知財判例データベース 標準必須特許権者の制限的ライセンスの付与またはライセンスの拒絶行為等が市場支配的地位の濫用行為に該当すると判断した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告(特許権者) vs 被告(公正取引委員会)および被告補助参加人
事件番号
2020ドゥ231897是正命令等取消
言い渡し日
2023年04月13日
事件の経過
上告棄却/原審確定

概要

標準必須特許の保有者であると同時にこれらの特許を使用したモデムチップセットを製造・販売する事業者でもある原告が、競争モデムチップセットメーカーには制限的ライセンスのみ付与し、またはライセンス契約の締結を拒絶しつつ、完製品メーカーである携帯電話メーカーにチップセットの供給とライセンス契約の締結とを連係させて不利益を強制した行為は、市場支配的地位の濫用行為に該当する。

事実関係

原告は、移動通信標準技術に関する標準必須特許(SEP: Standard Essential Patents)の保有者であると同時にこれらの特許を使用したモデムチップセットを製造・販売する事業者である。
原告は、本件標準必須特許について、2008年以前には競争モデムチップセットメーカーとの間でライセンスの範囲を制限したライセンス契約(以下「制限的ライセンス契約」という)を締結し、その契約条件として、①競争モデムチップセットメーカーのモデムチップセットの販売先を原告らとライセンス契約を締結した携帯電話メーカーに限定する条件(以下「モデムチップセット販売先制限条件」という)、②競争モデムチップセットメーカーのモデムチップセットの販売量、購買者、購買者別販売量、価格等営業情報を原告らに四半期ごとに報告する条件(以下「営業情報報告条件」という)、③競争モデムチップセットメーカーが保有する特許について原告らおよび原告らのモデムチップセットを購買する顧客に無償でライセンスを提供するか特許侵害主張をできないようにする条件(以下「クロスグラント条件」という)を含め、2008年以降は競争モデムチップセットメーカーに対してライセンス契約の締結を拒絶して不提訴約定、補充的権利行使約定、時限的提訴留保約定等のみ提案し(以下「制限的約定」という)、その契約条件として従前と同様にモデムチップセットの販売先制限条件、営業情報報告条件、クロスグラント条件を含めたものとした(以下、2008年以前と以後をまとめて「行為1」という)。
一方、原告らは原告らのモデムチップセットを購買しようとする携帯電話メーカーに対し、原告らのモデムチップセットの供給を受ける条件として、まず原告らとライセンス契約を締結することを要求し、携帯電話メーカーと締結するモデムチップセットの供給契約において「①モデムチップセットの販売は特許権を含まないこと。②購入したモデムチップセットは携帯電話の開発・製造のためにのみ使用することができ、携帯電話を販売して使用する場合には、ライセンス契約条件に則ること。③購買者(携帯電話メーカー)がモデムチップセットの供給契約に違反するかライセンス契約に違反して一定期間内にこれを治癒しない場合、原告らはモデムチップセットの供給契約を破棄するかモデムチップセットの供給を中断または保留できること」を明示することによって、原告らのモデムチップセットの供給とライセンス契約とを連係させた(以下「行為2」という)。
被告である公正取引委員会は、原告の上記行為1、行為2が自身の市場支配的地位を濫用して競争モデムチップセットメーカー、携帯電話メーカーの事業活動を妨害した行為であると判断し、2017年1月20日に是正命令と共に課徴金約1兆311億ウォンを課する処分を下した。これに対し、原告はソウル高等法院に上記処分に対する取消訴訟を提起したが、ソウル高等法院はこれを大部分棄却し、原告はこれに対して上告を提起した。

