知財判例データベース 結晶形発明の進歩性の判断において構成の困難性が考慮されるべきであるとした大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告 A社等 vs 被告 特許庁長
事件番号
2018フ10923拒絶決定(特)
言い渡し日
2022年03月31日
事件の経過
原審判決破棄差戻し

概要

医薬化合物の製剤設計のためにその化合物が多様な結晶形態、すなわち結晶多形(polymorph)を有するか等を検討する多形体スクリーニング(polymorph screening)は、通常行われることである。本大法院判決は、結晶形発明の進歩性を判断するときにはこうした特殊性を考慮する必要があるとしながらも、多形体スクリーニングが通常行われる実験であるということと、このことを通じて結晶形発明の特定の結晶形に容易に到達することができるかは別個の問題であるため、それだけをもって結晶形発明の構成の困難性が否定されると断定することはできないと判示した。さらに本件では、被告(特許庁長)が提出した資料だけでは当業者が先行発明によって本件請求項1の発明を容易に発明できると断定することは難しいとし、特許法院の判決を破棄して差し戻した。

事実関係

原告は「マクロライド固体状形態」を発明の名称とする発明を出願したが、特許審判院から出願発明の進歩性が否定されるという拒絶決定不服棄却審決を受けて、特許法院に審決取消訴訟を提起した。

出願発明の請求項1は、次のとおりである。
[請求項1]
以下の特徴を有する結晶質20,23-ジピペリジニル-5-O-マイカミノシル-タイロノライド形態:5.0、9.0および10.5゜2θのピークを含む粉末X線回折スペクトル。

上記出願発明の進歩性の判断に先立って特許法院は、下記の関連法理を提示した。
「同一の化合物が複数の結晶形態を有することがあり、その結晶形態に応じて溶解度、安定性等の薬剤学的特性が異なり得ることは、医薬化合物の技術分野で広く知られており、医薬化合物の製剤設計のためにその結晶多形の存在を検討することは通常行われることである。したがって、医薬化合物の分野で先行発明により公知となった化合物と結晶形態のみを異にする特定の結晶形の化合物を特許請求の範囲とする、いわゆる結晶形発明は、特別な事情がない限り、先行発明に公知となった化合物が有する効果と質的に異なる効果を有しているか、または質的な差がなくても量的に顕著な差がある場合に限ってその進歩性が否定されない。このとき、結晶形発明の詳細な説明には先行発明との比較実験資料までは求められないとしても上記のような効果があることが明確に記載されていてこそ進歩性の判断に考慮することでき、もしその効果が疑わしい場合には出願日以後に出願人または特許権者が信頼できる比較実験資料を提出する等の方法によってその効果を具体的に証明しなければならない(大法院2011年7月4日言渡2010フ2865判決等参照)。」

続いて特許法院は、出願発明と先行発明がタイロシン化合物であるという点で共通するが、先行発明にはタイロシン固体化合物が結晶形であるか否かが明示的に示されていないのに対し、出願発明はタイロシン結晶多形体のうちX線回折分析法による回折パターンで示される回折角が5.0、9.0および10.5゜である第Ⅰ型結晶形を特定している点で差があるため、出願発明が結晶形発明に該当すると判断した。

