知財判例データベース 光学材料用組成物に関するパラメータ発明として進歩性が否定されないとした特許法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A社 vs 被告 特許庁長
事件番号
2020ホ5740取消決定(特)
言い渡し日
2021年08月19日
事件の経過
確定

概要

特許発明と先行発明は、いずれも光学材料の白濁発生を抑制する光学材料用組成物に関するものである。先行発明は、光学材料用組成物に含まれるポリチオール(硫黄含有物質)の濁度値を特定値以下に限定している一方、特許発明は、硫黄の濁度値を「30質量%二硫化炭素溶液としたとき10ppm以下」に限定していることで相違がある。特許法院は、特許発明が、硫黄が二硫化炭素に溶解したときの物理的特性値である濁度を用いて構成要素を特定したものとして、パラメータ発明に該当すると判断し、上記パラメータが先行発明とは相違する技術的課題を解決するための技術手段に該当し、それによって異質的な効果を奏するという理由で特許発明が先行発明により進歩性が否定されないと判断した。

事実関係

原告は、2013年3月1日に「光学材料用組成物」という名称の発明を出願し、2019年5月10日に登録を受けた。訴外Cは、2019年11月1日に原告を相手取って「特許発明は、先行発明1,2または先行発明1,3によって進歩性が否定される。」と主張して、特許審判院に特許取消申請をした。特許審判院は、2020年6月25日に「特許発明は、先行発明1によって進歩性が否定される。」という理由で本件特許発明を取り消す決定をした。これに対し、原告は不服を申し立てて特許法院に提訴した。原告特許の請求項1は、下記のとおりである。


請求項1

30質量%二硫化炭素溶液としたときの濁度値が10ppm以下である硫黄と、エピスルフィド化合物を含有することを特徴とする光学材料用組成物であって、上記エピスルフィド化合物が下記(1)~(4)の式中のいずれか1つで表される化合物である、光学材料用組成物。(化学式(1)~(4)の記載は省略)

先行発明1は「初期の濁度値が0.5ppm以下であり、かつ50℃で7日間保存した後の濁度値が0.6ppm以下であるポリチオールと、エピスルフィドを含有することを特徴とする光学材料用組成物」に関するものであって、特許発明と同一のエピスルフィド化合物を開示している。また、先行発明1には、上記光学材料用組成物に追加で硫黄が含有され得ることを開示している。

特許法院で、原告は、下記を根拠として特許発明が先行発明1に対して進歩性が否定されないことを主張した。
  1. 特許発明は、中心厚さがさらに厚いレンズの白濁発生を抑制しようとするもので、先行発明1に比べて目的の特異性がある。
  2. 特許発明は、「硫黄」の濁度値を「30質量%二硫化炭素溶液としたとき10ppm以下」に限定する。これに対し、先行発明1は、光学材料用組成物に含まれ得る硫黄を単に開示しているだけで、その濁度値についてはいかなる記載もしておらず、「ポリチオール」の濁度値を「初期の濁度値が0.5ppm以下であり、かつ50℃で7日間保存した後の濁度値が0.6ppm以下」に限定しており、濁度値の測定対象、条件および回数が相違するので、先行発明1による構成の困難性がある。
  3. 特許発明は、ポリチオールが含まれない光学材料の白濁発生も抑制できるものであり、先行発明1と対比して異質的な効果を奏する。

これに対し、被告は、下記を理由に特許発明が先行発明1により進歩性が否定されると主張した。

  1. 特許発明と先行発明1は、解決しようとする課題が白濁の発生を抑制し、白濁発生の有無を予測して良否の判断が可能な光学材料用組成物を提供するもので同一である。先行発明1に硫黄含有原料物質であるポリチオールの濁度値を下げて重合硬化後の光学材料の白濁発生を抑制しようとする技術思想が示されているので、これから通常の技術者が上記のような課題を解決するために硫黄の濁度値を調節することによって特許発明を容易に導き出すことができる。
  2. 特許発明は、「30質量%二硫化炭素溶液としたときの濁度値が10ppm以下」である硫黄を用いる点で先行発明1と差があるが、上記差が先行発明1と相違する技術的課題を達成するための技術手段としての意義を有すると認められず、先行発明1と対比して臨界的または異質的な効果があるものでもない。

