知財判例データベース 行政命令に基づき出版社が著作物を修正した場合は、著作権の同一性維持権の侵害に該当しないとした事例

基本情報

区分
著作権
判断主体
大法院
当事者
原告等(教科書の著者)v. 被告出版社
事件番号
2010ダ79923 判決
言い渡し日
2013年04月26日
事件の経過
確定

概要

384

高等学校向け韓国近現代史教科書(以下「教科書」という)を発行した被告出版社が教育科学技術部長官から教科書内容の一部修正の勧告を受け、教科書の内容を修正し発行・配布した。裁判所は、この事案について、原告等がこうした修正命令に応じなければ、検定合格の取消しや発行中止とされ、教科書の発行が白紙に戻りかねないという事情などを考慮すると、原告等は、教育科学技術部長官の修正指示により、教科書の内容を変更することについて同意したものとみなせると判断した。その上で、裁判所は、行政処分に該当する上記修正の指示に、当然無効とみなすべき事由が見当たらない以上、著作者がその修正指示の内容に反対であるとしても、当該修正指示にしたがって教科書を修正したのは、原告等が同意した範囲内であり、教科書における原告等の同一性維持権の侵害に該当するとはみなせないと判示した。

事実関係

原告等及び訴外人(以下、訴外人は省略し「原告等」という)は、2001年3月24日、被告である株式会社クムソン出版社(以下、「クムソン出版社」という)との間で、教育部(現在の教育科学技術部、以下「教育科学技術部」という)の検定教科書第7次教育課程に基づき、本事件教科書の原稿を作成して被告クムソン出版社に渡し、被告クムソン出版社がこの原稿などをもって教科書の検定本を制作し、検定を申請するという内容の教科書出版契約を締結した。

ところが、出版契約第6項において、「原告等は、教育科学技術部から教科書の修正・見直しの指示があるときには、所定の期日内にその作業を完了するよう、修正・見直しのための原稿及び資料を被告クムソン出版社に渡さなければならず、被告クムソン出版社は、原告等の要求と教育科学技術部の指示に応じ、この教科書の内容を所定の期日内に修正・見直ししなければならない」と約定していた。

また、原告等と被告クムソン出版社は、出版契約締結後である2001年12月8日、韓国教育課程評価院に検定申請をする際に、「この教科書の著作権、及び発行権の行使について、教科向け図書の円滑な発行・供給と教育における不条理を防ぐための教育人的資源部長官(現在の教育科学技術部長官、以下「教育科学技術部長官」という)の指示事項を誠実に履行することに同意し、それに違反した時には、発行権の中止など、あらゆる措置も甘受することを誓う」という内容の同意書を作成し提出した。

その後、教育科学技術部長官は、2008年10月30日、教科書内容の一部修正を勧告し、これに対し、原告等は当該修正勧告を受け入れられないという意見を提示したが、被告クムソン出版社は、修正指示に従って教科書を修正し、中高校検定教科書の発行業務を代行する被告社団法人韓国検定教科書を通じてそれを発行・配布した。原告等はこれを受け、被告の行為が教科書執筆者である本人達の著作権法上の同一性維持権を侵害したと主張し、本事件の訴を提起した。

判決内容

著作者は、本人の著作物の内容・形式、及び表題について、同一性を維持する権利を有するが(著作権法第13条第1項)、著作者が明示的、又は黙示的に同意した範囲内において著作物を変更する場合は、著作者の上記の同一性維持権の侵害に該当しない。また、出版契約を締結した著作者が著作物の変更に同意したかどうか、及び、同意した範囲については、出版契約の性質・締結の経緯・内容、契約当事者の地位と、その相互関係、出版の目的、出版物の利用実態、著作物の正確さなどの諸事情を総合的に考慮し、具体的かつ個別的に判断しなければならない。

