知財判例データベース 請求の範囲の前提部を公知技術として認めることができるかが争点となった事例
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 大法院
- 当事者
- 原告、上告人:審判請求人 vs. 被告、被上告人:特許権者
- 事件番号
- 2013フ37登録無効
- 言い渡し日
- 2017年01月19日
- 事件の経過
- 上告棄却(確定)
概要
ある構成要素が前提部に記載されたという事情だけで公知性を認める根拠とはなり得ない。明細書に背景技術又は従来技術として記載されているからといってそれ自体で公知技術とみなすこともできない。
事実関係
名称を「廃水ろ過器のレイク保護装置」とする本件登録考案(実用新案登録番号第129369号)の出願経過において、出願人は進歩性欠如の拒絶理由通知を受け、原審判時に構成1~4を前提部形式に補正すると共に、従来知られていた構成を公知と認めて前提部形式に代えて記載したという趣旨が記載された意見書を提出していた。
この本件登録考案に対して無効審判が請求され、原審では前提部に記載された構成1~4を証拠によって公知であるかどうかを検討し、公知となっていないと判断した。これに対し、原告は、被告が原審判時に構成1~4を公知なものと認めていることから、これを公知でないとすることは所謂「禁反言の原則」に反すると主張し、請求の範囲の前提部に記載された構成要素の公知如何などに関する法理を誤解して審理を尽くさなかったという理由で上告した。
判決内容
- 法理
特許発明の新規性又は進歩性の判断と関連して、該当特許発明の構成要素が出願前に公知となったかは事実認定の問題であり、その公知事実に関する証明責任は新規性又は進歩性が否定されると主張する当事者にある。従って、権利者が自白したり法院に顕著な事実として証明を必要としない場合でなければ、その公知事実は証拠によって証明されなければならないことが原則である。
請求の範囲の前提部の記載は、請求項の文脈を滑らかにするという意味で発明を要約したり技術分野を記載し、又は発明が適用される対象物品を限定する等その目的や内容が多様であるため、ある構成要素が前提部に記載されたという事情だけで公知性を認める根拠とはなれない。
また、前提部に記載された構成要素が明細書に背景技術又は従来技術として記載されることもあるが、出願人が明細書に記載する背景技術又は従来技術は、出願発明の技術的意義を理解するのに役立ち、先行技術の調査及び審査に有用な既存の技術ではあるが出願前に公知となったことを要件とする概念ではない。従って、明細書に背景技術又は従来技術として記載されているからといってそれ自体で公知技術と見ることもできない。
ただし、明細書の全体的な記載と出願経過を総合的に考慮して、出願人が一定の構成要素を単に背景技術又は従来技術である程度を越えて公知技術であるという趣旨で請求の範囲の前提部に記載したことが認められる場合にのみ、別途の証拠なしでも前提部に記載された構成要素を出願前に公知となったものと事実上推定することが妥当である。
しかし、このような推定が絶対的なものではないので、出願人が実際には出願当時まだ公開されていない先出願発明や出願人の会社内部でのみ知られていた技術を誤解して公知となったものと誤って記載したことが明らかになった場合のような特別な事情があるときは推定が覆される余地はある。
- 上記法理と記録に照らして詳察する
出願人の意見書を提出した事実から本件登録考案の前提部に記載された構成1~4が公知技術に該当すると事実上推定することはできる。しかし、原審判決理由によると、出願人の意見書の記載は誤解であり、実際には意見書提出当時にのみ公開されただけで本件登録考案の出願当時には公開されていなかった先出願考案(後に実用新案登録番号第104628号として登録)を出願当時公知となった技術であるかのように誤って記載したものに過ぎないことが分かるので、上記のような推定は覆されたと見なければならない。
専門家からのアドバイス
本判決では、新規性、進歩性の立証責任は、これを否定する当事者にあるという点、公知となったかどうかは明細書の記載位置(背景技術)又は請求の範囲の記載形式(前提部)により判断するのではなく、証拠によって証明されなければならないことが原則であることを明示したという点に意義がある(本判決は大法院全員合議体の判決として、この判決の見解に反する範囲の判決を全て変更した)。今後、無効審判などで権利者が有利に活用できるものと期待される。
ただし、明細書の全体的な記載と出願経過を総合的に考慮して、出願人の意図により前提部に記載された構成要素が出願前に公知となったものと事実上推定されるという点には留意しておく必要がある。もちろんこのような事実上の推定は、本判決で判示された通り、後に覆滅が許容されるものではあるが、不必要に公知技術と事実上推定されることを防止するためには、明細書の背景技術及び請求の範囲の前提部は本願発明と関連した技術分野を示す程度で包括的に記載することが好ましい。
時折、このような事実上推定を憂慮して背景技術の記載を省略したり請求項の前提部を単に「方法」、「装置」、「システム」と記載する場合があるが、この場合、韓国特許庁の実務上、明細書の記載不備又は請求の範囲の記載不備が指摘される可能性がある。従って、このような実務的な側面を考慮して、背景技術と特許請求の範囲の前提部は多少包括的に記載し(省略せずに)、発明の説明部分に技術内容、構成及び効果を具体的に記載する必要がある。また、記載不備が指摘されて背景技術を追加したり前提部を具体的に記載する補正をする場合、このような補正が先行技術調査に有用で、発明を明確に理解するためのものに過ぎず、公知技術と認めたわけではないという点を明らかにしておく必要がある。一方、米国式実務を考慮して発明の説明部分にさえ本願発明の効果を具体的に記載しない場合があるが、審査段階における本願発明の進歩性に対する説得力、権利行使段階における行使の実効性(裁判官が権利行使を認めるだけの妥当性などを考慮すると、韓国の実務上としては本願発明の効果を多様な側面から具体的かつ豊富に記載することが好ましい。
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