知財判例データベース 合金の請求項を閉鎖型でなく開放型で記載することが許容されるか
基本情報
- 区分
- 特許
- 判断主体
- 特許法院
- 当事者
- 原告(出願人)vs 被告(特許庁長)
- 事件番号
- 2014ホ3897拒絶決定(特許)
- 言い渡し日
- 2015年01月16日
- 事件の経過
- (未上告による)判決確定
概要
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特許発明の範囲は、特許請求の範囲に記載されたものだけでなく、発明の詳細な説明と図面の簡単な説明の記載全体を一体としてその発明の性質と目的を明らかにし、これを参酌してその発明の範囲を実質的に判断しなければならないので、特許出願された発明の内容が通常の技術者によって容易に理解され再現されることができるのであれば、部分的に不明確な部分があっても適法な請求の範囲の記載と見るべきである。
事実関係
本件出願発明に対して、特許庁は「請求項1、13、24には『アルミニウム50~60重量%、亜鉛37~46重量%、シリコン1.2~2.3重量%を含有するアルミニウム-亜鉛-シリコン合金』と記載されているが、アルミニウム-亜鉛-シリコン合金の各成分の組成範囲の合計が100%になるように記載されていないので、発明が明確に記載されたものと見られない」という趣旨の最後の意見提出通知をした。原告はその後、補正書[1]及び意見書を提出したものの、特許庁は同一の理由で拒絶決定をした。これを受け、原告は本件拒絶決定を不服とする審判を請求したが、審判院では、問題となった請求項の記載はアルミニウム-亜鉛-シリコン合金に追加で含むことができるマグネシウム、ストロンチウム、カルシウム、バナジウム、クロムなどの成分の組成範囲を特定できておらず、明確かつ簡潔に記載されたものと見られないので、原告の審判請求を棄却する本件審決を下した。
判決内容
- 本件出願発明は特許請求の範囲の記載が不明確か否か
請求項1、13、24は「アルミニウム50~60重量%、亜鉛37~46重量%、シリコン1.2~2.3重量%を含有する」とその組成比を限定しているが、アルミニウムの最低成分量である50重量%と、残りの成分の最大成分量である46重量%と、2.3重量%との和は、98.3(=50+46+2.3)重量%となって100重量%に達しておらず、また、亜鉛の最低成分量である37重量%と、残りの成分の最大成分量である60重量%と、2.3重量%との和は、99.3(=37+60+2.3)重量%となってそれぞれ100重量%に達しておらず、結局、アルミニウム-亜鉛-シリコン合金の任意の1つの成分の最低成分量と残りの成分の最大成分量との和が100重量%に達しないように成分比が記載されている。
「含有する」という単語は「物質が何らかの成分を含んでいる」という意味として一般に広く用いられており、アルミニウム-亜鉛-シリコン合金に、アルミニウム、亜鉛、シリコン以外に他の成分も含むことがあり得るのは、特許請求の範囲の記載自体でも明白である。
本件出願発明の詳細な説明には「アルミニウム-亜鉛-シリコン合金という用語はまた、他の成分、例えば、鉄、バナジウム、クロム及びマグネシウムのうちの1つ以上を含み、または含まない合金を意味するものと理解される。」などの記載があるので、請求項1、13、24に記載された合金は、追加で他の成分を含み得ることが分かる。従って、通常の技術者であれば、他の成分も含み得るという点を容易に理解し、これを再現するのに特に困難がないと判断されるので、請求項1、13、24はその成分組成比の記載が不明確であると見られない。
- 被告の主張に対する判断
被告は、合金は他の混合物質と異なり、成分と組成比によってその性質が急激に変化するため、組成物の成分比が100%特定されない場合、いかなる物質が形成されるか分からないので、本件のように合金発明の場合、開放型請求項の記載は不明確な記載に該当するという趣旨で主張している。
