知財判例データベース 特許発明が数値限定発明であるとは認められず、進歩性の欠如および記載不備の無効事由は認められないとされた特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 株式会社B 外1
事件番号
2020ホ7722特許登録無効
言い渡し日
2022年01月13日
事件の経過
判決確定(上告棄却)

概要

特許発明は、化粧料組成物に関する発明であって、組成物中の特定成分の有無、含量または含量比等に特徴がある。原告は、特許発明の請求の範囲が数値により限定されているため、臨界的効果または異質的効果が認められなければならない数値限定発明であることを前提として、特許発明は先行発明の結合により進歩性が欠如し、請求の範囲の数値範囲に対してサポート要件欠如の記載不備があることを主張した。特許法院は、特許発明の技術的特徴を具現する構成の結合関係が先行発明に開示されていないため、特許発明が数値限定発明であると認めることはできないとし、特許発明に進歩性の欠如と記載不備の無効事由はないと判断した。

事実関係

被告は、発明の名称を「自己発泡型化粧料組成物およびその製造方法」とする発明について、2019年3月21日付で特許登録を受けた。原告は被告を相手取って記載不備と進歩性の欠如を無効事由とする無効審判を請求し、特許審判院は原告の無効審判請求を棄却する審決をした。これに対して原告は棄却審決を不服とし、特許法院に審決取消訴訟を提起した。

特許発明は、原告の無効審判請求以前に訴外第三者により請求された特許取消申請事件の手続の中で被告の訂正請求により訂正されており、訂正後の請求項1は次の通りである。

請求項1

フッ素化合物およびノニオン界面活性剤を含み、フッ素化合物とノニオン界面活性剤との含量比は重量基準で1:0.29~1.2(フッ素化合物の重量:ノニオン界面活性剤の重量)であり(以下「構成要素1」と言う)、
皮膚適用時に、バブルが生じ始める時点から起算してバブル生成が最大水準になるまでの時間が5~40秒であり、生成されたバブルが消滅し始めて最小水準になるまでの時間が10秒~95秒であり(以下「構成要素2」と言う)、
上記ノニオン界面活性剤は、ポリグリセリル-3メチルグルコースジステアレート、ポリグリセリル-ジステアレート類、水添レシチン、セテアリルオリベート、ソルビタンオリベート、PEG-ステアレート類、グリセリルステアレート、グリセリルステアレートSE、ココ-グルコシド、ラウリルグルコシド、カプリリル/カプリルグルコシド、アラキジルグルコシド、C12-20(直鎖または分岐状)アルキルグルコシド、セテアリルグルコシド、セテアレス類、ステアレス類、オレイルアルコールのポリエチレングリコールエーテル、メチルグルコースセスキステアレート、ソルビタンステアレート、スクロースココエート、ポリソルベート類、ソルビタンセスキオリレート、ソルビタンオリベート、油ヤシオイル、および油ヤシカーネルオイルからなる群から選択された1種以上のノニオン界面活性剤とデシルグルコシドとの混合物であって、上記デシルグルコシドの含量が組成物全体の重量基準で0.1~3重量%である混合物を含み(以下「構成要素3」と言う)、
アニオン界面活性剤を2重量%以下で含み(以下「構成要素4」と言う)、
洗い落とし、または拭き落とすことなく、皮膚に吸収させることを特徴とする(以下「構成要素5」と言う)、自己発泡型化粧料組成物。

原告は、特許発明が数値限定発明に該当することを前提として、次のような登録無効事由があると主張した。
  1. 構成要素2の「バブルが生じ始める時点から起算してバブル生成が最大水準になるまでの時間が5~40秒であり、生成されたバブルが消滅し始めて最小水準になるまでの時間が10秒~95秒」および構成要素3の「デシルグルコシドの含量が組成物全体の重量基準で0.1~3重量%」という各数値範囲は、発明の説明に記載されているものでなく、試験例が記載されてもいないため、特許発明は発明の説明によって裏付けられない。
  2. 特許発明は、主先行発明を先行発明1とし、これに先行発明2~5を結合して容易に発明できるため、その進歩性が否定される。

判決内容

特許法院は、原告が特許発明は数値限定発明であると主張して進歩性と記載不備の無効事由を争っているため、まず数値限定発明か否かについて判断をし、その上で無効事由を判断した。

