知財判例データベース 特許発明資料の提供を実施権の黙示的許諾と判断し、実施権者から譲渡された物に権利消尽を認めた事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告 A社 vs 被告 大韓民国
- 事件番号
- 2020ナ1285 特許権使用料請求
- 言い渡し日
- 2021年07月16日
- 事件の経過
- 確定(上告棄却)
概要
特許権者または特許権者から許諾を受けた実施権者が、特許発明が具現された物を適法に譲渡すれば、譲渡された当該物に対しては特許権が消尽される。被告が使用する防護施設が原告の特許権を侵害したことを根拠とする原告の損害賠償請求に対し、特許法院は、当該防護施設は特許権者から許諾を受けた実施権者が適法に被告に譲渡したものであるので、特許権が消尽したと判断した。すなわち、特許権者は、被告の防護施設工事事業の進行時に設計役務業者に対して特許発明の技術がそのまま反映された資料を無償で提供したなどの事情によって、特許法院は特許権者が施工社に実施権を黙示的に許諾し、施工社はこのように特許権者から許諾を受けた実施権者として防護施設を被告に適法に譲渡したので、特許権が消尽したと判断した。
事実関係
訴外Cは、2005年7月12日に「電子情報セキュリティのための電磁波遮蔽室およびこの施工方法」という名称の発明を特許出願し、請求項1(電磁波遮蔽室)と請求項2(電磁波遮蔽室の施工方法)を含む請求項により2006年3月9日に登録を受けた。その後、Cは、2009年9月3日に電磁波防護施設の設計、製造および施工業等を目的とした株式会社D(以下「D」)を設立して、その代表理事に就任し、2009年10月27日、Dに本件特許権に係る移転登録を行った。その後、特許権は、2015年7月7日にC名義で、2017年9月14日に原告名義で、2021年3月4日にC名義で移転登録された。
被告の国防部傘下国防施設本部は「EMP(Electro Magnetic Pulse,電磁気パルス)防護施設」の製作および設置工事を含む軍の事業である「201事業施設工事」を実施するために、秘密設計役務公告手続を経て、2008年8月21日に株式会社E、株式会社F、G株式会社(以下「H等」という)との間に201事業に関する設計役務契約を締結し、2009年11月20日にH等から201事業のための設計図面の納品を受けた。CおよびDは、2008年8月頃から2010年2月頃までの間に被告とH等に特許発明の技術がそのまま反映された設計図面、示方書、関連技術資料などのEMP防護施設関連の資料を無償で提供したが、当時、EMP防護用遮蔽設置工法としてDが採択した「Modular PAN type」以外にも「Welding Type」、「Modular Panel Type」などの方式があり、EMP防護施設を施工できる企業はD以外にも複数の企業があった。L株式会社(以下「L」)は、2010年1月27日に201事業の施工社に選定されて201事業に関する工事を請け負い、2010年9月10日、Dにそのうちの一部分の工事を下請けに出したが、Dが専門建設業として登録されておらず、また工事着工を履行しないなどの事由で2010年11月23日にその下請契約を解除した。Lは2012年8月頃に当該工事を完了し、被告は同じ頃から当該工事によるEMP防護施設を使用してきた。
原告は、被告に対して特許権侵害を理由に損害賠償などを請求したが、第1審法院で敗訴した。これに対する控訴審である特許法院での原告の主張は、次のとおりであった。- 原告は2017年9月14日から2021年3月3日まで特許権者であり、Cから2015年7月7日から2017年9月13日までの期間に対する損害賠償金の債権を譲り受けた。
- 被告は2015年7月7日から2021年3月3日まで当該工事によるEMP防護施設を使用することによって特許権を侵害した。
- したがって、被告は原告に2015年7月7日から2021年3月3日までの特許発明の実施に対して合理的に受け取ることができる金額に相当する損害賠償金を支払う義務がある。
一方、上記原告の主張に対して被告は、当該期間の間、EMP防護施設を使用してきた事実については争わなかったが、EMP防護施設に対しては特許権が消尽したと判断すべきであると主張した。すなわち、被告はEMP防護施設が特許権の権利範囲に属するとしても、特許権者であったDが設計社であるH等と施工社であるLに特許発明に関する技術資料を提供することによって特許権に関する通常実施権を黙示的に設定し、被告が使用しているEMP防護施設は、上記のとおり特許権に対する適法な実施権者であるLから譲り受けたものなので、EMP防護施設に対しては特許権が消尽したと主張した。
判決内容
特許法院は、特許権消尽の争点について、下記の関連法理を適用した。