判決内容

関連規定および法理

旧「独占規制および公正取引に関する法律」(2017年4月18日法律第14813号で改正される前のもの、以下「公正取引法」という)第3条の2第1項は、市場支配的事業者の地位の濫用行為を禁止しており、同項第3号は、その地位の濫用行為の1つとして、他の事業者の事業活動を不当に妨害する行為(以下「事業活動妨害行為」という)を規定している。同条第2項が濫用行為の類型または基準を大統領令に委任することによって、旧「独占規制および公正取引に関する法律施行令」(2017年9月29日大統領令第28352号で改正される前のもの、以下「施行令」という)第5条第3項第4号は、事業活動妨害行為の1つとして、「第1号~第3号以外の不当な方法で他の事業者の事業活動を難しくする行為であって公正取引委員会が告示する行為」を規定しており、これに基づき公正取引委員会が告示した「市場支配的地位の濫用行為の審査基準」(2015年10月23日公正取引委員会告示第2015-15号、以下「本件告示」という)には、施行令第5条第3項第4号の1つの場合として、「取引相手に正常な取引慣行に照らして妥当性がない条件を提示する行為」(以下「妥当性のない条件提示行為」という)、「不当に取引相手に不利益になる取引または行為を強制する行為」(以下「不利益強制行為」という)を各々規定している。
上記関連法令等の規定内容によると、市場支配的地位の濫用行為としての妥当性のない条件提示行為は、「市場支配的事業者が取引相手に正常な取引慣行に照らして妥当性のない条件を提示することによってその事業者の事業活動を不当に難しくする行為」をいう。ここで「正常な取引慣行」とは、原則的に該当業界の通常の取引慣行を基準に判断するものの、具体的事案によって好ましい競争秩序に符合する慣行を意味し、現実の取引慣行と常に一致するものではない。これに該当するか否かは市場支配的地位の濫用を防止し、公正かつ自由な競争を促進することによって創意的な企業活動を造成して、最終的には国民経済のバランスある発展を図ろうとする公正取引法の立法趣旨を考慮して規範的に判断されなければならない。また、市場支配的地位の濫用行為としての不利益強制行為は、「市場支配的事業者が不当に取引相手に不利益になる取引または行為を強制することによってその事業者の事業活動を難しくする行為」をいう。
妥当性のない条件提示行為、不利益強制行為のような事業活動妨害行為が市場支配的地位の濫用行為に該当するためには、その行為が他の事業者の事業活動を不当に難しくする行為として評価されなければならない。ここでいう不当性とは、「寡占的市場における競争促進」という立法目的に合せて解釈すべきであることから、市場支配的事業者が個別取引の相手である特定事業者に対する不当な意図や目的をもって事業活動を妨害した全ての場合、あるいはその事業活動妨害行為によって特定事業者が事業活動に困難を来すようになったか困難を来すおそれが発生したというように、特定事業者が不利益を被るようになったという事情だけではその不当性を認めるのに不十分であって、その中でも特に市場での寡占を維持・強化する意図や目的、すなわち市場での自由な競争を制限することによって人為的に市場秩序に影響を加えようという意図や目的を有し、客観的にもそのような競争制限の効果が生じるようなおそれがある行為と評価され得る行為としての性質を有する事業活動妨害行為をした時にその不当性が認められる。したがって、市場支配的事業者の事業活動妨害行為がその地位の濫用行為に該当すると主張するためには、その事業活動妨害行為が商品の価格上昇、産出量減少、革新阻害、有力な競合事業者の数の減少、多様性減少等のような競争制限の効果が生じるようなおそれがある行為として、それに対する意図と目的があったという点を証明しなければならない。事業活動妨害行為によって現実的に上記のような効果が得られることが証明された場合には、その行為の当時、競争制限をもたらすおそれがあって、かつそれに対する意図や目的があったことを事実上推定できるが、そうでない場合には、事業活動妨害の経緯および動機、事業活動妨害行為の態様、関連市場の特性、事業活動妨害によってその取引相手が受けた不利益の程度、関連市場での価格および産出量の変化、革新阻害および多様性減少等種々の事情を総合的に考慮して、事業活動妨害行為が上記で述べた競争制限の効果が生じるようなおそれがある行為としてそれに対する意図や目的があったかを判断しなければならない。そして、このとき、競争制限の効果が問題になる関連市場は市場支配的事業者または競合事業者が属する市場だけでなく、その市場の商品を生産するために必要な原材料や部品および半製品等を供給する市場またはその市場で生産された商品の供給を受けて新たな商品を生産する市場も含まれ得る(大法院2007年11月22日言渡200228626全員合議体判決、大法院2008年12月11日言渡2007225183判決、大法院2010年3月25日言渡200827465判決等参照)。

判断

上述した法理に基づいて、原審判決の理由と記録に照らして把握される以下のような事情を考慮すれば、行為1は妥当性のない条件提示行為として、行為2は不利益強制行為として各々公正取引法第3条の2第1項第3号の市場支配的地位の濫用行為に該当する。