しかし、(1)出願人は請求項を閉鎖型または開放型を適宜選択でき、(2)開放型請求項で追加される構成要素により作用効果が全く変わる場合には、発明の保護範囲から除外されるものと見なければならないが開放型請求項であるという理由だけで請求項の記載が不明確であると見ることはできず、(3)組成物の成分比によってその性質が急激に変わり得る合金以外の他の組成物(例えば、薬学組成物等)について開放型請求項を許容しているのに、合金についてだけは閉鎖型のみ許容されると見る根拠が不十分であり、(4)詳細な説明の「アルミニウム-亜鉛-シリコン合金は他の成分を含有し得る。しかし、望ましくはアルミニウム-亜鉛-シリコン合金はバナジウム及び/又はクロムを意図的な合金成分として含有しない~(中略)~一方、例えば、溶湯内での汚染に起因して微量(trace amount)に存在することはあり得る」と記載しているので、連続的な溶融メッキを通じて合金を製造する過程で少量の不純物が追加され得るという点は通常の技術者に自明なので、合金発明の場合にも、少量の成分が含まれ得るように開放型で記載された請求項がそれ自体で不明確であると見ることはできない。従って、被告の上記主張は理由がない。
専門家からのアドバイス
一般に、請求項の記載は、特に閉鎖型として意図しない限り、開放型として解釈される。即ち、請求の範囲に記載された構成要素を含んでいれば当該権利に属し、他の構成を含むか否かは判断する必要がない。
ところが、「合金」に関しては、「合金を構成している各成分の組成範囲の総合計は100%になるように記載しなければならない。請求項を閉鎖型や開放型のどちらの形式で記載していても組成範囲の総合計が100%を超過したり未達になってはいけない。」と審査指針書に記載[2]されており、拒絶査定及び審決はこの指針に基づいてなされたわけである。
しかし、根本的に請求の範囲にいかなる構成要素を記載するかは出願人の意思による選択事項であり、当該請求の範囲が明確に記載されているかどうかの判断基準は、当業者が明確に理解して容易に実施することができるかによるものであるから、上記審査指針書の基準は合金発明に対して不当に請求の範囲の記載を制限するものであったとの見方もできよう。
本事件の判決により、合金発明についても、他の技術分野の発明と同様に組成範囲記載の自由度が高まったという点で大きな意味があると言える。
注記
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補正された請求項1は以下の通り。
[請求項1]直径が0.5mm未満である最小スパングルを有し、アルミニウム50~60重量%、亜鉛37~46重量%、シリコン1.2~2.3重量%を含有するアルミニウム-亜鉛-シリコン合金でメッキされた鋼鉄ストリップ上の、粗メッキ(rough coating)及びメッキされていないピンホール(pinhole-uncoated)のような類型の表面欠陥を制御する方法であって、鋼鉄ストリップが熱処理加熱炉及びアルミニウム-亜鉛-シリコン合金の溶湯を連続的に通過するようにする段階を含み、上記段階は、- 熱処理加熱炉内で鋼鉄ストリップを熱処理する段階及び
- 溶湯内でストリップを溶融メッキ(hot-dip coating)して鋼鉄ストリップ上にメッキを形成する段階である方法において、上記方法は溶湯に(i)ストロンチウムまたは(ii)カルシウムまたは(iii)ストロンチウム及びカルシウムを添加して溶湯内の(i)ストロンチウムまたは(ii)カルシウムまたは(iii)ストロンチウム及びカルシウムの濃度を少なくとも2ppmに調節することを特徴とする鋼鉄ストリップの表面欠陥を制御する方法。
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審査指針書 第2部「特許出願」第4章「明確で簡潔に記載すること」(ページ番号2415)2014年7月追録分。なお、2015年1月に改正された同審査指針書 第9部の技術分野別審査基準 第6章「合金」の部分には、各成分の組成範囲を明確に示し、不純物についても上限の許容範囲を示すようにとの内容だけが含まれており、100%超過・未達に関する言及はない。
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