知財判例データベース 対象患者群および用量・用法を特徴とする出願発明の進歩性が認められた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A社 vs 被告 特許庁長
事件番号
2020ホ6187拒絶決定(特)
言い渡し日
2022年02月16日
事件の経過
確定

概要

出願発明は、特定抗体による治療時において神経系副作用の発生に患者の「B:T細胞比」が関連することを発見し、「B:T細胞比」が特定数値以下である高危険対象患者群に特定の段階的投与用法・用量を提供することを特徴としたものである。特許法院は、上記「B:T細胞比」を基準とした対象患者群の構成は、出願発明の優先権主張日当時の技術水準や公知技術等に鑑みて通常の技術者が予測できない異質的な効果を奏するものであり、上記対象患者群に対する特定の投与用法・用量の構成も先行発明1、2から容易に導き出されると言えないことを理由として出願発明の進歩性は先行発明から否定されないと判断した。

事実関係

原告は、発明の名称を「CD19xCD3二重特異的抗体を投与する投薬用法」とする発明を出願したが、特許審判院から出願発明が先行発明1、2の組合せにより進歩性が否定されるとの拒絶決定不服棄却審決を受け、特許法院に審決取消訴訟を提起した。

進歩性が否定された出願発明の請求項2は、次のとおりである。

請求項2

(a)第1用量のCD19xCD3二重特異的抗体を第1期間の間投与する段階として、上記第1用量は5~15㎍/m2/dであり、上記第1期間は7日である段階、および、続いて、
(b)第2用量の上記抗体を第2期間の間投与する段階として、上記第2用量は15~60㎍/m2/dである段階を含み、
ここで上記第2用量は上記第1用量を超え、第2期間は第1期間を超える(以下「投与用法・用量」の構成)、
CD19xCD3二重特異的抗体を、悪性CD19-陽性リンパ球を治療するためにB:T細胞比が1:5またはそれ以下であるヒトの患者に投与することによって (以下「対象患者群」の構成)、
媒介された逆効果を緩和または予防する方法に使用するための、CD19xCD3二重特異的抗体を含む薬剤学的組成物であって、
上記逆効果は、精神錯乱、運動失調、方向感覚喪失、不全失語症、失語症、言語障害、小脳症候群、振戦、運動不能、発作、大発作けいれん、麻痺および均衡障害から成る群から選択される1つ以上であることを特徴とし(以下「医薬用途」の構成)、
上記CD19xCD3二重特異的抗体はMT103である、薬剤学的組成物。

審決において進歩性否定の根拠となった先行発明1は「腫瘍性疾患の治療のための手段および方法」に関する特許文献であり、先行発明2は題名を「T細胞関与抗体(Tcell-engaging antibody)の微量投与による癌患者における腫瘍緩和(regression)」とする学術論文である。

特許法院において、出願発明の進歩性に関する原告と被告の主張は次のとおりであった。

構成 原告の主張 被告の主張
医薬用途の構成 出願発明の優先権主張日当時、通常の技術者は、CD19xCD3二重特異的抗体投与時に引き起こされることがある2つの逆効果、すなわちサイトカイン放出症候群(CRS)と神経逆効果が互いに区別される異なるものであることを明確に知っていたため、先行発明1および2を結合するとしても「神経逆効果の緩和または予防」との出願発明の医薬用途にまで至ることはできない。 先行発明1には二重特異的CD19xCD3抗体の投与用法・用量を適宜調節すればCRS反応を下げることができるとの記載があり、先行発明2にはCD19xCD3二重特異的抗体である「MT103」の投与時に現れる逆効果反応により方向感覚喪失等の神経逆効果反応が観察されるとの記載があるため、MT103の投与用法・用量を調節して治療時に現れる、CRS等の注入関連副作用に該当する精神錯乱等の逆効果を緩和または予防する用途を導き出すのに特に困難がない。
対象患者群の構成 出願発明は治療開始前の患者のB:T細胞比が、CD19xCD3二重特異的抗体投与時に神経逆効果の潜在的危険が高い患者群(1:5以下のB:T細胞比)とそうでない患者群(1:5超のB:T細胞比)を区別させる指標であることを究明し、これを治療対象患者群として特定したものであり、これは先行発明1、2のどこにも記載も暗示もされていないため、容易に導き出すことができない。 先行発明1および2には対象患者群に関する直接的な記載はないものの、従来の周知慣用技術から正常人のB:T細胞比が約1:3~1:7である点を斟酌することができ、先行発明2には非ホジキンB細胞リンパ腫患者へのMT103処理時にCD8およびCD4陽性効果記憶T細胞集団の増殖が示されるとの記載があるため、当該患者の大部分においてB:T細胞比が1:5以下であることを十分に斟酌することができる。
投与用法・用量の構成 出願発明の投与用法は、第1期間が「7日」であることを特徴とするが、7日間の低用量のMT103投与は1:5以下のB:T細胞比を有する患者を治療に適応させ、その後高用量を投与したときに神経逆効果がなく、かつ目的とする薬理効果が達成されるようにする重要な構成要素であり、先行発明1および2には記載がないため、このような投与用法は、先行発明1および2から容易に導き出されない。 先行発明1は初期用量と維持用量を使用する段階的投与用法について提案、説明しているだけでなく、薬物の投与用法・用量の選択は医薬開発過程において薬効の向上や逆効果の減少等の技術的課題を解決するために通常行われる過程であることを考慮してみると、先行発明1、2の単純な組合せから出願発明の投与用法・用量を採択するのに特に困難がない。

