知財判例データベース 特有の課題解決原理に基づき有機的に結合した全体としての構成の困難性があれば進歩性が否定されないとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告 株式会社鐘根堂 vs 被告 ベーリンガーインゲルハイムインターナショナルゲーエムベーハー(特許権者)
事件番号
2017ホ6569登録無効(特)
言い渡し日
2018年06月07日
事件の経過
上告なしに確定

概要

先行文献からの進歩性の判断においては、特有の課題解決原理に基づき有機的に結合した全体としての構成の困難性が認められるかが判断されるべきで、単にその個別構成要素の公知如何や容易導出如何のみをもって構成の困難性が否定されると言うことはできない。

当該発明特有の問題を解決するための手段が、たとえ既に知られている技術手段の中から選択したものであるとしても、問題の原因とそれによる解決方法の原理まで明確になっていない以上、このような解決手段が単に「公知の材料の中で最も適した材料の選択や数値範囲の最適化または単純な設計変更、均等物による置換」などに過ぎないとして通常の創作能力の範疇に属すると言うことはできない。

事実関係

審判請求人は「DPP-IV抑制剤剤形」を発明の名称とする被請求人(特許権者)の本件特許(韓国特許第1478983号)に対して無効審判を請求した。これに対し、特許権者は特許請求の範囲からリナグリプチン化合物を除いた残りの化合物を削除する訂正請求をし、訂正後の請求項はリナグリプチンの剤形に関する発明であって、先行発明から容易に導き出すことができないと主張した。特許審判院は訂正請求を認容して無効審判請求を棄却する審決をし、審判請求人は審決取消訴訟を特許法院に提起した。

判決内容

本件訂正発明は低容量(0.5~10mg)のリナグリプチン(注1) を有効成分として含み、特定賦形剤を含む剤形発明であり、低容量リナグリプチンと通常の賦形剤(注2)との非混和性の問題、予期せぬ副反応などの問題を解決するために、賦形剤のうち特に希釈剤としてマンニトールとプレゼラチン化澱粉の組合わせを使用することを技術的特徴とする。

原告は、リナグリプチンとこのDPP-IV活性抑制効果及び医薬用途を開示する先行発明1から進歩性が否定されると主張した。先行発明1はリナグリプチンを含む多数の新規化合物と共にDPP-IV活性と連関した疾患予防及び治療用途を開示しており、通常の製剤化方法に関する一般的な記載も含んでいる。

具体的に本件第1項の訂正発明と先行発明1との構成要素を対比すると、次の表のとおりである。

構成要素 本件第1項の訂正発明 先行発明1の実施例4 先行発明1の実施例5
1 リナグリプチンまたはこの塩0.5~10mg(0.5~7重量%) 活性物質75mg(30重量%) 活性物質100mg(45重量%)
2 マンニトール(第1希釈剤)+プレゼラチン化澱粉(第2希釈剤) リン酸カルシウム ラクトース
3 コポビドン(結合剤) ポリビニルピロリドン ポリビニルピロリドン
4 トウモロコシ澱粉(崩解剤) トウモロコシ澱粉 トウモロコシ澱粉
5 ステアリン酸マグネシウム(潤滑剤) ステアリン酸マグネシウム ステアリン酸マグネシウム

上記のような対比結果、本件第1項の訂正発明は、第1及び第2希釈剤としてマンニトールとプレゼラチン化澱粉を使用する一方、先行発明1は、リン酸カルシウムまたはラクトースを使用するという点(構成2)で主な差があり、その他結合剤(構成3)の種類及び主成分であるリナグリプチンの含量(構成1)などでも差がある。

原告は、リナグリプチン化合物とその医薬用途が先行発明1で既に知られており、公知となった活性物質の薬物製剤化過程は医薬品開発のために必須で経なければならない段階であるので、通常の製剤化過程を通じて知られている賦形剤の中から適切な賦形剤を選択することは、製剤化分野における通常の創作能力の範疇に属すると主張し、第1項の訂正発明と先行発明1におけるリナグリプチンの含量と希釈剤の差は、通常的かつ反復的な試行を通じて容易に導き出すことができると主張している。

しかし、先行発明1は一般的な製剤化方法を記載しているものに過ぎず、リナグリプチンを低い含量で含む剤形とした場合において、通常使用される多数の賦形剤との非混和性、劣化の問題などを全く認識できずにいるのに対し、本件第1項の訂正発明は、このような技術的問題を解決するために希釈剤、結合剤、崩解剤及び潤滑剤の特定の組合わせを選択した点に特徴があると言えるのであって、本件訂正発明は有機的に結合した全体としての構成の困難性がある。

さらに原告は、リナグリプチンのような「アミノ基を有する薬物」は、通常の賦形剤であるラクトースとの間で予期しない副反応を引き起こす問題があることが知られており、マンニトール/プレゼラチン化澱粉は、このような副反応が発生しないということが多数の文献を通じて公知となっているとした上で、リナグリプチンの場合においても、通常の賦形剤であるラクトースの代わりにマンニトールとプレゼラチン化澱粉を選択することは、この分野の周知慣用技術であると主張した。

しかし、原告が提出した文献の剤形は、主成分がリナグリプチンのようなキサンチン系列ではなく、イソキノリン系列の化合物で、リナグリプチンと物理化学的な違いが大きい。物理化学的性質が大きく異なる活性物質に対しては特に問題なく使用された賦形剤であるとしても、リナグリプチンの剤形に安定性の問題がないとは断定できない。また、他の文献は、第1項の訂正発明が解決しようとする課題とは異なる課題解決のためにプレゼラチン澱粉などの賦形剤を列挙しているだけである。従って、リナグリプチンを剤形化するときに示される特有の問題と同一の問題の解決のためにマンニトールとプレゼラチン化澱粉の組合わせを添加した事例は見出すことができないので、これらの文献から通常の技術者がリナグリプチンを含む組成物に適した希釈剤としてマンニトールとプレゼラチン化澱粉の組合わせを選択する具体的な動機や示唆がない。

特定薬物の剤形を開発する段階で通常の技術者が解決すべき技術的課題は、その活性成分自体の物理化学的性質、剤形内に同時に存在する物質間の配合の適合性、剤形の製造方法などによって非常に多様であり、このように各薬物ごとに剤形化段階で特有に発生する問題を解決するための手段が、たとえ既に知られている技術手段の中から選択したものであるとしても、問題の原因とそれによる解決方法の原理まで明確になっていない以上、このような過程が単に「公知の材料の中で最も適した材料の選択や数値範囲の最適化または単純な設計変更、均等物による置換」などに過ぎないとして通常の創作能力の範疇に属すると言うことはできない。

専門家からのアドバイス

韓国における進歩性の判断時には目的の特異性、構成の困難性、効果の顕著性などを判断するが、化学/製薬技術分野の発明の場合、韓国法院と特許庁は一般に効果の予測不可能性を重要視して進歩性を判断している。また、従来の判決の中には、発明の目的を上位概念化して目的の特異性を否定する判断をしたものがある。

本判決は、特許発明の目的の特異性を重要視して判断した点で意味があるが、これは本特許発明の明細書上にリナグリプチンの製剤化で発生する特有の問題について具体的に記載されていることが、先行発明との関係で進歩性が否定されないという判断を下すのに影響を及ぼしたと思われ、この点は、特に化学/製薬技術分野の発明における特許明細書作成時に大いに参考とできるであろう。また、審査や審判等において進歩性の主張をする時にも、先行発明との間に具体的な解決課題の差異があるかについて検討してみるべきであろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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