知財判例データベース 補正下着に関する特許発明において容易実施要件及び進歩性が認められた特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 B
事件番号
2022ホ5904登録無効(特)
言い渡し日
2023年07月20日
事件の経過
確定

概要

特許発明は女性用補正下着に関する発明であって、身体を圧迫する力を「前面」<「側面」<「腰を圧迫する圧迫帯」の順に強く形成することによって身体補正効果を奏する。原告が容易実施要件と進歩性の要件の欠如を理由として特許発明の無効を主張する審決取消訴訟において、特許法院は、明細書に生地の素材、特性、配置、製造順序等を通じた前面、側面、圧迫帯の身体圧迫力の制御方法まで全て記載しなくても特許発明を容易に実施することができ、上述の身体を圧迫する力を異ならせる特許発明の構成は各先行発明によって容易に導き出されないという理由により、特許発明が無効であるとする原告の主張を斥けた。

事実関係

被告は「女性用シームレス補正下着」を発明の名称とする発明について、2016年5月25日に特許登録を受けた。原告は2022年6月21日、特許審判院に進歩性の欠如を理由として無効審判を請求した。特許審判院は原告の審判請求を棄却する審決をし、原告はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起した。
被告の特許発明の請求項1は、下記のとおりである。

請求項1

伸縮性がある生地を無縫製方式で上部圧迫部(500)と下部圧迫部(600)の間に形成するものの(以下「構成要素1」)、
身体前方を支持して圧迫するための前面(100);身体後方を支持して圧迫するために上下2つに分かれた背面(200);上下2つに分かれて前面(100)と背面(200)の間を連結する一対の側面(300)(以下「構成要素2」);及び
上記背面(200)と側面(300)の間に一体になるように形成し、両端がそれぞれ前面(100)の両側に一体に形成されて腰を圧迫する圧迫帯(400);を含み(以下「構成要素3」)、
身体を圧迫する力は前面(100)<側面(300)<圧迫帯(400)の順に強く形成したこと(以下「構成要素4」)を特徴とする女性用シームレス補正下着。

[図1]本発明による補正下着の例 (a)正面図 (b)背面図
伸縮性がある生地を無縫製方式で上部圧迫部(500)と下部圧迫部(600)の間に形成するものの(以下「構成要素1」)、 身体前方を支持して圧迫するための前面(100);身体後方を支持して圧迫するために上下2つに分かれた背面(200);上下2つに分かれて前面(100)と背面(200)の間を連結する一対の側面(300)(以下「構成要素2」);及び 上記背面(200)と側面(300)の間に一体になるように形成し、両端がそれぞれ前面(100)の両側に一体に形成されて腰を圧迫する圧迫帯(400);を含み(以下「構成要素3」)、 身体を圧迫する力は前面(100)<側面(300)<圧迫帯(400)の順に強く形成したこと(以下「構成要素4」)を特徴とする女性用シームレス補正下着。

原告は特許法院において、下記のように被告の特許発明が無効であると主張した。

  1. 特許発明の明細書の発明の説明には、身体を圧迫する力を前面(100)<側面(300)<圧迫帯(400)の順に強く形成する方法に関して記載されていないため、当業者が発明を容易に実施できるように明確かつ詳細に記載されていない。具体的には、当業者が特許発明を実施するためには、素材の種類、素材の特性、素材の配置、製造順序及び方法、素材以外の他の特徴で圧迫する力を形成するものか等を含んで、いかなる事項を用いて圧迫する力を異ならせて形成するのかが発明の説明に記載されなければならない。
  2. 本件請求項1、2、3の特許発明は、当業者が先行発明1~11によって容易に発明できるので特許法第29条第2項に違反する。

判決内容

特許法院は、下記のように特許発明に無効事由がないと判断した。

特許発明は容易実施要件(特許法第42条第3項第1号)を満たす

まず特許法院は関連法理として下記を提示した。
特許法第42条第3項は、発明の説明には当業者が容易に実施できる程度に発明の目的・構成及び効果を記載しなければならないと規定しているところ、これは特許出願がされた発明の内容を第三者が明細書だけで容易に分かるように公開して、特許権で保護を受けようとする技術的内容と範囲を明確にするためである。ところで「物の発明」の場合、発明の「実施」とは、物を生産、使用する等の行為をいうので、物の発明において当業者が特許出願当時の技術水準から判断して過度な実験や特殊な知識を付加しなくても発明の説明に記載された事項によって物自体を生産して使用でき、具体的な実験等で証明がなされていなくても特許出願当時の技術水準から判断して当業者が発明の効果の発生を十分に予測できるのであれば、上記条項で定めた記載要件を満たす(大法院2016年5月26日言渡2014フ2061判決等参照)。