判決内容

特許法院は、まず関連法理として下記を提示した。

「医薬開発過程においては、薬効増大および効率的な投与方法等の技術的課題を解決するために適切な投与用法と投与用量を見出そうとする努力が通常的に行われているため、特定の投与用法と投与用量に関する用途発明の進歩性が否定されないためには、出願当時の技術水準や公知技術等に鑑みて通常の技術者が予測できない顕著なものであるか、または異質的な効果が認められなければならない(大法院2017年8月29日言渡2014フ2702判決参照)。ここで投与周期等を含んだ投与用法および投与用量と同様に、対象患者群の特定も対象疾病の治療と共に医薬がその効能を完全に示すようにする要素として意義を有していると言える。なぜならば、医薬が有する未知の属性の発見に基づいて、既存の治療剤により治療が難しかったかまたは治療を企図しなかった患者に治療効果を奏する新たな用途を提供することに該当し得るためである。したがって、医薬という物の発明において対象疾病または薬効と共に対象患者群を付加する場合、このような対象患者群は医薬という物に新たな意味を付与する構成要素になり得、対象患者群を特定する発明は対象疾病または薬効に関する医薬用途発明と本質が異ならない(特許法院2017年2月17日言渡2016ホ5026判決参照)」

続いて、特許法院は下記の点を挙げ、医薬用途に関する構成は先行発明1、2から容易に導き出されるものの、対象患者群および投与用法・用量に関する構成が先行発明1、2から容易に発明できないため、進歩性が否定されないと判断した。

医薬用途の構成は先行発明1および2から容易に導き出される。

先行発明1からCD19xCD3二重特異的抗体の投与によるCRS等の副作用を軽減させるための投与方法が提案されていることを把握した状況において、先行発明2のMT103の投与量増加による副作用として方向感覚喪失等の中枢神経系の症状が観察されたとの内容に追加で接した通常の技術者であれば、CD19xCD3二重特異的抗体を一定用量以上投与するならば、CRSと併せて方向感覚喪失、精神錯乱等のCNSの症状が副作用として現れる問題があることを直ちに認識できる。

出願発明の優先権主張日当時、CD19xCD3二重特異的抗体の投与時に現れる副作用であるCRSと神経反応の発生メカニズムのそれぞれが完全に明らかになっており、これらメカニズムが相互関連性のない別個のメカニズムであると断定する根拠を見出すことができないため、通常の技術者はCRSと神経反応を互いに区別される別個の副作用と認識するものの、完全に関連がない2種類の異常反応とは断定しないはずであり、過度な免疫活性化による重複する毒性と認識するものと認められる。したがって、通常の技術者であれば、CD19xCD3二重特異的抗体の副作用を減らす投与方法として先行発明1に提示されている投与方法を適用して、副作用であるCRSと神経反応を軽減させようとする技術的動機が十分あるため、医薬用途の構成は先行発明から容易に導き出される。

