知財判例データベース 特許発明の粒径の範囲から逸脱した確認対象発明が、均等範囲において特許発明の権利範囲に属さないと判断された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 B株式会社(特許権者)
事件番号
2022ホ6228権利範囲確認(特)
言い渡し日
2023年06月02日
事件の経過
確定

概要

特許発明は、化合物の結晶多形の粒子に関する発明であり、その粒径の分布を15μm±20%~30μm±20%のD[4,3]値で限定している。これに対し確認対象発明は、特許発明に規定された数値範囲での下限12μmと大きな違いのない10μm以下のD[4,3]値を有する粒子に関するものである。特許審判院では確認対象発明が均等範囲において特許発明の権利範囲に属すると判断したが、特許法院では、上記数値限定がされた粒径の分布が特許発明において特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心であると判断し、当該数値範囲を逸脱した確認対象発明は特許発明と課題の解決原理が異なるため均等範囲において特許発明の権利範囲に属さないと判断した。

事実関係

原告は2022年3月3日、「固体形態の選択的なCDK4/6抑制剤」という名称の特許発明について、特許権者である被告を相手に、原告の確認対象発明は特許発明の権利範囲に属さない旨の確認を求める消極的権利範囲確認審判を請求した。特許審判院は2022年11月30日、確認対象発明は特許発明の文言的権利範囲に属しないが、特許発明と均等な構成を備えているため権利範囲に属するという理由で原告の審判請求を棄却する審決を下した。原告は、特許審判院の審決を不服として特許法院に審決取消訴訟を提起した。

特許発明と確認対象発明はいずれも医薬品「パルボシクリブ」の遊離塩基の結晶形粒子に関する発明で、構成要素別の対応関係は下表のとおりである。確認対象発明が特許発明の構成要素1、3をそのまま備えている点については、当事者間に争いはない。

構成要素 特許発明 確認対象発明
1 8.0±0.2、10.1±0.2及び11.5±0.2の回折角(2θ)でピークを含む粉末X線回折パターンを有し、 7.9341、8.4852、10.0533、10.2140、11.4848の回折角(2θ)でピークを含む粉末X線回折パターンを有し、
2 15μm±20%~30μm±20%のD[4,3]値を有する 10μm以下のD[4,3]値を有する、
3 6-アセチル-8-シクロペンチル-5-メチル-2-(5-ピペラジン-1-イル-ピリジン-2―イルアミノ)-8H-ピリド[2,3-d]ピリミジン-7-オンの遊離塩基の結晶多形Aの粒子 6-アセチル-8-シクロペンチル-5-メチル-2-(5-ピペラジン-1-イル-ピリジン-2―イルアミノ)-8H-ピリド-[2,3-d]ピリミジン-7-オンの遊離塩基の結晶型粒子

特許法院において原告は、特許発明はパルボシクリブ遊離塩基の結晶形A粒子が改善された物理化学的特性及び製造可能性を有するようにするために、通常の塩破壊方法で得られた粒子と比較してどの程度大きくすべきかを究明したものであって、公知技術と差別化される技術的特徴はパルボシクリブ遊離塩基の結晶形A粒子を特定の数値範囲に限定したことにあるから、特許発明の技術思想の核心は確認対象発明にそのまま具現されず課題解決原理及び作用効果が異なっているため、確認対象発明は特許発明の権利範囲に属さないと主張した。

これに対して被告は、特許発明の課題解決原理(手段)は通常の塩破壊方法によって提供された遊離塩基「よりも大きい(lager)」1次粒径を有するパルボシクリブの遊離塩基を提供したことと見るべきであるところ、確認対象発明は特許発明と課題解決原理及び作用効果が同一であって、特許発明の属する技術分野において通常の知識を持つ者(以下、「当業者」とする)が特許発明の粒径を確認対象発明の粒径に変更することは容易であるため、確認対象発明は特許発明の均等物として権利範囲に属すると主張した。

