知財判例データベース 「シャネル注射」等を被告が使用する行為は、原告商標「シャネル」の識別力または名声を毀損する不正競争行為に該当すると判断された事例

基本情報

区分
不正競争
判断主体
ソウル中央地方法院
当事者
原告 A,B社 vs 被告 個人C
事件番号
2021ガ合551044
言い渡し日
2022年09月23日
事件の経過
確定(2022年10月19日)

概要

本件は、美容整形外科の医院を運営する被告が、皮膚のシワ改善等のための注射剤を「シャネル注射」という標章を使って広告したことに対し、「シャネル」の商標権者である原告が、被告の標章使用行為は不正競争防止法および営業秘密保護に関する法律(以下「不正競争防止法」)第2条第1号(ハ)目の不正競争行為に該当するという理由で訴えを提起したものである。
法院は、原告商標である「シャネル」は周知・著名な商標に該当する一方、本件被告標章は営業標識として使用され、被告医院のホームページでは「フランス名品 奇跡のSKIN BOOST」という宣伝文句を使用していたものと認定した。その上で法院は、被告は「シャネル」が持つ原告商標の名声と認知度を念頭に置いて本件被告標章を使用していたとみられ、原告製品は高価な製品として商品の名声と希少というイメージが重要な購買動機になるものといえるが、そうした原告の営業標識が本件被告標章のように市中で通常流通する財貨やサービスにありふれて使われるならば顧客吸引力の減少をもたらすであろう点を総合すれば、本件被告標章は原告の営業標識の識別力や名声を損傷すると認めるのが相当であるので、これを被告医院のインターネットウェブサイト掲示物、広告宣伝物に表示・使用してはならないと判決した。

判決内容

関連法理

不正競争防止法第2条第1号(ハ)目の規定で使用している「国内に広く認識されている」という用語は、韓国国内全域または一定地域の範囲内で取引者または需要者の間に知られるようになった「周知の程度」を超え、関係取引者以外の一般公衆の大部分にまで広く知られるに至ったいわゆる「著名の程度」に達したことを意味すると解釈するのが相当であり、ここで国内に広く認識されているか否かは、その使用期間・方法・態様・使用量・営業範囲等と、その営業の実情および社会通念上客観的に広く知られているか等が基準となる。また「識別力の損傷」は特定標識の商品標識や営業標識としての出所表示機能が損なわれることを意味し、「名声の損傷」は著名な程度に達した特定標識を否定的なイメージを持つ商品または営業に使用することにより、その標識が持つ優良なイメージおよび価値を損傷させることをいうところ、このような著名な程度に達した標識の識別力損傷や名声損傷のために、その商品または営業標識が必ずしも同種・類似関係または競争関係にある商品もしくは営業に使用されなければならないものではない。
不正競争防止法第2条第1号(ハ)目の識別力や名声の損傷行為に該当する標識の使用は「商業的使用」を意味するものであって、商品または営業であることを表示する標識として使用したものでなければ、不正競争防止法第2条第1号(ハ)目の所定の識別力または名声の損傷行為には該当しない。

具体的判断

イ. 認定事実

①原告A社は、フランスに本店を置き「CHANEL」という商号で衣類、バッグ、香水、化粧品、宝石、サングラス、時計等の生産・販売を行う企業であり、原告B社は1997年10月27日に衣類、靴、アクセサリー、皮革製品等雑貨類の販売、貿易仲介業等を目的に設立され、原告A社が生産する製品を国内にて販売する企業である。
②被告はソウル市にある美容整形外科の医院を運営する人物であり、被告は2021年頃、医院のホームページおよびインスタグラムアカウントに以下のような皮膚のシワ改善等のための注射剤(NCTF 135注射)を「シャネル注射」という標章等を使って広告した。

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ロ.原告商標は周知・著名商標か否か

次のような事情、すなわち、①原告製品は1986年頃から韓国国内で販売され始め、現在全国のデパート・免税店等合計17か所の店舗で販売されている点、②韓国ギャラップが2021年3月4日~12日の期間、25才以上54才以下の会社員1,204人を対象に行ったアンケート調査結果によれば、女性回答者が最も好むラグジュアリーブランドが「シャネル」であった点、③2011年以降、各種報道機関等で原告製品の紹介やメイン需要層である女性の間での人気を紹介する各種報道が続いている点を総合すれば、原告商標である「シャネル」は周知・著名な商標に該当すると認めるのが相当である。

