知財判例データベース 医薬用途発明で不確実な技術的事項を開示する先行技術に別の事項を組合わせ本願発明を得ることは容易想到でない

基本情報

区分
特許
判断主体
特許法院
当事者
原告vs.被告
事件番号
2012ホ9839, 10563, 10679, 10631, 10754(各併合)判決
言い渡し日
2013年10月10日
事件の経過
請求棄却

概要

411

医薬用途発明において、特許発明に適示している用途に関連し、不確実な技術的事項を開示しているに過ぎない先行技術にさらに別の事項を組み合わせ本願発明を得ることは、当業者にとって容易想到ではない。

事実関係

被告は、痛み治療用のイソブチルカバ及びその誘導体の登録番号第0491282号特許の特許権者であり、原告と訴外韓国○○製薬株式会社などは、被告を相手に特許審判院に記載不備、進歩性の欠如などを理由に、本件特許発明の無効審判を請求した。被告は、上記審判手続きにおいて、本件特許発明の請求項1の訂正と、請求項2、3の削除を内容とする訂正請求をし、特許審判院はその訂正要請を受け入れ、審判請求を棄却した。これに対し原告らは、特許法院に審決の取消しを求める本件訴を提起した。

原告は、本件訂正発明について、プレガバリンの鎮痛効果に関する用途発明に該当するが、(1)GABAレベルを高める物質には、鎮痛効果があり、プレガバリンは、GABAレベルを高める物質であるため、プレガバリンの鎮痛効果は容易に導出できるという主張(GABAレベルに関する主張)、(2)プレガバリンとガバペンティンは全てα2δサブユニットに結合し、薬理活性を発揮するものであるところ、ガバペンティンの鎮痛効果は、すでに知られているため、プレガバリンの鎮痛効果は、容易に導出されるという主張をし、こうしたことから考えると、用途に該当するプレガバリンの鎮痛効果は、容易に導出できるものであるため、進歩性が否定され登録が無効になるべきであると主張した。

なお、本件は、大法院に上告され継続中である。

判決内容

  1. 原告が提示した先行文献(特許公報)の請求項において、プレガバリンがGAD(L-glutamin acid decarboxylase)の活性化を通じて脳のGABA(gamma-aminobutyric acdi)レベルを高め、痙攣を治療するという記載が存在するものの、この先行文献に記載された実験の結果は、プレガバリンラセミ体について、抗痙攣治療の効果は優れているが(生体実験の結果)、予想とは異なってGAD活性化能力はほとんどない(試験官の実験結果)というものであって、その発明の詳細な説明の実験結果と比較すると、プレガバリンラミセ体の抗痙攣効果は、GAD活性化を通じて現れるものとは見受けられない。また、この発明の優先日前に公表された複数の論文(そのうち一つは、上記先行文献の発明者が書いた論文である)において、上記の先行文献に開示された実験結果を分析しており、プレガバリンラミセ体の抗痙攣効果がGAD活性化によるものではないと見られるという意見を主張している。そして、通常の技術者としては、このようにプレガバリンがGADの活性化を通じ脳のGABAレベルを高めることが不明である状況下において、先行技術のこのような不確実な内容をそのまま受け入れ、それに基づいてGABAレベルの上昇が鎮痛効果をもたらすという追加的な事実[1]を適用し、プレガバリンの鎮痛効果を導出することは容易ではないと判断される。
  2. 原告は、Ca2+チャンネル遮断剤が痛み治療に効果があるということは技術常識に該当し、プレガバリンがCa2+チャンネル遮断剤であるため、プレガバリンの鎮痛効果は容易に導出できると主張するが、プレガバリンがCa2+チャンネル遮断剤であるという事実が原告の提示する先行文献からすぐに導出されるものではないため、原告の主張1は受け入れがたい。
  3. 原告は、ガバペンティンとプレガバリンは、α2δサブユニットにのみ結合して薬理活性を現せることが知られており、さらに、ガバペンティンは、抗痙攣及び鎮痛効果があり、一方、プレガバリンにも抗痙攣効果があるため、これらの事実を適用すれば、プレガバリンの鎮痛効果を容易に導出できると主張する。しかし、ガバペンティンの抗痙攣活性に関しては、様々な仮説が存在しており、ガバペンティンの抗痙攣の作用がα2δサブユニットの結合により発生するかどうかは明確でなく、相反する理論も存在しているところである。そして、通常の技術者にとって、ガバペンティンの抗痙攣の作用がα2δサブユニットの結合により発生するものであるという不確実な仮説をそのまま受け入れ、プレガバリンの抗痙攣もα2δサブユニットの結合により発生すると考えた上で、さらに加えて、ガバペンティンが鎮痛効果も有するという事項を適用し、プレガバリンがガバペンティンのような鎮痛効果を発揮するという本件の特許発明を導出することは容易ではない。

専門家からのアドバイス

本件は、医薬の用途発明の進歩性判断において、不確実な技術的事項を開示している先行文献を基に、さらに別の事項を組み合わせて発明を得ることが通常の技術者にとって容易想到ではないとした判決である。韓国法院の医薬の用途発明事例において進歩性判断が行われた事例は多くないため、本判決が有する意味は大きいといえる。

よく知られるように、医薬用途の発明は、すでに知られている物質について、単に新たな用途を提示したものであるため、一見容易想到であると考えられがちだが、こうした用途を発見する過程においては、相当な技術力と多額の費用が投じられるため、通常の技術者としては、合理的な成功可能性(reasonable expectation of success)や、予測可能な手段(predictable solution)があるかどうかが重要となってくる。すなわち、一見、発明にいたることが教示されているように見える先行技術があったとしても、その内容が不確実である場合、それを基に発明を得るには、過度な費用と労力をかけ、実験を繰り返さなければならない可能性が高く、通常の技術者であれば、そのようなことは避けるであろう。 そのため、先行文献において成功に対する合理的な期待ができる程度の示唆や教示があるかの判断は、非常に重要である。このような法理は、すでに米国では成立されている法理として、通常の技術者が自明であるかどうかの判断において自明性を否定する要素として提示されている(Takeda Chem. Indus., Ltd. v. Alphapharm Pty., Ltd.(Fed. Cir. 2007)など多数)。

今回の判決は、このような通常の技術者の観点に立脚し、先行文献に記載されている技術的事項の内容を評価した上で、不確実な内容を基に、さらに別の事項を加え、本件発明に至ることは容易想到ではないと判断したものであり、上述のような判断基準に沿ったものとして、理解できるだろう。

本件は、大法院に係属中であるため、今後の判決を見守る必要があるが、医薬用途発明における進歩性の判断手法として重要な判決である。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

ジェトロ・ソウル事務所 知的財産チームは、韓国の知的財産に関する各種研究、情報の収集・分析・提供、関係者に対する助言や相談、広報啓発活動、取り締まりの支援などを行っています。各種問い合わせ、相談、訪問をご希望の方はご連絡ください。
担当者:大塚、李(イ)、半田(いずれも日本語可)
E-mail:kos-jetroipr@jetro.go.jp
Tel :+82-2-3210-0195