(1)特許発明が数値限定発明か否かに関する判断

特許法院は、数値限定発明の関連法理として下記を提示した。

「特許登録された発明が、その出願前に公知となっている発明が有する構成要素の範囲を数値により限定して表現した場合において、その特許発明の課題および効果が公知となっている発明の延長線上にあり、数値限定の有無においてのみ差がある場合には、その限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じなければ、その特許発明は、通常の技術者が通常的かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎず、進歩性が否定される(大法院1993年2月12日付言渡92ダ40563判決、大法院2007年11月16日付言渡2007フ1299判決など参照)。ただし、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されており、その特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎないか、または数値限定を除いた両発明の構成が同一であるとしても、その数値限定が公知となっている発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的なものであれば、数値限定の臨界的意義がないからといって特許発明の進歩性が否定されない(大法院2010年8月19日付言渡2008フ4998判決参照)。」

特許法院は、さらに次の事項を挙げて、特許発明は数値限定発明であるとはいえないと判断した。 特許発明は、洗い落とし、または拭き落とすことなく、吸収させる化粧料組成物(保湿用化粧品)に、フッ素化合物、ノニオン界面活性剤、デシルグルコシド、アニオン界面活性剤を特定の比率と含量により選択して組み合わせることによって泡(バブル)が発生および消滅する時間を調節して皮膚温度を下げ、皮膚活性成分の吸収力を増加させ、血液循環を増進させて皮膚のトーン改善および角質循環周期を活性化させ、皮膚改善効果を発揮する目的を達成することに技術的特徴がある。 このような特許発明の技術的特徴を具現する構成の結合関係(特にデシルグルコシドの有無および含量と自己発泡力との間の相関性、アニオン界面活性剤の含量とバブル生成および消滅時間の相関性等)は、先行発明に既に公知となっているものでないだけでなく、その課題および効果も先行発明にそのまま示されておらず、公知となっている発明の延長線上にあるとは認め難い。したがって、先行発明に特許発明の数値限定を除いた構成要素全部の有機的結合関係が開示されていない以上(単に本件特許発明の構成要素の一部が先行発明に部分的に開示されているだけである)、特許発明の構成要素それぞれに数値範囲が記載されているからといって、これを上記法理で言う数値限定発明であるということはできない。すなわち、特許発明は、数値限定自体に臨界的意義がある発明ではなく、特許発明の効果を達成するための構成要件を実施するのに適した構成要素の配合比率を限定したことにその技術的意味があり、上記のような構成の有機的結合自体に進歩性が認められるか否かのみが問題となるものである。

(2)進歩性の主張に関する判断

特許発明と先行発明との構成要素を対比すると、下記の通りである。

構成要素 特許発明 先行発明1
構成要素1 フッ素化合物およびノニオン界面活性剤を含み、フッ素化合物とノニオン界面活性剤との含量比は重量基準で1:0.29~1.2 フッ素化合物および界面活性剤を含み、フッ素化合物は0.01~20重量%、界面活性剤は0.1~40重量%使用
構成要素2 バブルが生じ始める時点から起算してバブル生成が最大水準になるまでの時間が5~40秒であり、生成されたバブルが消滅し始めて最小水準になるまでの時間が10秒~95秒 開示なし
(先行発明3において「発泡性二酸化炭素外用剤の塗布時間は、美容目的の場合、5分間~3時間が好ましいが…」と塗布時間を開示。先行発明5において泡製剤は実質的に15秒~300秒等の間、表面と接触した状態を維持し得ると開示)
構成要素3 1種以上のノニオン界面活性剤とデシルグルコシドとの混合物であって、デシルグルコシドの含量が組成物全体の重量基準で0.1~3重量%である混合物を含み 界面活性剤はノニオン性界面活性剤であるデシルグルコシドおよびカプリリル/カプリルグルコシドのうちから選択される1種以上であり、界面活性剤は0.1~40重量%使用
構成要素4 アニオン界面活性剤を2重量%以下で含み 界面活性剤としてアニオン界面活性剤が含まれてよく、界面活性剤は0.1~40重量%使用
構成要素5 洗い落とし、または拭き落とすことなく、皮膚に吸収させることを特徴とする自己発泡型化粧料組成物 スピーディーウォッシャブル形態を有するとともにメイクアップ成分のクレンジング効果に優れ、洗顔後に保湿感を付与する化粧料組成物

