知財判例データベース サポート要件違反により特許権が無効であるという被告の権利濫用抗弁を排斥した特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A株式会社 vs 被告 株式会社B 外2名
事件番号
2019ナ2077特許侵害差止等請求
言い渡し日
2022年02月10日
事件の経過
判決確定

概要

本件特許発明は、酸性活性炭を用いた吸着精製、結晶化、昇華精製工程を順次行って純度99.95%以上の有機発光材料を分離精製する方法に関するものである。原告が提起した侵害差止請求訴訟において、特許権が無効であるという権利濫用抗弁として、被告は、特許発明は発明の詳細な説明によって裏付けられない旨を主張した。特許法院は、通常の技術者の立場から、請求の範囲に記載された発明に対応する事項が発明の詳細な説明に記載されているかによって判断すべきであるとした上で、特許発明は発明の詳細な説明によって裏付けられると判断した。被告は、特許発明には「予備精製工程」に関する限定事項がないが、発明の詳細な説明に「予備精製工程」を経た分離精製方法を実行した実施例のみが記載されているので、特許発明は発明の詳細な説明によって裏付けられないと主張したが、特許法院は、特許明細書の記載から通常の技術者は「予備精製工程」を特許発明の必須構成要素に該当すると認めることはできないとして主張を排斥した。

事実関係

原告は、「有機発光材料の分離精製方法」を発明の名称とする発明について、2013年7月19日に特許登録を受けた。原告は被告らに対して特許権侵害差止請求訴訟を提起し、一部敗訴の1審判決を受けて特許法院に控訴した。特許法院で被告らは、原告の特許権侵害には該当しないという主張と共に、権利濫用の抗弁および自由実施技術の抗弁を主張した。
以下では、被告の権利濫用の抗弁のうちサポート要件(旧特許法第42条第4項第1号)違反により特許が無効であるとの主張に対する特許法院の判断を中心に説明する。

特許発明は、原告の訂正審判請求によって訂正されており、訂正後の請求項1は、次のとおりである。

請求項1

有機発光表示装置の製造工程において、有機発光層の真空蒸着工程以後、蒸着機構で回収された有機発光材料から不純物除去時(「構成1」)、
酸性活性炭を用いた吸着反応により不純物を吸着除去する精製工程(「構成2」)、
上記吸着除去以後に精製された有機発光材料を溶媒条件下で結晶として析出する結晶化工程(「構成3」)、および
昇華精製工程を順次行って(「構成4」)
99.95%以上の純度を具現(「構成5」)する有機発光材料の分離精製方法。

被告らは、下記の理由により、訂正発明は請求の範囲に記載された発明に対応する事項が発明の詳細な説明に記載されていない旨のサポート要件違反を主張した。

  1. 訂正発明は、「回収された有機発光材料の純度」および「予備精製工程」に関する限定事項がないので、純度98%以上に予備精製されたものであるか否かとは関係なしに、あらゆる純度の回収された有機発光材料に対して吸着精製、結晶化、昇華精製という3段階精製工程を行う有機発光材料の精製方法を含むものである。しかし、特許発明の発明の詳細な説明には、純度98%以上に予備精製された有機発光材料に対して3段階精製工程を行う精製方法のみが記載されているだけであって、純度98%未満である回収された有機発光材料に対して予備精製工程を実施せずに3段階精製工程を行う精製方法については何らの記載もない。
  2. 訂正発明における精製の対象は「蒸着機構で回収された全ての有機発光材料」であるところ、これは金属を含む有機発光材料等について酸性活性炭による優れた吸着効果が認められず、ゆえに純度99.95%以上に分離精製ができない有機発光材料までをも含んでいることから、発明の詳細な説明に記載された有機発光材料に比べてその範囲が過度に広い。また、発明の詳細な説明には「ABH113」のように製品コードのみで特定された9つの有機発光材料が記載されているだけで、その構成成分や化学構造が分かる記載がないので、通常の技術者が請求の範囲に記載された発明である「回収された有機発光材料」と、発明の詳細な説明に記載された「有機発光材料の製品コード」とを対比することは不可能である。

判決内容

特許法院は、まずサポート要件の判断法理として下記の内容を提示した。
「旧特許法第42条第4項第1号は、請求の範囲に保護を受けようとする事項を記載した請求項が発明の詳細な説明によって裏付けられるべきことを規定しているが、これは、特許出願の願書に添付の明細書における発明の詳細な説明に記載されていない事項が請求項に記載されることによって、出願者が公開していない発明に対して特許権が付与されるという不当な結果を防ごうとするところにその趣旨がある。したがって、旧特許法第42条第4項第1号が定めている明細書の記載要件を満たすかは、上記規定の趣旨にそぐうように特許出願当時の技術水準を基準として通常の技術者の立場により、請求の範囲に記載された発明に対応する事項が発明の詳細な説明に記載されているかによって判断すべきなので、特許出願当時の技術水準に照らして発明の詳細な説明に開示された内容を請求の範囲に記載された発明の範囲まで拡張もしくは一般化できるのであれば、請求の範囲は発明の詳細な説明によって裏付けられる(2020. 8. 27. 言渡2017フ2864判決、大法院2016. 5. 26. 言渡2014フ2061判決等参照)。」

