知財判例データベース 出願過程での具体的な構造への補正により侵害品が権利範囲から意識的に除外されたという主張を排斥して均等侵害を認定した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(審判請求人) vs 被告(特許権者)
事件番号
2022ホ6020権利範囲確認(特)
言い渡し日
2023年07月20日
事件の経過
請求棄却(上告棄却により確定)

概要

特許の出願過程において審査官から進歩性がない旨の拒絶理由を受け、もとの抽象的記載をより具体的な構造に限定する補正をして特許された発明に対し、補正された構造と相違する構造に変更した確認対象発明が均等侵害に該当するか否かが争点となった事案において、補正された構造と相違する構造はいずれも権利範囲から除外されたものであるとする審判請求人の主張を排斥して、均等侵害を認定した。

事実関係

被告の本件特許は、真っ直ぐな根植物の栽培に使用される板状部材に関するものであり、請求項1は次のとおりである。

請求項1

(前略)第1結合構造(1111)の突出した部分が第2結合構造(1115)の第2溝(1116)に押し込まれるか、又は上記第2結合構造(1115)の突出した部分が第1結合構造(1111)の第1溝(1112)に押し込まれ(以下「構成要素1」という)、筒状に巻かれて内部に栽培土壌が満たされる栽培空間(S)を形成すること(以下「構成要素2」という)を特徴とする真っ直ぐな根植物栽培用板状部材。

被告の本件特許は、真っ直ぐな根植物の栽培に使用される板状部材に関するものであり、請求項1は次のとおりである。  【請求項1】(前略)第1結合構造(1111)の突出した部分が第2結合構造(1115)の第2溝(1116)に押し込まれるか、又は上記第2結合構造(1115)の突出した部分が第1結合構造(1111)の第1溝(1112)に押し込まれ(以下「構成要素1」という)、筒状に巻かれて内部に栽培土壌が満たされる栽培空間(S)を形成すること(以下「構成要素2」という)を特徴とする真っ直ぐな根植物栽培用板状部材。本件特許は、板状部材を巻いて両端部の第1、2結合構造(1111、1115)のそれぞれに形成された溝(1112、1116)を相手側の溝に押し込むことによって筒状をなすものである。 本件特許の図2(部分図) 本件特許の図3(結合構造の横団図面)
本件特許の図1(全体図) 本件特許の図2(部分図) 本件特許の図3(結合構造の横断面図)

本件特許は、板状部材を巻いて両端部の第1、2結合構造(1111、1115)のそれぞれに形成された溝(1112、1116)を相手側の溝に押し込むことによって筒状をなすものである。
一方、原告が実施する確認対象発明は、全体的な構造は本件特許と類似するが、板状部材を巻いて両端部の間に連結棒(32)を挟んで筒状をなす点において差がある。

確認対象発明の図面1 原告が実施する確認対象発明は、全体的な構造は本件特許と類似するが、板状部材を巻いて両端部の間に連結棒(32)を挟んで筒状をなす点において差がある。
確認対象発明の図面1 確認対象発明の図面2

一方、本件特許の出願当時の公知技術にあたる先行発明1は、板状部材を巻いて両端部の間にコネクタ(12)を挟んで筒状とした植物栽培用容器を開示している。

本件特許の出願当時の公知技術にあたる先行発明1は、板状部材を巻いて両端部の間にコネクタ(12)を挟んで筒状とした植物栽培用容器を開示している。 先行発明1の図面2 先行発明1の図面3
先行発明1の図面1 先行発明1の図面2 先行発明1の図面3

本件特許の出願時の請求項1においては結合構造が限定されておらず「周方向の両端部を分離可能に結合させる多数の結合部(1110)が備えられる」と記載されていたところ、上記先行発明1とは異なる別の引用発明によって進歩性がない旨の拒絶理由通知を受けたため、結合構造を具体的に限定して特許決定された。

以上の事実関係に基づき、原告は「確認対象発明は、本件請求項1の発明の『第1、2結合構造が押し込まれて板状部材が結合する構成』を含んでおらず、これによって本件請求項1の発明と課題の解決原理及び作用効果も同一ではないため、均等侵害にも該当しない。また、板状部材の左右両側が押し込まれて結合する構成を備えていない構成は、本件特許発明の出願手続において請求の範囲から意識的に除外されたものである。したがって、確認対象発明は本件請求項1の発明の権利範囲に属さない」と主張した。

