知財判例データベース 使用者の勤務規定に基づいて、職務発明が完成した時点に特許を受ける権利が使用者に当然承継されないと判断された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 D公社
事件番号
2022ホ1278登録無効(特)
言い渡し日
2023年05月11日
事件の経過
上告審理不続行棄却(確定)

概要

従業員である発明者が使用者に職務発明の完成事実を知らせずに職務発明を従業員の名義で出願し登録を受けた事案において、職務発明において特許を受ける権利が発明完成の時点で使用者に当然承継されるか否かが争点になった。特許法院は、発明者が特許発明を完成後に直ちに発明振興法が定めた勤務規程に該当する使用者の知的財産管理及び技術移転指針に従って、使用者に対する職務発明完成事実の通知をしたか否かや、使用者の発明者に対する承継如何の通知をしたか否かを問わずして、特許を受ける権利が使用者に当然承継されると認めることはできないと判断した。

事実関係

Bは、1996年2月26日に被告(D公社)に入社し、2014年1月頃から2020年8月頃まで配管診断処の所属として診断装備の購入・管理、都市ガス中圧配管の精密安全診断等の業務を担当した。Bは、被告の職員として在職していた期間に「テストボックス健全性判断方法」という名称の発明を完成し、2015年7月15日にB名義で特許出願をし、2016年10月5日にそれに対する特許権設定登録を受けた。Bは2021年9月24日に、自ら代表理事を務める原告(A社)への特許権の譲渡を原因とする権利の全部移転登録を終えた。

被告は、2021年4月8日に特許審判院に「被告従業員による職務発明である特許発明は、無権利者である従業員(発明者)によって出願及び登録されたものであるので、その登録が無効とされるべきである。」という趣旨で登録無効審判を請求した。これに対して特許審判院は、2021年12月30日に「特許発明は職務発明に該当し、その発明の完成時点に被告の知的財産管理及び技術移転指針(以下「本件指針」という)により被告に承継されたものであるところ、特許を受ける権利がない特許発明の発明者によって出願及び登録されたものであるので、特許発明はその登録が無効とされるべきである。」という理由により審判請求を認容する旨の審決をした。原告は、特許審判院の審決を不服として特許法院に審決取消訴訟を提起した。

特許法院において被告は、本件指針が定めたところにより職務発明である特許発明の完成時点で別途の手続なしにそれに係る権利を直ちに承継したにもかかわらず、特許発明は被告でない無権利者であるBによって出願及び登録されたものであるところ、特許法第33条第1項及び第133条第1項第2号によりその登録が無効とされるべきであるため、審決は適法であると主張した。

これに対して原告は、本件指針の内容等に照らして、Bが特許発明を完成した時点でそれに係る権利が本件指針に従って被告に当然承継されるとは認めることができず、特許発明の出願から登録までそれに係る権利はBに原始的に帰属したものであって、特許発明は正当な権利者によって出願及び登録されたものであるため、審決は違法で取り消されるべきと主張した。

判決内容

特許法院は、関連法理として下記を提示した。
「特許法第33条第1項本文は、発明をした者又はその承継人は、特許法で定めるところにより特許を受ける権利を有すると規定しており、特許法第133条第1項第2号本文は、第33条第1項本文による特許を受ける権利を有さない者(以下「無権利者」という)が出願して特許を受けた場合を特許無効事由の1つとして規定している。無権利者の出願を無効事由とした特許無効審判及びそれによる審決取消訴訟において、上記のような無効事由に関する証明責任は無効であると主張する当事者にある(大法院2022. 11. 17. 言渡2019フ11268判決等参照)。一方、発明振興法第2条第2号は「職務発明とは、従業員、法人の役員又は公務員(以下「従業員等」という)がその職務に関して発明したものが、性質上使用者・法人又は国若しくは地方自治体(以下「使用者等」という)の業務範囲に属し、その発明をすることになった行為が従業員等の現在又は過去の職務に属する発明をいう。」と規定し、第10条第3項で「職務発明以外の従業員等の発明について予め使用者等に特許等を受ける権利や特許権等を承継させるか、使用者等のために専用実施権を設定するようにさせる契約又は勤務規程の条項は、無効とする。」と規定していることから、職務発明に対してはその発明前に予め特許を受ける権利や将来取得する特許権等を使用者等に承継(譲渡)させる契約又は勤務規程を締結することができると判断すべきである。」

続いて特許法院は、原告は特許発明が職務発明であるという事実と本件指針が発明振興法が定めた勤務規程に該当するという点について争っておらず、被告が本法院に提出した証拠を加えてみれば、これを認めることができると判断されるとした上で、本件指針に従って被告の従業員の職務発明はその完成時点に被告に当然承継されるか否かについて判断した。