判決内容

特許法院は、まず関連法理について下記のとおり提示した。
「特許発明と対比される確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するというためには、特許発明の特許請求の範囲に記載された各構成要素とその構成要素間の有機的結合関係が確認対象発明にそのまま含まれていなければならない。確認対象発明において特許発明の特許請求の範囲に記載された構成のうち変更された部分がある場合であっても、特許発明と課題の解決原理が同一で、そのような変更によっても特許発明と実質的に同一の作用効果を奏し、そのように変更することが当業者なら誰でも容易に考え出すことができる程度であれば、確認対象発明が特許発明の出願時に既に公知となっている技術と同一の技術若しくは当業者が公知技術から容易に発明できた技術に該当するとか、又は特許発明の出願手続を通じて確認対象発明の変更された構成が特許請求の範囲から意識的に除外されたものに該当する等といった特別な事情がない限り、確認対象発明は特許発明の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものであって依然として特許発明の権利範囲に属すると判断すべきである。ここで課題の解決原理が同一かどうかを判断するときには、特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に抽出するのではなく、明細書に記載された発明の詳細な説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌して先行技術と対比し、特許発明に特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心が何かを実質的に探求して判断しなければならない(大法院2011年9月29日言渡2010ダ65818判決、大法院2014年7月24日言渡2013ダ14361判決等参照)。特許法が保護しようとする特許発明の実質的価値は、先行技術で解決されなかった技術課題を特許発明が解決して技術発展に寄与したということにあることから、侵害製品等の変更された構成要素が特許発明の対応する構成要素と均等であるかを判断する場合にも、特許発明に特有の課題解決原理を考慮すべきである。特許発明の課題解決原理を把握するときに、発明の詳細な説明の記載だけでなく出願当時の公知技術等まで参酌するのは、先行技術全体との関係で特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて特許発明の実質的価値を客観的に把握し、それに見合った保護をするためである。したがって、このような先行技術を参酌して特許発明が技術発展に寄与した程度に応じて、特許発明の課題解決原理をどの程度広く又は狭く把握するかを決定しなければならない(大法院2019年1月31日付2016マ5698決定)。

また、特許発明の請求項が、一定の範囲の数値で限定したことを構成要素の1つとしている場合には、その範囲外の数値が均等な構成要素に該当する等の特別な事情がない限り、特許発明の請求項で限定した範囲外の数値を構成要素とする確認対象発明は原則的に特許発明の権利範囲に属さない(大法院2001年8月21日言渡99フ2372判決)」

続いて特許法院は、特許発明の構成要素2は粒子の粒径分布を15μm±20%~30μm±20%(12~36μm)のD[4,3]値で限定しているのに対し、確認対象発明は10μm以下のD[4,3]値を有するものであって、対応する粒度分布の数値範囲の値が異なるため、確認対象発明は特許発明の文言的権利範囲に属さないと判断した。
確認対象発明が均等範囲において特許発明の権利範囲に属するかに関して特許法院は、確認対象発明は特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心が特許発明と同一であるとはいえないため、両発明は課題の解決原理が同一でないと判断した。具体的に特許法院は、特許発明の明細書の記載、優先日当時の公知技術及び当業者の技術水準等を総合してみれば、特許発明特有の解決手段及びその解決手段が基礎としている技術思想の核心は、通常の塩破壊過程で得られたパルボシクリブ遊離塩基の再結晶化を通じて得られたパルボシクリブ遊離塩基が15μm±20%~30μm±20%のD[4,3]値の粒径を有するようにすることで、改善された物理化学的特性を有するパルボシクリブ粒子を提供することであると考えるのが妥当であるとし、その根拠として下記のものを挙げた。

  1. 特許発明の明細書及び先行発明の記載に照らしてみると、パルボシクリブ遊離塩基が結晶形Aとして存在するという事実が優先日以前に公知となっていたことが確認されるため、特許発明は先行技術に対比して粒径に関連するD[4,3]値を数値範囲で特定したことに特徴がある発明である

  2. 特許発明は、適切な再結晶溶媒システムを選択して、改善された物理化学的特性及び製造可能性を有するパルボシクリブ遊離塩基の結晶多形A粒子の特定の粒径を提供することを目的とした発明であって、特許発明が先行技術との関係において寄与したと評価できる点は、上記のような目的を達成できるようにする特定のD[4,3]値の粒径範囲を提供したことにあると考えるのが妥当である。すなわち、特許発明は、従来公知となっている結晶形Aのパルボシクリブ遊離塩基を通常の塩破壊方法で得た場合には小さな1次粒径が得られ、そうした小さな粒径によってパンチ粘着、大きな凝集物を形成する等の製剤学的に不良な物性を有するという問題を認識し、パンチ粘着がAPI(active pharmaceutical ingredient)の表面積に関連することからAPI粒径の調節を通じて改善された物理化学的特性及び製造可能性を証明する「さらに大きな化合物の遊離塩基粒子」を提供しようとするものである。これにより特許発明は、再結晶化工程を解決手段として適切な溶媒システムを確認した後、通常の塩破壊工程で得られた小さな1次粒径のパルボシクリブ遊離塩基を再結晶化して大きな1次粒子を生成し、上記のような再結晶方法で得られた特定範囲の大きな粒子は粘着傾向が減少して凝集物を形成せず、粘着傾向ではないことを実験を通じて確認し、そのような特性を有するパルボシクリブ遊離塩基の結晶多形Aの粒径を特許請求の範囲の構成要素として特定した。すなわち、特許発明は、公知となった「パルボシクリブの特定の結晶形態」を技術的特徴とするのではなく、「パルボシクリブの粒径を特定の数値範囲で限定したこと」を技術的特徴として特許が請求され、特許請求の範囲にも「特定の数値範囲で限定された粒度分布」が必須構成要素として含まれている。