判決内容

特許法院はまず、特許発明はパラメータ発明に該当すると判示した。即ち、パラメータ発明は、発明者が新たに創出した物理的、化学的、生物学的特性値(パラメータ)を用いるか、複数の変数間の相関関係を用いて発明の構成要素を特定した発明であるが、特許発明は構成要素として硫黄を「30質量%二硫化炭素溶液としたときの濁度値が10ppm以下」であると特定したもので、硫黄が二硫化炭素に溶解したときの物理的特性値である濁度を用いて構成要素を特定したものとしてパラメータ発明に該当すると判断した。一方、特許発明が選択発明に該当するという原告の主張に対しては、特許法院は、硫黄と「30質量%二硫化炭素溶液としたときの濁度値が10ppm以下である硫黄」がそれぞれ上位概念と下位概念に対応すると認めることができない(単斜硫黄、斜方硫黄、ゴム状硫黄などが硫黄の下位概念と認めることはできる)という理由で選択発明に該当しないと判断した。

続いて、特許法院は、下記のパラメータ発明の進歩性の判断基準を関連法理として提示した。『性質または特性などによって物を特定しようとする記載を含むパラメータ発明の進歩性は、パラメータが有する技術的意義を把握し、これを中心に判断されるべきであるが、パラメータが先行発明によって公知となった物の特性や性質を表現方式のみ替えて表示した場合に、そのパラメータ発明は、先行発明との関係で発明に関する記述的な表現のみ異にするだけで、実質的には同一・類似であると判断すべきものなので、新規性および進歩性が否定される。一方、パラメータが公知となった発明とは相違する課題を解決するための技術手段としての意義を有し、それによって異質的な効果などの特有の効果を奏する場合には、進歩性が否定されないこともあるが、これに該当するためには、パラメータが公知となった発明とは相違する課題を解決するための技術手段としての意義を有し、パラメータと異質的な効果などの特有の効果間に因果関係があるということが明細書に具体的に記載されているか、通常の技術者が明細書の記載から上記のような技術手段としての意義および因果関係を推論できなければならない。』

上記パラメータ発明の進歩性の判断基準に従って、特許法院は、下記を根拠として特許発明が先行発明1により進歩性が否定されないと判断した。

(1)技術的課題の相違

特許発明は、従来、プラス度数レンズと呼ばれる中心の厚さが厚いレンズにおいて、既存の方式では依然として白濁が解消されず損失が生じる問題を認識し、硫黄とエピスルフィド化合物を含む組成物において白濁発生を抑制し、重合硬化前の段階で硬化後の白濁の発生の有無を予測・判別して良否の判断が可能な光学材料用組成物を提供することをその技術的課題としている。一方、先行発明1は、チオールを含む組成物を重合硬化させたとき白濁が発生して損失が生じる問題を認識し、ポリチオールを含む光学材料用組成物において重合硬化前の段階で硬化後の白濁発生の有無を予測・判別して良否の判断が可能な光学材料用組成物を提供することを技術的課題としている。

特許発明と先行発明1は、技術的課題が重合硬化前の段階で硬化後の白濁発生の有無を予測・判別して良否の判断が可能な光学材料用組成物を提供する点では一部共通する。しかし、先行発明1は、従来のチオールを含む組成物を重合硬化させたとき白濁が発生する問題を改善するという認識があるだけで、硫黄とエピスルフィド化合物を含むプラス度数レンズにおいて従来方式では依然として白濁が解消されていない問題に関しては、特に認識がない。

(2)構成の困難性

特許発明と先行発明1は、パラメータの対象物質がそれぞれ「硫黄」と「ポリチオール」で異なるだけでなく、濁度値の範囲や測定回数もそれぞれ「30質量%二硫化炭素溶液としたときの懸濁度が10ppm以下、および1回測定」と「初期値が0.5ppm以下であり50℃で7日間保存後の濁度値が0.6ppm以下、および7日間隔をおいて2回測定」とで相違する。先行発明1に、硫黄を添加できるという構成は開示されているが、硫黄の濁度測定のために「30質量%の二硫化炭素溶液」に対する濁度値を測定するという構成については全く示されておらず、むしろポリチオールそのものの濁度を基準としている。また被告の主張通り、硫黄が二硫化炭素に溶解するということが周知慣用技術だとしても、さらに硫黄の二硫化炭素に対する濁度をパラメータとして白濁を抑制できるということまで周知慣用技術であると判断する証拠はない。