  1. 原告らは、本件標準必須特許関連技術が標準技術として選定された当時、標準化機構に、実施者に対して公正かつ合理的で非差別的な(FRAND: Fair, Reasonable And Non-Discriminatory)条件(以下「FRAND条件」という)で実施許諾するという自発的な確約をした。原告らが標準化機構に対して行った確約の内容と経緯、標準技術選定時に上記のような確約を要請する趣旨、現実的にモデムチップセットの段階で本件標準必須特許に関するライセンスを提供することが不可能であるとは言えない点等を考慮すると、原告らはFRAND条件で実施許諾することを確約した標準必須特許権者として、実施許諾を受ける意思があるモデムチップセットメーカーと本件標準必須特許に関するライセンス契約においてFRAND条件により誠実に交渉する義務を負う。
  2. それにもかかわらず、原告らは、本件標準必須特許ライセンス市場および本件標準別モデムチップセット市場のいずれにおいても、市場支配的地位を有する垂直統合事業者として上記各市場での市場支配的地位を用いて行為1と行為2を相互有機的に連係させることによって「携帯電話段階ライセンス政策」、すなわち競争モデムチップセットメーカーに対して上記のようにFRAND条件による誠実な実施条件交渉手続を経てライセンスを提供せずに、携帯電話メーカーに対してライセンス契約の締結を強制する事業モデルを具現した。
    まず、行為1を詳察すると、原告らは実施許諾を受ける意思がある競争モデムチップセットメーカーとFRAND条件による誠実な実施条件交渉手続を経ないまま制限的ライセンス契約を締結し、またはライセンス契約の締結を拒絶して制限的約定のみ締結した。
    これは競争モデムチップセットメーカーに対して本件標準必須特許をFRAND条件で実施許諾したものとは認められない。また、制限的ライセンス契約および制限的約定に含まれたモデムチップセットの販売先制限条件、営業情報報告条件等によって競争モデムチップセットメーカーは、モデムチップセットの販売先が原告らとライセンス契約を締結した携帯電話メーカーに限定され、モデムチップセットの購買者別販売量のような敏感な営業情報を競合事業者である原告らに四半期ごとに報告しなければならない等その事業活動が困難にならざるを得なかった。したがって、このような原告らの行為1は「取引相手である競争モデムチップセットメーカーに正常な取引慣行に照らして妥当性がない条件を提示した行為」に該当する。
    次に、行為2を詳察すると、原告らは原告らのモデムチップセットを購買しようとする携帯電話メーカーに原告らのモデムチップセットの供給を受ける条件として先に原告らとライセンス契約を締結させることによって、原告らが市場支配的地位を有する本件モデムチップセット市場の商品であるモデムチップセットの供給を手段として携帯電話メーカーがライセンス契約をFRAND条件で交渉することを難しくした。さらに、原告らは携帯電話メーカーとモデムチップセット供給契約を締結する際に、「携帯電話メーカーがライセンス契約に違反する場合、モデムチップセット供給契約を破棄したりモデムチップセットの供給を中断・保留できる。」等の内容で約定することによって、モデムチップセットの供給と直接関係がないライセンス契約違反のみによってもモデムチップセットの供給が中断・保留され、携帯電話事業全体に危険が生じ得るようにして携帯電話メーカーにライセンス契約の締結および維持を強制し、こうした行為2は行為1と結合して、携帯電話メーカーが原告らに代わる他のメーカーのモデムチップセットを購買して行為2を回避することを遮断した。したがって、原告らの行為2は「取引相手である携帯電話メーカーに不利益になる取引または行為を強制した行為」に該当する。
  3. このような行為1と行為2が相互有機的に連係して具現された「携帯電話段階ライセンス政策」は、競争モデムチップセットメーカーおよび携帯電話メーカーの事業活動を難しくすることによって、本件標準別モデムチップセット市場での競争を制限する効果を発生させるおそれがある。
    その理由は以下のとおりである。
    ①原告らの携帯電話段階ライセンス政策によると、全ての携帯電話メーカーは原告らと本件標準必須特許に関するライセンス契約の締結が強制されるところ、競争モデムチップセットメーカーは携帯電話メーカーにモデムチップセットを販売する事業をするのにおいて上記のような携帯電話メーカーと原告らとの間のライセンス契約関係に従属される。
    すなわち、原告らが競争モデムチップセットメーカーに制限的ライセンス契約のみ締結し、またはライセンス契約の締結を拒絶したまま制限的約定のみ締結することによって(行為1)、全ての携帯電話メーカーは、原告らの特許を侵害せずに適法にモデムチップセットの供給を受けるためには、モデムチップセットが誰から供給されるのかに関係なく必ず原告らとライセンス契約を締結せざるを得ない(これはただ標準必須特許権者である原告らとだけ締結できる)。そのうち原告らのモデムチップセットを購買しようとする携帯電話メーカーは、原告らと締結するモデムチップセット供給契約の内容によって原告らのモデムチップセットの供給とライセンス契約とが連係されるので(行為2)、原告らとのライセンス契約の締結だけでなく維持も強制される。
    一方、競争モデムチップセットメーカーは原告らの特許を侵害せずに適法にモデムチップセットを販売するためには、原告らとライセンス契約を締結した携帯電話メーカーにのみモデムチップセットを販売できるとされ、競争モデムチップセットメーカーは購買者、購買者別販売量のような敏感な営業情報を競合社である原告らに報告もしなければならない。もし携帯電話メーカーが原告らとのライセンス契約に違反すれば、競争モデムチップセットメーカーはそれが自身と関係がない契約の違反であるにもかかわらず、当該携帯電話メーカーとモデムチップセットの供給取引をするのにおいて上記契約違反による不利益を甘受しなければならない立場に置かれる。

