知財判例データベース 「低融点ポリオレフィン」等の成分及び溶融点等の物性で特定された特許発明に対して容易実施要件及びサポート要件を満たすとした特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社
事件番号
2022ホ3113登録無効(特)
言い渡し日
2023年08月31日
事件の経過
確定

概要

特許発明は熱反応接着強化フィルム付着型アスファルト繊維補強材に関するもので、当該補強材は離型材の役割をするとともに、80~90℃の温度では溶融して接着剤の役割をすることができるように、低融点ポリオレフィン及びエチレンビニルアセテートコポリマー(EVA:Ethylene-VinylAcetateCopolymer)等を含む接着強化フィルムを含んでいる。原告は、特許発明に記載された「低融点ポリオレフィン」及び「エチレンビニルアセテートコポリマー」はその種類や分子量及び融点等の物性を特定できる記載が明細書になく容易実施が不可能であり、「低融点ポリオレフィン」は広範囲な記載でありサポート要件が欠如すると主張した。これに対して特許法院はエチレンビニルアセテートコポリマーの構成単量体であるビニルアセテートの比重が特定されており、当該比重とエチレンビニルアセテートコポリマーの溶融点の関係はよく知られていて特定が容易であり、低融点ポリオレフィンも「ポリオレフィン」樹脂がその種類別に分子量、密度、溶融点等の基本物性が特許発明の出願前に既に広く知られていて、溶融点が相対的に低い樹脂も容易に特定可能である等の理由を挙げ、容易実施要件及びサポート要件が満たされると判断した。原告が主張する進歩性欠如の無効事由についても、理由がないと判断した。

事実関係

被告は、発明の名称を「熱反応接着強化フィルム付着型アスファルト繊維補強材及びこれを利用した舗装補強工法」とする発明に対して2017年3月20日付で特許登録を受けた。原告は、2020年3月27日付で特許審判院に容易実施要件の違反及び進歩性の欠如を理由として無効審判を請求した。これに対し特許審判院は原告の審判請求を棄却する審決をし、原告はこれを不服として特許法院に審決取消訴訟を提起した。

被告の特許発明の請求項1は、下記のとおりである。

請求項1

縦方向繊維(11)と横方向繊維(11)が上下に互いに交差して形成されている格子状補強繊維(10)と、
上記格子状補強繊維(10)の表面にアスファルトコンパウンドを含浸させ形成されるアスファルトコンパウンドコーティング層(20)と、
上記格子状補強繊維(10)の上側に付着され、通常は離型材の役割をしつつ、80~90℃の温度では溶融して接着剤の役割をすることができるように、低融点ポリオレフィン10~20重量%、エチレンビニルアセテートコポリマー(EVA:Ethylene-VinylAcetateCopolymer)50~60重量%、接着強化剤10~15重量%、ブロッキング防止剤10~15重量%で構成された熱反応接着強化フィルム(30)とからなっており、
上記熱反応接着強化フィルム(30)のエチレンビニルアセテートコポリマーはポリエチレンとビニルアセテートの共重合体であって、ビニルアセテートは全重量比15~22重量%で形成され、融点は80~90℃であり、上記熱反応接着強化フィルム(30)の厚さは10~40μmであることに特徴がある熱反応接着強化フィルム付着型アスファルト繊維補強材。

