知財判例データベース 数値限定を含む構成要素が他の構成要素と有機的に結合しており数値限定に臨界的意義がなくても進歩性が認められるとされた事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告Aら vs 被告特許庁長
事件番号
2019ホ3090拒絶決定(特)
言い渡し日
2019年12月19日
事件の経過
審決取消(確定)

概要

出願発明は、薬物放出が持続するマイクロ粒子に関するものであるが、マイクロ粒子が特定円形度の球状であり、マイクロ粒子に含まれる高分子と薬物の重量比、及びマイクロ粒子の平均直径が特定数値に限定されたことにおいて先行発明と差異点がある。特許庁の審査及び特許審判院では上記差異点が先行発明から容易に導き出されるとして出願発明の進歩性を否定したが、特許法院は、上記数値限定事項が先行発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有するか又は他の構成要素と有機的に結合しており、数値範囲に臨界的意義が認められなくても有機的結合関係を含む発明全体の進歩性が直ちに否定されると言うこともできないとし、上記数値限定事項を含む構成要素は先行発明により容易に導き出されないと判断した。

事実関係

原告は、発明の名称を「モキシデクチンを含むマイクロ粒子及びこの製造方法」とする発明を出願したが、特許庁において先行発明により進歩性が否定されるとの理由により特許拒絶決定を受け、これを不服として請求した拒絶決定不服審判においても同一の理由により審判請求棄却審決を受けた。これに対して原告は、特許法院に審決取消訴訟を提起した。

出願発明は、心臓糸状虫を予防できるモキシデクチン及び生分解性高分子を含むマイクロ粒子及びこの製造方法に関するものであり、3~6カ月の長期間に渡って薬物投与効果を維持すると共にマイクロ粒子からの薬物の放出を制御して有効な薬物濃度を一定に維持し得るようにし、薬物投与時の異物感及び痛みを減少させることを目的とする。先行発明は、外部寄生虫及び内部寄生虫を死滅させるための持続性注射可能剤形に関するものである。出願発明と先行発明の構成要素を対比すると、次の通りである。

出願発明と先行発明

原告は、i)出願発明は剤形が球状のマイクロ粒子からなるものであり、均一の大きさによって粒子の凝集現象が防止される効果、初期過放出問題の解消効果等があるが、先行発明の薬物はその剤形が注射剤として投与できる液体状態の製剤であるため、この製剤からその前段階であるマイクロ粒子を導き出すことはできず、ii)出願発明はマイクロ粒子という構成要素が数値限定された他の構成要素と有機的に結合しているが、通常の技術者は先行発明に周知慣用技術である乙第1~3号証を結合するとしても、このような有機的結合関係まで容易に導き出すことはできないと主張した。

これに対し、被告は、先行発明にマイクロ粒子に関する明示的記載はないが、通常の技術者であれば先行発明の液体持続性注射可能剤形を必要に応じて周知慣用技術である液中乾燥法によりマイクロ粒子に困難なく変形でき、液中乾燥法により生成されたマイクロ粒子は球状を示すことも容易に予測できるため、進歩性が否定されると主張した。

判決内容

特許法院は、出願発明は通常の技術者が先行発明又は先行発明と周知慣用技術の結合により容易に導き出すことができず、その進歩性が否定されないと判断した。

特許法院が説示した関連法理は、数値限定発明の進歩性の判断に関するものであり、次の通りである。
「特許発明等がその出願前に公知となった発明が有する構成要素の範囲を数値により限定して表現している場合において、その特許発明の課題及び効果が公知となった発明の延長線上にあり、数値限定の有無においてのみ差がある場合には、その限定された数値範囲の内外において顕著な効果の差が生じないのであれば、その特許発明は、その技術分野において通常の知識を有する者が通常的かつ反復的な実験を通じて適宜選択できる程度の単純な数値限定に過ぎず、進歩性が否定される。ただし、その特許発明に進歩性を認めることができる他の構成要素が付加されており、その特許発明における数値限定が補充的な事項に過ぎなかったり、又は数値限定を除いた両発明の構成が同一でも、その数値限定が公知となった発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的な場合であれば、数値限定の臨界的意義がないとして特許発明の進歩性が否定されない(大法院2010年8月19日言渡2008フ4998判決参照)」

特許法院は、出願発明の先行発明と比較して構成上の3つの差異点を通常の技術者が先行発明から容易に克服できないものとして判断したが、その判断根拠は下記の通りである。

(1)差異点1:出願発明は球状のマイクロ粒子に限定している点

まず原告は、構成要素2の「球状」とは単純な球状ではなく、出願明細書の「図6、7に示されたような高さの円形度を有する球状」を意味すると主張しているが、実施例、明細書の記載内容、周知慣用技術の内容に鑑みると、そのように解釈することがその表現しようとする技術的意義に符合すると言える。

