知財判例データベース 確認対象発明のプロドラッグエステル化合物が物質特許の権利範囲に属するとした大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告 A vs 被告 B株式会社
事件番号
2022フ10210権利範囲確認(特)
言い渡し日
2023年02月02日
事件の経過
判決確定(上告棄却)

概要

特許発明は、経口用糖尿病治療剤として使用されるダパグリフロジン化合物をカバーする物質発明である。被告は、出願審査過程において請求項から削除されたプロドラッグエステル化合物を確認対象発明として、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないと主張して消極的権利範囲確認審判を請求した。確認対象発明が均等範囲で特許発明の権利範囲に属するかに関し、均等論の積極的要件の1つとして特許発明のダパグリフロジンから確認対象発明のプロドラッグエステルへの変更が容易であるか(変更の容易性)と、消極的要件の1つとして出願人がプロドラッグエステルを削除することによりプロドラッグエステルを権利範囲から意識的に除外したものであるか(意識的除外)が争点となった。特許法院は、プロドラッグエステルへの変更は容易であり、プロドラッグエステルは権利範囲から意識的に除外されたものとは言えないとして、確認対象発明が均等範囲で特許発明の権利範囲に属すると判断し、大法院も特許法院の判断を支持した。

事実関係

原告は、「C-アリールグルコシドSGLT2抑制剤」を発明の名称とする発明について、2007年6月7日付で特許登録を受けた。被告は、2018年4月17日付で原告を相手取り、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないと主張して消極的権利範囲確認審判を請求した。

下記表に示したとおり、原告の特許発明はマーカッシュ形式により記載された化学式Iの構造を有する化合物に関するものであるが、経口用糖尿病治療剤として市販されるダパグリフロジンの薬物が特許発明の化学式Iに含まれる。一方、確認対象発明は、ダパグリフロジンのグルコース部分の6番の炭素原子においてヒドロキシ基がフォルメートエステルに変形されたプロドラッグエステル化合物である。

特許発明 特許発明 確認対象発明
[請求項1]
下記化学式Iの構造を有する化合物、またはその製薬上許容される塩、または立体異性体。(化学式I)
化学式Iの構造
(置換基の詳細は省略)
原告の特許発明はマーカッシュ形式により記載された化学式Iの構造を有する化合物に関するものであるが、経口用糖尿病治療剤として市販されるダパグリフロジンの薬物が特許発明の化学式Iに含まれる。
ダパグリフロジン
化学式1の構造を有する化合物
(化学式1)
確認対象発明は、ダパグリフロジンのグルコース部分の6番の炭素原子においてヒドロキシ基がフォルメートエステルに変形されたプロドラッグエステル化合物である。
ダパグリフロジンフォルメート

特許発明の補正前の請求項1は「下記化学式Iの構造を有する化合物、またはその製薬上許容される塩、立体異性体またはプロドラッグエステル」と記載されていたところ、原告は出願審査過程において「『プロドラッグエステル』はその対象を具体構造や成分等により特定していない意味が不明確な表現であるため、特許法第42条請求項4第2号の規定に違背する」という趣旨の意見提出通知を受け、これに対して「プロドラッグエステル」を削除する補正事項を含む補正書と、「特許請求の範囲請求項1から『プロドラッグエステル』という表現を削除した。上記特許請求の範囲請求項1の補正により当該拒絶理由は解消されたと思われる」という趣旨の意見書を提出して特許登録を受けた。

特許審判院は、確認対象発明が特許発明の権利範囲に文言的に属さず、特許発明のダパグリフロジンを確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートに変更することが容易であるとは言えず、ダパグリフロジンのプロドラッグエステルである確認対象発明は、特許発明の出願過程において特許発明から意識的に除外されたため、特許発明のダパグリフロジンと確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートとは均等関係にあるとは言えないとし、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さないことを理由として被告の審判請求を認容する審決をした。原告は、認容審決を不服として特許法院に審決取消訴訟を提起した。

これに対し特許法院は、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するとし、審決を取り消す判決を言い渡した。特許法院は、まず確認対象発明への変更の容易性について、特許発明の技術思想の核心は糖尿病治療にダパグリフロジンという新たな物質を提供することであるところ、ダパグリフロジンをダパグリフロジンフォルメートに変更することは、上記技術思想の核心をそのまま維持しつつダパグリフロジンを製剤化するためにダパグリフロジンの化学構造に単純な変更を加えるものであり、通常の技術者であれば誰でも容易に考え出すことができる程度と言うべきであるとして、変更が容易であると判断した。

