知財判例データベース 選択発明の場合でも構成の困難性が認められれば進歩性が否定されないとした大法院判決

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
原告 A社 vs 被告 B社等
事件番号
2019フ10609登録無効(特)
言い渡し日
2021年04月08日
事件の経過
2021年9月10日確定

概要

一般に選択発明は、先行または公知の発明に構成要素が上位概念として記載されており、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素の全部または一部とする発明と定義される(大法院2017年5月11日言渡2014フ1631判決)。従来の特許実務において、選択発明は先行発明の重複発明に該当するという観点から、進歩性の判断において構成の困難性を考慮せずに効果の顕著性のみを考慮し、この場合にも、明細書に具体的に記載していない発明の効果は考慮しないなど、一般発明とは異なる厳格な基準が適用されると理解されてきた。本大法院判決は、大法院が一貫して明らかにしてきた特許発明の進歩性の判断基準は、先行発明に上位概念が記載されており、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素の全部または一部とする特許発明の進歩性を判断する場合にも同様に適用されなければならないという点を明確にした後、当該特許発明の進歩性を否定した原審判決を破棄差戻しした。

事実関係

被告らは、原告を相手取って特許審判院に「因子Ⅹa抑制剤としてのラクタム-含有化合物およびその誘導体」という名称の特許発明の進歩性が否定されるとして、登録無効審判を請求した。特許審判院は、2018年2月28日に特許発明は先行発明によって進歩性が否定されるという審決をした。原告は2018年3月14日、特許法院に審決取消訴訟を提起した。

先行発明はマーカッシュタイプの化合物に関する請求項であり、特許発明はエリキュース®という製品名で市販中の医薬品の成分名であるアピキサバンに関する発明であり、先行発明と特許発明は具体的に下記のような化学式を有する。

先行発明 特許発明(医薬品成分名:アピキサバン)
化学式1
(他の母核構造および各置換基の記載は省略)
化学式2、C25H25N5O4

特許法院は、特許発明が選択発明に該当するという前提の下に、選択発明においては、先行発明に特許発明を排除する否定的教示もしくは示唆がある場合、または特許出願当時の技術水準に照らして上位概念の先行発明を把握することができる先行文献に先行発明の上位概念として一般化して当該特許発明の下位概念にまで拡張できる内容が開示されていない場合など、例外的な場合を除いては厳格な特許要件を適用すべきであるとしながら、特許発明はそのような例外的な場合に該当しないと判断した。これにより、特許法院は選択発明で定立された下記の判断基準を適用した。

『選択発明の進歩性が否定されないためには、選択発明に含まれる全ての下位概念が、先行発明の有する効果と質的に異なる効果を奏しているか、質的な差がなくても量的に顕著な差がなければならず、この場合、選択発明の明細書中の発明の説明には先行発明に比べて上記のような効果があることを明確に記載しなければならい。また、上記のような効果が明確に記載されているとするためには、発明の説明に質的な差を確認できる具体的な内容や、量的に顕著な差があることを確認できる定量的な記載がなければならない(大法院2012年8月23日言渡2010フ3424判決など参照)。ただし、その効果の顕著性を具体的に確認できる比較実験資料まで記載しなければならないわけではなく、万一その効果が疑わしい場合には出願日以降に出願人が具体的な比較実験資料を提出するなどの方法によってその効果を具体的に主張・立証すればよい(大法院2003年4月25日言渡2001フ2740判決など参照)。』

上記のような判断基準を適用し、特許法院は、特許発明が先行発明に比べて異質的であるか、または量的に顕著な効果を奏するかを判断した結果、下記の理由を挙げて、選択発明として効果の顕著性が認められないことから進歩性が否定されると判断した。

