知財判例データベース 先行発明が特許発明の数値限定範囲を否定的に教示している場合、特許発明の進歩性は否定されないとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告・上告人(特許権者) vs 被告・被上告人(無効審判請求人)
事件番号
2018フ11728登録無効(特)
言い渡し日
2021年12月10日
事件の経過
破棄差戻し

概要

原審判決では、先行発明1が特許発明の構成のうち一部の数値範囲を明示していない差異はあるが、当該技術分野の別の先行技術を参照すれば、上記数値範囲は当該技術分野で当然考慮される事項を満たすために単純な繰り返し実験により導き出され得るものであるとし、数値範囲の前後で効果の顕著性を立証する資料もないことを理由として進歩性を否定した。これに対して大法院は、先行発明1が特許発明の数値限定範囲を否定的に教示している点を重視して原審判決を破棄した。

事実関係

原告の特許発明は「セラミック溶接支持具」に関するもので、溶接時の欠陥発生を防止するために従来技術に比べて支持具の原料成分にCaOを追加し、焼成された結果物の耐火度、焼成密度及び吸水率の数値範囲を限定したことに特徴がある。特許発明の請求項1は次の通りである。

「50wt%~70wt%のSiO2、15wt%~35wt%のAl2O3、8wt%~15wt%のMgO、0.5wt%~3wt%のCaOを主成分として含み、Fe2O3、K2O及びNa2Oからなるその他の成分が0.5wt%~5wt%の範囲で含まれてなる組成を有し、耐火度がSK8~12であり、焼成密度が2.0g/㎤~2.4g/㎤であり、吸水率が3%未満であるセラミック溶接支持具」

先行発明1は溶接用支持具に関するもので、45~70wt%のSiO2、15~40wt%のAl2O3、5~30wt%のMgO、0.3wt%~2wt%のCaOを含有しており、耐火度はSK11~15であり、気孔率は20~40%である構成を開示している。先行発明1は、焼成密度と吸水率の数値範囲には言及していない。

一方、先行発明3は溶接用支持具の製造方法に関するもので、通常の製造過程において吸水率が1~2%程度である点、気孔が少なければ吸水率が低く防水性が良いが、組織が緻密になって熱膨張係数が大きくなり、亀裂が生じる問題点が記載されている。

特許審判院は、特許発明の請求項1は先行発明1から容易に導き出すことができるため、進歩性が否定されると判断した。これに対して原告は、審決取消訴訟を提起し、先行発明1は吸水率に関する言及がなく気孔率を20~40%に限定した点において特許発明と差異があるが、気孔率を吸水率に換算すれば、先行発明1は3%よりはるかに大きい吸水率を提示しているため、先行発明1から特許発明を容易に導き出すことができないと主張した。しかし、特許法院は、次のような理由により原告の主張を排斥し、特許発明の進歩性を否定した。

原審判決の判断

本件特許発明は焼成密度と吸水率の数値範囲を限定しているのに対し、先行発明1は気孔率の数値範囲を限定している点で差異がある(注1)。しかし、次のような理由により本件特許発明の焼成密度と吸水率の数値範囲は、通常の技術者が先行発明1から容易に導き出すことができ、その効果も十分に予測できる程度に過ぎない。

先行発明3の記載によると、通常用いられる溶接用セラミック支持具は、磁気化段階を経たセラミック製品であり、その吸水率は1~2%であり、原告も通常、磁気化を経たセラミック製品の吸水率が1~2%である点を認めた。ところで、本件特許発明の明細書には吸水率を3%未満に下げるのに必要な技術的構成に関する記載が全くなく、単に焼成温度及び成形圧力を通じて適切な焼成密度を達成することによって当然達成されるとの趣旨で記載されている。そうであれば、本件特許発明の吸水率が3%未満である構成は、通常の技術者が当然考慮することができる数値範囲内のものであり、そのような数値限定に構成の困難性が認められない。さらに、本件特許発明の明細書の実施例として提示された表2、3だけでは、限定された数値の前後において臨界的意義が認められる程度の効果の差異を確認するのに不十分であり、他にこれを確認するだけの記載や資料も提示されていないため、効果の顕著性も認められない。

次に、焼成密度の構成について詳察すると、当該技術分野において製品の吸水率は気孔率に比例し、焼成密度とは密接な関連がある物性であることが分かる。また、先行発明3には気孔率と焼成密度に深い関連があることが記載されている。先行発明3の記載によると、通常の技術者はセラミック溶接支持具を製作するとき、適切な機械的強度を維持するために低い吸水性を満たさなければならず、このため焼成製品の密度(焼成密度)及び気孔率を考慮すべきことが分かるところ、これらは相互密接な関連がありつつも、時には相反する作用効果を奏する物性であるため、必ず一緒に適切な範囲に設定しなければならず、これは通常の技術者が繰り返しの実験過程において容易に導き出すことができる。

