知財判例データベース 患者群の特定及び医薬用途の具体的な作用効果の限定の構成によっては、発明の進歩性が否定されるとされた事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告A社 vs 被告特許庁長
- 事件番号
- 2018ホ7057拒絶決定(特)
- 言い渡し日
- 2019年08月22日
- 事件の経過
- 上告なしに2019年9月10日付で確定
概要
出願発明は、先行発明と有効成分、投与用法、投与用量及び適用疾患が同一である一方、対象患者群を具体的に特定し、治療効果も具体的に限定している。これについて、特許法院は、出願発明において特定の対象患者群、新規椎体骨折の抑制に治療効果を限定した医薬用途は、先行発明に比べて実質的な差がないか、又は当該構成が容易導出が可能な程度であると判断した。
事実関係
本件出願発明は「1回当たり100~200単位のPTH(Parathyroid Hormone;副甲状腺ホルモン)が週1回投与されることを特徴とする、PTH含有骨粗鬆症の治療/予防剤」を発明の名称として出願されたもので、請求項1は下記のとおりである。
[請求項1] (1)年齢が65才以上であり、(2)過去に骨折があって、かつ(3)骨密度が青年成人平均値の80%未満であるか、又は骨萎縮度が萎縮度I度以上であるか、又は両方である、200単位のPTHの反復投与を必要とする骨折の危険性が高い骨粗鬆症患者の新規椎体骨折を抑制するための治療剤として、1回当たり200単位のPTHが週1回投与され、PTHを有効成分として含有する骨折の危険性が高い骨粗鬆症患者の新規椎体骨折を抑制するための治療剤。
出願発明は進歩性の欠如により拒絶決定され、拒絶決定不服審判でも同一の理由で棄却審決を受け、原告は当該審決を不服として審決取消訴訟を提起した。 進歩性に関連し、出願発明と先行発明との構成要素別対応関係は次のとおりである。
構成要素 | 出願発明 | 先行発明 |
---|---|---|
1 | (1)年齢が65才以上であり、 (2)過去に骨折があって、かつ (3)骨密度が青年成人平均値の80%未満であるか、 又は骨萎縮度が萎縮度I度以上であるか、 又は両方である |
退行期骨粗鬆症と診断された患者 (厚生省「高齢者骨粗鬆症の予防及び 治療法に関する総合研究班」が 規定する診断基準で4点(ほぼ確実) 以上である患者)(実施例2) |
2 | 1回当たり200単位のPTHが 週1回投与されて、PTHを有効成分として含有する |
200単位のヒトPTH(1-34) (注1) を それぞれ週に1回皮下投与(26週間投与) (実施例2) |
3 | 骨折の危険性が高い骨粗鬆症患者の 新規椎体骨折を抑制する ための治療剤 |
腰推海綿骨の骨密度増加による 骨粗鬆症の治療(表3及び4、効果) |
- 本件出願発明の構成要素1(対象患者条件)は、当業者が先行発明及び当該技術分野の技術常識に照らして容易に導き出せる構成ではない。
- 本件出願発明の構成要素3(新規椎体骨折の抑制用途)は、当業者が先行発明に開示された骨密度の増加効果から容易に導き出せる構成ではない。
- 骨粗鬆症による新規椎体骨折の抑制は骨粗鬆症治療分野で非常に高い臨床的意義を有するが、本件出願発明は構成要素1の患者群において用量依存的に卓越した新規椎体骨折の抑制効果を奏し、さらに従来の骨粗鬆症治療剤に比べても顕著に優れた効果を奏する。
判決内容
特許法院は、出願発明の構成要素2に対して、先行発明の「ヒトPTH(1-34)」は、構成要素2の「PTH」に比べてヒト型であるという点、構成アミノ酸の数が特定されているという点に特徴があるだけであって、構成要素2の「PTH」に含まれる下位概念であるため対応構成が互いに同一であると判断した。
従って、特許法院は構成要素1及び3において差があると判断し、当該構成要素の容易導出の可否、及び効果の異質性又は顕著性を判断した。具体的な判断内容は下記のとおりである。
- 先行発明は退行期骨粗鬆症と診断された患者(老人性骨粗鬆症の予防及び治療法に関する総合研究班が規定する診断基準により4点以上である患者)を対象とするが、その診断基準によると4点以上になるためには、骨体積(骨量)が減少し(+3)、骨折が1つある条件を満たし(+1)、55才未満の女性ではなく75才未満の男性ではないという条件を満たせば4点になるので、先行発明も本件出願発明の条件(1)~(3)を全て満たす患者を含んでいる。
- 出願発明当時に公開された先行文献の骨粗鬆症の診断基準によると、出願発明の構成要素1のうち(2)及び(3)は骨粗鬆症患者の診断基準に該当する。また、65才以降に骨粗鬆症の頻度が急激に増えて骨量が骨折閾値以下に減少する点は出願発明の出願当時周知の事実なので、患者の年齢を65才以上に限定する条件(1)を導き出すのにも何ら困難がない。
