知財判例データベース 請求の範囲に記載された「曲率の一致」は、微細な誤差もない完全な一致を意味するものではないとして特許侵害であると判断した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、上告人(特許権者) vs 被告、被上告人(侵害被疑者)
事件番号
2022ダ223358特許侵害差止(特)
言い渡し日
2022年10月14日
事件の経過
破棄差戻し

概要

請求の範囲に記載された「曲率の一致」について、原審は被告製品が当該構成を備えていないと判断したものの、大法院は「曲率の一致」は微細な誤差もない完全な一致を意味するものでなく、当該製品が正常な機能を発揮できる程度に実質的に一致する状態を意味すると解釈し、特許侵害を認定した。

事実関係

原告の特許発明は、2つのパイプ要素(16、18)を連結するように結合するパイプカップリング(10)に関するものである。侵害判断の争点は、被告製品が、対象特許の請求項における「上記カップリングセグメントは、上記周方向グルーブ内において上記パイプ要素の外部面に上記アーチ型表面の曲率を一致させるために上記連結部材が締め付けられるとき変形される(以下「構成要素8」)」という構成を備えるか否かであった。
対象特許のパイプカップリング(10)は、2つのカップリングセグメント(12、14)が、ラグ(24)、ボルト(28)及びナット(30)からなる連結部材によりパイプ要素(16、18)を取り囲みつつ結合する。従来は、パイプ要素の外部面と、これを取り囲むカップリングセグメントの内部アーチ型表面(32、34)とが同一の曲率半径を有し、組立時に個別部品を完全に分解して再度組み立てる過程を経ていたのであるが、対象特許によれば、カップリングセグメントの内部アーチ型表面(32、34)をパイプ要素の外部面より曲率半径が大きくなるようにし、組立後にアーチ型表面の曲率半径とパイプ要素の外部面の曲率半径を実質的に合致させるため連結部材により締め付ける構成を採用した。

<締め付け前> <締め付け前>
締め付け前の上・下のカップリングセグメントのラグは水平状態ではない。 締め付け前の上・下のカップリングセグメントのラグは水平状態ではない。
<締め付け後> <締め付け後>
締め付け後に水平状態に締め付けられるものとして図示されている。 締め付け後に水平状態に締め付けられるものとして図示されている。

対象特許の図面によると、締め付け前の上・下のカップリングセグメントのラグ(24、26)は水平状態ではないが、締め付け後に水平状態に締め付けられるものとして図示されている。

これに対し、被告製品は、カップリングセグメントのラグが締め付け前にも水平状態に形成され、締め付け後には下記図面のように変形される(原審判決文に記載された被告の主張)。

カップリングセグメントのラグが締め付け前にも水平状態に形成され、締め付け後には下記図面のように変形される(原審判決文に記載された被告の主張)。

被告は、被告製品においてはアーチ型表面の曲率がパイプ外部面の曲率と「一致」する程度に変形が起こらないため、非侵害であると主張した。これに対して原告は、請求項の「曲率を一致させるために」とは、曲率を一致させる方向にカップリングセグメントの変形がなされる構成を請求するものであって、必ず曲率が「一致」しなければならないということを意味するものではないため、侵害に該当すると主張した。

原審判決(侵害否定)

特許発明の構成要素8は、パイプ要素の外部面にアーチ型表面の曲率を一致させるために連結部材が締め付けられるとき変形される。これに対し、被告製品の対応構成要素は、連結部材が締め付けられるとき変形されるのか、また、変形されるのならば、パイプ要素の外部面の曲率に一致する程度まで変形されるのかについて争いがある。
本件特許明細書の記載を見ると、本件特許発明のセグメントにはラグが相対角度を有して配向しており、ボルトのヘッド及びナットが締め付けられることによってパイプのグルーブがセグメント変形の挺子の役割をし、完全に締め付けられたときに初めてラグがボルトのヘッド及びナットと実質的に扁平接触状態に置かれるようになる構造に設計されている。ナットの締め付けでセグメントにかかる力が、ラグに垂直な方向だけでなく、パイプを取り囲むようにされる方向にまで同時にかかるようになるため、結局、セグメントが完全に締め付けられるときにパイプの曲率半径と同一になる。これは、アーチ型表面とパイプ要素の外部面の曲率半径を実質的に同一にして、パイプとパイプの連結部位での流体の漏れを防止するためのものと理解することができる。一方、これとは異なって、セグメントの変形によりアーチ型表面の曲率がパイプ要素の外部面の曲率と一致する結果にまで至らないままで、曲率が一致する方向に僅かな変形のみ生じる場合は全く開示していない。

