知財判例データベース 特許に明白な無効理由があっても「特別な事情」があるときは権利濫用の抗弁は受け入れられないとした事例

基本情報

区分
特許
判断主体
ソウル中央地方法院
当事者
三菱化学株式会社(原告)v. インテマティクスコーポレーション、他一名(被告)
事件番号
2011ガ合138404
言い渡し日
2013年02月05日
事件の経過
控訴期間経過前

概要

374

特許発明が無効になることが明白な場合、当該特許権に基づいた侵害差止又は損害賠償などの請求は、「特別な事情」がない限り権利濫用に該当して許容されないが、これとは反対に、当該特許に明白な無効理由があると判断されても、「特別な事情」があると認められる場合には、権利濫用に基づいた無効抗弁は受け入れることができない。また、権利濫用の抗弁は例外的に認められるものであるため、上記の「特別な事情」は、無効理由が存在しても訂正審決により特許が無効であると言えなくなる状況に至る可能性がある場合などをも意味すると見るのが相当であり、特に訂正審判が請求された場合には、その訂正が要件を満たして認められる可能性が高く、訂正を通して該当無効理由が解消される事情が認められれば、このような「特別な事情」があると見ることができる。

事実関係

原告は「蛍光体及びこの蛍光体を利用した発光器具」に対する本件特許発明の権利者であり、被告1は韓国国内に営業所を置いて特定蛍光体製品(以下「被告製品」とする。)を販売するために広報活動をしている者であり、被告2は被告1から被告製品を輸入し韓国国内で販売している者である。原告は、被告に対し、侵害差止請求の訴を提起したところ、被告1は、原告の本件特許発明に対する無効審判を請求したため、原告は、当該無効審判事件において、本件第1項発明[1]の「2価金属元素」を「Mg、Ca、Sr、Ba」に、「4価金属元素」を「Si、Ge、Sn」に、「3価金属元素」を「B、Al、Ga、In」に、本件第9項発明の「第1項ないし第3項のうち、いずれかの項において」を「第1項において」に訂正する訂正請求をしていたが、この無効審判事件は、本件判決の言渡まで審決が下されていない状態であった。

判決内容

被告1は、本件第1項発明の優先権主張の基礎になる出願の請求項にはA元素として「Mg、Ca、Sr、Ba」、D元素として「Si、Ge、Sn」、E元素として「B、Al、Ga、In」として具体的に記載されているのに対し、韓国における特許発明には、「AはM元素以外の2価金属元素」、「Dは4価金属元素」、「Eは3価金属元素」と広範囲に記載されているため、本件第1項発明の出願日は、優先権の出願日まで遡及する効力を認めることができない旨主張し、そうすると、本件第1項発明は、その出願日前の比較対象発明と同一であるため、拡大先願規定(特許法第29条第3項)に該当するものとして無効であることが明白であり、原告の請求は権利濫用に該当して許容されないと主張した。

これに対し法院は、特許発明が特許無効審判により無効になることが明白な場合、特許権に基づいた侵害差止又は損害賠償などの請求は、「特別な事情」がない限り権利濫用に該当して許容されず、これとは反対に、当該特許に明白な無効理由があると判断されても、「特別な事情」があると認められる場合には、権利濫用に基づいた無効抗弁は受け入れることができないものであるところ、侵害訴訟法院で無効理由に基づいた権利濫用の抗弁は、実質的正義と当事者間の衡平を考慮して例外的に認められるものであるから、上記のような「特別な事情」を過度に厳格に解釈してはならないという点を考慮すれば、無効理由が存在しても、訂正審決により特許が無効であると言えなくなる状況に至る可能性がある場合などは、「特別な事情」に合致するものと見るのが相当であると判示した。

本件において、原告は、被告1が提起した無効審判事件に対し、本件第1項発明の「2価金属元素」を「Mg、Ca、Sr、Ba」に、「4価金属元素」を「Si、Ge、Sn」に、「3価金属元素」を「B、Al、Ga、In」に各訂正する内容の訂正請求をしていたとことろ、これに対し法院は、本件訂正請求は特にM、A、D、E、X元素のうち、A、D、E元素に含まれ得る2価、4価、3価金属元素の範囲を単純に縮小したものに過ぎないため、訂正の要件を満たして認容される蓋然性が高いと見られ、本件訂正請求を通して訂正が行われれば、本件第1項発明と優先権の特許請求範囲が互いに一致することになって本件第1項発明の出願日が優先日の出願日まで遡及する効力が認められ、このような場合、比較対象発明は本件第1項発明に対する関係で拡大した先願の地位を持つことができなくなるため、たとえ被告1の主張のような無効理由があるとしても、被告1の権利濫用に基づいた無効抗弁を受け入れられない「特別な事情」があるとし、原告の請求を認容した。

専門家からのアドバイス

大法院は2010ダ95390全員合議体判決を通して、特許法は特許が一定の理由に該当する場合に別途に設けた特許の無効審判手続きを経て無効にできるように規定しているため、特許が一旦登録された場合、たとえ進歩性などがなく無効理由が存在するとしても、無効にするという審決が確定しない限り、対世的に無効になるものではないとした上で、特許権侵害訴訟を担当する法院としても、特許が無効になることが明白であり特許権者の請求が権利濫用に該当するという抗弁がある場合、「特別な事情」がない限り、その判断のための前提として特許の無効如何に対して判断できるという趣旨を判示している。そして、本判決は、この「特別な事情」に関し、訂正請求がなされておりそれが認められる蓋然性が高い場合、当該「特別な事情」に該当すると判示したものであり、このような「特別な事情」の具体的内容、及び存在を理由に特許無効による権利濫用の抗弁を排斥し特許侵害を認めた初めての事例ということになる。特に、法院は、無効理由に基づいた権利濫用の抗弁は実質的正義と当事者間の状態を考慮して例外的に認められるものであるため、「特別な事情」を厳格に解釈してはならないと判示しており、訂正審判の請求が行われたという点(ただし、本件では訂正請求)、当該訂正が訂正要件を満たし認められる蓋然性が高いという点、訂正が認められる場合、被告が主張する無効理由が解消され得るという点などを指摘し、これらによれば特許無効による権利濫用の抗弁を受け入れることができない「特別な事情」に当たると明示的に説示している。

ところで、法院は、被告製品と特許発明との属否判断において、訂正前の請求項に対し被告製品が権利範囲に属するという点のみ判断し、訂正後の請求項における権利範囲にも属するかどうかに対しては特別に触れておらず、「特別な事情」の存否ないし要件とともに、属否判断をどのように行うべきであるのか、上級法院の判断に注目したい。本判決は、上述のとおり下級審におけるものであるが、無効抗弁に対する反撃として有効なものと思われ、各企業において押さえておきたい重要なものである。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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