知財判例データベース 特許発明が進歩性欠如により無効となることが明白な場合には、その権利行使は権利濫用に該当し法院はその当否検討のため進歩性について審理・判断できる

基本情報

区分
特許
判断主体
大法院(全員合議体)
当事者
L社(原告、上告人)v. D社(被告、被上告人)
事件番号
2010ダ95390
言い渡し日
2012年01月19日
事件の経過
破棄差し戻し

概要

331

特許発明に対する無効審決が確定される前であるとしても、特許発明の進歩性が否定され、その特許が特許無効審判により無効となることが明白な場合には、その特許権に基づいた侵害差止又は損害賠償などの請求は、特別な事情がない限り権利濫用に該当して許容されないと見なければならず、特許権侵害訴訟を担当する法院としても、特許権者のそのような請求が権利濫用に該当するという抗弁がある場合、その当否を検討するための前提として、特許発明の進歩性について審理・判断することができる。

事実関係

原告は、「ドラム洗濯機の駆動部構造」に関する本件第1特許発明及び「洗濯機の駆動部支持構造」に関する本件第2特許発明の特許権者であるところ、原告は、被告が製造・販売したドラム洗濯機が上記の各特許発明を侵害するという理由で被告を相手に侵害差止及び損害賠償を請求した。これに対して第一審は、被告が製造・販売したドラム洗濯機が上記の各特許発明を侵害するという事実を認め侵害差止請求を全て認容し、損害賠償請求も一部認容したが、第二審は、上記の各特許発明の進歩性が否定され特許が無効となることが明白であり、原告の請求が権利濫用に該当するとして、原告の請求を全て棄却した。本件は、原告がこれを不服として大法院に上告したものである。一方、原告の訂正審判請求により、第二審判決が言い渡された後である2011年7月21日において、上記の各特許発明の請求範囲を訂正する審決がなされ、その後確定してる。

判決内容

大法院は、特許権侵害訴訟を担当する法院において特許発明の進歩性に対する審理・判断を行うことが可能であるか否かに関連し、まず、次のように判示した。すなわち、特許法は、特許が一定の事由に該当する場合、独自に設けられた特許の無効審判手続きを経て無効とすることができるように規定しているため、特許は一旦登録された以上、たとえ進歩性がなく無効事由が存在するとしてもこのような審判により無効審決が確定されない限り対世的に無効となるのではないが、進歩性がなく本来公衆に開放されなければならない技術に対し誤って特許登録がなされているにもかかわらず、特別な制限なくその技術を当該特許権者に独占させた場合、公共の利益を不当に毀損するだけでなく、特許法の立法目的にも完全に背馳するものであって、進歩性がなく保護する価値のない発明に対して形式的に特許登録になっているからといってその発明を実施する者を相手取って侵害差止又は損害賠償などの請求を容認することは、特許権者に不当な利益を与えると共に、その発明を実施する者には不合理な苦痛や損害を与えることとなって、実質的正義と当事者間の公平にも外れるものである旨判示した。その上で、特許発明に対する無効審決が確定される前でも、特許発明の進歩性が否定されその特許が特許無効審判により無効となることが明白な場合には、その特許権に基づいた侵害差止又は損害賠償などの請求は特別な事情がない限り権利濫用に該当し、許容されないものであると見なければならず、特許権侵害訴訟を担当する法院としても、特許権者のそのような請求が権利濫用に該当するという抗弁がある場合、その当否を検討するための前提として特許発明の進歩性について審理・判断できるとすべきであると判示した。

そして、大法院は、このような法理により本件第1特許発明及び本件第2特許発明の進歩性が否定され、その特許が無効となることが明白であるかどうかに対して審理した結果、本件第1特許発明の特許請求範囲第31項について、進歩性を否定した原審とは異なり、その各々の構成を有機的に結合した全体を鑑みれば、、先行技術に比べて構成の困難性及び効果の顕著性が認められるものであって、進歩性を否定しその特許の無効が明白であるとすべきではない旨判断した。さらに、残りの他の特許請求範囲は、原審判決言渡以後、発明の請求範囲を訂正する審決が確定したものである以上、特許法第136条第8項により訂正された後の明細書により特許出願及び特許権の設定登録がされたものと見なさなければならず、訂正前の当該各発明を対象として審理・判断した原審は、もはや維持され得ないとし、原審の判決を破棄した。

専門家からのアドバイス

大法院は、過去、「新規性はあるが進歩性がない場合まで法院が特許権侵害訴訟において権利範囲を否定することはできない」(大法院2001年3月23日言渡98ダ7209判決)と判示する一方、「特許の無効審決が確定される前であっても、特許侵害訴訟を担当する法院は、特許に無効事由があることが明らかな時には侵害差止請求等は権利濫用として許容されない」とも判示しており(大法院2004年10月28日言渡2000ダ69194判決)、実務上、侵害を審理する法院は、このような大法院判決を根拠に侵害訴訟で新規性だけでなく進歩性についても検討して侵害差止請求等が権利濫用に該当するかどうかを判断してきた。しかし、2000ダ69194判決は、侵害訴訟において法院が進歩性までも審理し、これを否定することができない旨の既存判例(98ダ7209判決)を明確に変更したものではないため、明示的な大法院の見解整理が必要な状況であった。

このような状況の下、大法院は、本判決を通して既存の大法院判例を明示的に変更し、特許発明の進歩性が否定されその特許が無効となることが明白な場合には、その特許発明に対する無効審決が確定される前であっても、その特許に基づいた特許侵害差止又は損害賠償などの請求は、権利濫用に該当し許容されないという法理を明確に宣言したのである。

これは特許の有効性を判断する無効審判手続きと侵害の成否を判断する侵害訴訟手続きが二元化されている状況において、進歩性が否定されるような特許発明に基づいた無分別な特許権行使を抑制し、実質的正義と当事者間の公平及び訴訟経済の成立を図るための側面があるが、一方ではどの程度の瑕疵であれば「無効が明白である」と判断されるのか、その基準と「権利濫用」法理の適用バランスについては、実務上、依然として論難の余地があるものと考えられる。

そのため、この判例の判示事項は、いわゆる日本のキルビー判例と同等であるが、適用範囲が例えば記載不備にまで拡大しないか等、その影響については、今後の取扱いを注視していく必要がある。

ジェトロ・ソウル事務所知的財産チーム

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