また特許法院は、原告が特許発明の出願過程において特許発明の権利範囲から確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートを意識的に除外する意思があったとは言い難いと判断した。具体的には、下記のような判断根拠を提示した。

  1. 特許発明の出願前後において、実際に最初の出願には請求項に「プロドラッグ」という用語が含まれていたが、最終登録請求項からはこのような用語が削除されている事例が数百件を超える点に照らし、当時特許庁においては「プロドラッグ」という表現を請求項に記載することを許容しない実務を運営していたと認められる。
  2. 「プロドラッグ」という表現が不明確であるとの審査官の指摘に対して、出願人は医薬化合物自体を請求する請求項における「プロドラッグエステル」が体内で本来の活性化合物に変わって薬効を示す意味を内包した、化合物の化学構造を特定できない「機能的表現」であると判断され不明確であるとする拒絶理由が通知されたと解釈し、特許発明の化合物の「可能な全てのプロドラッグエステル」を文言的に主張するものではない趣旨により上記のような「機能的表現」を請求項から削除し、これを通じて当該拒絶理由を容易に解消する意思であったと言えるのに過ぎず、それに概念的に含まれ得る具体的な化学構造を有する特定化合物が権利範囲から全て除外されることを甘受して特許を受ける意思であったとは言えない。
  3. 被告は、特許法院の判決を不服として大法院に上告を提起した。

判決内容

大法院は、特許発明のダパグリフロジンと確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートとは均等関係にあり、確認対象発明は特許発明の権利範囲に属するとした特許法院の判断を支持し、被告の上告を棄却した。大法院の具体的な判断内容は次のとおりである。

構成変更の容易性

大法院は、下記判断法理を提示した。
「特許発明と対比される確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するというためには、特許発明の請求の範囲に記載されている各構成要素とその構成要素間の有機的結合関係が確認対象発明にそのまま含まれていなければならない。確認対象発明に特許発明の請求の範囲に記載されている構成のうち、変更された部分がある場合にも、特許発明と課題解決原理が同一であり、特許発明と実質的に同一の作用効果を奏し、そのように変更することがその発明の属する技術分野において通常の知識を有する者であれば誰でも容易に考え出すことができる程度であれば、特別な事情がない限り、確認対象発明は特許発明の請求の範囲に記載されている構成と均等なものとして、依然として特許発明の保護範囲に属するというべきである(大法院2014年7月24日言渡2012フ1132判決、大法院2019年1月31日言渡2017フ424判決等参照)。

特許の保護範囲が請求の範囲に記された事項により定められるにもかかわらず(特許法第97条)、上記のように請求の範囲の構成要素と侵害対象製品等との対応構成が文言的に同一でなくとも互いに均等な関係にあると評価される場合に、これを保護範囲に属するとして侵害を認めるのは、出願人が請求の範囲を記載するには文言上の限界があらざるを得ないところ、ささいな変更を通じた特許侵害回避の企図を放置すれば特許権を実質的に保護することができなくなるからである。上記のような均等侵害認定の趣旨を考慮すると、特許発明の出願以後、侵害時までの間に公知となった資料でも構成変更の容易性判断にこれを参酌できると言うのが妥当である。

一方、特許法が規定している権利範囲確認審判は、特許権侵害に関する民事訴訟のように侵害差止請求権や損害賠償請求権の存否のような紛争当事者間の権利関係を最終的に確定する手続ではなく、その手続における判断が侵害訴訟に羈束力を及ぼすわけではないものの、当事者間の紛争を予防するか、または早急に終結させるために審決時を基準として簡易かつ迅速に確認対象発明が特許権の客観的な効力範囲に含まれるかを確認する目的を有する手続である(大法院2014年3月20日言渡2012フ4162全員合議体判決、大法院2018年2月8日言渡2016フ328判決等参照)。このような制度の趣旨を考慮すると、権利範囲確認審判においては、確認対象発明に特許発明の請求の範囲に記載されている構成のうち、変更された部分がある場合、審決時を基準として特許発明の出願以後に公知となった資料まで参酌し、そうした変更が通常の技術者であれば誰でも容易に考え出すことができる程度かを判断できると言うのが妥当である」

