知財判例データベース パラメータ発明が明細書の記載要件および新規性・進歩性の要件を満たすと判断された事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告、上告人(無効審判請求人) vs 被告、被上告人(特許権者)
事件番号
2017フ1298登録無効(特)
言い渡し日
2021年12月30日
事件の経過
上告棄却(審決確定)

概要

本件では、パラメータ発明において発明の効果の達成に影響を及ぼし得る全ての条件を明細書に明示してこそ記載要件を満たすものであるのか、また、特許請求の範囲に記載した物性が測定装置や測定方法によりその値が変わり得る場合に、その測定装置や測定方法を明示していなければ記載要件に違背するのか等、記載要件に関連する種々の争点が争われた。大法院は、該当発明が解決しようとする課題の解決原理が何であるかを詳察した後、上記のような事項が明細書に明示されていなくても記載要件を満たすと判断するとともに、本件発明の新規性・進歩性についても認めた。

事実関係

被告の対象特許は、基材上に脆性材料を含む構造物を形成した複合構造物に関するものである。対象特許の請求項1は、製膜領域の境界や基材の辺部付近で残存応力により膜形状構造物が剥がれる問題を解決するために、「膜形状構造物の端部として基材(110)の表面に存在する端部(121)と、上記膜形状構造物の膜厚がその平均膜厚(t)と同一になる部分のうち上記端部に最も近い最外部(125)との間の距離であって、上記表面に対して垂直から見た時の上記端部(121)と上記最外部(125)との間の距離は、上記平均膜厚(t)の10倍以上10000倍以下であること」を特徴とする(下記の代表図参照)。
製膜領域の境界や基材の辺部付近で残存応力により膜形状構造物が剥がれる問題を解決するために、「膜形状構造物の端部として基材(110)の表面に存在する端部(121)と、上記膜形状構造物の膜厚がその平均膜厚(t)と同一になる部分のうち上記端部に最も近い最外部(125)との間の距離であって、上記表面に対して垂直から見た時の上記端部(121)と上記最外部(125)との間の距離は、上記平均膜厚(t)の10倍以上10000倍以下であること」を特徴とする。

原告は、次のような無効事由を主張した。

実施可能要件違反1:対象特許の特許請求の範囲には、基材の種類、材質、厚さ、屈曲半径等について限定されていないため、その特許請求の範囲は「端部と最外部との間の距離が平均膜厚の10倍以上10000倍以下である」全ての構造物を含むようになる。しかし、基材の条件や搬送ガスの種類等によっては剥離防止の効果が得られない場合もあるので、明細書に基材の条件や搬送ガスの種類に関する説明がなければならないにもかかわらず、これに関する説明がないことは実施可能要件に違反する。

実施可能要件違反2:対象特許の特許請求の範囲は、「平均膜厚」を構成要素としているが、明細書には絶対値としての平均膜厚を算定する方法が記載されていないので平均膜厚を測定することが不可能である。また、「最外部」は膜構造物の端部に応じて異なって表れ得ることから、ある端部では請求項1を満たしていても他の端部では満たさなくなることがあるため記載不備の事由がある。

新規性および進歩性の要件違反:対象特許の請求項1に記載されたパラメータは、先行発明に公知となった物に内在した物性を異なる表現にしたものに過ぎないので、新規性乃至進歩性がない。

