知財判例データベース 人気スマートフォンアプリ名を盗用した登録商標に基づく商標権侵害差止仮処分で被保全権利と保全の必要性を否定
基本情報
- 区分
- 商標
- 判断主体
- ソウル高等法院
- 当事者
- 債権者株式会社チクバン vs 債務者株式会社ステーション3
- 事件番号
- 2015ラ20720
- 言い渡し日
- 2016年08月10日
- 事件の経過
- 上告期間徒過前
概要
501
不動産仲介サービス用スマートフォンアプリケーションに「チクバン」という標章を使用している債権者が、後発競合者である債務者の類似アプリケーションの「タバン」標章が人気を博すや、「タバン」を商標出願し登録を受け、債務者に対し商標権侵害差止仮処分を申し立てた事案で、ソウル高等法院は「タバン」の登録商標については国内需要者間で債務者の商品を表示するものとして知られていたとして債務者に先使用権が認められるだけでなく、「チクバン」標章を使用している債権者が「タバン」を実際に使用したこともなく、今後使用する可能性も高くないと見て、被保全権利及び保全の必要性を否定して仮処分申立を棄却した。
事実関係
債権者は2012年1月頃、「チクバン」という名で不動産仲介サービスアプリケーションをリリースしたが、2013年7月頃、競合企業である債務者が「タバン」を商標とする類似のアプリケーションをリリースし人気を博すや、「タバン」商標を商品類区分第9類に属する移動電話機用コンピュータ応用ソフトウェアなどの商品を指定して2014年5月29日付で出願して登録を受けた後、債務者を相手取って商標使用差止仮処分を申し立てた。一審法院では債務者が使用する「タバン」商標は債権者の登録商標と同一または類似し、債務者が「タバン」商標を使用したスマートフォンアプリケーションは、債権者の登録商標の指定商品である移動電話機用コンピュータ応用ソフトウェアと同一なので、一応、商標権侵害に該当するとしながらも、ただし、債務者のスマートフォンアプリケーション「タバン」(以下「債務者アプリケーション」)は、iTunesアップストア全体の無料アプリ順位で7位を記録し、ライフスタイルカテゴリーの無料アプリ順位では1位を記録し、グーグルアプリケーションストアの「今週の推薦アプリ」に選定された事実、累積ダウンロード数が176,453件に至る事実、マネートゥデイの「そのアプリが知りたい」というコーナーに紹介された事実、多数の新聞記事を通じて債務者アプリケーションが報道された事実などを考慮すると、債務者の「タバン」商標は債権者の登録商標が出願された時点で既に債務者のアプリケーションの出所を表示するものとして認識されたものであり、商標法第57条の3第1項[1]によって「タバン」商標を続けて使用する権利が債務者に認められ、結局、被保全権利の存在に対する債権者の疎明が不十分であることを理由に債権者の申立を棄却した。これに対して債権者がソウル高等法院に抗告した事案である。
判決内容
被保全権利の存否‐債務者に先使用権が認められるかどうか
債権者は、本件登録商標の出願当時、「タバン」が債務者のアプリケーションを示す標章として広く認識されていたと見るのは難しいと主張しているが、債権者の登録商標の出願時点で債務者アプリケーションの累積訪問者数が1,422,068人である事実、スマートフォンアプリケーションの場合、需要者が容易にアプローチでき、特定アプリケーションに対する認識の拡散速度が速くて伝播力は非常に高いといえるので、アプリケーションのリリース後1年以内でも十分広く知られることができるという点、債務者アプリケーションに登録される不動産物件は大部分一人暮らし用の物件であって、主な需要者が20~30代の一人暮らしであるという点(実際に年齢確認が可能な利用者の約85%が20~30代)、統計庁によると、20~30代の一人暮らしは1,628,681人で、これを基準に債務者アプリケーションの累積ダウンロード数の176,453件の比率を計算してみれば、約10.8%に該当する点を考慮してみると、第一審の判断は妥当である。
本件仮処分申立に保全の必要性があると見ることができるかどうか
債権者が考試院(中長期の一人用簡易宿泊施設)、ルームメート、下宿などカテゴリー別に望みの条件の部屋を探せるようにするアプリケーションを「タバン」と名付けた内容の企画文書を作成したことがあり、その企画文書に「タバン」という商標を出願する必要があるという内容が含まれていた事実は認められるが、この企画文書にはアプリケーションの概ねの構想のみが含まれているだけで、実際にアプリケーションを開発するのに必要な具体的な内容は含まれておらず、債権者が実際にこのようなアプリケーションの開発を進めたと見るだけの事情もない点、債権者は債権者の登録商標以外にも第三者の類似サービス提供スマートフォンアプリケーション名である「クルバン」も出願した事実があり、これと関連した事業をするためではなく、競合企業が該当商標を使用できなくする意図で出願した可能性を排除するのが難しい点、債権者は債権者の登録商標と関係なく債権者アプリケーション名を「チクバン」として維持しているだけでなく、本件仮処分申立以後に商号を「株式会社チクバン」に変更までしたという点などを総合的に考慮すると、債権者が債権者の登録商標をその指定商品に使用する可能性は相対的に低いと見られ、仮処分で債務者の実施標章の使用を差し止めなくても債権者の登録商標に関する債権者の業務上の信用が損なわれる等の顕著な損害が発生するとは見難い一方、債務者としては、債務者の実施標章の使用が差し止められる場合、回復できない重大な損害を受ける余地があると見られる。従って、債権者に債務者が「タバン」商標の使用を差し止めなければならない現存する切迫した危険ないし顕著な損害が発生する蓋然性があると見るのは難しく、結局、債権者の本件仮処分申立は保全の必要性に関する疎明が不十分である。よって、債権者の本件仮処分申立は、被保全権利と保全の必要性に関する疎明が不十分なので、理由がない。
専門家からのアドバイス
本件は債権者が、競合企業である債務者が使用する商標が登録されていない状態で債務者が使用する標章を商標として出願して登録を受けた後、これを根拠として権利を行使したが、債務者に先使用権が認められて債権者の申立を棄却した事案である。大韓民国商標法上、先使用権は該当商標が出願される前に使用されていたという事実だけでは認められず、国内需要者間で特定人の商品を表示するものとして知られていたことを要件としており、法院で認められた事例が多くないにもかかわらず、債務者に先使用権を認めたという点で、この仮処分決定は意義があるといえる。
しかし、もし債権者が商標出願をより早くしていたか、債務者の営業実績が相対的に十分でなかったのであれば、先出願主義を採択している大韓民国商標法下で債務者に先使用権を認めずに、債権者に軍配を上げた可能性も十分にあった。商標出願なしに新商品を市場に投入したが、第三者が出願した模倣商標によって事業計画に大きな支障が発生する残念な事例をしばしば見かけるが、広報と営業にのみ全ての努力を集中しても足りない事業開始時期に、商標権紛争で時間と費用を浪費する不祥事を未然に防止するためにも、事業初期から適切な商標の選択と出願を通じた権利確保を確実にしておく必要があることは、いくら強調してもし過ぎることはない。
注記
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[商標法第57条の3(先の使用による商標を継続して使用する権利)]
(1)他人の登録商標と同一又は類似の商標をその指定商品と同一又は類似の商品に使用する者であって、次の各号の要件をすべて満たした者(その地位を承継した者を含む)は、当該商標をその使用する商品に対して継続して使用する権利を有する。- 不正競争の目的なく他人の商標登録出願前から国内において継続して使用していること
- 第1号の規定により商標を使用した結果、他人の商標登録出願時に国内需要者の間にその商標が特定人の商品を表示するものであると認識されていること
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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