原告は特許法院において、下記の理由で被告の特許発明が無効であると主張した。

  1. 「ポリオレフィン」は種類と分子量等により溶融点が多様に変わり、「エチレンビニルアセテートコポリマー」も分子量により溶融物性が大きく変わるところ、特許発明の明細書には「低融点ポリオレフィン」及び「エチレンビニルアセテートコポリマー」の種類や分子量及び融点等の物性を特定できる記載が全くないため、通常の技術者が過度な実験をすることなしに「低融点ポリオレフィン」と「エチレンビニルアセテートコポリマー」を特定して溶融点が80~90℃である熱反応接着強化フィルムを製造することはできない(容易実施要件の特許法第42条第3項第1号違反)。
  2. 「低融点ポリオレフィン」はその溶融点の範囲が多様であって、特許発明の課題解決の核心手段である溶融点が80~90℃の熱反応接着強化フィルムが具現されない場合を想定し得るため、特許発明の請求の範囲に記載された「低融点ポリオレフィン」は特許発明の[発明の説明]に記載された貢献度に対して過度に広い記載に該当するか、又は特許発明の[発明の説明]にその溶融点又は密度等が全く記載されていないポリエチレン若しくはポリプロピレンを請求の範囲に記載された「低融点ポリオレフィン」まで拡張することは困難であるため、特許発明の請求の範囲に記載された「低融点ポリオレフィン」は特許発明の発明の説明に記載された貢献度に対して過度に広い記載に該当する(サポート要件の特許法第42条第4項第1号違反)。
  3. 特許発明は先行発明1、2、3又は先行発明1、3、4の結合によって進歩性が否定される。

判決内容

特許法院は、下記のとおり特許発明に無効事由はないと判断した。

特許発明は容易実施要件(特許法第42条第3項第1号)を満たす

まず特許法院は、関連法理として下記を提示した。
特許法第42条第3項は、発明の説明は通常の技術者がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記載しなければならないと規定している。これは、特許出願された発明の内容を、第三者が明細書のみで容易に把握できるように公開して、特許権により保護を受けようとする技術的内容と範囲を明確にするためであり(大法院2011年10月13日言渡2010フ2582判決、大法院2018年10月25日言渡2016フ601判決等参照)、上記条項で要求する明細書の記載の程度は、通常の技術者が特許出願時の技術水準から見て過度な実験や特殊な知識を付加しなくても明細書の記載によって当該発明を正確に理解できると同時に再現できる程度をいう(大法院2011年10月13日言渡2010フ2582判決、大法院2015年9月24日言渡2013フ525判決等参照)。

続いて特許法院は、特許発明の明細書の記載と特許発明の出願当時の技術水準を考慮すると、通常の技術者は過度な実験や特殊な知識を付加しなくても「低融点ポリオレフィン」と「エチレンビニルアセテートコポリマー」を特定して溶融点が80~90℃である熱反応接着強化フィルムを再現するのに困難がないと判断した。具体的な理由は、次のとおりである。

  1. 特許発明の明細書には、本件特許発明の熱反応接着強化フィルムは「低融点ポリオレフィン」、「エチレンビニルアセテートコポリマー」、「接着強化剤」及び「ブロッキング防止剤」の4つの組成成分からなり、最終フィルムの厚さは10~40μmであり、溶融点は80~90℃であるところ、これらの4つの組成成分のうち、熱反応接着強化フィルムの溶融点に影響を与える「低融点ポリオレフィン」及び「エチレンビニルアセテートコポリマー」は、それぞれ全重量比10~20重量%及び50~60重量%を占めると記載されている。
  2. 特許発明の熱反応接着強化フィルムの組成成分のうち最も多くの比重を占めている「エチレンビニルアセテートコポリマー」について、特許発明の明細書には、ポリエチレンとビニルアセテートの共重合体として、ビニルアセテートは「エチレンビニルアセテートコポリマー」の全重量比15~22重量%で含まれていると明示されている。また、ビニルアセテートの含量に基づく「エチレンビニルアセテートコポリマー」の溶融点は、特許発明の出願前に広く知られていた物性値であり、当該技術分野で「エチレンビニルアセテートコポリマー」中のビニルアセテートの含量が15~22%の範囲にある場合、「エチレンビニルアセテートコポリマー」の溶融点が約80~90℃の範囲になることもよく知られている。したがって、通常の技術者は、特許発明の明細書の記載から本件特許発明の「エチレンビニルアセテートコポリマー」にビニルアセテート(VA)が全重量比15~22重量%で含まれており、ビニルアセテートの比重がエチレンビニルアセテートコポリマーの溶融点と密接な関係を有している事実も容易に把握することができる。
  3. 「ポリオレフィン」はオレフィンの重合により生じる高分子化合物であって、特許発明の明細書でも「ポリオレフィン」はポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン等を含むと記載されているところ、こうした「ポリオレフィン」樹脂はその種類別に分子量、密度、溶融点等の基本物性が特許発明の出願前に既に広く知られており、溶融点が100℃以下として相対的に低い「低融点ポリオレフィン」樹脂も容易に特定することができる。
  4. 「エチレンビニルアセテートコポリマー」と「ポリオレフィン」はいずれも熱反応接着強化素材としてフィルムを含む多様な形状に製造されて広く使用されており、熱により溶けて接着機能をするフィルムを「エチレンビニルアセテートコポリマー」と「ポリオレフィン」を混合して製造することも、先行発明4の「ポリオレフィン」系樹脂と「エチレンビニルアセテートコポリマー」を混合して特定の軟化点(100~160℃)を有するようにするフィルムの構成として示されている。通常の技術者が特許発明の明細書の記載に加え特許発明の出願前に当該技術分野で知られていた技術知識から、溶融点が80~90℃の熱反応接着強化フィルムを製作し得る「エチレンビニルアセテートコポリマー」及び「低融点ポリエチレン」を特定することができないとか、又はこれを特定するのに過度な実験が要求されるとは認めることは困難である。