これに対して、特許審判院と特許法院はいずれも原告の請求を棄却する判断をしたところ、原告が不服を申し立て、上告を提起した。

判決内容

上告理由1、2(記載要件)に関する判断

  1. 関連法理
    特許法第42条第3項第1号は、発明の説明はその発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者(以下「当業者」という)がその発明を容易に実施することができるように明確かつ詳細に記載しなければならないと規定している。これは特許出願された発明の内容を第三者が明細書だけで容易に分かるように公開し、特許権で保護を受けようとする技術的内容と範囲を明確にするためのものである。物の発明の場合、その発明の「実施」とは、その物を生産、使用する等の行為をいうので、物の発明において当業者が特許出願当時の技術水準から見て過度な実験や特殊な知識を付加せずとも発明の説明に記載された事項によって物自体を生産してこれを使用することができ、具体的な実験等により証明がされていなくても当業者が発明の効果の発生を十分に予測できるならば、上記条項で定めた記載要件を満たすといえる(大法院2011年10月13日言渡2010フ2582判決、大法院2016年5月26日言渡2014フ2061判決等参照)。
  2. 上告理由1に関する判断
    本件特許発明の明細書の記載によると、本件特許発明は製膜領域の境界付近および基材の端部付近に加えられる応力を緩和して膜形状構造物の剥離と崩壊、および基材の崩壊を防止することを解決課題としており、これを解決するための手段として「平均膜厚」および「端部と最外部との間の距離」という概念を導入し、端部と最外部との間の距離を「平均膜厚の10倍以上10,000倍以下である倍率関係」により限定している。
    発明の説明では、一般的な実施条件によりその実施方法としてエアロゾルデポジション法やガスデポジション法を用いて脆性材料を基材表面に噴射し、マスキングテープ等の種々の人為的手段によって上記倍率関係を調節する方法を提示している。また、本件特許発明は、膜構造物の端部に応力が集中して剥離が発生することに着眼して、これを「平均膜厚」および「端部と最外部との間の距離」の倍率関係のみにより調節しようとする発明であるという点で、本件特許発明を実施するために基材の種類、材質、厚さ、屈曲半径等応力に影響を及ぼし得る他の全ての条件まで限定する必要はなく、上記のような条件の変化による全ての効果の記載まで要求されないので、基材の材質と微粒子の種類を変えて倍率により剥離の有無を確認した実験データ(図9、10)の記載で十分である。
  3. 上告理由2に関する判断
    本件特許請求の範囲の請求項1の「平均膜厚」は、文字通り膜形状構造物全体の厚さの平均値を意味することが明確であり、その意味が明確な以上、これにより保護範囲も明確に確定する。また、出願当時の技術水準に照らして当業者は明細書の記載の例示を参考にして適切な測定方法で平均膜厚を算定することができる。この時、どのような測定装置や方法を使用するかによって平均膜厚の結果値に差が生じ、それにより確定した保護範囲にも誤差が存在し得るが、これは平均値の測定を伴う大部分の場合に発生する問題であって、特許権を侵害したと主張される製品が、上記のように算定される結果から確定した特許発明の保護範囲に属するかについての証明問題に連結されるだけである。
    また、本件第1項の発明の「最外部」は、1つの端部が無数の端面を有するとしても「そのうち膜形状構造物の膜厚が平均膜厚と同一になる部分のうち端部に最も近い部分」が最外部であることが明確である。どの端部を基準としているかによって端部と最外部との間の距離差、すなわち端部と最外部の距離の平均膜厚に対する倍率も変わり得るが、このような結果値が全て「平均膜厚の10倍以上10,000倍以下」の範囲に入っているかによって保護範囲に属するかどうかも確定され得る。
    結局、本件第1項の発明の「平均膜厚」と「最外部」は、発明の説明の記載上その意味が明確で、出願当時の技術水準に照らして十分に測定できるものであり、当業者が過度な実験等を経なくてもこれを使用することができ、発明の効果の発生を十分に予測できる。