続いて、下記根拠を挙げて変更の容易性を認めた。
確認対象発明は、ダパグリフロジンを製剤化するためにその分子内に存在するβ-D-グルコース部分の6番の炭素原子に結合したヒドロキシ基の位置にギ酸を結合させ、そのエステル形態であるフォルメートエステルを形成した構造である。ところで、基本活性化合物のヒドロキシ基を対象に選んで、化学的変形を通じてエステル形態のプロドラッグを作ることはよく知られているプロドラッグの設計方式であり、確認対象発明においてフォルメートエステル構造が導入された位置であるグルコースの6番の炭素原子に結合したヒドロキシ基(1次アルコール)は、2~4番の炭素原子に結合したヒドロキシ基(2次アルコール)より立体障害が少ないためプロモイエティ(promoiety)結合を通じた化学的変形が容易になされ、エステラーゼ酵素の作用を受けて加水分解されることによって再度基本活性化合物であるダパグリフロジンに転換されるのにも適した位置であり、通常の技術者がこの位置をエステル化位置として選定してプロドラッグ化することは容易に考えることができると言える。また、基本活性化合物の変形可能な作用基がヒドロキシ基である場合、カルボン酸をプロモイエティとして使用することもよく知られているプロドラッグの設計方式であるが、確認対象発明においてプロモイエティとして使用したギ酸はカルボン酸の中でも最も簡単な化学構造を有し、体内安定性もある程度証明されているため、通常の技術者がヒドロキシ基を作用基として有する基本活性化合物であるダパグリフロジンをプロドラッグとして開発するのにおいて、プロモイエティとしてギ酸を選択することにも困難がないと言える。

このような点を考慮すると、本件審決時を基準として通常の技術者であれば誰でも特許発明の「ダパグリフロジン」を医薬品として開発する過程において、確認対象発明の「ダパグリフロジンフォルメート」を主成分の探索対象として容易に含めてその物理化学的性質等を確認するものと言えるため、通常の技術者が特許発明のダパグリフロジンを確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートに変更することは、公知技術から容易に考え出すことができる程度であると言うことができる。

意識的除外

大法院は、下記判断法理を提示した。
「特許発明の出願過程において、ある構成が請求の範囲から意識的に除外されたものであるかは、明細書のみならず、出願から特許になる時まで特許庁の審査官が提示した見解、および出願人が出願過程において提出した補正書と意見書等に示された出願人の意図、補正理由等を参酌して判断すべきである。したがって、出願過程において請求の範囲の減縮がなされた事情のみにより減縮前の構成と減縮後の構成とを比較してその間に存在する全ての構成が請求の範囲から意識的に除外されたと断定するのではなく、拒絶理由通知に提示された先行技術を回避する意図によりその先行技術に示された構成を排除する減縮をした場合等のように、補正理由を含めて出願過程で明らかになった種々の事情を総合してみるとき、出願人がある構成を権利範囲から除外する意思が存在すると言うことができるときにこれを認めることができる(大法院2002年9月6日言渡2001フ171判決、大法院2017年4月26日言渡2014フ638判決等参照)」

したがって、特許発明の出願過程において出願人である原告が請求項1の発明の請求の範囲の末尾に記載されていた「プロドラッグエステル」を削除する補正をしていたとしても、特許発明の請求の範囲から確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートが意識的に除外されたとは認め難いとした特許法院の判断に誤りはないと判断した。

専門家からのアドバイス

本判決でも引用されている大法院判決等を通じて、現在、韓国大法院の均等侵害の法理は確立されている。本件は、その要件の1つである「変更の容易性」が争点になったところ、特許発明のダパグリフロジンを確認対象発明のダパグリフロジンフォルメートに変更可能であるとする理由として、確認対象発明においてエステル構造が導入された位置を選定することは容易であり、確認対象発明のエステル置換に使用されたギ酸はプロドラッグの設計方式においてよく知られているカルボン酸の中でも最も簡単な化学構造である点において、ギ酸を選択することも容易である点が指摘された。
さらに本件は、均等侵害の消極的要件である「意識的除外」に該当するかについても争点になったところ、請求項において「プロドラッグエステル」という表現を記載することを、特許発明の出願当時、許容しない特許庁の実務があった点において、当該機能的表現を削除したことは全ての「プロドラッグエステル」を権利範囲から意識的に除外したものとは言えないと判断された。
出願審査段階における請求項の減縮補正は権利範囲を狭めるものとして慎重にならざるを得ないが、そうした中で本判決は、均等侵害における「変更の容易性」および「意識的除外」の判断において、法院が化合物の構造や化学反応、出願当時の特許庁の実務等、具体的な判断根拠を提示して権利者に有利な判断した事例として実務上参考に値しよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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