知財判例データベース 出願発明の数値限定が先行発明と異なる課題を達成するための技術手段として意義を有し、その効果も先行発明と区別される異質的なものである場合の進歩性の有無
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告(サムスンSDI株式会社)VS.被告(特許庁長)
- 事件番号
- 2015ホ1089拒絶決定(特)
- 言い渡し日
- 2015年12月24日
- 事件の経過
- 確定
概要
482
数値限定を除いた両発明の構成が同一であっても、その数値限定が公知となった発明とは相違する課題を達成するための技術手段としての意義を有し、その効果も異質的な場合であれば、数値限定の臨界的意義がないとして特許発明の進歩性を否定することはできない。
事実関係
発明の名称を「粘着剤組成物及び光学部材、表面保護シート」とする出願第2010-7013055号(本件出願発明)に対し、特許庁の審査官は、先行発明1(特開2007-264092号)及び先行発明2(特開2006-104344号)を結合して容易に発明できるので、進歩性が否定されるという拒絶理由を通知した。原告は本件出願発明を補正したものの、本件出願発明の請求項全部に対して上記拒絶理由が解消されていないとして拒絶決定をしたため、原告は特許審判院に上記拒絶決定の取消を求める審判(2014ウォン2323)を請求しつつさらに本件出願発明を補正したが、特許庁の審査官は旧特許法審査前置制度により補正された本件出願発明を再度審査し、拒絶理由が依然として解消されていないとして上記拒絶決定を維持した。さらに特許審判院でも本件第1項の発明は通常の技術者が先行発明1から容易に発明でき進歩性が否定されるので、残りの発明について詳察する必要なく本件出願発明全部が特許を受けることができないという理由で原告の審判請求を棄却する本件審決をし、これに対し、原告は審決の取消を求める訴を提起した。
判決内容
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本件第1項の発明[1]は、水酸基を有する(メタ)アクリルアミドが共重合体ポリマー(A)全体質量中に0.1~10質量%含まれるが(構成4)、先行発明1は水酸基を有する(メタ)アクリルアミドが全体質量中に0.05、0.07、0.5、1、1.5、4.5、14.5質量%含まれた実施例と、アルキル(メタ)アクリレート(a1)100重量部に対して1~100重量部、0.05~30重量部、0.07~5重量部で用いることが好ましいとだけ開示している点(以下「差異1」)、(2)本件第1項の発明は帯電防止剤(B)であるイオン性化合物がピリジニウム塩、アルキルピロールリチウム塩、N-メチル-N-プロピルピペリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドのうちの1つであるが(構成3)、先行発明1は帯電防止剤が「イオン性界面活性剤系、導電ポリマー系または金属酸化物系」とのみ開示している点(以下「差異2」)、(3)本件第1項の発明は粘着剤組成物で帯電防止剤(B)が占める含量が0.01~2.0質量%であるが(構成5)、先行発明1は帯電防止剤の含量を具体的に開示していない点(以下「差異3」)で差がある。
本件出願発明の明細書において構成4の数値限定に関連した記載によると、構成4の水酸基を有する(メタ)アクリルアミドの質量に関する数値限定は、粘着剤組成物の帯電防止性などを向上するために選択された技術手段である。これに対し、被告は、先行発明1の添加剤に関する記載に構成4の数値限定の上記のような技術的意義が内在しているため、通常の技術者が構成4を先行発明1から容易に導き出すことができると主張する。
詳察するに、先行発明1の明細書には「本発明の光学用粘着剤には、必要に応じて粘着付与剤、可塑剤、ガラス繊維(glass fiber)、ガラスビード(glass bead)、金属粉、それ以外の無機粉末などに充填剤、顔料、着色剤、充填剤、酸化防止剤(oxidant inhibitor)、紫外線吸収剤、シランカップリング(silane coupling)剤などを、また本発明の目的を逸脱しない範囲で各種の添加剤を好適に用いることもできる。」(識別番号[35])と記載されている。しかし、上記のような記載は光学用粘着剤に添加剤が好適に用いられなければならないという一般的な技術常識を記述したことに過ぎず、そのような記載に水酸基を有する(メタ)アクリルアミドの質量を調節して粘着剤組成物の帯電防止性を向上させようとする構成4の技術思想が内在しているといえない。
結局、本件第1項の発明の構成4の数値限定は、先行発明1と異なる課題を達成するための技術手段として意義を有し、さらにそれによる効果も、帯電防止性の向上という先行発明1と区別される異質的なものなので、通常の技術者が先行発明1から構成4の数値限定を容易に導き出すことができるといえない。
以上の事情を総合すると、本件第1項の発明はその他の差異についてさらに詳察する必要なく、先行発明1によって進歩性が否定されない。
専門家からのアドバイス
韓国特許庁では「数値限定」を非常に厳格に判断する傾向があり、実務的には審査、審判段階でほぼ進歩性が認められないものと認識されている。最近、特許法院ではこのような厳格さが多少緩和された判決が下されるようになり、本判決も数値限定に対して緩和された見解を示しながら、特に、具体的に判断基準を説示したという点で、今後、出願人が有利に活用できるものと考えられる。
例えば、従来の審査(審判)実務によると、先行技術に類似の数値範囲が開示されている場合(一部が重複する場合など)、出願発明の数値範囲の技術的意義が先行技術に記載されているか否かを詳細に判断せず、判断したとしても、通常の技術者が容易に導き出すことができる程度であって臨界的意義が認められないと判断することが大部分だった。本件出願発明の数値範囲は0.1~10質量%として、先行技術の実施例(0.05、0.07、0.5、1、1.5、4.5、14.5質量%)と明細書の記載(1~100重量部、0.05~30重量部、0.07~5重量部)の数値範囲とが多少類似、重複すると解釈できるが、裁判部では、明細書の記載を検討して、出願発明の数値範囲が有する帯電防止性を向上させようとする技術思想が先行技術に内在しているといえないので、先行技術から出願発明の数値限定が容易に導き出されないと判断した。
本判決によると、請求の範囲に記載された数値限定が先行発明に開示された数値と多少類似、重複する部分があっても、明細書の記載から出願発明は先行技術と異なる課題を達成するための技術手段として意義を有していたり、それによる効果が先行発明と区別される異質的なものであるかを説明することによって、出願発明の進歩性を強くアピールできるようになったと思われ、出願人にとって非常に有用な先例と言えよう。
注記
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[請求項1]
水酸基を有するアクリルアミド、水酸基を有するメタクリルアミドの中から選択される単独または2種以上の水酸基を有する(メタ)アクリルアミド(a1)と、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステルの中から選択される単独または2種以上の(メタ)アクリレート(a2)が共重合されてなされた共重合体ポリマー(A)(以下「構成1」);及びイオン性化合物からなる帯電防止剤(B)を含む粘着剤組成物であり(以下「構成2」)、上記イオン性化合物はピリジニウム塩、アルキルピロールリチウム塩, N-メチル-N-プロピルピペリジニウムビス(トリフルオロメタンスルホニル)イミドの中から1つ以上選択され(以下「構成3」)、上記水酸基を有する(メタ)アクリルアミド(a1)は、上記共重合体ポリマー(A)全体質量中に0.1~10質量%含まれ(以下「構成4」)、上記粘着剤組成物で帯電防止剤(B)が占める含量は0.01~2.0質量%であること(以下「構成5」)を特徴とする粘着剤組成物。
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