知財判例データベース 先行発明に開示された製造方法によって必然的に特許発明の構成を有する点が証明されてこそ、内在的開示が認められて新規性が否定される

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、上告人(無効審判請求人) vs 被告、被上告人(特許権者)
事件番号
2017フ1304登録無効(特)
言い渡し日
2021年12月30日
事件の経過
上告棄却(審決確定)

概要

特許発明の特定構成が先行発明に明示的に開示されていない場合であっても、内在的に開示されていると認められれば、(特許発明が当該構成または属性による物質の新たな用途を特許の対象とする等の特別な事情がない限り)特許発明の新規性が否定されるが、このような内在的開示を認めるための要件として「可能性または蓋然性」だけでは不十分であって、「必然的にそのような構成を有する点が証明されなければならない」との法理を提示した。

事実関係

被告の対象特許は、基材表面に脆性材料からなる膜構造物が形成された複合構造物に関するものである。原告は、対象特許の請求項1の発明について、対象特許の共同発明者のうち一人が発表した論文(「先行発明1」)によりその新規性および進歩性が否定されると主張した。対象特許の請求項1の発明の「結晶同士の界面にはガラス層からなる粒界層が存在しない」構成は先行発明1に明示的に開示されてはいないが、原告は、先行発明1に開示されているSAD分析またはEDX分析の結果から対象特許の上記構成が把握できると主張した。また原告は、同一著者が対象特許の優先日以後に発表した他の論文において先行発明1を引用して上記構成の存在を示唆している点に鑑み、先行発明1も上記構成を備えていると主張した。これに対して特許審判院と特許法院はいずれも原告の請求を棄却する判断をしたところ、原告は特許法院の判決を不服として大法院に上告を提起した。

判決内容

  1. 物の発明においてこれと同一の発明がその出願前に公知となっているか、または公然と実施されていることが認められれば、その発明の新規性は否定される。特許発明において構成要素として特定された物の構成や属性が先行発明に明示的に開示されていない場合であっても、先行発明に開示されている物が特許発明と同一の構成や属性を有する点が認められるならば、これは先行発明に内在している構成または属性と言うことができる。この場合、特許発明が当該構成または属性による物質の新たな用途を特許の対象とする等の特別な事情がない限り、公知となった物に本来から存在していた内在している構成または属性を発見したものに過ぎないため、新規性が否定される。これはその発明の属する技術分野において通常の知識を有する者(以下「通常の技術者」と言う)が出願当時、その構成や属性を認識できていなかった場合にも同様である。また、公知となった物の内在している構成または属性を把握するために出願日以後に公知となった資料を証拠として使用することができる。
    一方、先行発明に開示されている物が特許発明と同一の構成または属性を有することもあり得る可能性または蓋然性だけでは、両発明を同一であると言うことができず、必然的にそのような構成または属性を有する点が証明されなければならない。すなわち、先行発明が公知となった物自体の場合には、その物と特許発明の構成を対比して両発明が同一かを判断できるが、先行発明が特定の製造方法により製作された物に関する公知文献の場合、先行発明に開示されている物は、先行発明に開示されている製造方法によって製造された物であるため、先行発明に開示されている製造方法による場合の偶然の結果であることもある限り、実施例が上記のような構成または属性を有する点を越えてその結果物が必然的に当該構成または属性を有する点が証明されてこそ先行発明と特許発明が同一であると言うことができる。
  2. 上記法理および記録を勘案して詳察する。
    先行発明1は、題名を「エアロゾルデポジション方法により形成されたPZT厚膜の微細構造および電気的特性」とする論文で、公知となった物自体ではなく、公知となった文献であり、先行発明1において対比対象になるものは、先行発明1に提示された製造方法によって製造された膜形状構造物である。
    本件請求項1の発明と先行発明1はいずれも脆性材料微粒子を常温において高速噴射して基材表面に衝突させることによって、微粒子を変形または破砕して製作された膜形状構造物に関するものである点において共通し、その結果、粒子間の結合力がより高い複合構造物が形成される。
    ただし、本件請求項1の発明は「結晶同士の界面にガラス層からなる粒界層が存在しないこと」を構成要素とするが、先行発明1にはこれに対応する記載がなく(差異点1)、また、本件請求項1の発明は「構造物の一部が基材表面に食い込んだアンカー部」を構成要素とするが、先行発明1には「100-150nm厚の損傷層は蒸着される間に超微細PZT粒子の機械的衝撃(anchor)部となっている」と記載されている(差異点2)。