ハ.本件被告標章が営業標識として使用されたか否か

次のような事情、すなわち、①本件被告標章は「シャネル」という標章と識別力が微弱な「注射」とを結合したものである点、②被告医院のホームページでは本件被告標章を大きく太い書体で繰り返して使用し、そのうち一部は「シャネル」という部分を太い文字で表示(「シャネル」という部分を太い文字で表示している)した点、③被告医院のホームページには「フランス名品 奇跡のSKIN BOOST」と広告し、原告の営業標識である「シャネル」を念頭に置いたものとみられる点を総合すれば、本件被告標章が営業標識として使用されたと認めるのが相当である。

ニ.識別力や名声の損傷行為に該当するか否か

  1. 不正競争防止法第2条第1号(ハ)目の「識別力の損傷」が「特定標識の商品標識や営業標識としての出所表示機能が損なわれること」を意味するということは、前述のとおりである。これは、特定の商品や営業に関連して使用されるものとして広く知られた標識を、その特定の商品または営業とは異なる商品または営業に使用することにより、その標識の信用、顧客吸引力等を失墜または希釈化させる等、出所表示としての識別機能を害すること、すなわち、商品や営業を識別させてその出所を表示する著名商標の力(識別力、単一性、独特性、名声等)や機能を減少させることを意味する。こうした希釈化の禁止を通じた有名商標の保護は、消費者の誤認・混同による被害の予防および治癒という公益的考慮よりは、有名商標所有者の有形・無形の財産上の利益保護という側面と、有名商標に化体された顧客吸引力と名声にフリーライドしようとする第三者の不正競争行為の防止を通じた健全な商取引秩序の確立のためのものとして、具体的に原告・被告の標章の類似性、原告標章の識別力の程度、原告標章使用の排他性の程度、原告標章の認識の程度、被告が原告標章との連想を意図したか否か、原告・被告の標章間の実際の連想の有無等を総合的に考慮して判断しなければならない。
  2. 次のような事情、すなわち、①原告の営業標識である「シャネル」は前述のとおり韓国国内に広く知られた周知・著名な商品標識として識別力が高い点、②本件被告標章は原告の営業標識と類似し、本件被告標章に接した一般需要者は原告の営業標識を容易に連想できるといえる点、③前述のとおり被告医院のホームページでは「フランス名品 奇跡のSKIN BOOST」という宣伝文句を使用したところ、被告は「シャネル」が持つ名声と認知度を念頭に置いて本件被告標章を使用したものとみられる点、④原告製品は高価な製品で商品の名声と希少というイメージが重要な購買動機であるといえるが、原告の営業標識が本件被告標章のように市中で通常流通する財貨やサービスにありふれて使用されるならば顧客吸引力の減少をもたらすであろうという点を総合すれば、本件被告標章は原告営業標識の識別力や名声を損傷すると認めるのが相当である。

ホ.差止請求

被告が本件被告標章を使用した行為は、不正競争防止法第2条第1号(ハ)目で定める不正競争行為に該当する。被告は、本件訴提起後、本件被告標章を使用していないとみられるが、過去になされた侵害行為の期間と行為態様、および原告と被告間の紛争の経過等、本件に現れた諸般の事情に照らしてみるとき、依然として被告による侵害のおそれが認められる。被告は不正競争防止法第4条により、「シャネル」および「CHANEL」[1]標章を被告医院のインターネットウェブサイト掲示物、広告宣伝物に表示・使用してはならない義務がある。

結論

被告は、「シャネル」および「CHANEL」標章を被告医院のインターネットウェブサイト掲示物、広告宣伝物に表示・使用してはならない。

専門家からのアドバイス

本判決文でも言及されているとおり、著名商標を希釈化から保護することは、その出所の混同を生じるかの観点よりも、著名商標の顧客吸引力そのものを保護することに特徴があるといえる。これに該当する法文規定は、ドイツとアメリカで1920年代から進展してきた希釈化(ダイリューション)理論の影響を受けて立法されたもので、上述した韓国の不正競争防止法第2条第1号(ハ)目は、日本の不正競争防止法第2条第1項第2号に該当するとみられる。
著名商標の模倣行為に該当するか否かの判断においては、①被模倣商標の著名性の有無、②模倣者がその模倣商標を自己の商品等の表示として使用したか否か(商品等の同種・類似関係または競争関係にあるかは不問)、および③両標章の類否を要件としている。これに加えて、かかる不正競争行為の差止・予防の請求が認められるためには、被模倣者の営業上の利益を侵害するかまたは侵害するおそれがあるという条件を追加的に満たされなければならない。本判決は、著名商標を希釈化から保護する際の要件を実例に即して確認することができる点につき、実務上参考になる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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