判決内容

均等侵害について次のように判断された(注1)

課題の解決原理が同一か否か

  1. 関連法理
    確認対象発明と特許発明の「課題の解決原理が同一か」を判断する場合には、請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書に記載された発明の説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌して先行技術と対比してみるとき、特許発明特有の解決手段が基づいている技術思想の核心が何かを実質的に探求して判断すべきである。特許法が保護しようとする特許発明の実質的価値は、先行技術により解決されなかった技術課題を特許発明が解決して技術発展に寄与したことにあるため、確認対象発明の変更された構成要素が特許発明の対応する構成要素と均等であるかを判断するときにも、特許発明特有の課題の解決原理を考慮するのである。また、特許発明の課題の解決原理を把握するときに、発明の説明の記載のみならず出願当時の公知技術等まで参酌するのは、先行技術全体との関係において特許発明が技術発展に寄与した程度に基づき特許発明の実質的価値を客観的に把握し、それに相応する保護をするためである。したがって、こうした先行技術を参酌し、特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の課題の解決原理をどの程度に広く又は狭く把握するかを決定すべきである。ただし、発明の説明に記載されていない公知技術を根拠として発明の詳細な説明から把握される技術思想の核心を除外したまま、他の技術思想を技術思想の核心に代替させてはならない。発明の説明を信頼した第三者が、発明の詳細な説明から把握される技術思想の核心を利用していないにもかかわらず、上記のように代替された技術思想の核心を利用していることを理由として課題の解決原理が同一であると判断するようになれば、第三者に予測できない損害を及ぼすことがあるためである(大法院2019年1月31日言渡2017フ424判決等参照)。
  2. 本件請求項1の発明の課題の解決原理
    本件特許発明の明細書の記載によると、本件請求項1の発明は甘草の主根が下へと真っ直ぐ伸びていくことができない問題点を解決するため、弾性を有する板状部材が壁体を形成するように中空の円筒状に弾性変形させ周方向の2つの端部を結合するもののであり、突出した形態の第1結合構造とその突出部分が押し込まれる溝が形成された第2結合構造を備えた結合部を設け、周方向の両端部を分離可能に結合する構成を採択することにより、「長手方向の両端(上端及び下端)が開放された円筒状に植物栽培容器を形成し、真っ直ぐな根植物の主根が下へと真っ直ぐ伸びていくようにし、弾性を有する板状部材の両端部を分離可能に結合して栽培容器の形成及び解体が容易であり、作業性を顕著に向上させること」に技術思想の核心があると認められる。
  3. 課題の解決原理が公知となっているか否か
    先行発明1には、壁パネル(10)の両縁部には長手方向に沿って垂直溝(14)を形成し、当該溝(14)に結合されるコネクタ(12)を備える等の構造により、パネル縁部をコネクタに固定して円筒状チューブを形成し、シリンダの下端には下端キャップ(50)を嵌めて経済的かつ強度及び耐久性が高い植物栽培用容器を提供する技術思想が示されている。しかし、先行発明1は一般的な植物を栽培する容器に関するものであり、容器の形状を維持して内部に満たされた生育培地の損失を防止するために円筒状チューブの下端に嵌める下端キャップを含んでおり、先行発明1には植物の根が下に真っ直ぐ伸びていくように下端を開放する技術思想は示されていない。
  4. 確認対象発明が本件請求項1の発明の技術思想の核心を具現しているか否か
    確認対象発明は、筒状に巻かれて内部に栽培土壌が満たされる栽培空間を形成し、植物栽培容器の長手方向の両端が開放されており、板状部材の左右両側を長手方向に沿って容易に組み立てられ、容易に分離させられるようにしている。したがって、確認対象発明は、本件請求項1の発明の技術思想の核心が具現されており、本件請求項1の発明と同一の課題の解決原理を採択している。