これに対して原告は上告を提起した。

判決内容

発明の進歩性の有無を判断するときは、先行技術の範囲と内容、進歩性判断の対象となった発明と先行技術との差異、その発明が属する技術分野において通常の知識を有する者(以下、「通常の技術者」と言う)の技術水準について、証拠等の記録に示された資料に基づいて把握した後、通常の技術者が特許出願当時の技術水準に鑑みて進歩性判断の対象となった発明が先行技術と差異があるにもかかわらず、そのような差異を克服して先行技術から容易に発明できるかを詳察すべきである。この場合、進歩性判断の対象になった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として事後的に通常の技術者が容易に発明できるかを判断してはならない(大法院2009年11月12日言渡2007フ3660判決、大法院2020年1月22日言渡2016フ2522全員合議体判決など参照)。

上記法理と記録に照らして詳察する。

本件特許発明は、請求項1に記載した数値範囲の耐火度と焼成密度を通じて円滑なスラグ発生と適正な裏面ビード生成を可能にし、低い数値範囲の吸水率を通じて過多水分の吸湿を防止して溶接部の強度を向上させることを解決課題とする。

一方、先行発明1は、本件特許発明と耐火度の範囲(SK8~12)において差異があり、焼成密度と吸水率については何ら記載がない。また、先行発明1の明細書には「固形耐火材の気孔率が20%未満においてはスラグ層がビードを押し上げ、余盛の不足あるいはバックビードが均等でなくなる」と記載されている一方、気孔率と比例関係にある本件特許発明の吸水率は3%未満である。

このように先行発明1には20%未満の低い気孔率について否定的教示を含んでおり、通常の技術者が先行発明1の気孔率を20%未満に下げて結果的に気孔率と比例関係にある吸水率を下げることを容易に考えることは難しい。

先行発明3の明細書によっても、「現在、通常用いられるセラミック支持材は磁気化段階まで経た支持材であって、これは吸水率が低い方であり、気孔率が低く、組織が緻密で吸湿防止性乃至は防水性が良いが、その代わりとして気孔率が低くて断熱性が良くなく、熱膨張係数が比較的大きい方であり、使用するときに亀裂、破損が発生する場合がある」と記載されており、低い吸水率は長所がある一方、短所もあるとしているため、上記のような内容が通常の技術者にとって先行発明1の吸水率を下げる方向に変形を企図させる動機や暗示として受け入れられることは難しい。

その上、通常の技術者が先行発明1において本件特許発明のような低い吸水率(気孔率とは比例関係)を採択し、結果的に先行発明1の比較的高い範囲の気孔率を排除することは、先行発明1の耐火度と気孔率の間の有機的結合関係を損なうものであるのみならず、それによる効果を予測できるだけの資料もない。

さらに本件特許発明の明細書の記載によると、本件特許発明による実施例は、本件特許発明の構成要素を満たさない比較例と比較して溶接結果がすべて良好であり、内部クラック及び母材の衝撃強度においても優れた結果を得ている。

上記のような事情を総合してみると、通常の技術者の立場において本件特許発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、先行発明1から本件特許発明を容易に導き出すことができると見ることは難しいため、先行発明1によって本件特許発明の進歩性が否定されるとは言えない。

専門家からのアドバイス

今回の大法院判決で判示している進歩性判断の法理(本文中に太字で表示)は、既に大法院により確立された見解であって新たなものではない。それにもかかわらず、これまでの韓国の特許実務において、「数値限定発明」のような講学上特別な範疇に分類される発明の場合は、一般的な進歩性判断の法理がより厳格に適用される傾向にあった。

本件の場合も、いわゆる「数値限定発明」の進歩性判断において、原審判決(特許法院の判決)は厳しい判断をした。それによると、先行発明1に特許発明の焼成密度及び吸水率の数値範囲に該当する記載が明示されてはいないが、当該技術分野の技術常識を考慮すると、通常の技術者が繰り返しの実験を通じて容易に導き出すことができる程度に過ぎず、その数値範囲の前後で顕著な効果の差異(すなわち、臨界的意義)があることを立証する資料もないことを理由として進歩性を否定した。こうした判決の理由は、数値限定発明の出願審査の段階において審査官がしばしば提示する進歩性の拒絶理由に類似している。

これに対し、大法院は、一般的な進歩性判断の法理に基づき、先行発明1の記載内容の中に特許発明の吸水率の数値範囲を導き出すことを困難にする否定的教示があり、かかる変形を企図させる動機や暗示もないことから、特許発明の構成の困難性を否定することは難しく、かつ先行発明の中に特許発明の効果を予測するだけの資料もない点を指摘して、原審判決を破棄した。

なお、本件に関連して、最近の韓国の大法院では、いわゆる「選択発明」の進歩性の判断においても、一般的な進歩性判断の法理が適用される点を明らかにして、構成の困難性を判断もせずに効果の顕著性の有無だけにより進歩性を判断してはならない旨の判示をしている(大法院2021年4月8日言渡2019フ10609判決)。

本大法院判決は、最近の大法院判決の流れと一脈相通ずると言えるもので、講学上特別な範疇に分類される発明の場合であっても、一般的な進歩性判断の法理が適用される点を再度明確にした上で、具体的な事案への適用において、特許審判院の審決、特許法院の判決の誤った判断を指摘した点において参考にする価値が大きいと考えられる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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