知財判例データベース 請求項に記載の「~によって」という文言を、明細書の記載を参酌して「~によってのみ」と解釈して進歩性を認めた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(特許権者) vs 被告(特許庁長)
事件番号
2023ホ10774登録訂正(特)
言い渡し日
2023年09月14日
事件の経過
審決取消(確定)

概要

法院は、請求項に記載された「保護フィルム部材の重さによって…拡散」という文言のみでは、保護フィルム部材の重さによってのみで拡散させることを意味するのか、それとも追加の外力を付加することを排除しないことを意味するのかが明確でないため、明細書の記載を参酌した上で請求項の文言が表現しようとする技術的構成を確定し、これにより当該文言は追加の外力を付加することを排除するものであると認定した。

事実関係

原告の本件特許(韓国特許第1938515号)は、曲面表示領域を含む携帯電話の表示装置の保護フィルムに関するもので、平面表示領域だけでなく曲面表示領域にも安定的に付着することができる曲面カバーガラス保護フィルムを提供するためのものである。
原告は、本件特許に基づき被告を相手取って特許権侵害差止訴訟を提起し、被告はこれに対抗して無効審判(2020ダン441)を請求した。上記無効審判請求は棄却され(本件特許の進歩性認定)、これに対して被告が審決取消訴訟を提起し、未だ進行中である。一方、原告は、上記審決取消訴訟の進行中において、本件特許の請求項1に下記かぎ括弧の文言を追加する訂正審判(2022チョン89)を請求した。[1]

<請求項1>平面表示領域及び曲面表示領域を含む「市販された」携帯用表示装置(10)の表示領域を保護する曲面カバー「ガラス」保護フィルム(100)において、
前記平面表示領域に対応する平面領域部(F)、及び前記平面領域部の縁部から延びた曲面を含み前記曲面表示領域に対応する曲面領域部(C1,C2)を備えるガラス材質の保護フィルム部材(110)、及び
前記ガラスフィルム部材の下部面全領域を前記携帯用表示装置の表示領域に付着させる粘着層(120)を含み、
前記粘着層は、1~500 cpsの粘度を有して流動性を有する粘着組成物を前記保護フィルム部材の重さによって前記保護フィルム部材の下部面全領域と前記携帯用表示装置の表示領域の間に広がるようにした後、これを光硬化させて形成され、前記保護フィルムは、前記携帯用表示装置の表示領域に付着されるガラス保護フィルムであり、前記保護フィルム部材は、下部面から突出して前記粘着層との付着力を向上させるドット突起パターン又は線状突起パターンを含む付着力向上パターンを備えることを特徴とする、曲面カバーガラス保護フィルム
[図1]曲面カバーガラス保護フィルム

特許審判院は、本件特許に対する上記訂正は請求の範囲の減縮には該当するが、先行発明1~7の結合によって進歩性が否定されるため独立特許要件を満たさないという理由により審判請求を棄却し、[2] 原告はこれに対して本件審決取消訴訟を提起した。

先行発明1は、液晶表示装置の表示パネル(1)と保護板(2)との間に光学用紫外線硬化型樹脂組成物の硬化物(4)を充填して両者を接着する技術に関するものである。先行発明1は、樹脂組成物の粘度の範囲として好ましくは500~3000 mPa∙sを提示している。

先行発明1は、液晶表示装置の表示パネル(1)と保護板(2)との間に光学用紫外線硬化型樹脂組成物の硬化物(4)を充填して両者を接着する技術に関するものである。先行発明1は、樹脂組成物の粘度の範囲として好ましくは500~3000 mPa∙sを提示している。
<先行発明1の図1>

原告は、本件特許請求項1の「前記保護フィルム部材の重さによって前記保護フィルム部材の下部面全領域と前記携帯用表示装置の表示領域の間に広がるようにした後、これを光硬化させて形成され」という文言部分は、保護フィルム部材の重さ以外に外力を加えるようになれば粘着組成物が外部に流出して均一に粘着組成物が拡散するのを妨げるため、「重さによって」は外力の付加を排除するものと解釈されるべきであると主張した。これに対して被告は、請求項に「重さによってのみ」と記載されておらず、外力を付加することを排除していないので、先行発明と差がないと主張した。

判決内容

関連法理

請求の範囲に記載された文言の意味内容を解釈するのにおいては、文言の一般的な意味内容に基づきながらも、発明の説明の記載及び図面等を参酌して合理的に行わなければならず、請求の範囲に記載された文言から技術的構成の具体的内容が把握できない場合には、明細書の他の記載及び図面を補充し、その文言が表現しようとする技術的構成を確定すべきである(大法院2012. 12. 27. 言渡2011フ3230判決、大法院2014. 7. 24. 言渡2012フ917判決参照)。

具体的な判断

本件訂正発明には「前記粘着層は、流動性を有する粘着組成物を前記保護フィルム部材の重さによって前記ガラスフィルム部材の下部面全領域と前記携帯用表示装置の表示領域の間に広がるようにした後」と記載されているところ、「保護フィルム部材の重さによって」という表現の意味がガラスフィルム部材の自重によってのみ粘着組成物が全領域に拡散することを意味するのか、又は追加の外力を含んでも問題ないことを意味するのか、不明確な側面がある。

