知財判例データベース 先行発明の結合による進歩性の判断において、事後的考察をしてはならないという法理を再確認した事例

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院
当事者
上告人 A(特許権者) vs 被上告人 B(無効審判請求人)
事件番号
2018フ11681登録無効(特)
言い渡し日
2019年06月13日
事件の経過
2020年4月13日確定

概要

進歩性判断の対象になる発明が先行発明と差異があっても、その差異が当該発明の出願当時の技術水準に照らして通常の技術者が容易に導き出すことができるものである場合には進歩性が否定され得るが、このような判断において、当該発明の明細書に開示されている内容を知っていることを前提に事後的考察をしてはならない。本判決における、こうした法理自体は決して新たなものではないが、大法院はかかる法理を適用することにより特許法院の判決とは異なる進歩性判断をした。

事実関係

対象特許は「着脱式調理容器取っ手」に関する特許第1268172号である。対象特許は取っ手本体(1)と上部蓋(2)の間に把持具(11)が形成されたスライド片(10)が設けられ、レバー(20)によりスライド片(10)を前後に引出させて取っ手本体(1)とスライド片(10)の把持具(11)間の間隙に調理容器を入れてつかむようにするものである。争点となった構成は、把持具(11)の2段階解除のためにスライド片(10)の一部分を折り曲げて形成した係止片(12)の先端部が上部蓋(2)内面のストッパ(7)にかかるようにした構成である(以下「把持具解除構成」;下図左側「対象特許の図1」の赤い点線の円部分)。

対象特許の図1

先行発明3の図2

主引用発明である先行発明3は、対象特許と出願人が同一であり、大部分の構成が同一だが、把持具解除構成において差異がある。即ち、先行発明3は把持具解除のために係止段(32)を有するストッパ(30)、ストッパの上下作動のためのスプリング(34)などを有する(上図右側「先行発明3の図2」の赤い点線の円部分)。

上記差異と関連して提出された副引用発明である先行発明4は、ロッキング板(44)にネジ結合した弾動係止片(41)に係止突起(41a)を形成して係止段(13)にかかるようにした構成を開示している(先行発明4も調理容器の取っ手に関するものである)。

先行発明4の図5

特許法院の判断:

「先行発明4の弾動係止片(41)は、別途のコイルスプリングなしに自体の弾性力により係止/解除動作を行うものなので、本件第1項の発明の係止構造と先行発明4の係止構造とは、スライド片(ロッキング板)と一体化されて弾性を有する係止片(弾動係止片)がスライド片上部に形成されたストッパ(係止段)に係止/解除されるという点で差異がない。より具体的に見れば、本件第1項の発明の係止片(12)はスライド片(10)の一部を折り曲げるものである一方、先行発明4の弾動係止片(41)はネジ結合によりロッキング板(44)に一体化されるものであるという点で微細な差異がありはするものの、本件第1項の発明の係止片と先行発明4の弾動係止片とはスライド片(ロッキング板)と一体化されて自体の弾性力により係止/解除動作を行うという点で基本的な作動原理と機能が同一である。

その上、たとえ先行発明4には別途の連結部材が必要な短所があったとしても、本件第1項の発明のようにスライド片(10)の一部を折り曲げて係止片(12)を製作するためには係止片だけでなくスライド片自体も弾性力のある材質からなっていなければならないが、先行発明4のように係止片を別途に射出成形して製作した後、これをスライド片(ロッキング板)にネジ結合すればスライド片自体を弾性力ある材質で作る必要がなく、係止片とスライド片の材質を異にすることができる長所がある。また、スライド片を折り曲げる方式と射出成形方式にはそれぞれ製造過程上の長所・短所もある。このように、本件第1項の発明でのスライド片自体を折り曲げる方式と、先行発明4での射出成形で別途製作してネジ結合する方式は、それぞれの方式による長所・短所があり、いずれの方式が他の方式に比べて一方的に有利なわけではなく、これは通常の技術者に自明な事項である。従って、上記方式中のいずれの方式を採択するかは通常の技術者が設計環境に応じて単純に選択することができる事項に過ぎない。

