知財判例データベース 音楽著作権侵害の実質的類似性の判断においてメロディよりもリズム・和声をさらに重要視し、二次的音楽著作物は原音楽著作物に比べて権利範囲が縮小されるとした事例

基本情報

区分
著作権
判断主体
ソウル中央地方法院
当事者
原告 A vs 被告 B、株式会社C
事件番号
2013ガ合559814
言い渡し日
2016年11月25日
事件の経過
確定

概要

通常の音楽著作物はメロディを中心に創作性を判断することが原則であるが、既存の曲を編曲する場合、編曲された曲は、既存の曲のメロディを大部分使用するようになるので、このような場合にはメロディよりもリズム、和声の要素をさらに重要な創作性の要素と見るようになり、このような創作的な要素を中心に著作権侵害の要件である実質的類似性の有無を判断するにおいても、大衆の共有の領域に属する既存の音楽著作物を編曲した著作物の権利保護範囲は、従前にない独創的な音楽著作物の権利範囲に比べて相対的に縮小されると見なければならない。

事実関係

原告Aは、1991年から現在まで13枚のアルバムを発表し、主に海外の舞台を中心に活動するジャズギタリスト兼作曲家である。
被告Bは、1994年から現在まで8枚のアルバムを発表し、国内外の舞台で活動するジャズ歌手であり、被告株式会社Cは、音盤映像物製作業等を目的に2006年に設立された会社である。
原告Aは、1997年頃にブラジル出身のジャズギタリスト訴外Dとともに韓国の伝統民謡である「京畿道アリラン」をジャズ風に編曲したArirang(以下「原告アリラン」)を製作し、これを2000年にアルバム「Serenade」に収録して発売した。
被告Bは、2012年頃にある金融グループの広告に出演して京畿道アリランをジャズ風に編曲したアリラン(「被告広告アリラン」)を歌い、2013年頃に被告会社Cの企画の下に製作されたアルバムの製作過程に参画しながら京畿道アリランをジャズ風に編曲したアリラン(「被告アルバムアリラン」)を歌った。被告会社Cはその頃、上記のとおり製作した被告アルバムを販売した。被告Bは、訴外ギタリストEと2007年頃にデュオを結成しヨーロッパで活動して以来、訴外Eと音楽的交流を維持してきたが、同訴外Eは原告とも2002年頃から音楽的交流があった。
原告は、被告アルバムアリランは原告アリランと次のような理由で実質的に類似して著作権侵害が成立することを主張した。即ち、(1)被告アリランは最初の小節を2回繰り返す原告アリランの展開方式を模倣し、(2)被告アルバムアリランは原告アリランを模倣して京畿道アリランを6/8拍子に編曲し、リズム構造も原告アリランと大部分一致し、(3)和声の進行と関連し、原告アリランと被告アリランは曲全体において和声の進行が大部分一致し、被告アルバムアリランでは一部異なる和音で表記された部分があることはあるが、これは同一の和音をその表記方式のみを異にしたり和音の構成音中の一部のみが異なるものに過ぎず、原告アリランで独特に適用した和音をそのまま模倣したという趣旨である。また、被告広告アリランも原告アリランの和声進行をそのまま模倣し、拍子も同一であると主張した。したがって、原告は被告らが原告の二次的著作権と氏名表示権及び同一性維持権といった著作人格権を侵害したとして著作権侵害差止及び損害賠償を請求した。

判決内容

ソウル地方法院の判断は次のとおりである。

イ.音楽著作物に対する著作権侵害の認定要件

音楽著作物に対する著作権侵害が認められるためには、(1)原告の著作物が著作権法により保護を受けるに値する創作性があること、(2)被告らが原告の著作物に基づいてこれを利用したこと(無意識的な利用を含む)、(3)原告の著作物と被告らの著作物の間に実質的類似性があることなどの要件が満たされなければならない。

ロ.原告アリランの創作性認定について

音楽著作物は、一般にメロディ(melody)、リズム(rhythm)、和声(harmony)の3つの要素で構成され、これら3つの要素が一定の秩序にしたがって選択・配列されることによって音楽的構造をなすようになる。音楽著作物の価値は音の伝達による感覚または観念にあるので、創作性は聞き手の感覚と観念を基準に判断されるべきである。 ところが、通常の音楽著作物はメロディを中心に創作性を判断するのが原則であるが、既存の曲を編曲する場合、編曲された曲は既存の曲のメロディを大部分使用するようになるので、この場合にはメロディよりもリズム、和声の要素をさらに重要な要素と見るのが正しい。
まず、拍子の独創性について詳察したところ、京畿道アリランが3/4拍子であり3拍子系列であるのに比べ、原告アリランは6/8拍子なので2拍子系列であるという差異はあることはあるが、上記のような差が原告自身の独自の思想や表現を含んでいるという程度に独創的な要素であるとは見られない。
一方、和声の独創性について詳察したところ、原告アリランはベースペダル音、b7度-根音進行のケーデンス、3度-6度-4度-5度進行、m7b5和音、dimMajor7和音、下降ベースラインなどを使用して京畿道アリランをジャズ風に新たに編曲したギターデュエット演奏曲であり、民謡として演奏または歌唱される京畿道アリランとは全体的な雰囲気や感覚を異にしている。したがって、原告アリランは京畿道アリランと対比して、和声に関しては原告自身の独自の感情の表現を含んでいるという意味で著作権法上の創作性が認められるので、原著作物を編曲の方法で作成した二次的著作物に属する編曲著作物と認められる。

