知財判例データベース 被告の実施技術は特許請求項の技術構成と差異があり、さらに出願経過も参酌した上で、均等範囲に該当せず侵害ではないとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 A社(控訴人;特許権者) vs 被告 B社(被控訴人)
事件番号
2018ナ1060侵害差止(特)
言い渡し日
2018年09月11日
事件の経過
審理不続行棄却(確定)

概要

原告の特許発明は、当初の出願の審査過程において、商業情報発信トーンを提供する構成要素が交換機の内部にのみ、又は外部にのみあることが開示された引用発明により登録自体が拒否されていたであろう可能性が高く、それを回避するために意見書では、発信トーン発生装置を交換機の内部と外部にそれぞれおく構成に基づいて、本件特許発明の技術的特徴はインテリジェントネットワークを応用して交換機の外部に情報提供システムを別途に備えることによって交換機の内部だけでなく外部でも商業情報発信トーンを提供できるということが強調された。この点に鑑みれば、特許発明の商業情報発生装置(又はシステム)の構成が、交換機の内部または外部の一方にのみ存在してもよいという意味を持つ構成(即ち、選択的構成)に変換(又は置換)可能であるとは言うことができない。これに対し、被告の実施形態は交換機の外部にのみ付加サービス提供装置を備えているだけであって、交換機の内部にはこのような構成を含んでいないので、必要により内部の装置又は外部のシステムの中から選択することができるという構成ではない。従って、被告の実施形態は本件特許発明の特徴的構成要素をそのまま有していないだけでなく、本件特許発明と課題解決原理が同一であると言うこともできず、原告の均等侵害の主張は受け入れられない。

事実関係

原告(控訴人)は、発明の名称を「通話待機時の音声/文字/画像商業情報発信トーン発生方法及び装置」とする本件特許の特許権者である。原告は、被告が本件特許発明の構成要素を全て含んでいるか、これと均等な構成要素を有している通話連結音サービス装置及びサービスを実施しており、原告の特許権を侵害していると主張し、特許侵害差止及び損害賠償請求の訴えを提起したが、ソウル中央地方法院は原告の請求を棄却し、原告はこれを不服として特許法院に控訴した。原告は、本件侵害差止本案訴訟を提起する前に特許権侵害差止仮処分を申し立てたが、敗訴していた。

判決内容

本件特許発明と被告の実施形態とを対比すると、次表のとおりである。本件特許発明の構成要素3、4の音声/文字/画像/商業情報発信トーン発生装置(3)及びシステム(6)は、それぞれ交換機の内部と交換機の外部に存在する一方、被告の実施形態の第1、2付加サービス提供装置は、いずれも交換機の外部に備えられているだけで交換機の内部には備えられていない点で差(以下「差異」と言う)がある。

構成要件 本件特許発明 被告の実施形態
1 一般電話機、携帯電話、画像電話、衛星電話、インターネット電話等を含む発信者電話機(1)及び受信者電話機(4)、交換機内に位置する加入者線路盤(2)及び中継線路盤(5)を備える通信システムにおいて 発信電話機、発信交換機、着信交換機、着信電話機を含む有・無線通信システムにおいて、
2 広告、音楽、総合情報、加入者情報(バイオリズム、運勢、位置、芸能人情報、株式、料金、その他情報)等を含んだ商業情報を提供するための商業情報提供サーバ(7); 広告、音楽等の音源を格納し、これを付加サービス提供装置で提供するコンテンツ提供装置(CPMaster's)
3 交換機内に存在し、上記商業情報提供サーバ(7)から上記商業情報の提供を受けて上記加入者線路盤(2)を通じて通話連結待機中の上記発信者電話機(1)に音声/文字/画像の形態で広告、音楽、ニュース等の上記商業情報発信トーンを提供するための音声/文字/画像/商業情報発信トーン発生装置(3);及び 交換機の外部にあり、コンテンツ提供装置及び付加サービス制御サーバから音源及び加入者身元情報の提供を受けて発信者にカスタマイズ型音源を提供する第1付加サービス提供装置(CNSR-IP)
4 交換機の外部に存在し、上記商業情報提供サーバ(7)から上記商業情報の提供を受けて上記中継線路盤(5)と加入者線路盤(2)を通じて通話連結待機中の上記発信者電話機(1)に音声/文字/画像の形態で広告、音楽、ニュース等の上記商業情報発信トーンを提供するための音声/文字/画像/商業情報発信トーン発生システム(6);及び 交換機の外部にあり、第1付加サービス提供装置と同一の機能を有するものの、実際の動作時に選択的に作動して誤作動に備えたり、加入者別に分離処理する第2付加サービス提供システム(CNSR-IP)
5 地域別/性別/年令別/時間帯別等の基準で加入者を区分し、商業情報発信トーンを提供することで広告のような商業情報を効率よく提供するために加入者の身元情報を提供する加入者身元情報提供サーバ(8) 地域別/時間帯別/発信者番号グループ別等に加入者を区分した加入者身元情報を格納し、これを第1、2付加サービス提供装置で提供する顧客管理制御サーバ(CNSR-SCP)
請求項の末尾 等で構成されることを特徴とする通話待機時の音声/文字/画像商業情報発信トーン発生装置 を含む通話連結音サービス装置

原告は、本件特許発明はクライアント/サーバモデルを基盤に運用される商業情報提供サーバ(7)、加入者身元情報提供サーバ(8)等を交換機の外部に分離して構成し、開放型ネットワークを通じて交換機に連結することに核心的な技術思想があり、このような課題解決原理によって第三者(商業情報提供者)のアクセス及び参加が容易ではない問題、容量増設が難しい問題、メンテナンス問題等を解決するという点において格別な作用効果があるのであって、このような本件特許発明の核心的技術思想に鑑みれば、本件特許発明の交換機の内部又は外部に設置される発信トーン発生装置(3)と発信トーン発生システム(6)の物理的位置は技術の核心とは言えず、従って被告の実施形態は原告の特許発明を均等侵害していると主張する。

