知財判例データベース 数値限定発明で、一部が技術的に実施不可能な場合や上限・下限の限定がなくても発明自体が不明確とはいえない

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
コーロンインダストリー株式会社(原告)v. 東洋紡株式会社(被告)
事件番号
2012ホ6717
言い渡し日
2013年01月25日
事件の経過
上告

概要

380

発明がその構成に数値を含む場合、請求項に数値範囲の上限及び下限を全て明確に記載することが望ましいものの、目的とする技術的課題を解決するために数値の上限又は下限に技術的な意味があり、特定されなかった下限又は上限が通常の技術者に自明であるか、通常の技術者がその発明を実施するために容易に選択できる程度であれば、技術的に重要な数値の上限又は下限のみを特定すれば充分であり、技術的に重要でない下限又は上限が特定されなかったとしても直ちに発明が不明確であるとは見られない。また、数値限定発明の範囲のうち、一部が技術的に実施不可能でも、不可能であるという事実が通常の技術者に自明であればその権利範囲は技術的に実施可能な範囲までに限定されるだけで、発明自体が不明確なものではない。


注記

[1]本件特許発明の請求項1は下記のとおりである。

[請求項1] 幅0.2m以上であり長さ1000ないし6000mの熱収縮性ポリエステル系フィルムを巻いてなされ、上記の熱収縮性ポリエステル系フィルムの原料重合体の主な構成単位がエチレンテレフタレート(ethylene terephtalate)単位であり、主な構成単位以外の副次的構成単位のうち、最も多量に含まれる最多副次的構成単位がネオペンチルグリコール(Neo-Pentyl Glycol)とテレフタル酸(terephthalic acid)からなる単位、1,4-ブタンジオール(1,4-Butanediol)とテレフタル酸(terephthalic acid)からなる単位、1,4-シクロヘキシレンジメチレン(1, 4-cyclohexylene dimethylene)とテレフタル酸(terephthalic acid)からなる単位、又は、エチレングリコール(ethylene glycol)とイソフタル酸(Isophthalic Acidからなる単位であり、上記の熱収縮性ポリエステル系フィルムは2種以上の重合体を混合して製造され、下記の要件(1)、(2)及び(3)を満足させるものであることを特徴とする熱収縮性ポリエステル系フィルムロール。

  1. 上記フィルムの長さの方向にフィルム物性が安定している正常領域のフィルムの巻き開始側の端部を第1端部、巻き終了側の端部を第2端部とした時、上記第2端部の内側2m以内に1番目の試料切断部を、また、上記第1端部の内側2m以内に最終の切断部を設けると同時に、1番目の試料切断部から約100mごとに試料切断部を設け、それぞれ10cm×10cmの正方形状で切り出した試料を85℃の温水の中に10秒浸漬して引き上げ、続いて25℃の水の中に10秒浸漬して引き上げた時の最大収縮方向の熱収縮率が全ての試料に対して20%以上であり、また、その平均値を算出した時、全ての試料の熱収縮率がこの平均値から±3%以内の範囲に入る。
  2. 上記フィルムの原料重合体が要件(1)においての各試料切断部から別に切り出した各試料に対して上記最多副次的構成単位の含有率を測定した時、全ての試料の最多副次的構成単位の含有率が全構成単位100モル%のうち、7モル%以上であると同時に、これらの平均値を算出した時、全ての試料の最多副次的構成単位の含有率がこの平均値から±2モル%以内の範囲に入っている。
  3. 要件(1)に記載された各試料の切断部で、10cm×10cmで切り出した各試料に対し、85℃の温水の中に10秒浸漬して引き上げ、続いて25℃の水の中に10秒浸漬して引き上げた時、全ての試料の最大収縮方向に直交する方向の熱収縮率が7%以下であり、これら直交方向の熱収縮率の平均値を算出した時、全ての試料の直交方向の熱収縮率がこの平均値から±1%以内の範囲に入っている。

[2]本件では、その他新規性、進歩性も争われたが、いずれも原告の主張が認められなかった。

[3]第42条(特許出願)第2項第3号の規定による発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野において通常の知識を有する者が容易に実施することができる程にその発明の目的・構成及び効果を記載しなければならない。

[4]第42条(特許出願)第2項第4号の規定による特許請求範囲には、保護を受けようとする事項を記載した項(以下「請求項」という。)が1又は2以上なければならず、その請求項は次の各号に該当しなければならない。

  1. 発明の詳細な説明により裏付けられること
  2. 発明が明確かつ簡潔に記載されること
  3. 発明の構成になくてはならない事項のみで記載されること

事実関係

被告は、「熱収縮性ポリエステル系フィルムロール」に対する本件特許発明[1]の権利者である。原告は、被告特許発明に対し、1)請求項及び発明の詳細な説明に記載不備があることなど[2]を理由に、登録無効審判を請求したが、特許審判院は、本件特許発明の請求項及び発明の詳細な説明に記載不備はないとし、原告の審判請求を棄却する審決を下したところ、これに対して原告は、特許法院に審決取消し訴訟を提起した。