ハ.被告アルバムアリラン、被告広告アリランの原告アリランの依拠性の有無

訴外ギタリストEは、被告アルバムアリラン編曲以前に原告アリランに接したことが明確であり、被告Bもまた、Eとの公演を通じて被告広告アリランの編曲以前に原告アリランに接した相当な可能性があるところ、依拠関係は著作物を見たり接したりする相当な可能性があったことが認められれば、推認することができるので、特別な事情がない限り、被告広告アリラン及び被告アルバムアリランは原告アリランと依拠関係にあることを推認することができる。

ニ.原告アリランと被告アルバムアリラン、被告広告アリランの実質的類似性の認定について

音楽著作物は人間の聴覚を通じて感情に直接訴えかける表現物として人々が好む感情と感覚を呼び起こすことができる音の配合をなさなければならないが、理論上では12音階を用いて無数に多くの配合を構成することができるが、人の可聴範囲や仮声範囲内で人々が好む感情と感覚を呼び起こすことができる音の配合には一定の限界を有せざるを得ないので、音楽著作物を対比して実質的類似性の有無を判断するにおいては、上記のような音の配合の限界、各対比部分が当該音楽著作物で占める質的・量的な比率、需要者である聴衆の観点などを総合的にともに考慮すべきであり、一部類似の部分があるからといって、そのような事情だけで比較対象である音楽著作物と実質的に類似すると断定することはできない。本件楽曲を部分的に分解して原告アリランと被告アルバムアリランを対比してみると、A-1部分とC部分の和声の進行は類似の部分が一部あるが、相違する部分も存在し、A-2、B-2、D部分の和声は大部分相違し、これは原告アリランと被告広告アリランとの比較でも同様である。
また、原告は、原告著作物の特定部分に使用されたBb/Fが被告らのF6(Sus4)和音と同一のものであるが、表記方法のみ異にしたものであると主張したり、原告著作物の他の特定部分に使用されたEb7(Sus4)和音と被告ら著作物のEbmaj9和音はEb音を同一の根音として使用し、これによりF長調でEb音を適用した原告の独特の構成を被告らが借用したものであるという主張をしているが、和音はその構成音が同じでない以上、同一性を認めることができないところ、これを認める資料がないので、原告のこの部分主張も受け入れられない。原告アリランと被告アルバムアリラン、被告広告アリランは、京畿道アリランのメロディをほぼそのまま使用しているので、残りの要素である和声などを中心に対比するとともに、京畿道アリランの特定のメロディと調和する和音として、大部分の人々が好む物静かな感情と感覚を呼び起こすことができる和音はある程度制限的であらざるを得ない点、原告アリランと被告アルバムアリランは和声の進行が相違する部分が相当数存在する点、京畿道アリランは大衆の共有の領域に属するもので、特定人に独占されることなく誰でもその表現形式を自由に用いることができるところ、これを編曲した著作物の権利保護範囲は、従前にない独創的な音楽著作物のそれに比べて相対的に縮小されると見るのが合理的な点などを総合的に考慮してみると、被告アルバムアリランと被告広告アリランが全体的に見て原告アリランと類似するとは認め難い。
よって、原告の請求を棄却する。

専門家からのアドバイス

上記事件は既存の音楽著作物、特に共有領域に属する音楽著作物に対する編曲と即興演奏を楽しむジャズ音楽界内で、メロディではなく編曲部分の和声とリズムなどに著作権を主張する原告が、有名人気ジャズボーカリストである被告を相手取って著作権侵害訴訟を長期にわたって進めたことから関連業界の関心を集めていたものである。
上記判決は、一般的には理解するのが難しいジャズの和声などに関する非常に技術的な原告の主張に対して、法院が原告・被告著作物の和音を個別に対比した体系的分析などを通じてこれを排斥したもので、音楽著作物間の著作権侵害判断において先駆的な価値があると評価できるものである。なお、原告が一審判決に対して控訴を放棄したことにより本件紛争は最終的に解決された。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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