工程変数の互いに連動した実際の調節が重視される発明内容の本質上「反応中の工程変数の実際の測定値」が本件請求項1の発明の構成及び作用効果の具現に非常に重要な機能を行う特徴を持っているといえるが、本件明細書に工程変数の一つであるVrodsの測定方法に関して特に記載がないのは前述したとおりであるところ、この場合、当業者が本件請求項1の発明である製造方法を実際に使用するにおいてVrodsを反応中の実測値ではなく推定値を適用しても本件請求項1の発明の構成が十分に具現されるものと認識するとはいえない。(実施可能要件の違反)
これに対して、原告が上告を提起した。

判決内容

物を生産する方法の発明が新たに創出した物理的、化学的、生物学的特性値を使用するか、又は複数の変数間の相関関係を用いて発明の構成要素を特定したパラメータ発明に該当する場合、パラメータの定義や技術的意味、特性値や変数の測定方法・測定条件等パラメータの確認手段等を考慮すると、当業者が特許出願当時の技術水準から判断して過度な実験や特殊な知識を付加せずには発明の説明に記載された事項によってパラメータで特定された生産方法を使用できないならば、特許法第42条第3項第1号で定めた記載要件(実施可能要件)を満たさないと判断しなければならない。

本件請求項1の発明の特許請求の範囲には、反応器の空容量(empty volume)に対する棒の体積(Vrod)比を意味する充填水準(fill level、FL)の関数として反応器内の流動条件(flow condition)を示す本件アルキメデス数が、充填水準が5%以下の場合には2000×FL-0.6による下限値と17000×FL-0.9による上限値で定められる範囲内であり、充填水準が5%より大きい場合には750~4000であると記載されている。
発明の説明では、本件アルキメデス数をAr=Π×g×L3×Ad×(Trod-Twall)/{2×Q2×(Trod+Twall)}の関係式で示している。本件請求項1の発明は、本件特許発明の明細書の記載を通じて、新たに定義された本件アルキメデス数と充填水準の相関関係を用いて発明の構成要素を特定したパラメータ発明に該当する。
本件請求項1の発明は、シーメンス反応中に互いに密接な影響を及ぼしあう各工程変数の連動した調節を通じて、反応器内の流動条件であるアルキメデス数が定められた範囲内に存在するように工程を実施することにより、反応器内のシリコン蒸着工程が最適化される効果を奏することを技術的特徴とするので、反応中の工程変数の値が本件請求項1の発明の実施に重要な技術的意味を有する。
ところが、本件特許発明の明細書には充填水準を決定する工程変数である棒の体積(Vrod)とアルキメデス数を決定する工程変数である反応器の壁の温度(Twall)、体積流量(Q)の各測定方法が記載されていない。本件で提出された資料だけでは当業者が本件特許発明の優先権主張日当時の技術水準でシーメンス反応器に関連した上記各工程変数の測定方法や値が容易に把握できるとは認め難い。
したがって、当業者が優先日当時の技術水準から判断して過度な実験や特殊な知識を付加せずには発明の説明に記載された事項によってパラメータで特定された生産方法を使用することができないので、本件特許発明の明細書の発明の説明は、本件請求項1の発明を容易に実施できるように明確かつ詳細に記載されたとはいえない(実施可能要件の違反)。

専門家からのアドバイス

本件発明は、多結晶シリコンの製造方法として反応ガスの流動条件を制御することを構成要素とする発明であると認められるところ、その反応ガスの流動条件を工程変数(アルキメデス数等)の特殊パラメータによって特定した、いわゆるパラメータ発明であった。
特許法院及び大法院は、本件発明の実施可能要件について一致した判示をしており、すなわち反応中の各工程変数の測定方法が明細書に記載されていないので、実施可能要件違反であると判断した。具体的には、特許権者である原告は審決取消訴訟の段階で各種技術資料を提出して当業者が容易に実施できる旨を主張したが、法院は各工程変数を測定する方法は多様であって、いかなる測定方法を取るかにより工程変数の値が変わり得る点、及び本件発明は工程変数の値が重要な意味を有する発明であるという点に注目し、実施可能要件違反と判断したのである。
実施可能要件等の記載要件を満たしていることを主張するために、明細書に記載されていない事項を事後的に他の資料により補充することには当然限界があり得る。したがってパラメータ発明関連の明細書を作成する際には、各変数の意味とその測定方法を明確に記載すること、特に重要な意味を有する変数については明細書の記載に明確な裏付けが必要なことを本件は教えてくれる。

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