上告理由3(新規性および進歩性)に関する判断

  1. 関連法理
    1. 新たに創出した物理的、化学的、生物学的特性値を使用し、または複数の変数間の相関関係を用いて発明の構成要素を特定した、いわゆる「パラメータ発明」と、これとは異なる性質または特性等で物または方法を特定した先行発明とを対比するのにおいて、特許発明の特許請求の範囲に記載された性質または特性が異なる定義または試験・測定方法によるものに換算が可能で、換算してみた結果、先行発明の対応するものと同一であるか、あるいは特許発明の明細書の詳細な説明に記載された実施形態と先行発明の具体的実施形態とが同一の場合には、その他に特別な事情がない限り、両発明は発明に関する記述的な表現のみ異にするのみで、実質的には同一であると認めるべきであるので、このような特許発明は新規性が否定される。一方、上記のような方法等を通じて両発明が実質的に同一であるという点が証明されなければ、新規性が否定されるとはいえない。
    2. パラメータ発明が、公知発明に対して、パラメータで限定された構成でのみ差がある場合、発明の明細書の記載および出願当時の当業者の技術水準を総合して見たときにパラメータが公知発明とは異なる課題を解決するための技術手段としての意義を有し、それによって特有の効果を奏すると認められる場合には、進歩性が否定されない。
      一方、パラメータの導入自体については上記のような技術的意義を認めることができないとしても、発明が新たに導入したパラメータを数値で限定する形態をとっている場合には、限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じるか、またはその数値限定が公知発明とは異なる課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的な場合であれば、進歩性が否定されない(大法院2010年8月19日言渡2008フ4998判決等参照)。
  2. 記録および上述の法理に照らして詳察する。
    1. 先行発明には脆性材料微粒子をガス中に分散したエアロゾルによって基材の表面に膜形状構造物を形成することが開示されているが、膜形状構造物の「平均膜厚」、「端部と最外部との間の距離」、「この距離と平均膜厚との間の倍率」という概念は明示的に提示されていない。先行発明1、2、7、8、9の場合、膜構造物の一部端面のプロファイルを提示してはいるが、当業者がこのような内容だけで膜構造物全体の厚さの平均値を測定することはできないため、換算を通じて上記各先行発明と本件第1項の発明が実質的に同一であるかは分からない。
    2. さらに、各先行発明も本件請求項1の発明のように脆性材料微粒子をエアロゾル方式で噴射して基材の表面に膜形状構造物を形成するものであって、膜構造物の剥離防止という共通の課題を有しているが、本件請求項1の発明のように膜形状構造物において製膜領域の境界や基材の辺部付近に加えられる応力に注目し、これを緩和することによって剥離防止という問題を解決しようとする認識は示されていない。また、エアロゾル噴射方式による場合、エアロゾルの拡散現象に特に注目しない限り縁部へ行くほど微粒子の堆積量が少なくなるため、ある程度の傾斜部が形成されることが自然な結果であり得るところ、その傾斜が緩慢に示されてこそ剥離が防止されるという認識やこれを念頭に置いて傾斜度を緩やかに調節しようとする発明が提示されたことがないという点で、端部の傾斜が緩慢なほど剥離が少なく生じるということが当業者の技術常識であると断定することも難しい。
    3. このような点から本件請求項1の発明は、「端部と最外部との間の距離」および「平均膜厚」という概念を新たに導入し、これらの間の倍率という新たなパラメータを用いて膜形状構造物の端部に蓄積された残留応力による剥離防止という課題を解決できる複合構造物を提示したという点で技術的意義がある。
    4. したがって、本件請求項1の発明の構成要素2が公知発明と技術的表現のみを異にするものであるため新規性が否定されるとはいい難く、本件請求項1の発明の明細書(図9、10)には「端部と最外部との間の距離」と「平均膜厚」との間の倍率が10倍未満ならば膜形状構造物の剥離が発生したが、10倍以上では剥離が発生しなかったという実験データが記載されており、構成要素2によって剥離防止効果が発生することを認めることができるので、その進歩性も否定されない。

専門家からのアドバイス

本件はパラメータ発明に関連し、記載要件、新規性および進歩性について実務上重要となる争点が全般的に争われ、これらそれぞれの争点に対して大法院が明確な見解を提示したという点で意味がある。
大法院は、記載要件に関する従前の大法院の判例法理が、パラメータ発明の場合であっても異ならないという点、すなわち、発明が解決しようとする課題の解決原理が何であるかを詳察してそれに相応する程度の記載があれば十分であるという見解を本判決を通じて明らかにした。さらに大法院は、測定方法に応じて請求項に記載された物性の測定値に誤差が存在するとしても、それにより保護範囲が不明確であるということはできず、これは侵害の証明の問題に連結されるだけであるという見解を示したことも注目に値する。
加えて本件は、パラメータの技術的意義とそれによる特有の効果を認めてパラメータ発明の進歩性を認めたところ、パラメータ発明の具体的事例に対する大法院の進歩性判断が把握できる点でも参考になろう。本判決はパラメータ発明に関する争点を網羅していることから、今後、類似の事例において参照する価値が大きいと思われる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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