知財判例データベース 単純な数値限定発明として進歩性が否定されると判断された大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 特許庁長
事件番号
2022フ10180取消決定(特)
言い渡し日
2023年07月13日
事件の経過
上告棄却確定

概要

特許発明は、ポリエチレングリコールとアスコルベート成分を構成要素とする腸洗浄組成物に関するものである。先行発明にはポリエチレングリコールとアスコルベート成分の含量範囲、アスコルベート成分中のアスコルビン酸とアスコルビン酸ナトリウムの重量比の範囲が広く開示されているのに対し、特許発明はこれらの範囲が狭く限定された点で先行発明と差がある。大法院は、特許発明を単純な数値限定発明であるとして異質的な効果や顕著な効果が認められないという理由で進歩性を否定した原審の判決には、違法がないと判断した。

事実関係

原告は「腸洗浄組成物」を発明の名称とする発明について、2019年5月16日に特許登録を受けた。オランダ国籍の「D」は、2019年11月21日に原告を相手取って新規性及び進歩性否定の取消事由による特許取消申請をしたところ、特許審判院は特許発明の進歩性が否定されるという理由により特許取消決定をした。原告は特許審判院の決定を不服として特許法院に決定取消訴訟を提起したが、特許法院でも進歩性が否定されるという理由で棄却判決をした。原告は、特許法院の判決に対して上告を提起した。
原告の特許発明の請求項1は、下記のとおりである。

請求項1

腸洗浄溶液を製造するための腸洗浄組成物であって、平均分子量2,000~8,000のポリエチレングリコール(PEG)及びアスコルベート成分を含み、上記ポリエチレングリコール成分の含量は140g以上180g以下であり、上記アスコルベート成分の含量は45g以上55g未満であり、上記アスコルベート成分は重量比3.5:1~5:1のアスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムを含み、上記腸洗浄溶液が1リットル当り上記含量の成分を含むようにする腸洗浄組成物。

これに対し、先行発明は「結腸鏡検査-製剤」という名称の公開特許公報であり、その明細書には、先行発明の組成物が「結腸洗浄溶液を用いて結腸を洗浄する組成物」という記載、上記洗浄溶液が「a)アスコルビン酸、1つ以上のアスコルビン酸塩、又はこの混合物から提供される1リットル当り300~2000mlのアスコルベートアニオン、及びb)1リットル当り10~200gのポリエチレングリコール」で構成されるという記載、及び上記洗浄溶液は「ポリエチレングリコールを含む。ポリエチレングリコール(PEG)は、例えば平均分子量2000~8000、例えば2500~4500Da、例えば3000~4000Daである。」という記載がある。さらに先行発明には、先行発明の組成物が「1リットル当り10~200gのポリエチレングリコール(PEG)を含む」という記載、「1リットル当り50~450gのアスコルベート成分を含む」という記載、及び「アスコルベート成分はソジウムアスコルベート及びアスコルビン酸を含む。…ソジウムアスコルベート:アスコルビン酸の重量比は1:10~10:1、例えば2:8~8:2、例えば3:7~7:3、例えば1.4:1~1.8:1であってもよい。」という記載がある。
特許法院において原告は、①先行発明には、ポリエチレングリコール(PEG)及びアスコルベート成分の含量に関する数値範囲と、アスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムの重量比に関する数値範囲があまりに広範囲に開示されており、②特許発明の明細書と原告が提出した追加実験データによると特許発明の数値範囲の内外で顕著な腸洗浄効果と安全性増加効果が確認されるという理由を挙げて、特許発明の数値限定には臨界的な意義が存在するため特許発明は先行発明によって進歩性が否定されないと主張した。
これに対して特許法院は、特許発明は単純な数値限定発明であって異質的な効果や顕著な効果が認められないと判断した。特許法院の具体的な判断内容は、下記のとおりである。

  1. 特許発明は1リットル当りに含まれるポリエチレングリコール(PEG)の含量が「140g以上180g以下」、アスコルベート成分の含量が「45g以上55g未満」、アスコルベート成分に含まれるアスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムの重量比が「3.5:1~5:1」として各々数値限定されているのに対し、先行発明は1リットル当りに含まれるポリエチレングリコール(PEG)の含量が「10~200g」、アスコルベートの含量が「50~450g」、アスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムの重量比が「1:10~10:1」として数値限定されている点以外は共通することから、特許発明は先行発明が有する構成要素の範囲を相違する数値で限定して表現した場合に該当するとともに、特許発明には進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されていて特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎないとは言えない。

  2. 特許発明は優れた腸洗浄効果を示しながらも薬液の服用量を減らして服用容易性を高めようとするものであるところ、先行発明の結腸洗浄溶液も少ない用量を服用しても結腸から大便が十分に排出されるようにすることで患者の順応度を改善する効果を導き出すものであって、両発明はいずれもポリエチレングリコール(PEG)とアスコルベート成分を用いて服用量を減らしながらも優れた腸洗浄効果を得ようとするという点においてその技術的課題及び作用効果が共通することから、特許発明は先行発明に比べて異質的な効果が生じるとも言えない。

