知財判例データベース 数値限定発明である出願発明は先行発明と比べて異質的効果がなく数値限定に臨界的な意義を確認できる資料もないので進歩性が否定されるとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告(出願人) vs 被告(特許庁長)
事件番号
2018ホ8159拒絶決定(特)
言い渡し日
2019年10月25日
事件の経過
請求棄却/審決確定

概要

出願発明と先行発明の差異が構成要素の数値範囲のみにあったとしても、出願発明の数値限定が先行発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的な場合であれば、数値限定の臨界的意義がないとして出願発明の進歩性は否定されない。しかし、上記のような場合でないときは、出願発明の数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じなければ、その出願発明は、当業者が通常かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎず、進歩性が否定される。

事実関係

原告の出願発明は、金属基板のコーティング方法及び金属基板処理用前処理組成物に関するもので、金属基板の保護コーティング層として環境上の懸念があるホスフェート又はクロメート組成物を用いずにそれと同等又はさらに優れた耐食性を提供することを目的とする。出願発明は複数の独立項を有しているが、判決で主に判断された請求項36は次のとおりである。

【請求項36】IIIB族及び/又はIVB族金属;ガラスフルオライド;モリブデン;及びリチウムを含み(以下「構成要素1」)、上記モリブデンは前処理組成物中の成分の全重量を基準に2~500ppmを占める、金属基板処理用前処理組成物(以下「構成要素2」)
特許庁の審査過程で審査官は、出願発明の請求項36に対して先行発明2によって進歩性を否定したが、先行発明2には金属表面処理剤としてモリブデンが開示されている。原告は審査官の拒絶決定に対して不服審判を請求したが、不服審判が棄却され、特許法院に審決取消訴訟を請求した。 原告は、出願発明と先行発明2は発明の目的及びホスフェートを除くかどうかに差があり、また出願発明の効果は先行発明2から予測されないので進歩性が否定されないと主張した。

判決内容

特許法院は、共通点及び差異の分析について、次のとおり判示した。

イ) 構成要素1の部分

本件出願発明の請求項36の構成要素1と、これに対応する先行発明2の構成要素(以下、括弧内に併記)は、いずれも金属基板処理用前処理組成物(金属表面処理剤)が、3B族及び/又は4B族金属、及びガラスフルオライド(ジルコニウムフッ化水素酸)、モリブデン(モリブデン酸アンモニウム)とリチウム(水酸化リチウム)を含むという点で何ら差がない。これについて原告は、先行発明2の実施例26の場合、請求項36の構成要素1に列挙された成分以外にも五酸化バナジウムなどの他の成分まで含んでいるところ、このことから構成要素1の成分のみ抽出するのは難しい旨の主張をした。
しかし、特許発明の請求項が「ある構成要素を含むことを特徴とする方法(物)」とする形式で記載された場合、上記のような形式で記載された請求項は明示的に記載された構成要素だけでなく、他の要素を追加して実施する場合までも予想しているものである(大法院2006年11月24日言渡2003フ2072判決参照)。
従って、請求項36が上記のように3B族及び/又は4B族金属、ガラスフルオライド、モリブデン及びリチウムを含む形式で記載されている以上、先行発明2の実施例26に記載されている構成成分のうち請求項36に具体的に摘示された成分のみを選別しなければならないものではないため、原告の上記主張は受け入れられない。

ロ) 構成要素2の部分

請求項36の構成要素2は、前処理組成物のうちモリブデンの比率を全重量基準で2~500ppmに限定しているが、先行発明2の実施例26には金属表面処理剤にモリブデン酸アンモニウムが14g/L含まれていることが提示されており、上記化合物からモリブデン自体の重量を計算すればモリブデンが金属表面処理剤に約8,000ppm含まれていることになる(詳細な換算式は省略)。従って、両対応構成要素のモリブデンの重量には差がある。

ハ) 差異に対する検討

次のような理由により構成要素2でモリブデンの含量を一定範囲に限定したことに起因する請求項36と先行発明2の間に存在する差異は、当業者が先行発明2から容易に克服することができるものに過ぎない。

1) 特許登録された発明がその出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値により限定して表現した場合において、その特許発明の課題及び効果が公知となった発明の延長線上にあって数値限定の有無でのみ差がある場合には、その限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じなければ、その特許発明はその技術分野で当業者が通常かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎず、進歩性が否定される。ただし、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されていてその特許発明での数値限定が補充的な事項に過ぎないか、又は、数値限定を除いた両発明の構成が同一であってもその数値限定が公知となった発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有しその効果も異質的な場合であれば、数値限定の臨界的意義がないとして特許発明の進歩性が否定されることはない。

2) まず、本件出願発明の明細書(甲2号証の2)の記載によると、本件出願発明でモリブデンが含まれた前処理組成物は、これを用いて金属基板を処理することによってその耐食性を向上させることを目的とする。

3) ところが、先行発明2の明細書(甲9号証)の記載によると、先行発明2の金属表面処理剤も金属材料に耐食性を付与することを技術的課題としているので、両発明の技術的課題が共通する。

4) 一方、発明の課題及び効果が先行発明2の延長線上にあって、その中でモリブデンの含量のみ一定範囲に限定したという点でのみ差がある請求項36の場合、その限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差があることを確認できる資料がない。

5) また、先行発明2では、モリブデン酸アンモニウム(C1)の含量を特定の1つの値に固定せずに5g/Lから20g/Lまで多様に変更して実験した実施例([表1]~[表3])が提示されてもいる。

6) 結局、構成要素2のモリブデンの含量比は、当業者が通常かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎない。

専門家からのアドバイス

本判決で示された数値限定発明の進歩性判断に関する法理は、これまで韓国の法院及び特許庁で一貫して適用してきている法理であって新たなものではない。

かかる法理に基づくと、出願発明(又は登録された特許発明)が、先行発明が有する構成要素の範囲を数値限定により表現したものと認められるような場合、その進歩性の認定を受けるためには、その限定された数値範囲の内外で顕著な効果の差が生じていること、その出願発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されていること、あるいはその数値限定が公知となった発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的であるということのいずれかを示す必要がある。

出願の段階においても、請求項の記載に数値範囲の限定を含む場合には、その出願明細書に数値限定をした理由(即ち、技術的意義)や数値限定の効果として当該技術分野で異質的な効果と認められるような効果の記載を十分に記載することが権利化の面で有利である。

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