「B:T細胞比」を基準とした対象患者群は予測できない異質的な効果である。

出願明細書によると、悪性CD19-陽性リンパ球患者をCD19xCD3二重特異的抗体により治療するために多様な臨床試験が進められ、それから得た資料の統計的分析を通じて、患者の末梢血において測定された「B:T細胞比」が、CD19xCD3二重特異的抗体による治療時に現れる種々の副作用の中で、神経反応等の特定の副作用の後続発生と相互関連性がある唯一の予想因子であることを初めて発見、確認したことが把握できる。

出願発明の1:5以下というB:T細胞比は、悪性CD19-陽性リンパ球患者において30%程度を占める相対的に低い数字ではあるものの、神経反応の副作用発生の危険が高く、治療過程において選択的かつ集中的な管理が必要な特定患者群を、そうでない患者群と対比して安全に合理的に区分した技術的意味もあると把握される。出願発明の対象疾患の特性上、至急な治療を要するのが一般的であることを考慮すると、低危険患者群にあえて時間と費用を投じて出願発明のような段階的投与用法を使用する必要はなく、したがって、高危険患者群にのみ安全に投与できる投与用法を提供する点において、高危険患者群と低危険患者群とを区分することは意味があると言うことができる。

先行発明1および2には、患者を治療するとき、対象患者に抗体を投与した後に患者のB細胞数とT細胞数がそれぞれ変わる様相を観察した内容程度の記載がされているのみで、治療する前に対象患者の「B:T細胞比」を考慮すること、さらに「B:T細胞比」を副作用発生の危険に関連して考慮することについてはいかなる記載も暗示も見出せない。

出願発明の優先権主張日当時を基準とするとき、二重抗体医薬品分野はその技術発展の初期段階にあったと言えるのみであって、「B:T細胞比」が抗体治療分野全般において、ある副作用の逆効果発生の危険を予想できる因子である点が知られていたと言うに値する事情も見出せない。

二重抗体医薬品分野の上記のような事情と技術水準とを総合的に考慮してみると、通常の技術者が出願発明の薬剤学的組成物の適切な投与用法と投与用量を見出そうとする通常の努力の過程において、治療対象として「B:T細胞比」を考慮することは容易ではないと言え、さらにその細胞比が1:5以下である患者を容易に探し出すことができるとも言えない。すなわち、出願発明の「B:T細胞比」を基準とした対象患者群は、出願発明の優先権主張日当時の技術水準や公知技術等に鑑みて通常の技術者が予測できない異質的な効果を奏すると言うべきである。

正常人のB:T細胞比が1:3~1:7程度である点から対象患者群の構成が類推されるとの被告の主張は、出願発明が正常人を対象とするものでなく、悪性CD19-陽性リンパ球患者を治療対象としていることに鑑みるとき、正常人と出願発明の患者のB:T細胞比は技術的に関連がないため、受け入れられない。

投与用法・用量の構成は先行発明1、2から容易に導き出されない。

投与用法・用量の構成は、B:T細胞比が1:5以下である患者、すなわちCD19xCD3二重特異的抗体の投与時に神経反応の副作用が発生する危険が高い高危険患者群を選択的対象とする投与用法・用量である。投与用法・用量の構成を適用する前提となる対象患者群自体が先行発明1、2から容易に導き出されない以上、投与用法・用量の構成も先行発明1、2から容易に導き出されると言うことはできない。

専門家からのアドバイス

過去に2015年の大法院判決(2014フ768、ジェトロ判例データベースに収録済み)により、医薬用途発明において投与用法と投与用量が新規性および進歩性の判断の構成要素として認められ、その後、対象患者群を特定する発明についても特許性が判例や実務により認められるようになった。しかし、実際に先行発明に対し投与用法・用量や対象患者群の構成にのみ相違点がある発明について、進歩性が認められて登録された例は多くないのが実情である。
本件では、特定薬物による治療時に副作用発生の危険が高い高危険対象患者群を分類する構成(すなわち「B:T細胞比」)が当該治療分野全般において知られておらず、通常の技術者が適切な投与用法と投与用量を見出そうとする通常の努力の過程において導き出すことができず、予測できない異質的な効果があると判断されることによって、当該高危険対象患者群とこれら患者群に対する特定の投与用法・用量を特徴とする医薬用途発明の進歩性が認められた。したがって、本件は、投与用法・用量や対象患者群の構成を特徴とする医薬用途発明の進歩性の判断に参考になる事例といえよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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