知財判例データベース 製造方法、難溶性、平均分子式により特定されたDNA断片混合物に関する特許発明が有効であるとした特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 D
事件番号
2021ホ6894特許登録無効
言い渡し日
2022年07月22日
事件の経過
判決確定(上告棄却)

概要

特許発明のDNA断片混合物は、請求項1の製造方法により得られ、平均分子式、難溶性等により特定されている。原告(無効審判請求人)は、「難溶性」であるDNA断片混合物は存在できず、該当特定平均分子式のDNA断片混合物を製造することができないという点を挙げて、特許発明が未完成発明、実施可能要件及びサポート要件の欠如の無効事由を主張した。さらに、原告は予備的主張として、出願日前に当該DNA断片混合物を有効成分とする医薬品が製造、販売されていたため新規性又は進歩性が否定されると主張した。これに対して特許法院は、原告の無効事由をいずれも理由がないとして、特許発明が有効であると判断した。

事実関係

被告は「魚類精液又は卵から分離されたDNA重合体断片複合体及びその製造方法」を発明の名称とする発明について、2010年10月4日に特許登録を受けた。原告は2017年1月11日に被告を相手取って、明細書の記載要件の違反、補正による新規事項の追加、新規性又は進歩性の欠如を無効事由とする無効審判を請求し、特許審判院は原告の無効審判請求を棄却する審決をした。原告は棄却審決を不服として特許法院に審決取消訴訟を提起し、特許法院は請求項3の発明について、特許請求の範囲に記載された「難溶性」及び「平均分子式:C9.83H12.33N3.72O6.01PNa」という記載は発明が明確かつ簡潔に記載されたものと言い難いため特許法第42条第4項第2号に違反しており、かつ進歩性が否定されるという理由で審決を取り消す判決を言い渡した。
被告は2019年2月11日に大法院に上告を提起し、訂正審判を請求したところ、審判院の訂正審決により確定した訂正後の請求項1及び請求項3の記載は下記のとおりである(太字が訂正された事項)。

請求項1

魚類精液又は卵の解凍工程、酵素分解工程、滅菌工程、分子量低減工程、沈殿工程及び乾燥顆粒工程を含む魚類精液又は卵からDNA断片混合物を製造する方法において、酵素分解工程は溶液のpH7.0~7.4、43~47℃の温度範囲で行い;滅菌工程は酢酸を用いて100~109℃の温度で10~30分間行い;そして、分子量低減工程はpH4.0~4.4、温度68~72℃の条件で行うことを特徴とする、魚類精液又は卵からのDNA断片混合物の製造方法。

請求項3

請求項1の製造方法により得られた下記の特性を有するDNA断片混合物。

DNA断片混合物を構成するデオキシリボヌクレオチドの平均分子式:
C9.83H12.33N3.72O6.01PNa
DNA断片の分子量範囲:50~1500kDa
物理的形態:白色の結晶形パウダ
溶解度:水とアルカリに難溶性、アルコールに難溶性、エーテルとアセトンに不溶性
粒子の大きさ:1mm以下

大法院は、原審弁論の終結後に訂正審決が確定してもこれを上告理由として主張できず、上告審は訂正審決が確定する前の訂正前の明細書等を対象に進歩性を判断しなければならない(大法院2020年1月22日言渡2016フ2522全員合議体判決、大法院2020年11月26日言渡2017フ2055判決等参照)と判示した上で、訂正前の特許発明により判断をし、特許発明は先行発明によって進歩性が否定されず、請求項3の発明のうち「難溶性」と「平均分子式」の部分はその意味を明確に把握できるため特許法第42条第4項第2号の規定の記載要件を満たすという理由で差戻し前の判決を破棄し、特許法院に差し戻す旨の判決をした(大法院2021年12月30日言渡2019フ10296号判決)。
差戻し後の特許法院において、原告は以下のような事由により訂正発明が無効とされるべきであると主張した。