差異点1について、次のとおり判断する。

  1. 本件請求項1の発明の明細書には、事前処理を通じて脆性材料微粒子に内部変形を付与することが好ましいとの内容が記載されているが、先行発明1にはこれに関する言及がない。また、本件請求項1の発明は「原料微粒子の破砕から再結合までが瞬間的に行われるため、結合時に微細断片粒子の表面付近において原子の拡散がほぼ起こらず、したがって、結晶子同士の界面の原子配列に乱れがなく、溶解層である粒界層(ガラス層)はほぼ形成されない」とその結合原理を説明する一方、先行発明1は上記のような優れた効果を奏する実際の結合メカニズムは究明されていないとしている。
  2. 一方、本件特許発明の共同発明者のうち一人である訴外人が本件特許発明の優先日である1999年10月12日以後の2002年頃に共同著者として発表した先行発明1と同一の製膜方式の膜形状構造物に関する論文「微粒子、超微粒子の衝突固化現象を利用したセラミック薄膜形成技術」(甲第12号証)においては、先行発明1の膜形状構造物に対するTEM(透過電子顕微鏡)撮影写真と、これよりも改善された方式のHR TEM(高分解能透過電子顕微鏡)撮影写真を開示し、「これらは加熱なしにSi基板上に室温成膜されたPZT厚膜の熱処理前後のTEMイメージである。膜内に原料粉末の形態は観察されず、それぞれの結晶は互いに結合して緻密な膜を形成している。また、膜内には原料粉末に近い大きさの結晶子が部分的に見られるものの、HR TEMイメージまたは電子線回折イメージからも結晶子間、粒子間に非晶質層や相違する形状はほぼ見られず、全体的に20nm以下の微細結晶により構成されている」と説明している。すなわち、上記論文によると、先行発明1に開示されている写真の膜形状構造物も結晶子間の界面に非晶質層である粒界層が存在しないとのことである。
  3. ところが、上記論文によると、先行発明1に記載された製造方法による一実施例がガラス層からなる粒界層が存在しない構成を有する点は把握できるものの、さらに先行発明1に記載された製造方法による場合、必然的に非晶質層が存在しない結果物に到達するかが把握できる資料はない。むしろ、先行発明1は原料微粒子の事前処理工程に言及していない一方、本件請求項1の発明の明細書においては事前処理を通じた内部変形の重要性を強調しているのみならず、適切な内部変形の程度(0.25~2.0%)と方法等まで記載する等により非晶質層が存在しない複合構造物を成功裏に製造するための製造方法をさらに具体的に公開している。
  4. このような点に鑑みると、非晶質層の不存在が先行発明1に開示されている膜形状構造物に内在している構成である点が証明されていると認めることは難しいため、両発明が同一であると言うことはできない。したがって、差異点2についてさらに詳察する必要なく本件請求項1の発明の新規性は否定されない(さらに進歩性も否定されないと簡略に判示した)。

専門家からのアドバイス

物の発明において、これと同一の発明がその出願前に公知となっているか、または公然と実施されていることが認められれば、その発明の新規性が否定される。本件は、特許発明において構成要素として特定された物の構成や属性が先行発明に明示的に開示されていない場合(いわゆる「内在的開示」)にも新規性を否定できるか否か、および「内在的開示」を認めることができる要件について大法院が初めて明確な見解を明らかにした点に意味がある。
大法院は、内在的開示の場合にも先行発明に開示されている物が特許発明と同一の構成や属性を有する点が認められるならば、新規性が否定されるとの見解を取りつつも、内在的開示が認められるためには、先行発明に記載された製造方法による場合、当該構成が「必然的に」存在することが証明されなければならないと判示し、(進歩性否定に関する判例と同様に)新規性否定に関する内在的開示が認められるための要件として客観的な証明が必要であるとの見解を取ったものと言える。
一方、本件では、物の発明における先行発明との構成上の差異が、特許明細書と先行発明に記載された製造方法の差に基づいて認められている。すなわち、物の発明の場合であっても当該物を製造するための新たな製造方法を明細書に具体的に記載しておくことは、 事案により必要性は異なり得るものの、物の発明の新規性および進歩性が認められるために有用な場合がある点は参考になろう。

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