作用効果が同一であるか否か

上述したとおり、本件請求項1の発明特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心が確認対象発明においても具現されている。本件請求項1の発明と確認対象発明の構成は、いずれも結合と分離が可能な結合構造により板状部材を筒状に巻くことで、容易に栽培容器を形成することができ、又は容易に分離できて作業性に優れるという作用効果が同一であるものと認められ、上記のように結合構造を変更することにより、本件特許発明の明細書から予測されない異質な効果を奏するとも認められない。したがって、確認対象発明の結合部が変更されたとしても、確認対象発明は、本件請求項1の発明の技術思想の核心を具現し得る程度に実質的に同一の作用効果を奏する。

構成変更の容易性

特許法が規定する権利範囲確認審判は、特許権侵害に関する民事訴訟のように侵害差止請求権や損害賠償請求権の存否といった紛争当事者間の権利関係を最終的に確定する手続ではなく、その手続における判断が侵害訴訟に拘束力を及ぼすものでもないが、当事者間の紛争を予防するか又は迅速に終結させるために、審決時を基準として簡易かつ迅速に確認対象発明が特許権の客観的な効力の範囲に含まれるかを確認する目的を有する手続である。このような制度の趣旨を考慮すると、権利範囲確認審判では、特許発明の請求の範囲に記載された構成中の変更された部分が確認対象発明にある場合、審決時を基準として特許発明の出願以後に公知となった資料まで参酌し、かかる変更が通常の技術者であれば誰でも容易に考え出すことができる程度であるのかを判断できると見るのが妥当である(大法院2023年2月2日言渡2022フ10210判決等参照)。
確認対象発明は、容器本体(31)の左右両側に長手方向に沿って形成された一対の突合わせ部に一対の突出リブ(311)(311a)が突出するように形成されており、一対の嵌合わせ溝(322a)を有する連結棒(32)(注2) が容器本体(31)の長手方向に沿ってスライディングされることにより、一対の突出リブ(311a)が一対の嵌合わせ溝(322a)に収容されて結合される。ところで、上述したとおり、先行発明1には壁パネル(10)の両縁部がコネクタ(12)に形成されたH状チャンネル(20)内に挿入されて結合する構成が公知となっている(確認対象発明の連結棒をスライディングさせて結合する方式が先行発明1に示されている点について当事者間において争いがない)。こうした連結棒をスライディングさせて板状部材の両縁部を結合する方式を採択するのにおいて、細部的な構成は通常の技術者が適宜設計して変更できる程度のものであるため、板状部材の両端部を分離可能に結合する場合に、本件請求項1の発明の板状部材の両端部に各形成された突出した形態をくぼんだ溝に押し込んで結合する方式を、確認対象発明のように連結棒をスライディングさせて結合する方式に変更することは、通常の技術者が容易に考え出すことができるといえる。

確認対象発明が本件請求項1の発明の権利範囲から意識的に除外されたか否か

  1. 関連法理
    特許発明の出願過程において、ある構成が請求の範囲から意識的に除外されたかは、明細書のみならず、出願から特許となるまで特許庁の審査官が提示した見解及び出願人が出願過程において提出した補正書と意見書等に示された出願人の意図、補正理由等を参酌して判断すべきである。したがって、出願過程において請求の範囲の減縮がなされた事情のみにより、減縮前の構成と減縮後の構成を比較し、その間に存在する全ての構成が請求の範囲から意識的に除外されたと断定するものではなく、拒絶理由通知に提示された先行技術を回避する意図によりその先行技術に示された構成を排除する減縮をした場合等のように、補正理由を含め出願過程において示された種々の事情を総合してみるときに出願人がある構成を権利範囲から除外しようとする意思が存在するといえるとき、これを認定することができる(大法院2023年2月2日言渡2022フ10210判決等参照)。
  2. 具体的判断
    本件特許発明の出願過程において特許庁の審査官は、出願当時の本件特許発明の請求項1、2は、引用発明によって進歩性が否定される旨の見解を示す拒絶理由を提示した。引用発明は鉢替えを容易にするために大きさの調節が可能な植木鉢に関するものであり、上部から下部に行くほど狭くなる円錐台形状であり、引用発明の結合部はガイド溝と締結孔が固定部材によって結合する方式であるところ、ガイド溝を横方向に長く形成して固定部材の結合位置に応じて大きさの調節ができる。出願人は、上記拒絶理由に対し、本件請求項1の発明の請求の範囲の結合部を「第1、2結合構造(1111、1115)が押し込まれて結合する方式」に限定する補正をするとともに、このような結合方式は引用発明の結合方式と差があり、本件発明は引用発明と技術的特徴が相違し、引用発明から本件特許発明を容易に導き出せないとする旨の意見書を提出した。
    上記のような出願過程において提出した補正書及び意見書に示された出願人の意図、補正理由を参酌すると、出願人が出願過程において請求の範囲を減縮したとしても、これは登録の可能性を高めるために円錐台形状である引用発明と中空円柱状である本件特許発明の技術的特徴に関して意見を提出し、引用発明との差を強調しようと結合部の構成を限定する補正をしたといえるにすぎず、本件特許発明の結合部において、減縮後の構成である結合構造が押し込まれて結合する方式を除外した結合方式を権利範囲から除外しようとする意思であったとはいえない。
    したがって、本件請求項1の発明において、第1、2結合構造が押し込まれて結合する方式を除外した結合方式を有する構成は権利範囲から意識的に除外したものであることから、板状部材が重畳せずに連結棒をスライディングさせて結合する方式も権利範囲から意識的に除外したとする原告の主張は受け入れられない。