特許法院は、下記の理由を挙げて出願発明である結晶形発明の進歩性を否定した。

  1. 当業者であれば、先行発明に開示されたタイロシンが多様な結晶形として存在する可能性を十分に認識し、既に広く知られている結晶化方法を用いてタイロシンの全ての結晶多形体を検討することによって熱力学的に最も安定した結晶形を得ようと試みることが自明であるといえるので、出願発明のタイロシン第Ⅰ型結晶形も上記のように同技術分野において通常行われる範囲内の剤形化過程を経て最も安定した結晶形を見つけたものに過ぎないと判断するのが妥当である。先行発明に開示されたタイロシンの結晶形の存在可能性を認識できなかったという特別な事情がない以上、当業者が先行発明から出願発明のタイロシン第Ⅰ型結晶形を導き出すことは目的の特異性や構成の困難性があるとはいい難い。
  2. 出願発明の明細書に記載されたタイロシン第Ⅰ型結晶形の優れた物理的安定性は、出願発明の優先日当時、医薬開発のために活性成分の適切な形態を選択するにおいて熱力学的に最も安定した多形体を選択しなければならないという点がこの技術分野で広く知られている技術常識に該当するので、当業者が予測できない異質的な効果とはいい難く、また、明細書にはタイロシン第Ⅰ型結晶形が他の結晶形に比べて融点が高く溶融エンタルピーが大きいと記載されており、タイロシン第Ⅰ型結晶形が他の結晶形に比べて熱力学的に最も安定した形態である事実を認めることができるが、そのような事実だけではタイロシン第Ⅰ型結晶形が有する高い物理的安定性が他の結晶形に比べて量的に顕著な水準に至るものと認めるには不十分である。
  3. 通常、熱力学的に最も安定した結晶形が、水分吸収性が低いという点も広く知られていた事実であると認めることができるので、タイロシンの第Ⅰ型結晶形が他の結晶形に比べて水分吸収性が低いということは当業者が予測できない異質的な効果であるとはいえず、発明の明細書によると、第Ⅰ型は約1%、第Ⅱ型は約2%、第Ⅲ型は約6%の変化率を示した事実を認めることができるので、質量変化率が最も低い第Ⅰ型結晶形は、水分吸収性が最も低いという点が分かるところ、そのような事実だけではタイロシン第Ⅰ型結晶形が有する低い水分吸収性が他の結晶形に比べて量的に顕著な水準に至るものと認めるには不十分である。

原告は、特許法院の判決を不服として大法院に上告した。

判決内容

大法院は、まず関連法理として下記を提示した。
『医薬化合物の製剤設計のためにその化合物が多様な結晶形態すなわち結晶多形(polymorph)を有するか等を検討する多形体スクリーニング(polymorph screening)は、通常行われることである。医薬化合物の分野で先行発明により公知となった化合物と化学構造は同一であるが、結晶形態が異なる特定の結晶形の化合物を特許請求の範囲とする、いわゆる結晶形発明の進歩性を判断するときにはこのような特殊性を考慮する必要がある。しかし、それだけで結晶形発明の構成の困難性が否定されると断定することはできない。多形体スクリーニングが通常行われる実験であるということと、これを通じて結晶形発明の特定の結晶形に容易に到達できるかは別個の問題であるためである。一方、結晶形発明のように医薬化合物分野に属する発明は構成だけで効果の予測が容易ではないので、構成の困難性を判断するときに発明の効果を参酌する必要があり、発明の効果が先行発明に比べて顕著であれば構成の困難性を推論する有力な資料になり得る(大法院2011年7月14日言渡2010フ2865判決等で、特別な事情がない限り効果の顕著性をもって結晶形発明の進歩性を判断したことも、結晶形発明の上記のような特性により構成が困難であるか不明瞭な事案において効果の顕著性を中心に進歩性を判断したものと理解することができる)。

結晶形発明の構成の困難性を判断するときには、結晶形発明の技術的意義と特有の効果、その発明で請求した特定の結晶形の構造と製造方法、先行発明の内容と特徴、当業者の技術水準と出願当時の通常の多形体スクリーニング方式等を記録に示された資料に基づいて把握した後、先行発明の化合物の結晶多形性が知られているまたは予想されるか、結晶形発明で請求する特定の結晶形に想到できるという教示や暗示、動機等が先行発明や先行技術文献に示されているか、結晶形発明の特定の結晶形が先行発明の化合物に対する通常の多形体スクリーニングを通じて検討され得る結晶多形の範囲に含まれるか、その特定の結晶形が予測できない有利な効果を奏するか等を総合的に考慮して、当業者が先行発明から結晶形発明の構成を容易に導き出すことができるかを詳察しなければならない。

結晶形発明の効果が先行発明の化合物の効果と質的に異なるか量的に顕著な差がある場合には、進歩性が否定されない(大法院2011年7月14日言渡2010フ2865判決等参照)。結晶形発明の効果の顕著性は、その発明の明細書に記載されて当業者が認識または推論できる効果を中心に判断しなければならず、もしその効果が疑わしいときにはその記載内容の範囲を超えない限度で出願日以後に追加の実験資料を提出する等の方法によりその効果を具体的に主張・証明することが許容される(大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決等参照)』

続いて大法院は、原審の判断には発明の進歩性の判断に関する法理を誤解して審理不尽により判決に影響を及ぼした誤りがあると判断した。大法院の具体的な判断は次のとおりである。

