知財判例データベース 各構成成分及びその含量で限定されたモルタル組成物発明の進歩性が否定されると判断された特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 特許庁長
事件番号
2022ホ2271拒絶決定(特)
言い渡し日
2022年10月27日
事件の経過
判決確定

概要

出願発明は、コンクリート補修モルタルに関する発明であって、モルタルに含まれるポルトランド及び膨張性セメント、骨材、珪砂、収縮防止添加剤、ナノパルプセルロースなどの構成成分とその含量が具体的に特定されている。先行発明1の開示内容と対比すると、出願発明は構成の面で7つの差異がある。特許法院は、これら差異のうち、各構成成分の含有量の数値限定事項については出願明細書に数値限定の技術的意義がなく、通常の技術者が繰り返し実験を通じて容易に導き出すことができる構成に過ぎず、また、先行発明1に具体的な開示がないカルシウムサルホアルミネートを含む膨張性セメント及びナノパルプセルロースについても、モルタル内での当該成分の機能を考慮すると、対応する構成が先行発明2などに公知となっていて当該成分を用いることを容易に導き出すことができ、出願発明の効果も顕著ではないと判断して出願発明の進歩性を否定した。

事実関係

原告は、「ひび割れ低減型コンクリート補修モルタル及びこれを用いた施工方法」を発明の名称とする発明について、2021年4月29日付で特許出願した。被告である特許庁は、2021年12月14日付で出願発明の進歩性が欠如するという理由により拒絶決定をした。原告は拒絶決定不服審判を請求したが、特許審判院は2022年2月15日付で原告の審判請求を棄却する審決をした。原告は特許法院に審決取消訴訟を提起した。

出願発明の請求項1は、下記のとおりである。

請求項1

ポルトランド4種セメント31.8重量%、高炉スラグ粉末7重量%、カルシウムサルホアルミネートを含む膨張性セメント4.5重量%、直径が2.5㎜~10㎜であるKSF2527太骨材8号21重量%、直径が1.2㎜~1.8㎜である珪砂17重量%、直径が0.85㎜~1.2㎜である珪砂14重量%、無水石膏2.0重量%、再分散樹脂1.0重量%、収縮防止添加剤0.2重量%、繊維補強材ポリプロピレン繊維0.2重量%、及びセメントと骨材とのモルタル水分維持のためにナノパルプセルロース1.0重量%を含み(以下「構成要素1」)、
前記収縮防止添加剤は純度99%のネオペンチルグリコールであり(以下「構成要素2」)、
前記珪砂及び骨材の粗粒率は1.18であること(以下「構成要素3」)を特徴とするコンクリート補修モルタル。

先行発明1は「コンクリート構造物の補修及び補強用モルタル組成物並びにこれを用いたコンクリート構造物の補修及び補強工法」という名称の韓国特許公報であり、先行発明2は「高流動・高耐久性繊維補強充填モルタル」という名称の日本公開特許公報である。

出願発明の構成と先行発明1の開示内容を対比すると、差異①~⑦は、下記のとおりである:

構成要素 出願発明の請求項1 先行発明1の開示内容 差異
1 ポルトランド4種セメント31.8重量% セメント8~30重量%、セメントは普通ポルトランドセメントなどから選択可能
高炉スラグ粉末7重量% 高炉スラグ微粉末2~20重量%
カルシウムサルホアルミネートを含む膨張性セメント4.5重量% 非晶質カルシウムアルミネート1.5~15重量%
直径が2.5㎜~10㎜であるKSF2527太骨材8号21重量%、
直径が1.2㎜~1.8㎜である珪砂17重量%、
直径が0.85㎜~1.2㎜である珪砂14重量%
細骨材は骨材全重量に対して40~100重量%で用いられることができ、太骨材は骨材全重量に対して0~60重量%含まれ、
細骨材はKSF 2526規格に準ずる粒径0.15~5.0㎜、太骨材としてはKSF 2526規格に準ずる粒径2.5~25㎜、
シリカ質珪砂は粒子の大きさが4号砂~6号砂(0.05~2.0㎜)
無水石膏2.0重量% 石膏0.5~15重量%
再分散樹脂1.0重量% アクリル改質粉末樹脂1~5重量%
収縮防止添加剤0.2重量% 収縮防止剤としてネオペンチルグリコール(Neopentyl glycol)0.1~2重量%をさらに含み得る
繊維補強材ポリプロピレン繊維0.2重量% 繊維補強材0.1~5.0重量%、ポリプロピレン(PP)繊維が用いられ得る
セメントと骨材とのモルタル水分維持のためにナノパルプセルロース1.0重量%を含み(以下「構成要素1」)
2 前記収縮防止添加剤は純度99%のネオペンチルグリコールであり 収縮防止剤としてネオペンチルグリコール(Neopentyl glycol)0.1~2重量%をさらに含み得る
3 前記珪砂及び骨材の粗粒率は1.18であること(以下「構成要素3」)を特徴とするコンクリート補修モルタル。 コンクリート構造物の補修及び補強用モルタル組成物