続いて特許法院は、訂正発明は下記のとおり発明の詳細な説明によって裏付けられるので、被告らの主張は理由がないと判断した。

  1. 純度98%未満である回収された有機発光材料に対して予備精製を実施しない精製方法が、発明の詳細な説明によって裏付けられないという主張について
    訂正発明の請求の範囲と、それに対応する発明の詳細な説明の記載内容とを具体的に対比すると、訂正発明の各構成要素に対応する事項が発明の詳細な説明に同じく記載されていることが把握できる。
    被告らは、発明の詳細な説明の一部の記載と、発明の詳細な説明に予備精製工程を経た分離精製方法を実行した実施例のみが記載されているという点を根拠に、特許発明が純度98%以上に予備精製することを必須構成要素とするものであり、したがって、発明の詳細な説明に記載された精製方法はいずれも純度98%以上に予備精製された有機発光材料の吸着精製、結晶化、昇華精製工程を順に行う方法に関するものであると主張するが、以下のような理由で被告らの主張には理由がない。
    1. 訂正発明の明細書に「本発明は、蒸着機構で回収された有機発光材料は純度98%以上であるものを使用するところ、上記純度が85~98%で低い有機発光材料に活性炭を使用するならば、品質を一定に調節するのが難しく、活性炭使用量が多くなるにつれ収率が低くなり、活性炭濾過等の問題が発生する」、「本発明の有機発光材料の分離精製方法は、回収された有機発光材料を純度98%以上に分離して得た後、次の段階を行う場合、99.9%以上の純度と全体の収率の向上を実現することができる。このとき、回収された有機発光材料の純度が98%より低ければ、昇華精製を繰り返し行わなければならない難点と昇華時の収率が低くなる問題が発生する」という記載があるが、これは3段階精製工程に予備精製工程を付加した従属項である請求項2の訂正発明に関する説明である。
      即ち、上記記載内容によると、純度が85~98%で低い有機発光材料に活性炭を使用する場合に問題が発生するということであるものの、これは純度98%以下で回収された有機発光材料を99.95%以上の純度に精製する場合の方が、純度98%以上である回収された有機発光材料を99.95%以上の純度に精製する場合に比べて相対的に吸着精製に必要な活性炭の使用量および昇華精製の繰り返し回数が増加するということであって、それにより収率が低下する問題があるという趣旨に過ぎない。このことは、請求項2の訂正発明で付加された予備精製工程が、請求項1の訂正発明における上記のような問題を改善する効果を奏するという根拠にはなり得ても、それにより特許発明の発明に記載された全ての発明が必須的に予備精製工程を行うということを前提にしたものであるとか、予備精製工程が含まれない請求項1の訂正発明が特許発明の目的を達成できないという根拠になると認定することはできない。むしろ、上記の記載内容は、純度が85~98%で低い有機発光材料に対して予備精製工程を経ないまま3段階精製工程だけを行う精製方法(請求項1の訂正発明)に関する記載と認定することができる。
    2. 特許発明の明細書には、予備精製工程を行って純度98.07%~98.47%の予備精製品を得た後、酸性活性炭による吸着精製、結晶化、昇華精製を実行した実施例が記載されているが、予備精製工程を行わずに3段階精製工程だけを行った実施例は記載されていない。しかし、発明の詳細な説明には、特許請求の範囲に記載された全ての構成要素に関する実施例が記載されていなければならないわけではないので、予備精製工程が付加された精製工程に関する実施例のみが記載されているということは「予備精製工程が特許発明の必須構成要素に該当する」という根拠になり得ない。
      さらに、特許明細書の実施例の試験結果からは、純度98.07%~98.47%として予備精製された回収された有機発光材料に対して3段階精製工程を行った結果、いずれも純度99.97%~99.99%に精製されたという点が確認される。
      一方、出発純度が低くなるほど、目標とする純度に到達するまでに吸着精製等で必要とされる材料(特許発明の酸性活性炭等)の消耗が多くなって収率も低下し得るということは、特許発明の属する技術分野の技術常識に該当するものである。これについて、通常の技術者であれば上記実施例の試験結果を確認して、純度98%に達していない回収された有機発光材料に対して3段階精製工程を行い、純度99.95%の精製品を得るために酸性活性炭の使用量が増加するであろう点、それにより上記実施例に記載された収率よりは、その収率が多少低くなるであろう点を予測できるものと認められる。特に、発明の詳細な説明において、特許発明の精製方法を行う前の出発物質において純度98%前後で精製効果の顕著な差があるとか、またはこのことにより出発物質の純度が98%に少しでも満たない場合には特許発明の目的を達成することが不可能であると認めるほどの記載もない。
  2. 「蒸着機構で回収された有機発光材料」が発明の詳細な説明によって裏付けられないという主張について
    1. 請求の範囲に「記載された」事項に対応する事項が、発明の詳細な説明に記載されているか否か
      特許発明の精製方法において、酸性活性炭による吸着精製、結晶化、昇華精製工程を通じて除去される対象は、有機発光材料自体でなく、有機発光層の真空蒸着過程の中で発生する不純物であって、その種類は多様で構成比も一定ではなく、非選択的であることから、吸着工程において吸着力が強い酸性活性炭を用いて不純物の種類に関係なく吸着除去するものである。したがって、特許発明における発明の詳細な説明において実施例1~9として記載された蒸着機構で回収された9種類の有機発光材料は、有機発光層の形成に必要な多様な物質である正孔輸送層物質(HT211)、青色有機発光材料(ABH113)、赤色発光層主物質(GRH3X)、赤色発光層補助物質(HTX51)、青色発光層主物質(GBHX6)および燐光緑色発光層主物質(UDX)、電子輸送層物質(ET2X4)、ドーパント物質(NDP9およびRD20X)等と共にその真空蒸着工程の中で発生した多様な不純物を含んでいるものである。このような不純物は共通した化学的特徴があるとは認めることができないにもかかわらず、特許発明の発明の詳細な説明には酸性活性炭を用いた吸着精製工程等を用いて、構成比が一定ではなく非選択的な多様な不純物を除去することによって、純度99.95%以上の有機発光材料を提供する分離精製方法が記載されているといえる。
    2. 請求の範囲に記載された「回収された有機発光材料」と、発明の詳細な説明に記載された「9つの製品コード」との対比は不可能であるか
      特許発明は「有機発光表示装置の製造工程において、有機発光層の真空蒸着工程以後、蒸着機構で回収された有機発光材料」の精製方法に関するものであって、有機発光表示装置の製造業者は有機発光材料の製造者や需要者であり、回収された有機発光材料の製造者といえる。このため、上記製造業者によって表記され管理される各製品コードこそ、蒸着機構で回収された各有機発光材料を特定するのに最も有効かつ適切な手段といえるのであって、上記各回収された有機発光材料の構成成分や化学構造が把握できてこそ、それが蒸着機構で回収された有機発光材料であるか否かが分かるわけではない。したがって、通常の技術者であれば、このように蒸着機構で回収された有機発光材料に対してそのメーカーが特定、表記する製品コードに関する情報だけで、特許発明の請求の範囲に記載された「蒸着機構で回収された有機発光材料」に該当するか否かが認識できると判断するのが相当である。
    3. 純度99.5%以上に分離精製することが不可能な有機発光材料について発明の詳細な説明に記載されていないという主張に対する判断
      特許発明の請求の範囲に機能、効果、性質等によって発明を特定する記載が含まれている場合には、特許請求の範囲に記載された事項によってそのような機能、効果、性質等を有する全ての発明を意味すると解釈することが原則である(大法院2009. 7. 23. 言渡2007フ4977判決、大法院2020. 8. 27. 言渡2017フ2864判決等参照)。これによると訂正発明の権利範囲は、酸性活性炭を用いた吸着精製、結晶化、昇華精製工程を順次行って純度99.95%以上の有機発光材料を分離精製する方法であって、分離精製された有機発光材料の純度が99.95%以上を達成できない方法は訂正発明に含まれない。したがって、被告らの主張のように、上記精製方法によって純度99.95%以上に分離精製することが不可能な有機発光材料が、訂正発明の「蒸着機構で回収された有機発光材料」に該当するとは、認めることができない。