- 出願発明の優先日前にヒトPTH(1-34)の骨折抑制効果を調べるために、既存の骨折を有する平均年齢65才以上の骨粗鬆症患者(即ち、条件(1)~(3)を全て満たす患者群)を対象とした事実もよく知られていた。
- 出願発明の明細書には、「骨粗鬆症は「骨強度の低下を特徴とし、骨折のリスクが増大している疾患」である。」と骨粗鬆症を定義しており、骨粗鬆症が高い骨折の危険を伴うということはこの技術分野で広く知られていた事実である。
- 骨折のリスクが骨密度と相関関係があるという点が出願発明の優先日以前に既に知られていた。
- 上記のような骨粗鬆症の定義、骨折及び骨密度との関係などに照らしてみると、構成要素3で「骨折の危険性が高い骨粗鬆症」に限定したのは「骨粗鬆症」に伴う必然的症状を敷延したものといえるだけであって、新たな医薬用途として付加又は限定したものであるとはいえない。また、出願発明と先行発明のいずれも200単位PTHを週1回投与するという点で各有効成分、投与用法及び投与用量が互いに同一であり、対象患者群においても両発明が互いに区別される別個の患者群を対象にするといえないことは前述したとおりであり、構成要素3の「新規椎体骨折の抑制」という効果は先行発明の構成に内在している効果を確認したものに過ぎないため、これをもって新たな医薬用途として付加又は限定されたものであるとはいえないものであって、これは先行発明で骨粗鬆症の治療に対する作用機序として「腰推海綿骨の骨密度の増加」が記載されているのと同じである。
- 出願発明と先行発明はいずれも骨粗鬆症の治療をその効果とするので、質的に異なる効果といえない。
- 出願発明の明細書の実施例1は出願発明による200単位が投与された実験結果ではないので出願発明による効果といえず、実施例2の出願発明の効果だけでは先行発明の骨粗鬆症の治療効果より量的に顕著に優れるという点が認められず、その他にこれを認めるに足る資料もない。
- 原告は、椎体骨折が骨粗鬆症の治療に高い臨床的意義を有するという点、出願発明は非椎体骨折に比べて新規椎体骨折の減少率が2倍以上大きく示される点、これに比べて投与用法及び投与用量が相違する市販製品であるフォルテオの新規椎体骨折減少率と非椎体骨折減少率の差は大きくない点等に照らしてみれば、非椎体骨折の抑制に比べて新規椎体骨折の抑制効果が相対的に優れる出願発明は顕著な治療効果を奏するものと主張する。しかし、椎体骨折が骨粗鬆症の治療に高い臨床的意義を有するといえるだけの客観的資料が存在せず、フォルテオは先行発明と比較してその投与方法及び投与用量が相違する薬剤なので特許発明に顕著な効果があることに関する根拠資料になり得ない。
(2)構成要素3の医薬用途として具体的な作用効果の限定は、先行発明との実質的な差に該当するとはいえない。
構成要素3と先行発明との対応構成は「骨粗鬆症の治療」という医薬用途を共通で提示しているが、その具体的な作用効果において構成要素3は「骨折の危険性が高い骨粗鬆症患者」の「新規椎体骨折の抑制」と規定しているのに対し、先行発明には「腰推海綿骨の骨密度の増加」により骨粗鬆症を治療するという内容で開示されている。しかし、下記の事情に照らしてみると、出願発明の具体的な作用効果の限定が先行発明と実質的な差に該当するといえない。
(3)出願発明は、先行発明と質的に異なる効果を奏するとか、量的に顕著な差がある効果を奏するとはいえない。
以上により、特許法院は、先行発明から本件出願発明を容易に発明できたものであると判断することが妥当なため、進歩性が否定され登録が拒絶されるべきであると判断した。
専門家からのアドバイス
これに関連し、特許庁の審査基準は、同一物質に対する医薬用途発明において既存の投与用法及び投与用量以外に対象患者群に差異がある場合にも、その対象患者群の構成を新規性及び進歩性の判断の構成要素として認めるものと改訂され、2019年3月18日から施行されている。また、審査基準では投与用法及び投与用量に同じく、対象患者群の構成によって当業者が予測できない顕著な効果が認められる場合は進歩性が認められると規定している。かかる審査基準の改訂が、今後、法院の実務に何らかの影響を及ぼすかについては関連事例の蓄積を見守る必要があろう。
注記
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ヒトPTH(1-34)は、ヒトPTH(1-84)のアミノ酸配列の第1番目から第34番目までからなる部分アミノ酸配列で示されるペプチドを意味する
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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