    ②これに加えて、原告らは、全ての競争モデムチップセットメーカーが原告らと締結すべき制限的ライセンス契約、制限的約定にクロスグラント条件を含めただけでなく、全ての携帯電話メーカーが原告らと締結せざるを得ないライセンス契約にもクロスグラント条件を含めることによって、競争モデムチップセットメーカーよりはるかに広範囲な「特許の傘」を構築した。これにより原告らのモデムチップセットは、競争モデムチップセットメーカーのモデムチップセットよりも競争優位に置かれるようになる。

    ③このように原告らの携帯電話段階ライセンス政策は、競争モデムチップセットメーカーのモデムチップセットの製造・販売等の費用を上昇させ、または技術革新を阻害して、本件標準別モデムチップセット市場から競争モデムチップセットメーカーを排除する効果をもたらすおそれがあり、潜在的競争モデムチップセットメーカーの市場参入を制限し、モデムチップセットの多様性を減少させるおそれもある。
    原審が認めたとおり、原告らが携帯電話段階ライセンス政策を実施する間、ほどんどの競争モデムチップセットメーカーが市場から退出された点等はこのような競争制限効果が発生するおそれがあることを裏付けている。

  4. さらに上述した事情に加えて、標準必須特許権者の誠実な実施条件交渉手続の履行は標準必須特許権の濫用を防止するという側面でその必要性が大きい点、および記録によると、原審が認めた原告らの事業モデルの構築の経緯、原告らの内部文書に示された競争制限の意図等が認められる点まで考慮すると、原告らが行為1と行為2を通じて携帯電話段階ライセンス政策を具現した意図や目的は、単に最終完製品段階で部品段階の特許まで包括して実施料を算定することによって効率性を図るためのものというよりは、本件標準別モデムチップセット市場から競争モデムチップセットメーカーを排除して原告らの市場支配的地位を維持・強化するためだったと言える。
    これと同じ趣旨の原審の判断に、適用法規の選択および解釈、行政訴訟法上の職権審査主義、市場支配的地位の濫用行為として「妥当性のない条件提示行為」、「不利益強制行為」の行為要件および不当性要件に関する法理を誤解する等、判決に影響を及ぼした誤りがない。

専門家からのアドバイス

本件の原告は標準必須特許の保有者であると同時にこれらの特許を使用したモデムチップセットを製造して携帯電話メーカーに販売する事業者であったところ、関連市場での市場支配的事業者の地位が認められた。韓国の公正取引法は、市場支配的事業者の地位濫用行為を厳しく禁じており、その地位濫用行為の1つとして、他の事業者の事業活動を不当に妨害する行為を規定している。
公正取引委員会は、(本文で説明した)原告の行為1、行為2が自身の市場支配的地位を濫用して競争モデムチップセットメーカー、携帯電話メーカーの事業活動を妨害した行為であると判断し、是正命令に加えて1兆311億ウォン相当の課徴金を課す処分を下したのであるが、取消訴訟を大部分棄却したソウル高等法院の判決に続いて、大法院も原告側の上告を棄却する判決を言い渡したのである。
本判決は、標準必須特許権者のライセンス政策が公正取引法上の市場支配的地位の濫用行為に該当するかに関する先例としての意味があり、上記判決内容の「関連規定および法理」には、そうした違反行為の該当性判断に関して、その不当性の認定、証明の程度、意図や目的の事実上推定や、そうでない場合の判断方法等、詳細な法理を判示しているところ、これらの点は今後具体的な事件への適用過程ではより綿密な検討が必要であると思われる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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