(1)薬動学的特性を改善した異質的な効果については、当該効果が特許明細書の記載のうち「背景技術」の項目に示されているなど、一般的・抽象的に記載されているため、「アピキサバンのみの異質的効果」と認定できる記載とは見ることができず、(2)併用投与の異質的な効果については、明細書の漠然とした使用可能性に関する記載のみであってアピキサバンの効果とは認識されず、(3)因子Ⅹaの親和力が高く因子Ⅹa抑制剤として優れた効果については、特許明細書には個別化合物のKi値を確認できる記載が全くないため先行発明に比べて量的に顕著な差があることを確認できる定量的な記載があるともいい難い。

上記特許法院の判決に対し、原告は大法院に上告した。

判決内容

大法院は、これまで一貫して明らかにしてきた特許発明の進歩性の判断基準(注1)は、先行発明に上位概念が記載されており、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素の全部または一部とする特許発明の進歩性を判断する場合にも同様に適用されなければならないという点を明確にした。これにより、大法院は、先行発明に特許発明の上位概念が公知となっている場合にも、構成の困難性が認められれば進歩性が否定されないとした上で、先行発明に発明をなす構成要素の一部を2つ以上の置換基により1つ以上選択できるように記載する、いわゆるマーカッシュ(Markush)形式で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれるだけで具体的に開示されていない化合物を特許請求の範囲とする特許発明の場合にも、進歩性の判断のために構成の困難性を検討しなければならないと判断した。具体的な判断基準として、大法院は、上記のような特許発明の構成の困難性を判断するときは、(1)先行発明にマーカッシュ形式などで記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれ得る化合物の数、(2)当業者が先行発明にマーカッシュ形式などで記載された化合物の中で特定の化合物や特定の置換基を優先的にまたは容易に選択する事情や動機もしくは暗示の有無、(3)先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性などを総合的に考慮しなければならないと判示した。さらに、大法院は、特許発明の進歩性を判断するときは、その発明が有する特有の効果も共に考慮しなければならないと判示しながら、この理由は、先行発明に理論的に含まれる数多くの化合物のうち特定の化合物を選択する動機や暗示などが先行発明に開示されていない場合にも、それが何ら技術的意義がない任意の選択に過ぎないのであれば、そのような選択に困難があるとはいえないものの、発明の効果は、選択の動機がなく構成が困難な場合であるか任意の選択に過ぎない場合であるかを区別することができる重要な標識になり得るからであるとした。

さらに、発明の効果に関連し、大法院は、効果の顕著性は特許発明の明細書に記載されて当業者が認識または推論できる効果を中心に判断しなければならず(大法院2002年8月23日言渡2000フ3234判決など参照)、万一その効果が疑わしい場合には、その記載内容の範囲を超えない限度で出願日以降に追加の実験資料を提出するなどの方法によりその効果を具体的に主張・証明することが許容される(大法院2003年4月25日言渡2001フ2740判決参照)と判示した。

大法院は上記のような判断基準に従って、本事案に関連して下記の事実関係を説示しながら、特許発明は先行発明からその構成を導き出すことが容易であるといえず、改善された効果もあるので、先行発明によって進歩性が否定され難いといえると判断した。