特許法院は、証拠及び弁論全体の趣旨を総合して認められる事情及び特許発明の出願経緯とそれに至るまでの当事者らの役割、Bと被告の関係、特許発明に係る紛争の経緯とその展開の様相、原告と被告の主張内容等を上記法理と総合してみれば、被告が法院で提出した証拠等とその主張の事情をいずれも考慮するとしても、特許発明はその完成時点に特許を受ける権利が被告に直ちに承継されるものとは認め難いと判断され、他にこれを認めるだけの証拠も不十分である、と判断した。

特許法院は具体的な根拠として下記を提示した。

  1. 職務発明に対して特許を受ける権利の帰属に関連して、発明の完成と同時に従業員に原始的に帰属するものとする発明者主義と、使用者に帰属するものとする使用者主義があるが、特許法は上記で示した特許法第33条第1項の内容等に照らして発明者主義を採択するものと理解される事情等を勘案すると、職務発明に対して特許を受ける権利は原則的に発明者である従業員に原始的に帰属するといえる。
  2. 発明振興法等の関連規定によれば、使用者等が職務発明に対して契約又は勤務規程で承継規定を置いたときには、従業員等が職務発明を完成した場合、使用者等に書面で知らせなければならず(発明振興法第12条)、通知を受けた使用者等は、4ヶ月内にその発明に係る権利の承継如何を従業員等に書面で知らせなければならず(発明振興法第13条第1項、発明振興法施行令第7条)、その発明に係る権利の承継の意志を知らせたときには「その時から」その発明に係る権利が使用者等に承継され(発明振興法第13条第2項)、使用者が承継如何を知らせなかったときには、権利の承継を放棄したものとみなす(発明振興法第13条第3項)。結局、発明振興法等の関連規定によると、従業員等が職務発明を完成した場合、職務発明の完成と同時にそれに対して特許を受ける権利が使用者等に自動的に承継されるのではなく、従業員等が使用者等に職務発明を知らせた後、使用者等が権利の承継の意志を知らせた時からその発明に係る権利が使用者等に承継されることが原則であるといえる。したがって、上記のような発明振興法の内容と発明振興法の立法趣旨、本件指針の性格及び被告の主張のような職務発明の使用者等に対する即時承継による法的効果とその影響等を総合してみると、特許発明がその完成と同時に被告に直ちに承継されたものと認められるためには、本件指針で職務発明の承継時期について明確な内容が規定されている等の特別な事情が認められなければならないと判断されるが、本件指針はそれについて明確に規定していないものと認められる。
  3. 本件指針の関連条項に対する以下のような検討内容と本件指針の目的、本件指針の形式と体系及びその文言の客観的意味と内容等に照らしてみると、本件指針で定めた職務発明の承継に関連する条項は、他の条項の内容とその趣旨等を考慮した合目的的、合理的な解釈が必要であると判断される事情を考慮してみると、被告の従業員が職務発明を完成した場合に、被告は本件指針第3条第1項等により職務発明の完成時点で別途の手続なしにそれに係る権利を直ちに承継するものと断定することはできない。
    1. 本件指針第3条は、「第1章総則」に属する条項として、職務発明に関する権利は公社が承継するという原則を明らかにしたものと理解することができる。また、第5条(発明の申告)において職員が職務に関連する発明をした場合には、遅滞なく職務発明申告書を所属部署長を経て知的財産管理部署に提出しなければならないと規定しており、第6条(出願審議及び承継についての通知)では、知的財産管理部署長が申告された発明に対し、研究審議委員会において「職務発明如何」を審議し、知的財産管理部署長が「職務発明如何の決定事項」を発明者に通知する手続が明確に規定されている。上記のような第5条、第6条の内容まで加味してみれば、本件指針は第3条で規定している権利の承継のための手続を別途に規定していると認められる余地が十分にある。
    2. 本件指針第6条の条名に「承継如何の通知」と記載されており、「如何」の辞書的意味は「そうすることとそうしないこと」であるので、上記第6条の「承継如何の通知」は(被告が職務発明を)承継するかしないかについての通知であると認めることができる点、本件指針第6条第1項~第3項には通知に関する事項を明確に規定していないと判断され、第6条第4項が「承継如何の通知」に関する内容を定めたものと認められるところ、第6条第4項では知的財産管理部署長が出願如何ではなく「職務発明如何」に対する「決定事項」を発明者及び所属部署長に通知するものと記載されている点等を考慮してみると、本件指針第6条第4項が定めた「職務発明如何に対する決定事項の通知」は少なくとも承継如何の通知を含むと解釈できる。そのような解釈によるならば、本件指針第6条の手続が進められる前までは被告が当該職務発明を承継するか否かについて決定されていないと解釈するのが合理的なので、それに対する承継自体もなされたと認めることはできないといえる。
    3. <本件指針第6条>
      第6条(出願審議及び承継の如何の通知)
      ①知的財産管理部署長は、申告された発明に対して研究管理規程第5条の規定による研究審議委員会(以下、「審議会」という)において当該発明について職務発明如何を審議するようにする。
      ②審議対象の知的財産権は特許及び実用新案とし、デザイン及びプログラム等その他の知的財産権は院長が出願如何を決定する。
      ③審議会は、重要度及び効用価値等を考慮して出願如何を決定する。ただし、別紙第2号書式の発明評価審査表により評価した場合には、評価点数が60点以上である場合、知的財産権を出願するように決定し、院長の決定に従って書面審議に代えることができる。
      ④知的財産管理部署長は、職務発明如何についての決定事項を発明者及び所属部署長に通知する。