判決内容

特許法院は、出願発明の構成の差異①~⑦は先行発明1又は先行発明1及び2から容易に導き出され、出願発明の効果も顕著ではないので、出願発明は通常の技術者が先行発明1に先行発明2を結合して容易に発明することができ進歩性が否定されると判断した。各差異及び発明の効果についての特許法院の具体的な判断は、下記のとおりである。

差異1(ポルトランド4種セメント31.8重量%を含むこと)

出願発明の明細書からは31.8重量%という数値限定に関する特別な技術的意義が把握できる記載を見出すことができず、先行発明1はポルトランドセメントを「8~30重量%」含む構成を開示しており、30重量%は31.8重量%に近い数値であるため、ポルトランド4種セメントの数値限定された構成は、通常の技術者が通常的かつ繰り返し実験を通じて容易に導き出すことができる構成に過ぎない。

差異2(カルシウムサルホアルミネートを含むこと)

先行発明1の明細書の記載によると、水和反応性を増加させ、ひび割れ抑制のために非晶質カルシウムアルミネートを1.5~15重量%添加することが把握され、先行発明2の明細書の記載によると、充填モルタルの収縮低減効果を目的として、カルシウムサルホアルミネート系膨張剤を5~30重量%の範囲で使用できるとともに、カルシウムサルホアルミネート系膨張剤のうち電気化学工業社製デンカCSA#20を使用した実施例が開示されている。被告証拠の記載によると、コンクリートのひび割れ低減のためにポルトランドセメントに膨張材を混入して用いるが、主にCSA(カルシウムサルホアルミネート)系を用いていることが把握できるところ、コンクリートのひび割れを防止するためにカルシウムサルホアルミネートを含む膨張性セメントを含むことは、出願発明の出願当時、通常の技術者に既に広く知られていた。したがって、構成要素1のコンクリート補修モルタル成分のうちの1つであるカルシウムサルホアルミネートは、先行発明1の非晶質カルシウムアルミネートと同一に収縮補償機能を有する構成であるため、通常の技術者が公知となった技術を参酌して先行発明1の非晶質カルシウムアルミネートを含む構成からカルシウムサルホアルミネートを含む構成を容易に導き出すことができる。また、先行発明1と2はいずれもコンクリート構造物の補修用モルタル組成物に関する発明として、その技術分野が同一であり、ひび割れの発生を抑制するための構成を備えているという点でその目的や技術的特徴が類似又は共通することから、コンクリート補修用モルタル分野における通常の技術者であれば、先行発明1を基礎として、ここに先行発明2に開示されたカルシウムサルホアルミネート系膨張材を用いる構成を容易に結合して差異2を克服し、出願発明のカルシウムサルホアルミネートを含む膨張性セメントを含む構成を容易に導き出すことができる。

差異3、7(太骨材及び珪砂、粗粒率)

出願発明の明細書からは、太骨材及び珪砂の直径と含量、珪砂及び骨材の粗粒率について数値限定をした構成に関する特別な技術的意義が把握できる記載を見出すことができず、出願発明の明細書には、出願発明の骨材と珪砂の粒度及び比率の数値範囲の内外において機械的物性及びひび割れ抵抗性の効果を確認することができる実験結果が提示されておらず、前記のように数値限定がされた構成は、通常の技術者が通常的かつ繰り返し実験を通じて容易に導き出すことができる構成に過ぎない。先行発明1のモルタル組成物において全体骨材の含量と太骨材と細骨材としてシリカ質珪砂が混合される構成に、先行発明2の細骨材として市販中の乾燥珪砂(4号、5号、6号を同量で混合したもの)を用いる構成を結合することにより、出願発明の太骨材及び珪砂の直径と含量、珪砂及び骨材の粗粒率を限定する構成を容易に導き出すことができる。