  3. 被告は、特許発明の技術思想の核心は「通常の塩破壊方法で得た小さな1次粒径のパルボシクリブ遊離塩基の粒子より大きな粒子を製造して製剤学的に製造可能な粒子を提供したこと」であって、特許請求の範囲の数値範囲は臨界的意義がないため、確認対象発明がその数値範囲を逸脱しても特許発明と課題解決原理が同一である旨を主張する。しかし、下記のような点等に照らしてみると、特許発明の特許請求の範囲で限定している数値範囲は、「特許発明が目的とした効果を導き出す数値範囲」又は「そのような効果の達成可能性を予測できる数値範囲」としての意味を有すると考えるのが妥当である。

    1. 粘着性や凝集性を有しない、製剤化に許容可能な最適なAPI粒径の範囲を探索すべきであることは、特許発明の技術分野の一般的な解決課題に該当するので、単に「粘着性を有する粒子より大きな粒子」を提供することは特許発明に特有の課題の解決原理であるとはいえない。

    2. 粒径を増加させるために特許発明において技術手段として採択した再結晶工程は、医薬品の生産工程で粒径を調節するために広く使用される技術であるため、パルボシクリブ遊離塩基及び塩化合物が結晶性産物として投与され得る。ところで、特許発明の明細書は、通常の塩破壊(salt break)過程により提供された遊離塩基は小さな1次粒子を形成するという内容のみ記載しており、「小さな1次粒径」の具体的数値に関しては何ら記載がない。また、通常の塩破壊による小さな1次粒子と再結晶を通じて得た、より大きな粒子との大きさに関連した比較は、単に比表面積データだけを記載しているところ、比表面積は粒子の大きさだけでなく粒子の形状及び表面の屈曲等により変わる値なので、比表面積の差を示したデータだけで1次粒径の差を一意的に確認することはできない。

    3. 特許発明の明細書には、具体的な粒径の分析値が記載されてはいないが、通常、塩破壊方法で得られたパルボシクリブ遊離塩基の1次粒径は、工程条件により十分に変化し得るといえ、被告が追加で提出した証拠を見ても、特許発明と対比されると主張する「通常の塩破壊方法で得られた小さい1次粒径のパルボシクリブ有機塩基粒子」の大きさの範囲自体が特定されていない。

    4. 特許発明の特許請求の範囲は「±20%」を数値範囲に含めているのに対し、発明の説明には数値範囲に関連してそのような記載がなく、「±20%」は「約」という用語の統計的に意味のある範囲である「提示された値又はその範囲の典型的に20%以内」という意味が反映されたと考えるのが妥当である。

    以上により特許法院は、特許発明において特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心を構成する数値限定がなされた構成要素D[4,3]値について、これとは異なるD[4,3]値を有する確認対象発明に対してまで特許発明と課題の解決原理が同一であると認めてその権利範囲が及ぶとはいえないと判断した。さらに特許法院は、作用効果も同一であるとはいえないことから残りの点に関して詳察する必要なしに確認対象発明は均等な関係にないと判断した。

専門家からのアドバイス

本件における確認対象発明の粒径分布(10μm以下)は、特許発明で限定された数値範囲(12-36μm)から大きく離れてはいなかったため、特許審判院は確認対象発明が特許発明の均等範囲に属すると審決をしたが、特許法院はこれを覆して均等範囲には属さない旨の判決をした。
具体的に特許審判院は、特許発明の課題解決原理について「通常の塩破壊方法で製造された粒子より粒径を大きくし、製造容易性として望ましい物理化学的特性を提供すること」が先行技術に公知とされていなかったため、これを課題解決原理として認定した。これに基づき、確認対象発明は特許発明と同一の課題解決原理を用いていると判断して、均等範囲において権利範囲に属すると判断した。
これに対し特許法院は、特許発明で限定された数値範囲が特許発明に特有の解決手段が基礎としている技術思想の核心であると認定した上で、確認対象発明は特許発明と課題解決原理が異なっているため均等範囲において権利範囲に属さないと判断した。特許法院がこのように技術思想の核心を判断した根拠としては、①化合物の結晶形自体が公知となっていることから、特許発明は先行技術と対比して粒径に関連した値を数値範囲で特定したことに特徴がある発明であるという点、及び、②特許明細書に、通常の塩破壊過程により提供された遊離塩基の「小さな1次粒径」について具体的数値を何ら示していなかったという点を重要視したものと思われる。
本件は、特許発明の数値範囲を逸脱した確認対象発明に対して、特許審判院と特許法院が異なる均等論の適用判断を行った事例として、その判断の根拠は上述のとおり少し複雑ではあるが、韓国での均等論の適用について理解することができる事例として紹介した。

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