本件訂正発明の意味することがどのようなものかを本件特許発明の明細書を参酌して詳察すると、本件訂正発明の「保護フィルム部材の重さによって」に関連して、本件特許発明の明細書には下記のような事項が記載されている。

[0020]一実施例において、前記粘着組成物は、1~500 cpsの粘度を有することができ、前記ガラスフィルム部材のローディング時に前記ガラスフィルム部材の自重又は外部荷重や加圧によって、前記粘着組成物を通じて前記ガラスフィルム部材と前記携帯用表示装置の間の全領域で拡散流動することができる。空気層発生を防止するために前記粘着組成物は、前記携帯用表示装置の平面表示領域に対して約30°以下、好ましくは約5~15°の角度に傾斜してローディングされることが望ましい。
[0087]前記ガラスフィルム部材(110)を前記粘着組成物が塗布された前記携帯用表示装置(10)の表示領域にローディングする場合、前記ガラスフィルム部材(110)の重さによって前記粘着組成物は、毛細管現象に通じて前記ガラスフィルム部材(110)と前記携帯用表示装置(10)との間の全領域で拡散流動するようになり、前記粘着組成物層が形成される。 一方、前記ガラスフィルム部材(110)に追加の外力が作用しなければ、前記粘着組成物は表面張力によって前記ガラスフィルム部材(110)と前記携帯用表示装置(10)との間の領域外部に流出し得ない。

上記明細書の記載によれば、①ガラスフィルム部材のローディング時に粘着組成物を携帯用表示装置の表示領域に拡散させるための方法として、明細書の段落[0020]で、ガラスフィルム部材の自重による方法と外部荷重や加圧による方法を提示しているが、それ以降、明細書には外部荷重や加圧による方法が全く言及されないまま、ガラスフィルム部材の自重による拡散方法のみが提示されており、(中略)③保護フィルム部材の重さによって、粘着組成物が毛細管現象により付着力向上パターンに沿ってガラスフィルム部材と携帯用表示装置の間の全領域で拡散流動した後、追加の外力が作用すれば、粘着組成物が外部に流出し得るということが把握できる。このことから類推してみると、(a)本件特許発明では外力による方法でないガラスフィルム部材の自重による拡散方法を採択しており、(b)粘度が低い粘着組成物が外部に流出しないように様々な方法を講じている状況で、ガラスフィルム部材の下部面全体に粘着組成物が拡散した後に外力を加えないということが自明であるため、「保護フィルム部材の重さによって」という表現が意味することは、ガラスフィルム部材の自重によってのみ粘着組成物がガラスフィルム部材の下部面全領域に拡散することを意味し、追加の外力を付加することを排除すると解釈するのが合理的であるといえる。

これに対し先行発明1は、ガラスフィルム部材に対応する保護板の重さによって樹脂組成物が拡散するようにするという構成について明示的に開示していないという点で差がある。

先行発明1は、表示装置の一部を成す保護板を表示パネルに接着させるものとして、メーカーが表示装置を製作する過程で用いられる付着方式である。先行発明1の付着方式を保護フィルムに適用するためには、流動的な粘着組成物を表示装置に塗布して保護フィルムを正確な位置に載せた後、硬化過程を経る等して、煩わしく複雑な付着方法を行わなければならず、接着物の正確な位置選定、粘着組成物の均一な塗布等を支援するための別途の付着装置が必要であると予想され、付着する過程において粘着組成物の流出防止と流動性確保のために粘着組成物の粘度をどの程度にすべきであるか、硬化後に表示装置と保護フィルムの間に安定した接着力を維持しながらも容易に保護フィルムを剥離できる接着力を発生させるための粘着組成物の成分と含量比をどのように設定すべきであるか等、随伴する設計事項に相当の困難があることが予想されることから、先行発明1の付着方式を保護フィルム技術分野に容易に適用することはできないと判断すべきである(進歩性認定)。

専門家からのアドバイス

本件は発明の進歩性判断において請求項に記載された文言の解釈が問題となった事例である。
具体的に、本件請求項に「前記保護フィルム部材の重さによって」と記載された文言について、「前記保護フィルム部材の重さによってのみ」とは記載されていないことから、当該文言に基づいて解釈する場合には、被告の主張のとおり、外力を付加することを排除していないと解釈する余地もあった。
しかし、法院は、本件明細書の記載を参酌した上で、上記文言が表現しようとする技術的構成は「前記保護フィルム部材の重さによってのみ」であるものと認定した。実際に本件明細書には、保護フィルム部材の自重による方法のほかにも外力を付加する方法があることも言及してはいたが、その言及以降の明細書の記載では自重による方法についてのみ詳細に説明しており、また、明細書には外力を加えると粘着組成物が外部に流出することがある旨の記載もあったことから、法院は、これらの明細書の記載を参酌して、本件のように解釈したものと考えられる。
本件における請求の範囲の解釈は、従来より韓国の法院が確立してきた法理に則った解釈であったと考えられる。すなわち請求項の文言のみによってはその構成の技術的範囲が明確に特定できないような場合には、明細書の記載を参酌して、その文言が表現しようとする技術的構成を確定するという請求の範囲の解釈であって、これらは韓国の実務を具体的に示した事例として参考にする価値がある。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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