さらに、本件第1項の発明と先行発明4はコイルスプリングが必要ないので、部品数を減らし簡素化させるという点で作用効果の差異がなく、その他予測可能な程度を超える顕著な差異を発見することもできない。そして、先行発明3と先行発明4はいずれも調理容器取っ手に関するもので技術分野が同じであり、先行発明3のロッキング装置を先行発明4のロッキング装置で代替するのに特に阻害要因も見出せない。

結局、本件第1項の発明の構成要素2は、通常の技術者が先行発明3に先行発明4を結合して容易に導き出すことができるものなので、構成要素2と関連した上記差異は、先行発明3, 4の結合によって通常の技術者が容易に克服できるものである」(先行発明3と先行発明4の結合により進歩性否定)。

上記の特許法院判決に対し特許権者が上告をした。

判決内容

大法院はまず、進歩性の判断において事後的考察が禁止されるという既存の法理を再確認した。

特許出願当時の技術水準に照らして進歩性判断の対象になった発明が先行技術と差異があったとしても、通常の技術者がそのような差異を克服して先行技術から容易に発明できるかを詳察すべきである。この場合、進歩性判断の対象になった発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提に事後的に通常の技術者が容易に発明できるかを判断してはならない。

このような法理に基づいて、大法院は次の通り特許法院判決を破棄した。

先行発明4には、本件第1項の発明と先行発明3の差異である「把持具が構成されたスライド片の一部を上部に傾斜して折り曲げて形成した係止片と上部蓋の内面に形成されたストッパがかかる構成」が示されていない。また、先行発明4の弾動係止片はネジ結合によりロッキング板に結合するという点でスライド片の一部を折り曲げて形成された第1項の発明の係止片と異なる。

先行発明3に先行発明4を結合するためには、先行発明3のボタン、ストッパ、スライド片をいずれも先行発明4の弾動係止片がロッキング板と一体化されて自体の弾性力により係止と解除動作を行う部分に交換しなければならないが、先行発明3のボタンとスライド片の相対的な移動関係だけでなく連結構成の配列関係を大幅に変更しなければならない。各先行発明にそのような暗示と動機が提示されていない本件で、本件第1項の発明の内容を既に知っていることを前提として事後的に判断しない限り、通常の技術者であっても先行発明3と先行発明4の結合により本件第1項の発明の上記構成を容易に導き出すのは難しい。

専門家からのアドバイス

本事案において特許法院は、対象特許と主引用発明である先行発明3との差異に該当する構成(即ち把持具解除の構成)がそのまま先行発明4に開示されておらず先行発明4とは多少の違いがあるものの、その違いは出願当時の技術水準に照らして単純な選択事項に過ぎないとして進歩性を否定したものと判断される。特許法院が単純な選択事項であると判断した論拠のうちの1つは、対象特許の把持具解除構成とこれに対比される先行発明4の構成は若干方式が異なりはするが、それぞれに長所・短所があり、いずれの方式を採択するかは通常の技術者が設計環境に応じて選択できるというものであった。このような論拠は、出願発明が先行発明の結合だけでは導き出されず、そこにプラスαの変更を加えてこそ導き出される事案において審査官が出願発明の進歩性を否定するときによく用いられる。

これに対して大法院は、各先行発明にプラスαの変更に関する暗示または動機が提示されていないにもかかわらず特許法院の判決のように判断することは、対象特許の明細書に記載された内容を知っていることを前提として事後的考察をしたものであると判断したといえよう。

進歩性の判断において事後的考察が禁止されるべきことは周知の法理であるのはいうまでもない。しかし、実際の審査/審判/訴訟において、特に特許権者の立場では漠然と「事後的考察をしてはならない」と主張するのみにとどまらずに、相手方の主張がいかなる点で事後的考察なのかを技術的、論理的に十分に分析して反駁することが重要であるといえよう。一方、特許発明の進歩性を否定しようとする立場の場合には、十分な証拠なしに単純な選択事項または設計事項であると主張するだけでは立証が認められない可能性がある点を念頭に置いておくことが望ましいであろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、柳(ユ)、李(イ)、半田
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195