特許発明はサポート要件(特許法第42条第4項第1号)を満たす

特許法院は、下記の理由を挙げ、特許発明の請求の範囲に記載された「低融点ポリオレフィン」が特許発明の[発明の説明]に記載された貢献度に対して過度に広い記載に該当するとはいい難いと判断した。

  1. 特許発明の[発明の説明]に「低融点ポリオレフィン」の溶融点又は「低融点ポリオレフィン」の種類若しくは密度等の物性が記載されてはいない。しかし、特許発明の[発明の説明]には溶融点が80~90℃の熱反応接着強化フィルムを構成する4つの組成成分と組成比が記載されている。
  2. 特許発明の「低融点ポリオレフィン」は、上記のような組成成分と組成比を有する状態において、溶融点が80~90℃の熱反応接着強化フィルムを具現し得る「低融点ポリオレフィン」のみを意味するものであって、これを具現できない場合まで含むものではない。これは、特許発明の[発明の説明]に「低融点ポリオレフィン」の種類として記載されている「ポリエチレン」又は「ポリプロピレン」においても同様である。
  3. 「ポリエチレン」又は「ポリプロピレン」の種類も、通常の技術者が本件特許発明の明細書の記載と本件特許発明の出願当時の技術常識により十分に特定することができる。

特許発明は先行発明によって進歩性が否定されない

まず特許法院は、発明の名称を「アスファルト補強材用ポリエチレンフィルム及びこれを含むアスファルト補強材」とする特許公報である先行発明1に対して、特許発明は下記2つの差異点があると認定した。

  1. 特許発明の熱反応接着強化フィルムは「80~90℃の温度では溶融して接着剤の役割をすることができるように、低融点ポリオレフィン10~20重量%、エチレンビニルアセテートコポリマー(EVA:Ethylene-VinylAcetateCopolymer)50~60重量%、接着強化剤10~15重量%、ブロッキング防止剤10~15重量%で構成され、熱反応接着強化フィルムのエチレンビニルアセテートコポリマーはポリエチレンとビニルアセテートの共重合体であって、ビニルアセテートは全重量比15~22重量%からなっており、融点は80~90℃である」一方、先行発明1のアスファルト補強材用フィルムは「溶融温度が110~115℃であり、低密度ポリエチレン4~25重量%、線状低密度ポリエチレン20~60重量%及び高密度ポリエチレン15~55重量%を含み、ブロッキング防止剤を含む」ものであり、フィルムの溶融温度と組成成分(成分比を含む)に差異がある。
  2. 特許発明は熱反応接着強化フィルムの厚さを10~40μmに限定した一方、これに対応する先行発明1のアスファルト補強材用フィルムはその厚さを限定していない点で差異がある。