判決内容

原告は、まず、(1)発明の詳細な説明の記載不備に関し、本件特許発明の審査時に被告が提出した実験成績証明書(甲第4号証)の実験結果を本件特許発明の明細書に記載された実施例1と比べてみれば、最多副次的構成単位の含有率の偏差をより均一にしつつ、延伸工程で予熱温度及び熱処理温度の変動幅は実施例1と同等水準とし、延伸温度の変動幅を実施例1より一層均一にしたにもかかわらず、最大収縮方向及び直交方向の熱収縮率の偏差がかえってより不均一になっており、最多副次的構成単位の含有率を均一にし、フィルムの延伸工程でフィルムの表面温度の変動幅を均一にしても、本件特許発明の実施例のような熱収縮率の偏差を反復再現できないため、発明の詳細な説明は、旧特許法第42条第3項[3]の記載要件に違背すると主張した。また、(2)請求項の記載不備に関し、本件特許請求範囲の請求項1には、「最大収縮方向の熱収縮率、最多副次的構成単位の含有率及び最大収縮方向に直交する方向の熱収縮率の偏差はそれぞれ平均値±3%以内、平均値±2モル%以内及び平均値±1%以内の範囲」と記載されているが、偏差の変動上限値のみが記載されているだけで、変動下限分は記載されていないため、第1項発明の特許請求範囲は、各物性値が±0%である場合と平均値±0%に近接する場合を含むところ、各物性値が±0%である場合は技術的に実施不可能であるだけでなく、各物性値の偏差が±0%である場合と平均値±0%に近接するどの範囲まで権利範囲に含まれるのか、これを裏付ける記載がないため、旧特許法第42条第4号第1号及び第2号[4]に違反すると主張した。

これに対し法院は、(1)発明の詳細な説明の記載不備に対する原告の主張に対し、甲第4号証の追試実験は、単に比較対象発明1の実施例に比較対象発明2の延伸段階で温度の偏差をなくす方法を適用したものであって、本件特許発明の実施例ではなく、また、本件特許発明の明細書に記載された実施例1は、比較対象発明1の実施例1と比べて原料の組成が異なるだけでなく、延伸条件をはじめとして予熱及び熱処理での各温度も差があるため、本件特許発明の明細書に記載された実施例1と相違する製造工程で実施された甲第4号証の追試実験を根拠に本件特許発明の反復再現性を否定することはできないとした。また、(2)請求項の記載不備に対する原告の主張に対しては、本件特許発明で物性の偏差が少なければ少ないほど、即ち偏差が平均値±0%に近接すればするほど望ましいということは通常の技術者に自明な事項であり、また、物性偏差が平均値±0%であるフィルムロールを製造することが理論的には可能であるが、技術的にはその実施が不可能であるということも通常の技術者に自明な事項であるため、本件第1項発明の請求範囲は、その偏差範囲内で技術的に実施可能な偏差を意味するものとして不明確であると見ることができず、また、発明がその構成に数値を含む場合、請求項に数値範囲の上限及び下限を全て明確に記載することが望ましいものの、その目的とする技術的課題を解決するための数値として、上限又は下限に技術的な意味があり、特定されなかった下限又は上限が通常の技術者に自明であるかその発明を実施するために容易に選択できる程度であれば、技術的に重要な数値の上限又は下限を特定すれば充分であり、技術的に重要でない下限又は上限が特定されていなかったとしても直ちに発明が不明確であるとは見られないと判示し、本件特許明細書の記載不備に対する原告の主張を受け入れず、原告の請求を棄却した。

専門家からのアドバイス

数値限定発明は、特に発明の構成要件自体に新規性がなく、その数値を特定することに特徴がある場合、進歩性や記載不備に関する攻撃を受けやすい。韓国における数値限定発明の審査プラクティスは、基本的に日本と同様であり、例えば、0を含む数値範囲や上限又は下限のみを規定した数値限定発明は、一般に記載不備とされるだけでなく、数値範囲内における発明の実施可能性や、数値範囲の上限、下限における効果の顕著性、異質性が求められるが、その運用は、比較的厳格に行われる傾向にあるように思われる。これに対し、本判決は、数値限定発明の場合の記載不備の要件を具体的に説示したという点で非常に意味がある。すなわち、(1)数値範囲の一部に技術的に実施が不可能な範囲が含まれているとしても、実施が不可能であるという事実が通常の技術者に自明であれば、その権利範囲は、技術的に実施可能な範囲までに限定されるだけであって、不明確なものとはいえないという点、及び(2)数値限定発明で上限又は下限のどちらかの限定がなくても、解決しようとする課題との関係で限定されなかった上限又は下限に技術的意義がないか、通常の技術者にとって自明なものであれば、これを理由に数値限定発明が不明確であると言えないとの点を明確に説示しており、杓子定規な解釈ではなく、発明の本質に立ち返った判断であることから、日本における運用と同様のものとして、実務者にとっては歓迎すべきものであろう。

(なお、本件特許発明の請求項1は脚注に引用したように非常に長大なものである。数値限定発明は、ともすれば権利化が難しく、権利化されたとしても第三者からの攻撃にも弱く、さらにエンフォースメントも困難である傾向があるが、数値限定発明の一例として参考としておきたい)

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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