「特許法第2条第3号は、発明を「物の発明」、「方法の発明」、「物を生産する方法の発明」に区分している。「物の発明」に対する特許権者または特許権者から許諾を受けた実施権者が韓国でその特許発明が具現された物を適法に譲渡すれば、譲渡された当該物に対しては特許権が既に目的を達成して消尽する。したがって、譲受人や転得者がその物を使用、譲渡するなどの行為に対して特許権の効力が及ばない。「物を生産する方法の発明」に対する特許権者または特許権者から許諾を受けた実施権者が韓国でその特許方法によって生産した物を適法に譲渡した場合も、同様である(大法院2019.1.31.言渡2017ダ289903判決参照)。」
続いて、特許法院は、Lが特許発明の特許権者から許諾を受けた実施権者であり、被告に特許発明が具現されたEMP防護施設を適法に譲渡したので、特許権が消尽したと判断した。これに対する特許法院の具体的な判断は、次のとおりである。
Lは特許権者から許諾を受けた実施権者である。
Lは、2012年8月頃にEMP防護施設工事を完了した当時、特許発明の特許権者から許諾を受けた実施権者であった。すなわち、特許権者であるCおよびDが、EMP防護施設工事部分の下請けを受けるなどの目的を達成するために、H等に特許発明の技術内容がそのまま反映されたEMP防護施設関連の資料を提供することにより、201事業の設計役務業者と将来選定される施工業者とに特許権に対する実施権を黙示的に許諾し、かつそれ以後に、Dが201事業の施工社として選定されたLと下請契約を締結した後、特許発明がそのまま具現されたEMP防護施設が製作・設置されるようにすることで、具体的に選定された施工社であるLに対して同じ実施権を再度黙示的に許諾したと判断するのが妥当である。この判断には下記の事情が考慮された。
- CおよびDは、EMP防護施設関連の資料を提供した当時、その資料が、将来H等が作成して被告に提出する設計図面にそのまま反映されるであろうという点と、設計役務から見てH等多数の設計社が協力するほどの規模であった当該工事において、設計図面が完成した後は施工能力が確保された建設会社が施工社に選定されて具体的な工事が進められるであろうという点を十分に認識していたものと認められること。
- 201事業の計画樹立当時、EMP防護用遮蔽設置工法としてDが採択した「Modular PAN type」以外にも他の方式が存在し、かつ、EMP防護施設を施工できる企業はD以外に他の競合企業が存在する状況であったことから、Dとしては今後201事業の施工社からEMP防護施設工事部分の下請けを受けたり、その関連資材を納品するためには、自身が保有する本件特許発明の技術内容が201事業の設計に反映されるようにする必要性があったものと推断されること。
- 実際に、Lが上記のような施工能力を有する建設会社として201事業の施工社に選定されて具体的な工事を進めるようになり、Dは施工社であるLから第1工区工事の下請けを受けるに至ったこと。
LはEMP防護施設を被告に適法に譲渡した。
下記の請負関係を巡る事情を総合すると、Lは特許発明の特許権者から許諾を受けた実施権者として2012年8月頃、被告に特許発明が具現されたEMP防護施設を「引渡す」ことを越えて、これを適法に「譲渡」するに至ったと判断するのが妥当である。
- 特許発明の技術内容が実質的に適用されたのはEMP防護施設の製作・設置工事の部分であるが、EMP防護施設の製作に必要な防護門、遮蔽板、換気口などの建築材料は請負人である被告が直接製作したものではなく、Dなどの下請人が受注人Lの指示に従って製造し提供したものであること。
- LとDが締結した下請契約の「建設工事下請契約条件」にも、Dが工事に使用する材料を新品としてLの検査を受けなければならない旨の規定と、下請契約によってLがDに支給する材料はLの所有とする旨の規定が含まれており、これに異なって請負人である被告が支給したり提供したりする材料については規定が発見されないこと。
専門家からのアドバイス
過去の大法院2019.1.31.言渡2017ナ289903判決において、韓国の特許法上、「物の発明」、「方法の発明」、「物を生産する方法の発明」のいずれに対しても権利消尽が適用されると明らかにしている(上記「判決内容」の関連法理適用の部分)。
これに関連し、本件は、電磁波防護施設に関する特許権を取得した原告によって特許侵害訴訟が提起され、原告の主張に対して権利消尽抗弁の成否が判断された事例であった。具体的には、被告の使用する防護施設が、特許権者の許諾を受けた実施権者が適法に被告に譲渡したものであるか否かが争点となり、その結果、権利消尽が認められた。特許法院は、防護施設を被告に譲渡した実施権者(施工社)が特許権者から黙示的に実施権の許諾を受けていたと判断しており、これは特許権者が下請工事受任の目的を遂げるために特許発明の技術内容を無償で提供したなどの事情が考慮されたものであった。
本件は、具体的な事実関係に基づいた判断がなされているため、今後の関連判決の蓄積を待つ必要があるが、本件で特許権者の技術提供行為を黙示的実施権の許与と判断して当該事案での特許権者の権利が消尽したと積極的に認めた点で意味がある判決と言えよう。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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