こうした法理から考えると、本事件における出版契約の性質と内容、同意書の内容とその提出経緯、原告等と被告クムソン出版社の地位と、その相互関係、出版の目的、教科書の正確さ、そして、当時施行されていた旧「教科向け図書に関する規定」(2002年6月25日大統領令第17634号で全部改正される前の規定)には、教科向け図書の内容に修正が必要な場合、教育科学技術部長官は、検定図書の著作者に対し、修正を命じることができ(第26条第1項)、著作者がその修正命令に違反した場合には、その検定合格を取消すか、1年内にその発行を中止することができる(第47条第1号)と規定されており(現行の「教科向け図書に関する規定」にも大同小異の規定がある)、原告等が教育科学部技術部長官のこうした修正命令に応じなければ、検定合格の取消や発行中止により、教科書の発行が白紙に戻る可能性があることなどを総合的に考慮すると、原告等は、この事件出版契約の締結、及び同意書を提出した当時、被告クムソン出版社に対し、教育科学技術部長官の修正指示を実施する範囲内では、教科書を変更することに同意したとみなすことが相当である。

一方、その行政処分がたとえ違法だとしても、その問題が重大かつ明白であり、当然に無効とみなすべき事由がある場合を除いては、何人もこれを理由に無断でその効果を否定することはできないため、著作者が出版契約において行政処分をともなう範囲内においての著作物の変更に同意した場合には、たとえその内容に反対であるとしても、当然無効であると見なすべき事由がない以上、その行政処分による契約相手の著作物の変更は、著作者の同一性維持権の侵害に該当しない。

専門家からのアドバイス

韓国著作権法第13条第1項によると、著作権者は、本人の著作物の内容・形式、及び表題の同一性を維持する権利を有する。そして、著作者には、第三者の無断変更・削除・改変などに対し、侵害の停止や損害賠償などの訴えを提訴する権利が保障されている。

世界的に、同一性維持権に関する立法の例は、著作者の名誉などを害する改変が現実的になされた場合や侵害の懸念がある場合のみ侵害を認める立法例と、著作者の意志に従って、著作者の意志に反する改変があった場合、同一性維持権の侵害とみなす立法例に分けられる。韓国の著作権法は、後者の立法例を取り入れており、著作者の同意無しに著作物の内容や形式、表題等の改変が行われた場合、細部表現の修正であったとしても、単なる誤字や脱字を修正や文法的なミスを正す程度でない限り、同一性維持権の侵害が認められる。

一方、本件判決において、大法院は、韓国著作権法上の同一性維持権侵害についての判断において最も重要な要素である著作者の同意要件の解釈と関連し、対象となる著作物が検定教科書であり、検定教科書は、政府の修正命令に従わなければ検定合格の取消しや発行中止となって教科書の発行が白紙に戻る可能性があったという事情を勘案し、原告等は、本出版契約の締結、及び同意書の提出当時、被告クムソン出版社に対して、教育科学技術部長官の修正指示を実施する範囲内において、内容を変更することに同意していたものと判断した。

その上で、大法院は、該当の政府部署の修正命令による改変に著作者が同意していた以上、著作者が当該修正命令の内容に同意できないとしても、それが当然無効だと見なす事情がない限り、該当修正命令に従った改変は、同一性維持権の侵害には当たらないという見解を示した。

この事件の判決は、今後、同一性維持権の侵害と関連し、改変を許容する約定の効力の範囲、特に検認定教科書のように政府の修正命令が関与した場合の判断基準として、重要な判例であると言える。

これは、行政行為の公定力を念頭においたもので、今後、実務上における著作権の同一性維持権と関連し行政行為が介入された場合には、著作物の改変に多少包括的な事前同意がなされ、単なる誤字・脱字の修正水準以上の改変がなされたとしても、有効な同意として同一性維持権侵害ではないとみなす可能性が高いと判断される。日本の企業の立場であっても、幼児教育用ビデオや一般書物のローカライズはもちろんのこと、例えば、製品の取扱説明書や仕様表示、成分表示、オンラインショッピングやオンラインゲームなどのユーザー契約や約款などにおいて、意外なところで行政行為の介入による著作物改変は生じうるので、本件を参考とする意味があろう。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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