本文参照

被告製品は、第1審の鑑定結果の下記写真のように、ナット締結前の上部及び下部セグメントのラグは既に平行に当接した状態であり、上部及び下部のセグメントのアーチ型表面はパイプの12時及び6時方向においてパイプ要素の外部面に合致(パイプの曲率半径と同一)する一方、3時及び9時方向においてはパイプの外部面に合致していない状態である。

本文参照

これは本件特許発明の明細書の段落番号[0040]、[0052]の説明及び図2、3のように、相対角度に配向したアーチ型セグメントのラグが締め付けられることによりセグメントが変形されて相対角度が減少し、パイプ要素の外部面の曲率半径より大きい曲率半径を有するカップリングセグメントをパイプ要素と接触するようにしてアーチ型表面の曲率半径が実質的にパイプ要素の曲率半径と合致するようにセグメントが変形されることと差異がある(非侵害)。

原告はこれを不服とし、上告を提起した。

判決内容

発明の名称を「変形可能な機械的パイプカップリング」とする本件特許発明の請求の範囲の請求項1(以下「本件請求項1の発明」と言う)は、パイプカップリングセグメントと一対のパイプ要素からなる組合せ体に関する発明である。

被告製品は、パイプカップリングセグメントに関するもので、「パイプ要素」を除いて本件請求項1の発明の構成要素1~7、9~12をそのまま含んでいる。

本件請求項1の発明の構成要素8は、「カップリングセグメントが周方向のグルーブ内においてパイプ要素の外部面にアーチ型表面の曲率を一致させるために連結部材が締め付けられるとき変形されること」であり、請求の範囲の文言に記されている一般的な意味と内容に基づいて発明の説明と図面を参酌して詳察すると、構成要素8の「曲率を一致させるために」の部分は、単に曲率変形に関連した主観的な目的を記載したものではなく、連結部材が締め付けられるときにカップリングセグメントのアーチ型表面の曲率が周方向のグルーブ内においてパイプの外部面の曲率と一致する程度まで変形され得る点を限定したものと解釈することが妥当である。ただし、このとき、「曲率の一致」は、微細な誤差もない完全な曲率の一致を意味するものでなく、漏水防止のようなパイプカップリングとしての正常な機能を発揮できる程度にセグメントのアーチ型表面とグルーブ内においてパイプの外部面が実質的に合致した状態を意味するものと解釈される。

第1審の鑑定結果によると、鑑定目的物として使用した被告製品は、連結部材の締め付けによってアーチ型表面が曲げ変形されてアーチ型表面とグルーブ内におけるパイプ外部面(エンドキャップ)との間の間隙が減り、最終的にはアーチ型表面がグルーブ内におけるパイプ外部面(エンドキャップ)に密着するようになることが分かる。また、被告製品は、連結部材の締め付けによって漏水防止のようなパイプカップリングの正常な機能を発揮するのに十分な程度にアーチ型表面とパイプ要素が結合すると言える。このような点に鑑みると、被告製品は、連結部材が締め付けられるときにアーチ型表面の曲率が漏水防止のようなパイプカップリングとしての正常な機能を発揮できる程度にグルーブ内においてパイプの外部面と実質的に合致する程度まで変形されると言うのに十分であるため、構成要素8を含んでいると言うことができる。

それにもかかわらず原審は、その判示のような事情のみを理由として被告製品について構成要素8を備えていないと判断した。このような原審の判断には、被告製品の構造及び変形程度に関連して必要な審理を尽くさず、文言侵害に関する法理を誤解する等により判決に影響を及ぼした誤りがある。

専門家からのアドバイス

本件は、請求の範囲の文言解釈に関するものであるが特に新たな法理を提示したものではなく、請求の範囲の文言を解釈する従来の法理、すなわち文言の一般的な意味と内容に基づいた上で発明の説明と図面を参酌して解釈するという法理を、法院が実際の事案にいかに適用するかを示した事案であると言える。
具体的には、本件において請求の範囲の「曲率を一致させるために」という文言について、原審である特許法院は、対象特許の発明の説明と図面に基づき、締め付け前のカップリングセグメントは上・下ラグが水平状態ではなく、締め付けにより水平状態に締め付けられる構成を意味するものと解釈し、そうした構成ではない被告製品は非侵害であると判断した。これに対し大法院は、その判示内容から分かるように、原審のような図面の特定の図示内容にまで請求の範囲の文言を狭く解釈しなかった。
すなわち大法院は、その判示内容において明示的に言及してはいないものの、請求の範囲を解釈するにおいては発明の説明と図面を参酌するとしても、その内容のみに制限解釈をしてはならないという法理を適用したものと考えられる。ただし実務的には、請求の範囲の解釈において発明の説明と図面を参酌して解釈することと、制限解釈することとは両者の区別が容易でない場合も多いことから、韓国での特許紛争にあたっては紛争前の検討段階から経験豊富な専門家のサポートを受けることが望ましいと言えるだろう。

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