    1. 特許明細書の実施例1として提示されている組成物は、上記限定された数値範囲内でポリエチレングリコール(PEG)の含量が「160g」、アスコルベート成分の含量が「50g」、アスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムの重量比が「約4.3:1」として特定された腸洗浄組成物に過ぎないため、上記限定された数値範囲全体の技術的意義を把握できるような資料とはなり難い。比較例3、4の組成物のアスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムの重量比は約0.59:1又は約0.16:1等と提示されているところ、これは特許発明が上記重量比について限定している数値範囲である「3.5:1~5:1」から過度に逸脱した数値であるため、特許発明の限定された数値範囲の内外で顕著な効果が発生すると言える根拠とするには極めて不十分である。
    2. 追加実験データは、アスコルビン酸及びアスコルビン酸ナトリウムの重量比に関しては具体的な数値が提示されておらず、また、腸清浄度の効果を確認するのにおいて全体等級である1~5等級のうち1、2等級のみを選択してこれらを合算した百分率としていることは、腸清浄効果を判断するのに恣意的な基準と認められる。数値範囲の内外で臨界的な意味があることを確認するためには上限と下限の前後で効果を比較すべきであるが、上記追加実験データには数値範囲の下限の前後で特許発明の効果を確認できる実験結果が示されていない等、追加実験データに示された実験結果によっても特許発明の限定された数値範囲の内外で顕著な効果が発生すると言い難い。

判決内容

大法院は、関連法理として下記の通り提示した。
「ある特許発明がその出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値により限定して表現した場合には、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されていてその特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎないものでない以上は、その特許発明がその技術分野で通常の知識を有する者(以下「当業者」とする)が通常かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定として、公知となった発明に比較して異質的な効果や限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差異が生じないものである場合には進歩性が否定される(大法院2001年7月13日言渡99フ1522判決等参照)。」
続いて大法院は、原審の理由の説示の一部に十分ではない部分があるとしながらも、特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されておらず、特許発明の数値範囲の限定に構成の困難性があるとも言えず、その数値限定により先行発明と比較して異質的な効果が発生するか又は限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差異が生じるとは言えないことから特許発明の進歩性が否定されるとした原審の判断には、上告理由の主張のように数値を限定した複数の構成要素からなる発明の進歩性の判断に関する法理を誤解したか又は必要な審理を尽くさずに判断を欠いた等、判決に影響を及ぼした誤りがないと判断した。
大法院の具体的な判断内容は、下記のとおりである。

  1. 特許発明と先行発明はいずれも腸洗浄組成物に関するもので、特許発明は、先行発明に開示されたポリエチレングリコールとアスコルベート成分を構成要素として、ポリエチレングリコールとアスコルベート成分の含量範囲、アスコルベート成分中のアスコルビン酸とアスコルビン酸ナトリウムの重量比の範囲をそれぞれ数値により限定したものである。
  2. 特許発明には、先行発明に開示された構成要素以外に進歩性を認める他の構成要素が付加されていない。特許発明は、先行発明と具体的な数値限定の範囲で差があるが、そのような事情だけで構成が困難であると言うことはできない。特許発明は服用量を減らしながらも優れた腸洗浄効果を得ようとするという点で先行発明と技術的課題が共通し、作用効果も質的に異ならない。特許発明の明細書と出願日以後に追加で提出された実験資料によっても、特許発明の限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差異が生じるとは言い難い。
  3. 先行発明の明細書の実施例2で用いられた対照溶液(B6)のポリエチレングリコールとアスコルベート成分の含量比は、先行発明の当該成分の含量比の範囲内にあり、先行発明の結腸洗浄組成物で作った溶液と上記対照溶液(B6)は排出大便量において統計的に有意な差を示したものでもないことから、上記対照溶液(B6)の当該成分の含量比がその成分含量の数値範囲の限定に関連した否定的教示であるとも言えない。
  4. 結局、特許発明は、ポリエチレングリコールとアスコルベート成分を含む腸洗浄組成物について当業者が通常かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定であり、先行発明と比較して異質的な効果や限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差異が生じないものであるため、進歩性が否定される。

専門家からのアドバイス

数値限定発明の進歩性はしばしば争われるが、本大法院判決が示している数値限定発明に関する法理は特に新しいものではない。
たとえば、ある特許発明が、その出願前に公知となった発明における構成要素の範囲を数値により限定して表現した場合であっても、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されていて、その特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎないと判断されるときには、その進歩性が認められ得る。一方で、その特許発明が、通常の技術者が通常かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定と認められる場合には、公知発明に対して異質的な効果や限定された数値範囲の内外における顕著な効果の差が認められる場合を除いて、進歩性が否定されることとなる。
本件特許発明は、先行発明との関係において数値限定の差以外に進歩性を認める他の構成要素が付加されておらず、単純な数値限定発明に該当するものであった。このため数値限定発明における進歩性判断の法理に従って、先行発明に対する異質的効果及び限定された数値範囲の内外における顕著な効果があるか否かが判断された。これにより本件特許発明は、先行発明と技術的課題が共通し、異質的効果も認められず、特許明細書と追加実験データにおいて数値限定範囲の内外で顕著な効果も認められないという理由により、特許発明の進歩性が否定された。したがって、本件は単純な数値限定発明と見なされて厳格な進歩性判断の結果を示されたのであるが、韓国で特許発明の権利化を図る際には、こうした事例も念頭に入れておく必要があろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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