続いて、特許法院は、上記2つの差異点に該当する特許発明の争点となる構成は、先行発明の組合わせによって容易に克服され得ないと判断した。特許法院の主な判断根拠は、下記のとおりである。

  1. 特許発明の争点となる構成は、フィルムの厚さを10~40μmに比較的厚くし、接着剤の役割をするフィルムの量を多くしても離型材の役割をする離型フィルムとしての機能を損なわず、かつフィルムの溶融点を80~90℃の比較的低い温度に下げて、相対的に低い施工温度を有するアスファルト熱によっても迅速に溶け分離されるようにすることによって作業の効率性を高め、アスファルトと格子状補強繊維間の結合力をより一層向上させることができる効果を奏するようになる。
  2. 先行発明1には、特許発明の争点となる構成の技術的特徴であるアスファルト施工作業の効率性と、アスファルトと格子状補強繊維間の結合力向上のためにフィルムの溶融点を80~90℃の比較的低い温度とすると同時にフィルムの厚さを10~40μmに比較的厚い厚さとする技術的構成は全く示されておらず、このような技術的構成を導き出すだけの記載や暗示も全くない。先行発明1の格子網からなる補強繊維層の上側に付着されるポリエチレンフィルムをなす組成成分である「低密度ポリエチレン」、「線状低密度ポリエチレン」及び「高密度ポリエチレン」はいずれもその溶融点が100℃以上であるため、先行発明1のポリエチレンフィルムはその組成成分の成分比を調節しても溶融点を100℃以下に下げることも難しい。
  3. 先行発明2のタック皮膜及び先行発明4の熱可塑性合成樹脂フィルムは、先行発明1のポリエチレンフィルムとは用途が相違するため、先行発明1のポリエチレンフィルムの代わりに先行発明2のタック皮膜又は先行発明4の熱可塑性合成樹脂フィルムを結合する動機がない。
  4. 先行発明3にホットメルト接着剤の素材として使用されるエチレンビニルアセテートコポリマーのビニルアセテートの含量が18~40wt%として記載されており、このことから「エチレンビニルアセテートコポリマー」の溶融点が80~90℃であることは知り得るが、先行発明3の「エチレンビニルアセテートコポリマー」もその溶融点が80~90℃を超えて100℃まで変化し、先行発明4の「熱可塑性合成樹脂フィルム」も軟化点が100~160℃であって、溶融点が100℃以上であることしか示されておらず、先行発明1に開示されたフィルムの溶融点を特許発明の80~90℃に変更する動機があるとはいい難い。

専門家からのアドバイス

特許発明の構成要素を成分や物性で特定した化学分野の発明においては、発明の特定が困難になりやすく、記載要件や進歩性の判断において争点になりやすい。
本件において原告(無効審判請求人)は、①特許発明であるアスファルト繊維補強材の構成要素として記載された、接着強化フィルムの「低融点ポリオレフィン」及び「エチレンビニルアセテートコポリマー」について、特許明細書にはその種類や分子量及び融点等の物性を特定できる記載がなく容易実施要件を満たさないこと、②上記「低融点ポリオレフィン」という用語が広範囲でありサポート要件を満たさないこと、③特許発明は先行発明の組合せによって進歩性が欠如することを主張した。これに対し特許法院は、「低融点ポリオレフィン」及び「エチレンビニルアセテートコポリマー」の特性等は特許発明の出願前に広く知られており当該成分を容易に特定できる等の理由から特許発明は記載要件を満たすと判断するとともに、特許発明のフィルムの溶融温度と組成成分(成分比を含む)及び厚さにより特定される構成は先行発明から容易に導き出されず、進歩性が欠如しないと判断した。
本件は化学分野の判決として、特に高分子関連の発明において頻繁に使用されるポリオレフィン、コポリマーという用語について記載要件の判断がなされており、具体的事例として参考になる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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