しかし、本件特許発明の請求項の記載によると、発信トーン発生装置(3)及び発信トーン発生システム(6)の物理的位置のみが記載されているのみであって、商業情報提供サーバ(7)と加入者身元情報提供サーバ(8)の物理的位置に関する限定事項は記載されておらず、原告が主張するような「商業情報提供サーバ(7)、加入者身元情報提供サーバ(8)がクライアント/サーバモデルを基盤に開放型ネットワークを通じて交換機に連結される構成」についてのいかなる限定もされていない。従って、本件特許発明の技術思想の核心は、交換機の内部と外部にそれぞれ発信トーン発生装置(3)及びシステム(6)をおくことと言えるのであり、原告の主張のように「商業情報提供サーバ(7)、加入者身元情報提供サーバ(8)がクライアント/サーバモデルを基盤に開放型ネットワークを通じて交換機に連結される構成」であるとは言い難い。

また、提示された先行技術文献には、商業情報発信トーンを提供する構成要素が交換機の内部にのみあるか又は外部にのみあるように開示されている。一方、本件特許発明の出願過程で提出された意見書においては、「引用発明はインテリジェントネットワークを含んでいないが、本願発明ではインテリジェントネットワークでも商業広告を提供するので進歩性がある」という主張をし、「特に交換機に連動させるIP(Information Provider)であるARS/VMS等の情報提供システムを別途に使用する構造を提案し、インテリジェントネットワーク(IN)システムを応用して提案している」という主張をした事実を認めることができる。即ち、本件特許発明の出願経過を詳察すると、出願人は本件特許発明の技術的特徴がインテリジェントネットワークを応用して交換機の外部に情報提供システムを別途に備えることによって、交換機の内部だけでなく外部においても商業情報発信トーンを提供することを特に強調していたことが分かる。

以上のような本件特許発明の明細書の記載、先行技術である引用発明を含む出願当時の公知技術、及び出願経過を参酌してみれば、原告の特許発明は、引用発明による拒絶を回避するために交換機の内部と外部にそれぞれ発信トーン発生装置をおく構成により、出願当時そのような構成が本件特許発明の主な構成であるという点を強調していたと見られる。従って、本件特許発明の商業情報発生装置(又はシステム)の構成が、交換機の内部又は外部のいずれかのみに存在してもよいという意味を持つ構成(即ち、選択的構成)に変換(又は置換)可能であるとは言うことができない。

被告の実施形態は、前述の通り交換機の外部にのみ付加サービス提供装置(CNSR-IP)を備えているだけで、交換機の内部にはこのような構成を含んでいないので、必要により内部の装置又は外部のシステムの中から選択することができる構成ではないという点において、本件特許発明の特徴的構成要素をそのまま有していないだけでなく、本件特許発明と課題解決原理が同一であると言うこともできない。

特許発明と被告の実施形態の作用効果が同一か否かについて検討しても、被告の実施形態は、交換機内に商業情報発信トーン発生装置に対応する構成を備えていないことから、特許発明のように交換機の内部及び外部の商業情報発信トーン提供装置及びシステムを必要に応じて選択できないので、交換機内部の商業情報発信トーン提供装置又は交換機外部の商業情報発信トーン提供システムの状況(交換機の内部又は外部に過負荷が発生する場合、容量増設を容易にすることとメンテナンス)に応じて商業情報の提供主体を異にすることにより、商業情報を中断なく効率よく提供できるという、本件特許発明のような目的を達成することができるとは言えず、他にこれに関する証明もされていない状態である。

従って、原告の均等侵害の主張は受け入れられない。

専門家からのアドバイス

韓国では、大法院が2000年7月28日言渡97フ2200判決において均等侵害の法理を初めて認めて以来、若干の表現を修正しながら、その法理を発展させてきている。そうした中、大法院2014年7月24日言渡2012フ1132判決では、均等侵害が認められる積極的要件を整理するとともに(課題解決原理が同一であること、変更によっても実質的に同一の作用効果を提供すること、変更することが当業者に容易であること)、消極的要件は従前の判決における「確認対象発明が特許発明の出願時に既に公知となっていた技術と同一の技術又は通常の技術者が公知技術から容易に発明できた技術に該当したり、特許発明の出願手続を通じて確認対象発明の置換された構成が特許請求の範囲から意識的に除外されたものに該当する等の特別な事情がない限り」という文句を用いずに「特別な事情がないこと」と簡略に判示した。

本判決は、従来の均等侵害の判断基準をそのまま適用しながらも、特に課題解決原理の同一性の判断において、請求項の記載及び明細書の発明の詳細な説明の記載だけでなく、出願の審査過程において出願人が提出した意見書も参酌し、特許発明に特有の解決課題を判断した。これは、大法院2014年7月24日言渡2012フ1132判決以後においても、従前の判決で示されていた消極的要件が依然として重要な考慮要素になり得ることを示したものであるといえよう。特に出願の審査過程において請求項から補正により削除した構成や、意見書により請求範囲外である旨を主張した構成については、出願経過の禁反言により、その後の均等範囲の認定に不利に作用し得るだけでなく、先行技術からの差別化のための主張をする場面で特許発明に特有の課題解決原理を認定するのにおいて不利に作用し得るという点にも留意する必要があろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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