被告は、出願発明の球状マイクロ粒子の基本的な製造原理は周知慣用技術である液中乾燥技術と実質的に同一であるため、通常の技術者は先行発明から中間段階の組成物を導き出し、これに周知慣用技術を適用して球状マイクロ粒子を容易に導き出すことにより差異点1を容易に克服できると主張している。しかし、先行発明はその剤形が注射剤として用いるための液剤の薬物を提供することを技術的課題としているところ、このような最終物質である注射剤である液剤を製造した後、そこから再度その前段階であるマイクロ粒子を製造するために液中乾燥法を適用するということは先行発明の技術的課題に反することであり、通常の技術者が着想することは容易であると言えない。

さらに、出願発明は差異点2に関連した生分解性高分子とモキシデクチンの含量比率に関連した数値的限定事項を含んでおり、これによってマイクロ粒子の製造可否が左右され得るため、構成要素2はこのような数値限定という構成要素3と有機的に結合していることが分かる。従って、仮に通常の技術者が先行発明からマイクロ粒子を製造することを着想して中間物質を導き出し、液中乾燥法を適用することを想定しても、構成要素2と構成要素3の有機的結合関係まで導き出すことは容易であると言えない。

(2)差異点2:出願発明の生分解性高分子とモキシデクチンの重量比が4:1~9:1である数値限定事項

被告は、構成要素3の含量比率に関する数値限定は先行発明に記載されている注射可能剤形内のモキシデクチンの含量(0.1~10%w/v)と実質的に差がないだけでなく、上記含量比率4:1~9:1が臨界的意義を有するものでもないため、通常の技術者は先行発明に基づいて差異点2を容易に克服できると主張している。

構成要素3においては、マイクロ粒子内において生分解性高分子とモキシデクチンの重量比率を限定している一方、先行発明は注射可能剤形内のモキシデクチンの含量を限定したものであるため、その比較対象が互いに異なるものである。出願明細書には、重量比率が4:1未満の場合と9:1を超える場合は、モキシデクチンが均等に分布したマイクロ粒子の製造が難しいか、又は初期過放出及び過小放出問題等が発生し得ると記載し、これに符合する実験結果を開示しており、構成要素3の数値限定はマイクロ粒子の製造のみならず、出願発明の技術的課題である長時間持続可能な薬物の提供を可能にすることが分かる。従って、上記数値限定は、先行発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有するものであるため、通常の技術者が先行発明に基づいて構成要素3の数値範囲を導き出すことは容易であると言えない。

(3)差異点3:出願発明のマイクロ粒子の粒子平均直径が80~130μmである数値限定事項

被告は、先行発明の針ゲージが30(針内径が160μm)である注射に用いられる針を塞ぐ粒子がないとの記載は、注射可能剤形内の粒子の大きさが160μm以下であることを意味するため、これから構成要素4の粒子平均直径80~130μmを容易に導き出すことができるだけでなく、上記数値範囲に技術的意義や臨界的意義が認められることもないため、これは単純な数値限定であると主張している。

しかし、先行発明には上記限定事項に関する開示がなく、構成要素4はマイクロ粒子の平均直径を一定の大きさに製造するものであるため、先行発明の160μm以下との開示と同等であると言えず、出願明細書には上記限定事項により動物に注射剤として投与するときの異物感及び痛みを減少させる効果があると記載されているが、先行発明にはこれに関する記載や示唆又は暗示がない。また、構成要素4は「図7に示されたような円形度を有する球状」のマイクロ粒子という構成要素2、及び生分解性高分子とモキシデクチンの重量比に関する数値範囲という構成要素3と有機的に結合しているため、仮に構成要素4の数値範囲に臨界的意義が認められ難いとしても、それだけでこのような有機的結合関係を含む発明全体の進歩性が直ちに否定されると言うこともできない。

専門家からのアドバイス

公知の技術に対して特定の構成要素を数値範囲により限定したことに特徴がある、いわゆる数値限定発明の進歩性が認められるための要件は何であろうか。こうした要件について、韓国では、i)その数値限定発明の効果が公知技術と同質であれば、数値限定事項に臨界的意義が認められる必要があり、ii)そうした臨界的意義がない場合には、当該数値限定が、公知となった発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的であることが認められなければならないとされている。

しかし、数値限定発明が、臨界的意義があるとか、公知の発明とは相違する課題達成の技術手段としての異質的な効果があるものと認められるとして、進歩性が認められる事例は例外的なケースであり稀である。そうした中、本件では、数値限定を含む構成要素が先行発明とは相違する課題を達成する技術手段としての意義を有し、かつ他の構成要素との有機的な結合関係をなす点が認定されて進歩性が認められたケースであった。数値限定発明の進歩性が肯定されることがなかなか困難な中、本件は、どのような場合に数値限定発明の進歩性が認められるのかを知ることができる数少ない参考例と言えよう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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