  1. 先行発明は、因子Ⅹa抑制剤として有用な新たな窒素含有ヘテロ二環式化合物などを提供することを目的とする発明であるところ、先行発明には66個の母核構造から選択される化合物、および各母核構造に適用され得る置換基の種類と選択可能な原子などを多様に羅列している。ここで提示された化学式は、母核構造の選択と各置換基の組合せによって理論上数億種以上の化合物を含むようになる。一方、本件特許発明は因子Ⅹa抑制剤として有用な新たなラクタム含有化合物およびその誘導体などを提供するためのもので、ラクタム環( ラクタム環の化学式)を有する化合物が因子Ⅹa抑制剤として有用で優れた薬動学的性質を有するということを明らかにしたという点に発明の特徴がある。
  2. 先行発明に一般式として記載された化合物から特許発明に至るためには、先行発明にマーカッシュタイプで記載された化合物のうち、1段階の実施態様として優先順位なしに羅列された66個の母核のうち第1母核( 第1母核の化学式)を選択した後、再び上記母核構造の全ての置換基を特定の方式で同時に選択して組み合わせなければならない。特に、特許発明の効果を奏する核心的な置換基といえるラクタム環は、第1母核の置換基Aに連結された置換基B部分に位置しなければならないが、先行発明には上記のようなラクタム環が具体的に開示されてもいない。先行発明の「より好ましい実施態様」として記載された34個の母核構造において、置換基Bとして可能な数多くの構造の中でラクタム環を優先的に考慮できるような事情もない。先行発明の「より一層好ましい実施態様」と記載された計107個の具体的化合物を詳察してみても、特許発明と全体的に類似の構造を有しているか、または置換基Bとしてラクタム環を有している化合物を見出すことはできない。
  3. 特許発明の明細書の記載および出願日以降に提出された実験資料などによれば、特許発明は公知となった因子Ⅹa抑制剤と比較して改善されたⅩa抑制活性および選択性を有し、薬動学的効果を改善しているため、他の薬物と同時に投与され得る併用投与効果を改善した発明であることが分かる。

専門家からのアドバイス

韓国での従来の特許実務では、大法院2009年10月15日言渡2008フ736、743判決などに基づいて、選択発明は、先行発明との重複発明に該当するとの観点により、その進歩性の判断には構成の困難性を考慮せずに効果の顕著性のみを考慮するものとされ、さらにその場合には明細書に具体的に記載していない発明の効果は考慮しないなど、一般発明とは異なり厳格な基準が適用されるものと理解されてきた。

こうした中で、本件で大法院は、上記判決内容の箇所でも述べたとおり、これまで一貫して明らかにしてきた(一般的な)特許発明の進歩性の判断基準は、先行発明に上位概念が記載されており、その上位概念に含まれる下位概念のみを構成要素の全部または一部とする特許発明(すなわち選択発明)の進歩性を判断する場合にも同様に適用されなければならないという点を明確にした。さらに大法院は、上記2009年の大法院判決については、そこで判示された内容を引用しながら、次のとおりその意味を明確にした。

『大法院2009年10月15日言渡2008フ736、743判決などが「いわゆる選択発明の進歩性が否定されないためには選択発明に含まれる全ての下位概念が、先行発明が有する効果と質的に異なる効果を奏しているか、質的な差がなくても量的に顕著な差がなければならず、この場合、選択発明の発明の詳細な説明には先行発明に比べて上記のような効果があることを明確に記載しなければならない」と判示したのは、構成の困難性が認められ難い事案において効果の顕著性があるならば進歩性が否定されないという趣旨であるため、先行発明に特許発明の上位概念が公知となっているという理由だけで構成の困難性を問うこともしないまま効果の顕著性の有無のみにより進歩性を判断してはならない。』 したがって、本大法院判決は、いわゆる選択発明の場合であっても構成の困難性が判断されるべきであり、また、効果の判断については選択発明として厳格な明細書の記載を要求しないなど、選択発明に一般発明と同じ進歩性の判断基準が適用される旨を明示的に判示した点において最初の事例ということができる。

一方、本大法院判決は全員合議体の判決ではなかったため、選択発明に関する従来の大法院判例を変更したものと言うことができない。このため、従来における選択発明の進歩性の判断基準、つまり構成の困難性が認められ難い事案の場合には、異質の効果が要求されるか、または同質の効果の場合には顕著な効果を要求しながら、明細書に効果について明確に記載されていなければならないという従来の基準が、今後も依然として適用されるのかについては未だ不明確な部分が残るという評価や意見もある。こうした部分は、今後の判決の蓄積を通じて明らかになっていくであろうが、少なくとも本大法院判決については、選択発明の場合に無条件に厳格な特許要件が適用されるといわれてきた従来の理解だけが大法院の見解ではなかったという点を明らかにしたという点に大きな意義があるものと思われる。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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