  1. 主位的主張
    1. 発明の詳細な説明には必須の工程である「温度が65℃で一晩中(最小15時間)分解させる(B)工程」が含まれているが、訂正発明の特許請求の範囲には(B)工程が記載されておらず、(B)工程を訂正発明に記載された「酵素分解工程」の範囲にまで拡張又は一般化することはできないため、訂正発明の酵素分解工程は発明の詳細な説明によって裏付けられない(特許法第42条第4項第1号の違反)。
    2. 請求項3に記載された「難溶性」であるDNA断片混合物は存在できず、かつ「デオキシリボヌクレオチドの平均分子式がC9.83H12.33N3.72O6.01PNa」であるDNA断片混合物を製造することはできないため、請求項3の発明は、請求項1の製造方法によって製造され得ない。また、訂正発明の明細書には実施可能な製造方法が記載されていない。したがって、請求項3の発明は実施が不可能であり、発明として成立できない未完成発明であって、発明を容易に実施できるように記載されてもおらず、発明の詳細な説明により裏付けられることもない(特許法第29条第1項本文、第42条第3項、第42条第4項第1号の違反)。
  2. 予備的主張
    訂正発明の出願日前に請求項3の発明のDNA断片混合物を有効成分とする医薬品である「プラセンテックス(PLACENTEX)」はイタリア等で製造、販売されていたことから、当業者は上記医薬品から請求項3の発明のDNA断片混合物を分離し、その特性を把握できるものであった。したがって、請求項3の発明はその出願前に市販された被告の医薬品によってその新規性又は進歩性が否定される。

判決内容

特許法院は下記のとおり原告の主位的主張及び予備的主張のいずれもに対して理由がないと判断し、原告の請求を棄却した。

(1)原告の主位的主張①に対する特許法院の判断

旧特許法第42条第4項第1号に定められた明細書の記載要件を満たすかは、上記規定の趣旨に合わせて特許出願当時の技術水準を基準として当業者の立場で、特許請求の範囲に記載された発明に対応する事項が発明の詳細な説明に記載されているかによって判断しなければならない(大法院2016年5月26日言渡2014フ2061判決等参照)。訂正発明の明細書には「酵素分解工程」に関して、「pH7.0~7.4、43~47℃の温度範囲の溶液に入れて酵素分解させる。」、「溶液のpHを7.2に調節」、「溶解器の温度が45℃になったかを確認して」等のように記載されており、これは請求項1の発明に記載された「酵素分解工程」に対応する記載と同一である。当業者はDNA抽出方法に関連した技術常識に基づいて、訂正発明の明細書に記載された内容と実施例の記載を参照して請求項1の発明に記載された酵素分解工程の具体的な意味を理解するのに特に困難がないと言える。
明細書には「このような酵素分解のさらに具体的な一実施例を挙げると、次のとおりである。(中略)65℃になるまでかき混ぜて一晩中(最小15時間)温度調節する。」とし、具体的な一実施例を記載している。ところが、この請求項1の発明の特許請求の範囲には「魚類精液又は卵の解凍工程、酵素分解工程、滅菌工程、分子量低減工程、沈殿工程及び乾燥顆粒工程を含む魚類精液又は卵からDNA断片混合物を製造する方法において」と記載されているので、請求項1の発明はその特許請求の範囲に記載された構成要素だけからなる製造方法だけに制限されるわけではなく、追加の構成要素を有することができる開放型の特許請求の範囲で記載されている。また、特許請求の範囲には保護を受けることを望む特定の構成要素を記載すればいいのであって、原告の主張のように実施例に記載された全ての要素をそのまま特許請求の範囲に記載しなければならないわけではない。
したがって、請求項1の訂正発明が発明の詳細な説明によって裏付けられないと言うことはできない。