続いて特許法院は、特許発明の優先権主張日当時の技術水準から判断して当業者は過度な実験や特殊な知識を付加しなくても発明の説明に記載された事項によって身体を圧迫する力を前面<側面<圧迫帯の順に強く形成することを明確に理解して容易に実施できると言えると判断した。具体的な理由は、次のとおりである。

  1. 特許発明の明細書の複数の段落に「本発明はこの圧迫帯(400)が一番強い圧迫力で前面(100)をわき腹側に引っ張るようにして前面(100)が胸と腹そして腹部全体にわたって圧迫するようにし、身体全般にわたって圧迫効果を通じて体型を補正する効果を得て、かつ前面(100)より強い力でわき腹とその下を圧迫できるように側面(300)を製作してわき腹のぜい肉に対する補正効果を高め、最も強く圧迫する圧迫帯(400)を通じて腰のラインがより一層引き立つように補正できるようにした」等の関連説明が記載されている。
  2. 2005年に公開された「人体の3次元形態と衣服の変形を考慮した衣服圧の予測」という題目の論文には、特許発明のような補正下着において生地の素材、製造方法、物性、サイズ等により衣服圧が変わると記載されている。
  3. 特許発明は生地の素材、特性、配置、製造順序等を全て考慮して前面、側面、圧迫帯の身体圧迫力を調節しようとする発明とは言えないので、その明細書に生地の素材、特性、配置、製造順序等を通じた前面、側面、圧迫帯の身体圧迫力の制御方法まで全て記載しなければならないとは認められず、さらには特許発明が制御しようと意図していない生地の素材、特性、配置、製造順序等に関して明細書で限定する必要もない。
  4. 原告は「QシークレットキャミソールNUDE(S)」という製品名の被告製品に対する衣服圧試験成績書を提出して、被告が特許発明を実施する製品が特許発明の身体を圧迫する力の順序を満たせないので特許発明は発明の説明の記載だけでは実施が不可能である旨を主張しているが、特許発明と実際の製品に身体を圧迫する力の順序に差があるという事情だけでは特許発明が特許法第42条第3項第1号の記載不備事由を有するとは言い難い。

特許発明は各先行発明によって進歩性が否定されない

先行発明1は登録デザイン公報に掲載された「キャミソール」という名称のデザインである。特許法院は、特許発明の各構成要素に対応する先行発明1の各構成要素を下表のように整理した。

構成要素 特許発明 先行発明1
1 伸縮性がある生地を無縫製方式で上部圧迫部(500)と下部圧迫部(600)の間に形成するものであって、 体型補正用として着用すること;胸の下を覆うエンボシング組織と縦縞模様組織は二重編みになって、胸を支えて引き上げる効果が優れている;参考図1のA部分は(中略)伸縮性素材間の引っ張りを緩衝する役割をする;身体の形状に応じて立体的に編まれて着用感が良く、胸を引き上げて腰と腹を押す効果が優れている(デザインの説明)。
2 身体前方を支持して圧迫するための前面(100);身体後方を支持して圧迫するために上下2つに分かれた背面(200);上下2つに分かれて前面(100)と背面(200)の間を連結する一対の側面(300);及び 前面、背面、側面を含む(正面図、背面図)
3 上記背面(200)と側面(300)の間に一体になるように形成し、両端がそれぞれ前面(100)の両側に一体に形成されて腰を圧迫する圧迫帯(400);を含み 対応する構成要素なし
4 身体を圧迫する力は前面(100)<側面(300)<圧迫帯(400)の順に強く形成したことを特徴とする女性用シームレス補正下着 体型補正用として着用するものである;身体の形状に応じて立体的に編まれて着用感が良く、胸を引き上げて腰と腹を押す効果が優れている(デザインの説明)。
[図1]
特許発明の図
[正面図][背面図]
先行発明1の図

まず特許法院は、先行発明1に対して特許発明は以下の4つの差異点があると判断した。

  1. 差異点1:特許発明の構成要素1は上部圧迫部(500)(胸下部)と下部圧迫部(600)(下部)の間に形成した伸縮性がある生地であるという点で先行発明1と共通するが、特許発明は生地を無縫製方式で形成する一方、先行発明1はこれに対応する構成を明示的に開示していない。
  2. 差異点2:構成要素2の背面(200)及び側面(300)は上下2つに分かれているのに対し、先行発明1の背面、側面は上下に連結される。
  3. 差異点3:先行発明1は構成要素3に対応する構成がない。
  4. 差異点4:特許発明の構成要素4は「身体を圧迫する力は前面(100)<側面(300)<圧迫帯(400)の順に強く形成したこと」であるが、先行発明1は体型補正用として着用するもので、腰と腹を押す効果が優れているとのみ記載されているだけで部位別に身体を圧迫する力に関して明示的に開示していない。