  1. 出願発明の明細書によると、出願発明はタイロシンの他の固体状形態よりも大気温度で高い安定性を保有して有益な熱力学性を示し、水分吸収性(吸湿性)が低く示されるタイロシン第Ⅰ型結晶形を提供することに技術的意義がある。出願発明の明細書と出願日以後に提出された実験資料によると、タイロシンの結晶形態(溶媒和物を除く)として第Ⅰ~Ⅳ型が導き出され、そのうち出願発明である第Ⅰ型結晶形は、タイロシンの無定形または第Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ型結晶形に比べて熱力学的に安定し、第Ⅱ、Ⅲ型結晶形より吸湿性が低いことが分かる。
  2. 先行発明はタイロシンの淡黄色固体化合物を開示しているが、その形態が結晶形(crystal form)であるか無定形(amorphous form)であるかについては明らかにしておらず、出願発明の出願当時にタイロシンが多様な結晶形態(結晶多形性)を有するという点等が知られていたと見られるような資料もない。先行発明に開示されたタイロシンの淡黄色固体化合物と出願発明が請求する第Ⅰ型結晶形は、それぞれの形態を導き出すための出発物質はもちろん、溶媒、温度、時間等の具体的な結晶化工程の変数が相違するところ、被告が提出した出願当時の通常の多形体スクリーニング方式に関する資料だけでは、当業者が結晶化工程の変数を適宜調節したり通常の多形体スクリーニングを通じて先行発明から上記のような特性を有する第Ⅰ型結晶形を容易に導き出すことができるかが明確でない。
  3. 出願発明の明細書には、タイロシン第Ⅰ~Ⅳ型結晶形の熱力学的安定性、吸湿性等に関する具体的な実験結果が記載されている。そのうち熱力学的安定性に関する実験結果によると、出願発明である第Ⅰ型結晶形は約192~195℃の融点と約57J/gの溶融エンタルピーを有しており、約113~119℃の融点と約15J/gの溶融エンタルピーを有する第Ⅱ型結晶形に比べて量的に優れた熱力学的安定性を保有していることが分かる。さらに吸湿性に関する実験結果によると、出願発明である第Ⅰ型結晶形は相対湿度に対する重さの変化の程度が約1%に過ぎず、第Ⅱ型結晶形(約2%)と第Ⅲ型結晶形(約6%)より低い吸湿性を示すことが分かる。ところで、先行発明には、第Ⅱ型結晶形水準の熱力学的安定性を保有するか第Ⅱ、Ⅲ型結晶形水準の吸湿性を示すようなタイロシンの結晶形さえ公知となっていないという点を考慮すると、被告が提出した資料だけでは、上記のような程度で第Ⅱ型結晶形に比べて優れた熱力学的安定性を有し、第Ⅱ、Ⅲ型結晶形に比べて低い吸湿性を示す第Ⅰ型結晶形の効果を、先行発明から予測できる程度であると断定することは難しいといえる。
  4. 結局、出願発明の明細書に開示された発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、被告が提出した資料だけでは、当業者が先行発明によって出願発明を容易に発明できると断定することは難しい。

専門家からのアドバイス

結晶形発明の進歩性判断に関連し、これまでの大法院の判例の態度は、一般に「医薬化合物の製剤設計過程において結晶多形のスクリーニングが通常行われるので、特別な事情がない限り構成の困難性は考慮せず、効果の顕著性が認められる場合にのみ、進歩性が肯定される」ものと理解されてきた。これは選択発明の進歩性判断についても同様であったのだが、大法院は2021年4月8日言渡2019フ10609判決を通じて、選択発明の場合にも構成の困難性が考慮されなければならない旨を明示的に判示している。今回の大法院判決は、結晶形発明においても構成の困難性が考慮されなければならないものとして、上記選択発明に対する大法院判決と軌を一にしたものといえる。
本件で大法院は、結晶形発明において先行発明の化合物の結晶多形性が知られているまたは予想されるものであるか、特定の結晶形に想到できるという教示や暗示、動機等が先行発明や先行技術文献に示されているか等を具体的に検討し、結晶形発明の構成の困難性を判断しなければならないと明示的に判示している。
これに基づいて本件では、出願発明の化合物が結晶多形を有するということは知られておらず、通常の多形体スクリーニングを通じて先行発明から出願発明の結晶形を容易に導き出されるかが不明瞭で、効果についても被告(特許庁長)が提出した資料だけで出願発明の第Ⅰ型結晶形の効果を先行発明から予測できる程度であるとは断定できないものとして、原審判決を破棄して差し戻した。本判決の影響については、今後、本判決が個々の具体的な事案でいかに適用されて結晶形発明の進歩性が判断されていくかを見守っていく必要があろう。

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