(2)原告の主位的主張②に対する特許法院の判断

請求項3に記載の「難溶性」であるDNA断片混合物は存在できないという原告の主張に対して、甲号証の記載によると、DNAが水に溶けるという点は認められる。しかし、難溶性は、ある物質が水やその他の溶媒に溶けにくいという性質を意味するだけで、水に溶けないという意味の不溶性とは区分される概念であり、上記証拠によってもDNA断片混合物が難溶性ではないということまでは確認されない。したがって、DNAが水に溶けるという事情だけで請求項3の発明が実施不可能な発明であるとか未完成発明であると言うことはできない。
「デオキシリボヌクレオチドの平均分子式がC9.83H12.33N3.72O6.01PNa」であるDNA断片混合物を製造できないので、請求項3の発明は、請求項1の製造方法によって製造され得ないという原告の主張に対して、請求項3の訂正発明はDNA断片混合物に関する物の発明であるが、「請求項1の製造方法により得られた」と製造方法を限定しているので、製造方法が記載された物の発明に該当する。製造方法が記載された物の発明は「物の発明」に該当するので、特許請求の範囲に記載された製造方法は最終生産物である物の構造や性質等を特定する1つの手段としてその意味を有するだけであり、その技術的構成を製造方法自体で限定して把握しなければならないわけではない(大法院2015年1月22日言渡2011フ927全員合議体判決参照)。原告は、サケの精子のDNAの場合、dAMP、dTMP、dGMP、dCMPの比率が26.55:26.55:23.45:23.45であり、請求項1の発明にはデオキシリボヌクレオチドの比率を調節する工程がないので、請求項3の発明の平均分子式から導き出されるdAMP、dTMP、dGMP、dCMPの比率が30.6:30.1:20.1:19.4であるDNA断片混合物は、請求項1の発明の製造方法から製造され得ないと主張している。しかし、抽出工程で発生する一部の分解及び消失、抽出物の純度(抽出物に混合されている不純物の種類及び量)等が最終抽出されたDNA断片混合物のdAMP、dTMP、dGMP、dCMPの比率に影響を及ぼすので、抽出方法によってdAMP、dTMP、dGMP、dCMPの比率の差が発生し得る。したがって、上記のような事情だけで「平均分子式がC9.83H12.33N3.72O6.01PNa」であるDNA断片混合物の製造が不可能であるとは言い難い。
訂正発明の明細書にはDNA重合体断片複合体及びその製造方法について記載されている。
したがって、請求項3の訂正発明の「平均分子式がC9.83H12.33N3.72O6.01PNa」であるDNA断片混合物の部分は実施が不可能であるか、発明として成立できない未完成発明であるとは言えず、明細書の記載要件に違反するとも言えない。

(3)予備的主張に対して

甲号証の記載によると、訂正発明の出願日前にPDRN(ポリデオキシリボヌクレオチド)を有効成分とするプラセンテックス(PLACENTEX)という製品が販売されたという事実は認められる。しかし、訂正発明の出願日前に販売されたプラセンテックス(PLACENTEX)製品が請求項3の訂正発明によって製造された製品であるかは確認されない。また、上記証拠にはプラセンテックスの効能、用法、注意事項、多様な剤形のプラセンテックス製品に含まれる成分の種類及びPDRNの濃度等が開示されているだけであって、有効成分であるPDRNを製造する方法や単位体(dAMP、dTMP、dGMP、dCMP)の比率、その他の分子式を推定できる何らの記載も見出すことができない。
仮に、訂正発明の出願日以前に市販されたプラセンテックスの成分と含量が訂正発明の出願日以前に公開されたとしても、当業者がプラセンテックス製品から過度な労力を傾けずにDNA断片混合物のみを完全に分離した後、DNA断片混合物を構成するデオキシリボヌクレオチドの平均分子式、DNA断片の分子量範囲、物理的形態、溶解度及び粒子の大きさを全て正確に把握できると言えるような客観的な資料もない。
したがって、請求項3の訂正発明は、その出願前に公知又は公然と実施されたとは言えないため、これを前提とした原告の予備的主張も受け入れられない。

専門家からのアドバイス

本件は大法院と、その差戻し判決後の特許法院において、原告は新規性・進歩性欠如に加え、未完成発明および複数の記載要件違反についても無効事由として主張したものであった。
このうち本件特許の請求項3に記載された「難溶性」部分に関連し、本差戻し判決前の大法院2021年12月30日言渡2019フ10296号判決では、「難溶性」はある物質が水やその他の溶媒に溶けにくい性質を意味するもので、一般に使用される用語であり、本件技術分野である製薬分野でも当業者らの間で上記のような意味として用いられているため、特許明細書に「難溶性」の意味に関する定義が記載されていなくても、当業者は請求項3の発明のDNA断片混合物が水やアルカリ、アルコールに溶けにくい性質を有するという意味で発明を明確に把握することができると判断した。
さらに原告は本差戻し後の特許法院において「難溶性」であるDNA断片混合物は製造できない旨の主張をしたが、これに対して特許法院は「難溶性」が水に溶けないという意味の不溶性とは区分される概念であり、DNA断片混合物が「難溶性」ではないということまでは確認されないという理由により、原告の主張を排斥した。
本件は、「難溶性」や「平均分子式」などの技術的特定を含む特許発明について記載要件等の特許性を争った事例として実務上参考になる。

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