知財判例データベース 出願発明の組成物の特性値による数値限定発明において、その特性値の臨界的意義がないこと等を理由として進歩性を否定しなかった事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(特許出願人) vs 被告(特許庁長)
事件番号
2022ホ5171拒絶決定(特)
言い渡し日
2023年07月20日
事件の経過
審決取消し(確定)

概要

出願発明の組成物における種々の特性値の数値限定のうち、一部の特性値の数値範囲が先行発明に開示されている範囲と共通している事案において、審査及び審判段階では、先行発明に開示されていない出願発明の特性値に対して臨界的意義がない単純な数値限定であり先行発明に内在しているものとして進歩性が否定されたが、特許法院の審決取消訴訟では、当該特性値は種々の因子によって影響を受けるものであり先行発明に内在しているものといえないとの主張が認められ、進歩性を否定した審決を取り消した。

事実関係

原告の出願発明は、容器栓(Cap)に用いられる「ポリマー組成物」に関するもので、高い応力亀裂抵抗性、速いサイクル時間、及び射出する際の優れた流動性を達成することを目的とし、組成物の種々の特性値を規定してこれらの数値範囲を限定したものである。

出願発明の請求項1は「(前略)上記ポリマー組成物は0.950g/cm3~0.965g/cm3の範囲の密度、少なくとも0.3g/10分の溶融流量MFR2、少なくとも100,000g/molの重量平均分子量、少なくとも20,000Pa・sの、0.01[1/s]の角周波数における粘度η0.01を有し、上記ポリマー組成物は123℃における10分未満の等温結晶化ハーフタイム(Isothermal Crystallization Half-Time)、及び少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値(Full Notch Creep Test)を有する(以下「構成要素3」という)、ポリマー組成物」である。

これに対し先行発明1、2は、同一の用途のポリマー組成物に関するもので、密度と溶融流量及び重量平均分子量の数値範囲が出願発明と共通するが、残りの特性値に関する記載はない。

出願発明の審査及び審判段階では、高分子の粘度は主に分子量によって決定されるため、出願発明と共通した範囲の分子量を開示している先行発明にも出願発明の粘度特性が内在しており、出願発明の等温結晶化ハーフタイムと完全ノッチクリープ試験値の数値範囲は臨界的意義がない単純な数値限定であることから、進歩性がないと判断した。

これに対して出願人は、審決取消訴訟を提起し、出願発明の粘度、等温結晶化ハーフタイム及び完全ノッチクリープ試験値は、分子量以外にも種々の因子によって決定されるものであるため(多数の論文を証拠資料として提出)、先行発明が一部の特性値において出願発明と共通するとしても、残りの特性値まで開示又は示唆しているとはいえないと主張した。