以上により、特許法院は特許発明がサポート要件に違反しないとし、その他被告らの権利濫用の抗弁および自由実施技術の抗弁も排斥して、被告らの特許権侵害を一部認めた。

専門家からのアドバイス

本判決では、原告が提起した特許権侵害訴訟において、被告の無効抗弁のうちの1つとして特許発明(訂正発明)がサポート要件に違反するかが判断された。特許発明は、有機発光表示装置の製造工程の中で回収された有機発光材料に対して、複数の工程を通じて不純物を除去し、99.95%以上の純度の有機発光材料に精製する分離精製方法に関するものであった。
この発明に対して被告は、複数の観点からサポート要件違反を主張した。特に、特許明細書の実施例には「予備精製」が実施された精製方法のみが記載されているが、特許発明には「予備精製」が構成として限定されていない点を被告は指摘し、その他にも、発明の詳細な説明には製品コードのみによって有機発光材料を特定しているが、その構成成分や化学構造が把握できる記載がないことから、請求の範囲に記載された「回収された有機発光材料」と対比が不可能である等の理由により、特許発明は発明の詳細な説明によって裏付けられない旨を主張した。
これに対して特許法院は、通常の技術者(当業者)の立場から、請求の範囲に記載された発明に対応する事項が発明の詳細な説明に記載されているかを判断すべきであるとした上で、発明の詳細な説明の記載からは「予備精製」が必須構成であるとは認められないこと、また、各有機発光材料を特定するのに製品コードが最も有効かつ適切な手段であって、これを請求の範囲に記載された「回収された有機発光材料」と対比させることは可能であると判断した。
サポート要件に関する判断は、通常の技術者の立場からの判断であるため、本判決は上記のほかにもいくつかの技術的な争点を含んでいる。本判決は、サポート要件に関する特許法院の判断事例として、実務上、参考にすることができる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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