差異4、6(構成成分を特定含量で数値限定した事項)

出願明細書には、各成分に対する含量を特定含量で数値限定したことについての技術的意義を確認する根拠はない。仮に先行発明1がモルタルの構成成分、収縮防止添加剤の種類を開示しているだけで、モルタルの含量、収縮防止添加剤の純度を明示的に開示していないとしても、通常の技術者が先行発明1のモルタル組成物を構成できる様々な成分のうち、施工環境、性能、要求条件、単価などを考慮して出願発明のモルタルの構成成分及び含量、収縮防止添加剤の種類と純度を選択して用いる構成は、容易に想到することができる通常の創作範囲に属する。

差異5(ナノパルプセルロース1.0重量%を含むこと)

出願発明の明細書の記載によると、「ナノパルプセルロース」はセメントと骨材間の結合を誘導し、モルタル内部に水分を蓄積して乾燥収縮を抑制する効果があり、「ナノパルプセルロース」を用いる技術的意義が乾燥収縮を抑制するところにあることが把握できる。被告の各証拠の記載によると、セルロース繊維は親水性で特に水和反応初期に水分を吸収する能力に優れた特性を有しており、コンクリートの収縮を低減するために広く用いられる物質であるところ、セルロース繊維のナノ化は出願発明の出願当時の発展傾向であるということが通常の技術者に既に広く知られていた。先行発明1はモルタル組成物が収縮防止剤としてネオペンチルグリコール(Neopentyl glycol)0.1~2重量%をさらに含む構成を開示しているので、先行発明1はモルタル組成物に収縮を防止する特性がある成分を含む動機が十分である。
したがって、通常の技術者が先行発明1の収縮防止のために、コンクリート補修モルタルを構成できる様々な材料の中からコンクリート補修モルタルの施工環境、要求性能、製造単価などを考慮して公知となった技術であるセルロース繊維を選択して用いる構成は、容易に想到することができる通常の創作範囲に属し、天然繊維を加工処理してナノ化するコンクリート補修モルタル分野の出願発明の発展傾向まで考慮すると、通常の技術者はコンクリート補修モルタルにナノセルロース形態で含有させることができる。

効果の顕著性

次のような事情によると、出願発明のコンクリート補修モルタルが顕著な効果があると判断するのは難しい。
  1. 出願発明の明細書の実施例には、コンクリート補修モルタルの強度とひび割れ抵抗性などを測定した結果が記載されてはいるが、出願発明に明示されたコンクリート補修モルタルに対して膨張性セメント及び収縮防止添加物の含量が異なっており、出願発明の含量に一致するコンクリート補修モルタルの強度とひび割れ抵抗性などが分からない。
  2. 出願発明で限定した骨材と珪砂の粒度及び含量比率と粗粒率の数値範囲の内外において機械的物性及びひび割れ減少抵抗性結果が把握できる試験はなされていない。
  3. 先行発明1の実施例1~4から圧縮強度は55.2~61.7 N/㎟であり、反り強度は10.2~12.7 N/ ㎟、接着強度は2.1~2.9 N/㎟、長さ変化率は0.004~0.005であることが分かる。ところが、出願発明の実施例の結果は、圧縮強度54.4N/㎟、反り強度9.5N/㎟、付着強度1.9N/㎟、長さ変化率-0.006を示しており、機械的物性の側面では先行発明1がむしろさらに優れた効果を奏している。

専門家からのアドバイス

出願発明には、先行発明1との間で多数の構成成分のうちの一部と構成成分の含量について差異が存在していたが、これらの差異は先行発明1及び2から容易に導き出されると判示されている。このうち先行発明と比較して構成成分の含量に差異がある点については、当該数値限定がされた出願発明の構成について特別な技術的意義が把握できる程度の明細書の記載があるかどうかが、その構成の困難性を判断するための主要な根拠になった。また、出願発明の請求項に記載された構成をそのまま備えた組成物について効果を示すデータと、数値限定範囲の内外での比較データがあるかどうかが、出願発明の効果の顕著性を判断するための根拠になった。
本判決は化学分野の進歩性判断としてよく見られる類型の事例であって、特に組成物の各構成成分及びその含量に特徴がある発明について具体的な進歩性判断を示した事例であった。明細書に発明の構成の技術的意義やその効果を示すデータを記載することの重要性が示唆されており、実務上、参考にする価値があろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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