知財判例データベース 発明者の退職後、特許権を承継した承継人に職務発明補償金を支払う義務があるかどうか
基本情報
- 区分
- 職務発明
- 判断主体
- ソウル中央地方法院
- 当事者
- 原告、ユ・ジンテ vs.被告、サムスンディスプレイ
- 事件番号
-
2014ガ合512263
職務発明補償金請求 - 言い渡し日
- 2016年06月23日
- 事件の経過
- 原告、被告控訴
概要
原告を含む発明者がサムスン電子に在職中、職務発明に該当する本件発明を共同で完成し、サムスン電子が本件発明について特許を受ける権利を発明者から承継した事実、被告会社がサムスン電子から分割して設立され、本件発明に関する権利、義務を承継した事実は先に認めた通りなので、被告会社は原告に対し、本件発明に関する特許を受ける権利のうち原告の持分に該当する職務発明補償金を支払う義務がある。
事実関係
原告は、研究員としてサムスン電子に在職していた当時、LCD完成品の構成全体のうち液晶パネル内にある下部基板の「電極配列構造」に関連した技術(「本件発明」)を発明して、権利を会社に承継した。サムスン電子は、本件発明を特許出願して登録を受けた後、2010年頃から生産するLCDのうち「PLSモード」製品に適用させ、その後、関連事業部門を2012年にサムスンディスプレイとして分割して設立した。本件発明は、LGディスプレイ株式会社を相手取って行われた特許権侵害差止訴訟で用いられたこともあるが、当時サムスンディスプレイは、本件発明について基本特許に該当する重要な発明であると主張した。
原告は、サムスンディスプレイを被告とし、サムスンディスプレイが過去3年間に「PLSモード」製品を販売して得た売上高に基づいて、今後本件発明の存続期間満了までの予想売上高を約27兆ウォンと算定し、独占権寄与率、仮想実施料率をそれぞれ70%、2.5%と主張した。また、販売の完成に係る発明者の貢献度が35%に達し、共同発明者のうち原告の寄与率は40%であることを主張して660億ウォン(約27兆ウォン×70%×2.5%×35%×40%=約660億ウォン、このうち20億ウォンを請求)の補償金額を請求した。
判決内容
法院は、サムスンディスプレイが原告に対して本件発明に関する特許を受ける権利のうち原告の持分に該当する職務発明補償金を支払う義務があると判示した。また、原告の職務発明補償金を下記の計算式により算定した。
補償金=本件発明による被告の利益額(被告製品売上高(法院の算定では約24兆ウォン)×職務発明の寄与度(5%)×実施料率(2%)×独占権寄与率(6%))×従業員(発明者ら)の貢献度(10%)×発明者間における原告の寄与率(1/3)
法院は、本件発明がLCD完成品の極めて一部の構成にのみ関連するという点、製品売上高の中にはサムスンディスプレイの市場での地位、名声、認知度などにより発生した部分も含まれていると見るべき点などを根拠として、職務発明の寄与度を5%と認め、現在ディスプレイ市場ではLCDの代わりに、新技術であるOLEDの占有率が高まっている点、ディスプレイ市場で非技術的な領域が製品売上に及ぼす影響も相当あると見られる点に基づいて、独占寄与率を6%と認めた。その結果、法院は20億ウォンの請求金額のうち約4800万ウォンの補償金額を認めた。
専門家からのアドバイス
現在、韓国の職務発明に関する法律である「発明振興法」は2014年1月31日に改正施行され、日本とは異なり、従業員側に有利に改正されたこともあり[注1]、職務発明の補償金に対する請求が日本より多く提起されているのが実情である。他社実施による場合、ロイヤリティまたは特許売買金額がそのまま会社の利益額として算定される一方、自社実施による場合、製品売上高に対してどの程度までを利益額として算定するかしばしば問題となってきたが、本判決でも算定式と職務発明の寄与度、独占権寄与率、従業員の貢献度を判示したことから、今後、関連業界で職務発明に対する補償金判断の際に参考にされるものと見られる。
職務発明の寄与度5%、従業員の貢献度10%については従来の判例及び論議されてきた数値と大きく異ならないが、独占権寄与率6%は従来論議してきた数値である30~50%程度よりかなり低いもととなっており、一審判決ではあるが特に注目しておきたい。独占権寄与率の趣旨が売上高全体の中で使用者が有する無償の通常実施権部分を超え、他社の製造販売を禁止できる独占権による部分の比率であるという点を勘案すると、サムスンディスプレイが競合社であるLGディスプレイに対して本件発明に基づいた差止請求をしたことがあったり、現在はLGディスプレイが他の技術を用いている点を加味すれば、少なくとも従来認められていた数値と同程度には認められるべきと考える。サムスンディスプレイの努力と広告活動は既に職務発明の寄与度の算定部分で考慮されているため、他社の製造販売を禁止できる独占権による部分の比率を算定するときにも再度考慮しているのは、従業員側に対する減額要因が2重に適用されたものとも言え、この部分についてはさらなる論理の交通整理が必要であろうと思われる。本件は現在、原告、被告双方が控訴し、2016ナ1554として特許法院に係属中であるところ、特許法院の判断がどのように下されるか注目する必要がある。
注記
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- 中小企業以外の企業において、使用者等と従業員等との間で協議を経て職務発明の承継等に関する勤務規定を締結していない限り、使用者等は、職務発明についての通常実施権を得ることができないこと(改正発明振興法10条1項本文ただし書)
- 職務発明の補償規定の作成、変更は、従業員等と協議をしなければならず、不利益変更の場合は、従業員等の過半数の同意を得なければならないこと(同15条3項)
- 職務発明の紛争に関し、使用者等が求める場合、従業員等は、審議委員会を開催しなければならないこと(同18条)
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