判決内容

甲第8~12、15号証、乙第2号証の各記載と弁論全体の趣旨によって把握される下記のような事実及び事情を総合してみると、通常の技術者は、本件請求項1の発明と先行発明1との間に存在する差異点として、(i)「少なくとも100,000g/molの重量平均分子量」の部分は、先行発明1に先行発明2を結合して容易に克服することができるが、(ii)「少なくとも20,000Pa・sの粘度」、「123℃における10分未満の等温結晶化ハーフタイム」及び「少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値」の部分は、先行発明1に先行発明2を結合しても容易に克服できるとはいい難い。
  1. 粘度関連部分
    本件出願発明の明細書の記載によると、本件請求項1の発明においてポリマー組成物の粘度(η0.01)を「少なくとも20,000Pa・s」と限定した理由は、高い分子量と広い分子量の分布を有するポリマー組成物において上記のような高い粘度値を付与するためであり、これら構成を採択することによってポリマー組成物は、等温結晶化ハーフタイム、完全ノッチクリープ試験によって測定された応力亀裂抵抗性等に優れた特性を有することがわかる。
    一方、先行発明1及び2はいずれもキャップ製造のためのポリマー組成物に関するものであり、先行発明1にはポリマー組成物が1.4g~1.8g/10分の溶融流動指数MI2を有することが開示されており、先行発明2にはポリマー組成物が0.3~15g/10分の溶融流量MFR2及び90-150kDの重量平均分子量を有することが開示されているものの、先行発明1及び2のどこにもポリマー組成物が本件請求項1の発明のような「少なくとも20,000Pa・s」の粘度(η0.01)を有することについては開示されていない。
    ここで、甲第11、12号証(各論文)、乙第2号証(学術誌)の各記載によると、高分子の粘度は重量平均分子量(Mw)のみならず、分子量分布(MWD)、高分子鎖の長鎖分岐(LongChainBranching:LCB)含量等の種々の因子により影響を受けて決定されることがわかる。したがって、本件請求項1の発明と先行発明1及び2のポリマー組成物の重量平均分子量(又は溶融流量)が共通するとしても、その粘度まで共通するということはできない。
    さらに、本件出願発明のポリマー組成に関する[表2]を参照しても、実施例3、4と比較例1の場合、ポリマー組成物の溶融流量(MFR2)において何ら差がないにもかかわらず、実施例3、4が比較例1に比べてさらに高い粘度(η0.01)値を示しており、また、実施例1~5の場合、ポリマー組成物の分子量(Mw)及び粘度(η0.01)が比例するものでもないため、本件請求項1の発明においてポリマー組成物の粘度が必ずしも重量平均分子量(又は溶融流量)により決定されるとはいい難い。
    加えて、本件請求項1の発明のようなエチレンホモポリマー及びエチレンコポリマーを含むポリマー組成物において、ポリマー組成物の粘度(η0.01)が「少なくとも20,000Pa・s」であることがこの技術分野においてポリマー組成物の通常の粘度範囲といえるだけの証拠もない。
  2. 等温結晶化ハーフタイム(ICHT)及び完全ノッチクリープ試験値(FNCT)関連部分
    本件出願発明の明細書の記載によると、従来キャップ及び栓のためのポリマー組成物は最終使用者及びキャップ製造者の双方の要求を満たす程度に環境応力亀裂抵抗性及び速いサイクル時間特性が十分ではなかった。したがって、本件請求項1の発明は上記のような従来技術の問題点を改善するために、結晶化速度との優れた均衡を成し遂げ、完全ノッチクリープ試験で測定された高い応力亀裂抵抗性を有するポリマー組成物を提供することをその技術的課題としている。
    本件出願発明の明細書には、上記課題の解決手段が構成要素3に記載されたとおり、ポリマー組成物が123℃における10分未満の等温結晶化ハーフタイム(ICHT)及び少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値(FNCT)を有することにあり、これによりキャップ(cap)における高い応力亀裂抵抗性、速いサイクル時間及び優れた流動性を達成することができると記載されている。
    要するに、本件請求項1の発明においてポリマー組成物の等温結晶化ハーフタイム及び完全ノッチクリープ試験値に関する数値範囲は互いに均衡をなし、キャップにおける高い応力亀裂抵抗性、速いサイクル時間及び優れた流動性を達成する技術的意義を有することがわかる。
    先行発明1にはポリマー組成物が1.4g~1.8g/10分の溶融流動指数MI2を有すると開示されており、先行発明2にはポリマー組成物が0.3~15g/10分の溶融流量MFR2及び90-150kDの重量平均分子量を有し、少なくとも15時間のFNCTを有すると開示されているが、先行発明1及び2のどこにもポリマー組成物が本件請求項1の発明のような「123℃における10分未満の等温結晶化ハーフタイム」及び「少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値」を同時に有することについては開示されていない。
    甲第12、13、14号証(各論文)の各記載によると、高分子の等温結晶化ハーフタイムは主に粘度に影響を受けるもので、完全ノッチクリープ試験により測定される環境応力亀裂抵抗性(ESCR)は重量平均分子量(Mw)のみならず、分子量分布(MWD)、コモノマーの含量と分布、高分子鎖の長鎖分岐(LCB)の含量等の種々の因子により影響を受けて決定されることがわかる。したがって、本件請求項1の発明と先行発明1及び2のポリマー組成物は重量平均分子量(又は溶融流量)、コモノマーの含量が共通するとしても、その等温結晶化ハーフタイム(ICHT)及び完全ノッチクリープ試験値(FNCT)まで共通するということはできない。
    加えて、本件請求項1の発明のようなエチレンホモポリマー及びエチレンコポリマーを含むポリマー組成物において、「123℃における10分未満の等温結晶化ハーフタイム」及び「少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値」を同時に有することがこの技術分野においてポリマー組成物の通常の物理的特性であるといえるだけの証拠もない。
    結局、上述した先行発明1及び2には、個別的に公知となった構成要素を結合して本件請求項1の発明の技術的特徴である「123℃における10分未満の等温結晶化ハーフタイム」及び「少なくとも60時間の完全ノッチクリープ試験値」の構成を導き出すだけの開示や暗示がない。
  3. 検討結果の整理
    上記検討した結果を総合すると、本件請求項1の発明は通常の技術者が先行発明1に先行発明2を結合しても容易に発明することができるとはいえず、その進歩性は否定されない。

専門家からのアドバイス

本件は、数値限定発明の進歩性判断の事例であって、特段、新たな法理を提示したものではないが、講学上、数値限定発明であるとしても必ずしも臨界的意義が要求されるものではないという点は、韓国大法院の確立した見解である。これに基づき、本件において特許法院は、一般的な発明の進歩性判断と同様に「構成の困難性」を中心として「効果の顕著性」を参酌するという順序で進歩性を判断している。数値限定発明を特別視しない最近の韓国法院の傾向をよく示していると思われる。
ただし、本件も審査/審判段階においては、出願発明の粘度特性値等が先行発明に明示されていなくとも内在しているといえることや、出願発明の数値範囲に臨界的意義がないことを理由として進歩性を否定している。これに対し、審決取消訴訟を扱った特許法院においては、各特性値がどのように達成されるかを具体的に審理して「構成の困難性」を綿密に詳察し、当該特性値の技術的意義(すなわち作用効果)を参酌すると、進歩性が否定されないと判断した。特に本件で出願人は、審決取消訴訟の段階で多数の論文を提出しており、これにより出願発明の特性値が多様な要因によって影響を受ける点を積極的に立証した点が功を奏したと思われる。
出願権利化の実務においては、本件のように数値限定発明に該当する場合、関連数値範囲に臨界的意義がないことを理由として進歩性否定の拒絶理由や判断がなされることがあるが、実務上では、本件のように構成の困難性、効果の顕著性を示すことができる発明の事案であるかを検討し、さらには当該分野の論文等を通じてそれを立証可能とすることも有効な場合があり、本件はそれを理解できる良い事例だといえる。

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