特許法院は、特許発明が先行発明1と対比して、下記の4つの差異点があると判断した。

差異点1:先行発明1のフッ素化合物とノニオン界面活性剤との含量比は算術的に1:0.005~40,000であるため、特許発明の構成要素1の含量比1:0.29~1.2および構成要素3のデシルグルコシドの含量は開示されていない
差異点2:先行発明1に、特許発明の構成要素2の泡生成から最大水準になるまでの時間と消滅開始から最小水準になるまでの時間が開示されていない
差異点3:先行発明1には、界面活性剤は0.1~40重量%を使用することが開示されているため、特許発明の構成要素4のアニオン界面活性剤を2重量%以下で含むことは開示されていない
差異点4:特許発明は保湿用化粧品であるのに対し、先行発明1は洗浄用化粧品として差がある

さらに特許法院は、先行発明の結合が容易でないため、特許発明の進歩性は先行発明の結合により否定されないと判断した。すなわち、洗浄用化粧品である先行発明1に保湿用化粧品である先行発明2、3を結合できるとはいい難く、先行発明1に同じ洗浄用化粧品である先行発明4、5を結合することは容易であるといえるものの、そこから保湿用化粧品である特許発明を導き出すことはできないため、残りの差異点についてさらに詳察する必要なく、先行発明1を主先行発明として特許発明の進歩性が認められるとする原告の主張は理由がないと判断した。特許法院の具体的な判断内容は、次の通りである。

「洗浄用(クレンジング)化粧品と保湿用(エッセンス)化粧品は、その目的と機能および使用方式が全く異なる事実が認められる。すなわち、洗浄用化粧品は皮膚の過剰な皮脂、古い角質、ホコリ、汚れ、メイクアップ残留物等を除去することを目的として用いられる製品を意味し、保湿用化粧品は皮膚に有効成分を吸収させることによって皮膚を改善させる製品を意味する。このような目的と使用方式の違いにより、上記各製品に用いられる主要原料やその配合比率にも違いが生ぜざるを得ない。また、洗浄用化粧品は洗い落とすことを当然の前提とするため、洗浄力がよい成分を含まざるを得ないが、洗浄力がよい成分は洗浄効果には優れるものの、皮膚に強い刺激を与え、皮膚の乾燥を誘発する短所を有し、これは皮膚の改善を目的とする保湿用化粧品の目的に反する性質である。したがって、製品の性質上、洗浄用化粧品と保湿用化粧品は追求する目的と効果が異なり、技術分野や技術目的が同一または類似と見られない。 原告は、化粧料組成物分野の通常の技術者は洗浄用化粧品と保湿用化粧品をいずれも製造するため、通常の技術者は組成物の種類と比率を変えて自由に洗浄用化粧品と保湿用化粧品を開発できるとしているが、先に詳察した通り、両製品は達成しようとする目的と使用方法が異なる以上、原告が主張する上記のような事由のみにより、特許発明と先行発明1、4、5の技術分野や目的が同一であると言うことはできない。」

(3)記載不備の主張に関する判断

特許法院は、記載不備の主張についても、原告の主張は、特許発明の臨界的効果が認められなければならない数値限定発明であることを前提としてなされているが、特許発明を数値限定発明であるといえない以上、原告の主張は理由がなく、構成要素2および3の数値範囲は発明の説明により裏付けられると判断した。

専門家からのアドバイス

本件は、化学組成物の発明において数値限定発明か否かが無効事由の判断の際に問題とされたケースである。公知発明との間で数値限定の有無についてのみ相違点がある発明の場合、数値限定発明として数値限定の臨界的意義が進歩性の認定に要求され得るが、今回の特許法院判決は、他の構成要素が付加され、または公知発明と相違する課題および異質的な効果を奏する場合、数値限定の臨界的意義は要求されないという確立した大法院判決に基づいたものであって、これは新たな法理に基づくものではない。その具体的な判示内容については、特許発明が化粧料組成物にフッ素化合物、ノニオン界面活性剤、デシルグルコシド、アニオン界面活性剤を特定の比率と含量により選択して組み合わせることで皮膚改善効果を発揮するという目的を達成することに技術的特徴があるところ、これら構成の結合関係、課題および効果が先行発明に開示されていないため、数値限定発明には該当しないとしている。具体的な事例に即した数値限定発明に関する判決として、実務上参考にするに値する。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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