(3)異質的効果

先行発明1は、白濁を防止するために「ポリチオール」の濁度値を限定しており、光学材料用組成物が必ず「ポリチオール」を変数として調節してこそ白濁を抑制でき、濁度値も7日間隔をおいて2回測定しなければならないのに比べ、特許発明は白濁を防止するために「硫黄」の濁度値を限定しており、「ポリチオール」が含まれていない光学材料用組成物の白濁も抑制でき、白濁抑制のために濁度値も1回のみ測定可能であるという点で、先行発明1から予測できない異質的効果を奏する。

(4)被告の主張に対する判断

被告は、先行発明1には硫黄ではないものの、別の硫黄含有原料物質であるポリチオールの濁度値を限定して光学材料用組成物の白濁発生を抑制しようとする技術思想が示されているので、ここから通常の技術者が特許発明を容易に発明することができるという趣旨で主張している。しかし、「硫黄」は固体状態、「ポリチオール」は液体状態であるうえ、メガネレンズにおいて硫黄は高屈折率のために、一方、エピスルフィドは耐酸化性のために添加される組成として用途が明確に区分されるので、ポリチオールに硫黄元素が含まれるからといって硫黄とポリチオールを同一であると言うことはできない。硫黄とポリチオールが光学材料用組成物という共通点だけによって、先行発明1のポリチオール濁度値を変数として白濁を抑制するか予測することに基づき、特許発明のように硫黄の二硫化炭素溶液に対する濁度値を変数として白濁を抑制したり予測したりする構成を導き出すことができると認めることはできない。

また、被告は、レンズの白濁現象が硫黄の純度と密接に連関しており、不純物が二硫化炭素に溶解せず濁度値を高めるので、特許発明で「濁度値が10pm以下である硫黄」を用いることは「不純物の含量が低い硫黄」を用いることと実質的に同一であるところ、先行発明1に「組成物内の不純物の含量減少」という技術思想が記載されており、ここから通常の技術者が特許発明を容易に発明することができるという趣旨で主張している。これについて、濁度は溶解していない不純物粒子の大きさ、形状色屈折率などによって変わるが、甲第7号証(実験成績証明書)は、硫黄が99.9%の同一の純度であっても、30質量%二硫化炭素溶液に溶解したときの濁度値が0.7ppmから15.9ppmまで多くの差を示すことを記載していることから、濁度値が硫黄の純度(不純物の量)にのみ関連するとは判断し難いので、被告の主張は理由がない。

専門家からのアドバイス

本件の審決は、上述した被告(特許庁)の主張と同一であって、先行発明には硫黄含有物質であるポリチオールの濁度値を下げる技術思想が開示され、特許発明の硫黄の濁度値を下げようとする試みも容易に可能であり、硫黄の濁度値の数値限定には臨界的意義もないため、進歩性が否定されると判断した。これに対して、特許法院は、特許発明をパラメータ発明と把握した上で、大法院判例で既に確立されているパラメータ発明の進歩性の判断基準を適用して、本件特許発明は、相違する技術的課題を解決するための技術手段としてパラメータの構成の困難性が認められ、異質的効果も認められるとして進歩性が否定されないと判断した。さらに、こうした判断過程において、数値限定発明の進歩性判断時には要求される数値限定の臨界的意義については要件として判断しなかった。
本件において特許法院は、審決とは異なり、当該特許発明をパラメータ発明として進歩性を認めたことが注目に値する。特に、本件判決は、パラメータが公知となった発明とは異なる課題を解決するための技術手段としての意義を有し、それにより異質的な効果などの特有の効果を有する場合には進歩性が否定されないこともあるとして、本件特許発明も進歩性が否定されない事例として判断したものである。パラメータ発明の進歩性の判断例として実務的に参考にできよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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