検討結果の整理

確認対象発明の一部の構成が本件請求項1の発明と異なるように変更されているが、確認対象発明は、本件請求項1の発明と課題の解決原理が同一であり、本件請求項1の発明と実質的に同一の作用効果を奏し、そのように変更することが通常の技術者であれば誰でも容易に考え出すことができる程度であるため、確認対象発明は、本件請求項1の発明の構成要素1と均等な要素を含んでいる。また、このような構成が出願過程において請求の範囲から意識的に除外されたともいえないため、確認対象発明は本件請求項1の発明の権利範囲に属する。

専門家からのアドバイス

均等侵害論は、特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて相応の保護を受けるために導入された理論であって、韓国でも判例を通じて受け入れられている。
本判決(注3)は均等侵害論の要件のうち、いわゆる意識的除外に該当するかが争点の一つになったところ、本件特許の出願過程において出願人は引用発明に基づく進歩性欠如の拒絶理由に対応するために板状部材の結合構造を具体的に補正し、確認対象発明は補正後の結合構造とは相違する結合構造となっていた。この確認対象発明が採用した結合構造は、本件特許発明よりは先行発明1の結合構造に類似すると判断される余地があった。
ここで本件特許は、真っ直ぐな(すなわち直根性の)根植物の栽培のために、板状部材を巻き、その両端を結合させて上下が開放された構造の筒状容器を構成する際、その分離/結合を容易にするための結合構造を採用したものである。これに対し先行発明1は、板状部材を巻いて結合させ筒状をなす点は同一であるが、その下部が閉鎖される植木鉢型容器に関するものであったため、本件特許における真っ直ぐな根植物の栽培に適した技術思想を内包するものではなかった。法院は、原告が提出した証拠の中でも真っ直ぐな根植物の栽培用容器として結合構造を採用した先行技術がない点を勘案した上で、本件特許の技術思想の核心を「長手方向の両端(上端及び下端)が開放された円筒状に植物栽培容器を形成し、真っ直ぐな根植物の主根が下に真っ直ぐ伸びていくようにし、弾性を有する板状部材の両端部を分離可能に結合して栽培容器の形成及び解体が容易であり、作業性を顕著に向上させること」と把握し、このような技術思想が公知となっていない点に注目して、均等の範囲を広く認めたといえる。その上で、出願の審査過程において引用された引用発明も上記技術思想を開示するものではなかったため、その審査過程での請求の範囲の補正理由等に鑑みて、原告の意識的除外の主張も排斥したといえる。
一般的に均等侵害論は特許権者の保護のために主張する有用な理論であるが、法院が特許発明の技術思想の核心をいかに認定するかによって結論が変わり得るため、紛争前に均等侵害の成否を判断する段階においては慎重な検討が必要となる。本判決は、このような場面で参考にできる事案であるとともに、本判決の内容は、ここ数年間において均等侵害について判示された大法院判例を網羅している点においても有意味である。

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