知財判例データベース 特許侵害を断定できないにもかかわらず、特許権者を代理して警告状を競合事業者の取引先に発送した弁護士に対し不法行為責任を認めた事例
基本情報
- 区分
- 不正競争
- 判断主体
- ソウル中央地方法院
- 当事者
- 原告(株)シムシルチーズF&C他 vs 被告 特許法律事務所代表弁護士
- 事件番号
- 2014ガ合551954号
- 言い渡し日
- 2015年05月01日
- 事件の経過
- 控訴審にて強制調停成立により終結
概要
484
特許法律事務所の代表弁護士が特許権者である依頼人の要請により特許侵害が疑われる物品を輸入・販売する者と、その者から物品の納品を受け販売しているショッピングモール(取引先)に対して、特許侵害行為を禁止せよという要求事項を盛り込んだ警告状を送った事案で、関連当事者間に全世界的に類似の紛争が起こっており、その中には依頼人である特許権者が敗訴した事件もあったという事情を考慮する時、代表弁護士が韓国内で法院や特許庁などの公的機関の判断も受けないまま漫然と所属弁理士の意見だけを信じて警告状を送付したことは過失による不法行為に該当すると認めた事例。
事実関係
原告Aは「Quick Milk Magic Sipper」という商品名のストロー(以下「本件製品」とする)を外国のP社から輸入して流通する会社で、原告B,Cは原告Aから本件製品の供給を受け国内大型マートであるホームプラス、ハナロマート、イーマート(以下「取引先」とする)に納品していた。韓国で「飲み物の味を出すストロー」に対する特許(以下「本件特許」とする)を保有する外国法人Q社は韓国の弁護士を通して、原告B,Cの取引先に本件製品がQ社の本件特許を侵害しているので原告らとの取り引きを中断し、直ちに販売を中断せよとの趣旨の警告状を発送した。警告状を受け取ったホームプラスとハナロマートは本件製品の買い入れを中断、または買い入れ量を大幅に減らした。
この事実を知った原告Aは外国でP社の本件製品がQ社の特許権を侵害しないとする判決が下された事実を挙げ、警告状の発送行為に対する謝罪文を取引先に提供することを要請したもの、Q社がこれに応じなかったため、本件製品が本件特許の権利範囲に属さないという趣旨の権利範囲確認審判を提起し、特許庁から権利範囲に属さないとする審決を受けた。その後、原告は被告(特許権者のQ社を代理して警告状を送付した弁護士)を相手取って警告状発送行為の違法性を主張しつつ損害賠償請求訴訟を提起した。
判決内容
法院は、競合事業者の警告状を発送する行為が違法かどうかに関連して、(1)本件の警告状は単純に特許侵害の可能性を言及したのではなく、本件製品が本件特許を侵害していると断定している点、(2)取引先は本件製品が本件特許を侵害しているか否かを判断する客観的な能力があると見難い点、(3)警告状を受け取った取引先は法的紛争に巻き込まれるリスクを負ってまで本件製品の販売を強行することは難しい点、(4)競合事業者の取引先に対する警告状発送によって競合事業者と取引先間の取引関係が中断される場合、その取引関係を再び原状回復させるのは難しく、競合事業者が回復し難い打撃を受ける可能性がある点などを総合的に考慮し、警告状発送行為の違法性を認めた。
さらに法院は、競合事業者に警告状を発送した行為について、過失を認めることができるかどうかについて、(1)一部の国家の法院で本件製品が本件特許を侵害しないという趣旨の判決が下され、特許権侵害の有無を簡単に判断することができなかった点、(2)にもかかわらず、被告は法院に特許権侵害を原因とした仮処分申請もせずに侵害すると断定して警告状を発送した点、(3)被告は警告状発送後、原告Aから海外での本件特許を非侵害とする判決文などの具体的な判断根拠資料まで受領したのにもかかわらず、特に措置を取らなかった点、(4)警告状を原告に先に送らず、原告の取引先に先に警告状を発送する行為は競合事業者から取引先を奪う手段として悪用される可能性があるという点などを認め、少なくとも被告が過失によって原告の営業活動を妨害したと見られると判示した。
結局、法院は特許侵害を断定することができないにもかかわらず、特許権者を代理して競合事業者の取引先に警告状を発送する行為は違法であり、そこに過失も認められ、原告の取引先に対する納品中断や減少にともなう財産上の損害額賠償の支払いを命じる判決を下した。
専門家からのアドバイス
従来より、特許権侵害行為に対して警告状を送ることは、特許権侵害を疑うに値する合理的な事由があるかどうかによって不法行為を構成するか構成しないと判断がなされてきた。また、特許権侵害を疑うに値する合理的事由が認められる場合であっても侵害行為の疑いがある者の他に、その取引先に対してまでその侵害被疑行為者との取引き中断を要求する場合には刑事上業務妨害の刑事責任や民事上不法行為責任が認められる場合が少なくなかった。
しかし、これまでは特許権者を代理して警告状を送った法律事務所の代表者に過失による不法行為責任を認めた事例はなく、本判決が初の判決であると思われる。
この判決により、今後韓国代理人に侵害被疑者への警告状発送を依頼する場合、その代理人が侵害可否に対する綿密な検討なしには警告状を送付できないと拒否したり、事前調査や検討のための追加費用を請求する可能性がある。
今後、類似のケースなどで法院が本件のような判断をとり続けるものと仮定すると、日本企業としては知的財産権侵害に関する警告状の発送を考慮する場合、侵害可否についてより綿密に事前検討して、侵害という結論に至るようになった判断根拠をしっかりと残しておくことで、業務妨害の刑事責任や不法行為の民事責任を負わないように備えておく必要があり、韓国代理人と相談するに際にも用意した関連資料を全て代理人に明かして、代理人の方も最大限客観的な判断ができるように協力体制を築く必要があると思われる。
ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム
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