    4. 本件指針第7条の内容等を考慮してみると、発明者主義の原則に則って、職務発明をした職員に原始的にその発明に係る権利が帰属することを前提に当該職員が自身に帰属した職務発明に係る権利を被告に承継させる手続に協力する義務を定めたものと解釈することもできる。
    5. 本件指針第5条は「職員が職務に関連する発明をした場合には、遅滞なく職務発明申告書を提出しなければならない。」旨を規定しており、発明振興法第12条による従業員等の職務発明完成事実の通知義務を被告の職員に付与したものと認めることができる。このような事情を先に「②項」で詳察したように、本件指針第6条で被告の所管部署で申告された発明について職務発明如何を審議し、出願如何を決定し、「職務発明如何についての決定事項」を職員に通知する手続を定めていると解釈することができる事情までを加味してみれば、被告の職員が本件指針第5条により職務発明を被告に申告したとしても、被告の所管部署の審議等を通して職務発明ではないと決定されれば承継されないことを規定していると認めることができる。したがって、本件指針の解釈上、被告の職員がした発明が職務発明に該当しさえすれば、その発明の完成と同時にそれに係る権利が被告に当然承継されるものとは判断されない。

  4. 職務発明の承継手続について先に示した発明振興法等の関連規定の内容、発明振興法の立法趣旨及び本件指針の法的性格等を考慮してみると、たとえ本件指針において被告が職務発明に係る権利の承継如何を被告の職員に通知する手続について特に規定していないと解釈されるとしても、そのような事情だけで本件指針に従って被告の承継如何の通知なしでも職員の職務発明をその発明の完成時点に被告が当然承継するという解釈が可能であるとは認め難い。
  5. 被告は、2020年9月頃にB及び原告に「本件指針によると、職務発明者は職務発明後、直ちに職務発明に係る権利を被告に承継しなければならない。したがって、発明者が本件指針が定めた手続による発明の申告をしなかった場合には、被告の承継意志の通知である本要請書によって職務発明に係る権利(当然特許権も含まれます)承継効果も発生すると理解すべきである。」という内容等が含まれた「要請書」を送って、特許発明等に係る権利を被告に承継させるための手続に協力するよう要請したりもしたが、先に示した証拠等と認定できる上記要請書の作成経緯とその時期及び上記要請書の内容等を勘案してみても、特許発明に係る権利が本件指針に従ってその発明の完成時点に被告に直ちに承継されたものと認めることはできない。

専門家からのアドバイス

韓国では、発明振興法に職務発明に関する承継規定が定められており、職発発明については勤務規定等により特許を受ける権利を使用者等に承継させることが可能とされている。
これに関連し、本事案において特許法院は、従業員である発明者が勤務規程に違反して職務発明の完成事実を知らせずに職務発明を従業員の名義で出願し登録を受けた場合であっても、職務発明の完成時点において特許を受ける権利が使用者に当然承継されるものではないと判断した。
その判断の根拠について特許法院は、特許法が発明者主義を採択している点、発明振興法等の職務発明の承継規定によると、職務発明の完成後、直ちに使用者に自動承継が認められるわけではない点、本事案において使用者の勤務規程に職務発明の承継時期について明確な内容が規定されている等の特別な事情が認められなかった点、及び、使用者の勤務規程の解釈の上でも職務発明の完成時点に別途の手続なしで使用者が直ちに承継するとは認められない点等を挙げて、使用者への職務発明の当然承継を認めなかった。
韓国での職務発明に関連した権利関係の扱いについては、日本の法制度や実務との違いが存在する。今回の特許法院の判断は、韓国での職務発明の権利関係に関する法理の解釈を示した事例であり、その使用者承継のために勤務規程をどのように作成すべきかを把握するのに参考となる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、柳(ユ)、李(イ)、半田
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195