続いて特許法院は、差異点1については先行発明1に公知となった技術を参酌して生地を無縫製方式で形成する構成を容易に導き出すことができると判断した。差異点2及び3においても特許法院は、先行発明2(「体型補正機能を有する衣服」という名称の公開特許公報)に同一の構成を開示しており、先行発明1と先行発明2は体型補正用下着に関するものとして技術分野が類似し、腹部と腰を補正するという技術的課題が同一なので、先行発明2を先行発明1に適用する構成を導入するのに何らかの技術的困難があるとは認められないという理由で、先行発明1に先行発明2を結合して容易に導き出すことができると判断した。
一方、特許法院は、差異点4については特許発明の明細書に開示されている内容を知っていることを前提として事後的に判断しない限り、特許発明の出願当時の技術水準に照らして当業者が先行発明1に先行発明2~11を結合して差異点4を克服して容易に発明することができるとは言い難いと判断した。特許法院の主な判断根拠は、下記のとおりである。

  1. 特許発明の明細書の記載によると、前面は胸と腹そして腹部全体にわたって圧迫して身体全般を圧迫し、側面はわき腹側に集まるぜい肉を圧迫し、圧迫帯は腰のラインを圧迫するところ、特に前面は圧迫帯を通じて両わきに引っ張られるように構成して両側に十分に引っ張られるように圧迫帯の圧迫する力より弱く製作し、通常ぜい肉が多くつくわき腹側を強く圧迫するために側面の圧迫する力は前面より強くかつ圧迫帯より弱く構成し、腰のラインがより一層引き立つように圧迫帯を最も強く圧迫することができるように構成していることが分かる。
  2. 先行発明2の明細書の記載によると、先行発明2の体型補正機能を有する衣服は、腹部布、すなわち前面は衣服の横方向に伸縮しないか比較的伸縮が少ない繊維、そして腹部布以外の衣服本体の他の部分の布、すなわち側面及び背面は伸縮する布が望ましく、前面より側面の伸縮がより大きいということが分かる。さらに、第1ストレッチ性帯状体は伸縮可能であり、腹部布を上方向に引っ張ることができるものであればよいので、前面、側面、背面とは伸縮の側面で関連性が少ないということが分かる。したがって、先行発明2の明細書には前面、側面、第1ストレッチ性帯状体の伸縮の順序や身体を圧迫する力の順序について具体的に明示又は暗示されているとは認められない。
  3. 先行発明2の場合、前面が側面や第1ストレッチ性帯状体より身体を圧迫する力をさらに大きく構成しているため特許発明の身体を圧迫する力の順序とは差があり、先行発明2の明細書から、第1ストレッチ性帯状体が腹部布の下腹部を引っ張ることによって下腹部と側面に最も強い圧力が加えられることが分かるので、先行発明2の第1ストレッチ性帯状体を含む体型補正機能を有する衣服から特許発明の身体を圧迫する力の程度を導き出すのは難しく、これは先行発明1と2を結合しても同様である。
  4. 原告は、先行発明3~11に身体を圧迫する力を前面又は側面<圧迫帯の順に、又は前面<側面の順に強く形成することが開示されているため、これら先行発明のいずれか1つを結合して差異点4を容易に導き出すことができる旨を主張しているが、先行発明3~11には特許発明の圧迫帯に対応する構成要素がないので、身体を圧迫する力を前面又は側面<圧迫帯の順に強く形成するかどうかも分からない。したがって、差異点4は先行発明を結合しても容易に導き出せない。

専門家からのアドバイス

本事案は補正下着において、主に身体各部を圧迫する力の強弱により発明を規定しており、その実施可能要件と進歩性の有無について争われた。
具体的に特許法院は、特許発明における「身体を圧迫する力は前面(100)<側面(300)<圧迫帯(400)の順に強く形成したこと」という特徴的な構成に関連して、明細書に生地の素材、特性、配置、製造順序まで全て記載しなくとも容易実施要件が満たされると判断している。一方、進歩性においては、無効審判請求人である原告が先行発明2~11の多数の先行文献を提示して当該構成が主先行文献である先行発明1とこれら先行発明2~11のいずれか1つとの結合によって容易に導き出されると主張した。特許法院は、先行発明2に対しては特許発明とは身体を圧迫する力の順序に差があり、先行発明3~11に対しては圧迫帯の開示がない等の理由を指摘し、事後的考察によらずには当該構成が先行発明の結合によって容易に導き出されないと判断している。
特許発明は、具体的な生地の素材や数値範囲ではなく身体を圧迫する力の強弱によって発明を規定していた点で、本事案のとおり、記載不備の指摘や先行発明の提示を受けやすかったものと考えられる。そうした無効理由の主張に対して特許性が認められた事例として、特許発明の権利化実務において参考にできる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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